ニートが死んで、ゴブリンに

ひじり

【1-5】「ゴブリンが勝負を仕掛けてきた!(その1)」

 森の中に、唸り声が響く。
 ゴブリンの咆哮だ。

「くっ、どうなってんだよ、ニート!」

「分からないっ、いきなり襲い掛かってきたんだ!」

 今、オレとネロは、ヘリ城から少し離れた森の中を駆けていた。
 理由は至って簡単、ゴブリンの群れに追われているからだ。

「あいつら、てめえの仲間じゃねえのか!」

 安易な考えだった。

 森の中で食料を探していたオレたちは、ゴブリンの群れを発見した。
 そして、ネロに背中を押される形で、彼等の前に姿を見せたのだが、それが全ての始まりだ。

「ウゴォオオオッ!」

「ッ、危ない!」

 ゴブリンの声に、視線を後ろへと向ける。
 その場に立ち止まったゴブリンたちが、地面に落ちた小石を拾い上げ、腕を振りかぶって、オレたち目掛けて投げてきた。

「うおおおっ、大丈夫かニート!」

「平気だ……ッ、けど、生命力が少し減ったっぽい!」

 幾つか、小石がオレの体にヒットした。

 相手の足が止まった今が好機とばかりに全速力で駆け、同時に《メルア》でステータスを確認する。

 生命力が、24から21に減っていた。
 このままでは、0になるのも時間の問題だ。

「くそったれ、どうしてこんなことになっちまったんだよっ」

 ネロが、舌を打つ。
 そんなネロを腕に抱えたまま、オレは森の中を逃げていく。

「ネロが『同じ種族なんだから家族も同然だぜ!』とか言ったからだろ!」

「はいい? 記憶にございませんね!」

 この危機を脱することができたら、ネロを問い詰めることにしよう。

 とにかく、今は逃げ続けるしかない。
 だが……、

「――ッ、そんな馬鹿な」

 前方に、ゴブリンの姿を発見した。
 これは、どういうことなのか。

「ちっ、ここは奴らの縄張りだ。地の利は奴らにあったってことか」

 闇雲に逃げていたと思っていたが、どうやら誘導されていたらしい。
 後ろに、ゴブリンの群れ。
 前には、ゴブリンが一体。

 選択肢は、一つしかない。

「……突破する」

「お、おいおい正気か? てめえ……戦えるのか?」

 戦えるのか、ではない。
 戦わなくてはならない。それが正解だ。

「今、オレたちが生きる為には、奴を倒すしかない」

 違うか。
 否、それは違わない。

 オレたちの背を追いかけるゴブリンの群れは、先ほどの石投げで足を止めたのが幸いし、距離が離れている。

 そして、目の前に立ち塞がる敵は、ゴブリンが一体のみ。
 ここを乗り越えれば、明日へと繋がるはずだ。

「行くぞ、ネロ」

「くそっ、どうにでもなれってんだ……」

 ネロを下ろす。
 オレは、勢いを落とすことなく、一直線にゴブリンへと駆けて行く。

「うおおおおおおっ!!」

 武器は持っていない。
 手ぶらだ。

 棍棒の一つや二つ持ち合わせていれば、少しは自信が持てたかもしれないが、残念ながら何処にも見当たらない。

 つまり、素手で戦うしか道は無い。

 だが、それは相手も同じだ。
 目の前のゴブリンは、オレと同じように、武器を持っていなかった。

 とにかく、殴って勝つ。
 それしか方法は無い。

 だが、

「げふっ」

 何度でも言おう。
 オレは無職引きこもりニートの、27歳童貞男だ。

 痛いことは嫌だ。
 喧嘩なんてしたくない。

 そんなオレが、見た目がゴブリンになったからといって、すぐに喧嘩が強くなるはずがなかった。

「ニートッ!!」

 ネロの声が、耳に届いた。
 オレは地べたに転がり、全身を強打する。

「いっ、……ッ」

 痛い。
 殴られたところが、麻痺している。
 感覚がない。
 ゴブリンが放つ渾身の一撃は、それほどの痛みをもたらした。

「なん……だ、この痛みは……ぐうっ」

 オレの考えは、間違っていた。
 訂正しなければならない。

 これは、喧嘩ではない。
 命を懸けた戦いだ。

 勝てば、生き残る。
 負ければ、そこで終わり。明日は無い。

 絶対に負けることは許されないのだ。

「おらあっ、こっちだ間抜けっ!」

「ウゴオオオオッ」

 ゴブリンの追撃はない。
 ネロが体を張って気を引いてくれているからだ。

「くそっ、……痛いぞこの野郎ッ」

 痛みが、オレの体に訴える。
 そんな中、オレは開きっぱなしの《メルア》に視線を移す。

 所持スキル《変化》の部分が、光っていた。

 なんだこれは。
 これを使えってことなのか。

 オレは、《変化》に指を触れる。
 すると、コマンドが出てきた。





 ――所持スキル《変化》を使用しますか?

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