ニートが死んで、ゴブリンに

ひじり

【1-1】「仲間になりたそうにこっちを見ている(その1)」

「おい、お前」

 お前、と言われるのは、慣れている。
 名前で呼ばれたことなど、高校以来記憶にない。
 家族でさえ、オレのことを「おい」とか「そこの」呼ばわりだ。

「おいこら、聞いてんのか?」

 だが、その相手が、人ではないのは初めてだ。

「なんとか言えよ、おらっ」

「いてっ」

 ゼリー状の生き物が、オレの腹を目掛けて飛び跳ねた。

「うははっ、こいつゴブリンのくせに弱いぞ!」

「マジかよ、おれたちに手も足も出ないとかザコすぎだろ」

 見た感じの率直な意見を言わせてもらうなら、ゼリー状の生き物は、ゲームの世界に登場する《スライム》だ。

 だが、スライムが何故、現実にいるのか。

 ……いや、今更そんなことは考えるだけ無駄だ。
 現にオレは、ゴブリンになってしまったのだからな。

「おいおい、こいつマジで弱っちいな」

 一匹のスライムが、オレを見上げながら鼻で笑う。
 スライムに見くびられる日が来るとは、思いもしなかった。

「んだ、こら?」

 じーっと観察していると、恐い声で反応が。
 見た目は物凄く可愛いくせに、どすの利いた声を出そうとしている。

「もしかして、スライムか?」

「だったらなんだこら!」

 とても威勢のいいスライムだ。
 今にも食って掛かりそうな勢い……というか、既に一撃喰らったか。

 というかオレ、今スライムと喋ってるよ!
 普通にモンスターと喋ってるけど、これって明らかにおかしいよな。

「こちとら《ヤナエル》地帯を縄張りにしてるスライム様だぞ!」

「ヤナエル地帯?」

 聞きなれない単語が出てきやがった。
 それが、ここら一帯の呼び名なのか。
 オレは、辺りを見回した。

 洞窟から目が覚めたオレは、幸いなことに、すぐそばに出口を見つけた。
 とにかく、光の下に出たい。
 その気持ちでいっぱいだったオレは、助けを求めるかの如く、外に出た。

 そして、広大な景色に目を奪われた。

 ついでに、スライムに囲まれた。

「てめえ、んなことも知らねえのか? もしかして余所者か?」

「余所者ってわけじゃなくてだな、なんていうか、その……」

 実に説明し辛い。
 元、人間。んなこと言っても信じてもらえるわけがないよな。

 まず、現実がこれだ。
 スライムと話す、ゴブリン。見た目的にはモンスター同士なんだよな。

 スライムと言葉を交わす自分に、何か不思議な感じがした。
 しかし、これは現実だ。妄想ではない。

 もし、妄想だとすれば、可愛い女の子に囲まれてハーレムでも作っているに違いない。理想と現実は常に異なっている。

「んじゃあ、どういうことなんだよ!」

「それが分かったら苦労しないっての……、オレ自身もさっぱりだ」

 ざわざわと、スライムたちが言葉を交わして、何かを確認し合っている。
 数えてみると、全部で十匹もいた。

「お前、名前は?」

「名前? えっと……」

 本名を言っていいものだろうか。
 相手はスライムだ。人間じゃない。

 というか、ゴブリンが日本名を名乗って、それが通じるのか。

「あー、……に、ニート。オレはニートだ」

「ニート? それがてめえの名前か!」

 結局、オレは本名を隠すことにした。

 とっさに思いついた名前は、《ニート》だ。
 オレには打って付けの名前と言えるだろう。

 ……ああ、自虐が入ってるよ。
 悪いか、他に思いつかなかったんだから仕方ねえだろ。

「よし、ニート! てめえは今日からおれたちの家来だ!」

「……はい? オレが、スライムの家来になるだと?」

 何の冗談だこれは?
 スライムの家来って、バカなことを言わないでくれ。

 スライムといえば、どんなゲームに出てきても最弱中の最弱モンスターだぞ。
 そのスライムの家来になれだと?
 んなバカなことがあるか。

「バカ野郎、ただのスライムじゃねえぞ! おれたちはヤナエル地帯を支配するスライム様だ! もっと敬う心を持ちやがれ!」

 さっきと少しニュアンスが違うのは、ツッコミどころか。

 いや、口答えはしない方がいい。
 また、腹に体当たりを喰らってしまう。
 あれは地味に痛かったからな。あとでお返ししてやる。

「分かった、分かったよ。……んで、お前達の名前は?」

「家来に名乗る必要はねえな」

「そうだ、てめえなんぞに名乗る名は持ち合わせていねえ」

 今すぐこいつら踏み潰したい。
 ぐにゃってなって潰れそうだ。

 しかしまあ、ここで下手に手を出すのも危険だ。
 たかだスライム。されどスライム。

 一匹だけなら、まだ余裕だ。
 でも、こいつらは十匹もいやがる。
 雑魚は雑魚らしく群れをなすってことか。

 さっきの体当たりを、十匹まとめて喰らうことになれば、HP的なものが減少しまくることは言うまでもない。
 そもそも、ダメージがまだ残った状態だしな。

「よし、それじゃあニート! 今から人間たちを襲って、食料を奪うぞ!」

「人間をねえ……、は? 襲うって、人間を?」

 スライムは、さらっと言い放つ。

 人間を襲う?
 そんなこと、していいのか。

「いや、でも……」

「でも、じゃねえよ。てめえは誰だ? ゴブリンだろうが!」

 言われてみれば、確かに。
 オレはゴブリンだ。
 見た目だけは、人間とは異なる存在になっちまった。

「モンスターが人を襲うのは当然のことだ! それぐらい、生まれ落ちた時に理解してんだろ? 分かったか、ニート!」
「そういうもんなのか、モンスターってのは……」

 だがちょっと待ってほしい。
 オレは27歳無職ニートで引きこもりの童貞だ。

 腕っぷしの弱さには自信がある。
 十匹のスライム相手に負ける自信がある。

 こんなオレが、人間相手に戦えるのか?

 いや、それ以前に、人を襲ってもいいのか?

「おら、行くぞ! 今夜こそ食料を手に入れて、もっと強くなるんだ……!」

 スライムの中の一匹は、意を決したかのような表情を見せる。
 スライムにはスライムの考えがあるのだろう。

 じゃあ、オレはどうなのか。

 オレはゴブリンだ。
 ゴブリンにはゴブリンの考えが……ある?

 そんなことを考える暇はない。

 オレは、言われるがままに、スライムたちについて行った。

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