ダンジョン爆破計画!
第6話
すえた臭いの風が頬をなでる。俺の投げた広範囲しびれボムの起こした風だ。
風塵タンポポによって格段に効果範囲が向上した爆弾は、ボスを中心としたあたり一帯を直径二十メートルほどのドーム状に紫のタンポポの綿毛で埋め尽くした。
ゴブリンたちは、最初、視界が紫に染まったことに驚き、次に数体が目を押さえてうずくまった。目の薄い粘膜に入ったのだろう。
さらに数秒後、皮膚から麻痺毒を吸収したのか、ゴブリンたちの動きが緩慢になる。
十秒くらいしたのち、すべてのゴブリンが動かなくなった。
否。
広範囲しびれボムの爆破によって、むしろ起き上がって動き出したやつがいる。
ボスの巨大ゴブリンだ。
「麻痺毒くらって動き出すって、効いてないのかよ」
背負っていたピッケルを取り出し、肩に担ぐように構える。
「イグナ! 取り巻きのゴブリンたちはどうなった!?」
「大丈夫じゃ! 全員動いておらん!」
「わかった! すこしづつ下がるから、イフリートを用意しておいてくれ!」
目は正面の巨大ゴブリンを見つめたままで、後ずさるように距離をとる。
ゴブリンは緩慢な動きで距離を詰めてくる。いや、実際はかなり早いが、体が大きすぎるせいでゆっくりに見えるだけだ。
「うお!」
まだ二十メートルはある距離から、巨大ゴブリンは足で砂をけって飛ばしてきた。ただの砂かけではない。
柱のような太い足が、サッカーのシュートのように、地面を削り取るように動いた。砂利の混ざった砂が散弾銃ように広がって飛ぶ。
俺は慌てて両腕で顔を覆うように守り、衝撃を殺すために後ろに飛んだ。
それでも勢いを殺しきれず、三メートルくらい後ろに吹き飛ぶ。顔の守り切れなかった部分から、血が垂れる。
「やっべえ。こいつ、尋常じゃねえ」
転がった体を無理やり起こして、負傷を確認する間もなくゴブリンに向きなおる。
麻痺は……きいてなさそうだな。
「やっぱり逃げるぞイグナ! こいつには勝てねえ! 撤退だ!」
「大丈夫か!? 血だらけだぞ! リクは逃げれるのか?」
「いいから早くしろ!」
巨大ゴブリンは、もうすでに俺の目の前まできていた。俺をめがけて薙ぎ払うように右腕を振る。ゴブリンは武器は持っていないが、両腕が丸太の太さなので関係ないほどの破壊力だ。
メキメキ、と音が鳴り、俺の左の肋骨がくだけたのが分かった。
「かはっ」
ピッケルを杖にして、かろうじて立つ。まずいな。こいつ、早くて強いだけじゃなく、異常に硬い。この鋼鉄のような皮膚の強度によって広範囲しびれボムが阻まれたのだろう。
勝利を確信したのか、ゴブリンがにやりと笑う。
勢いそのまま、両手を組んで頭上から振り下ろしてくる。ダブルスレッジハンマーというやつだ。
ズガン!
べキバキ!
俺の脳天からなにかが割れる音がした。
「ンぎゃ? ぐぎゃおああああああ!!」
一拍の間をおいて、ゴブリンが騒ぎ出す。
ゴブリンの腕から血が滴る。俺のピッケルがつけた傷だ。殴る瞬間、地面と垂直に歯を立てていたピッケルが、腕を振り下ろす莫大な質量と速度で刺さったのだ。
「俺のピッケルは特注品なんだ。これでおあいこだ。さあ、第二ラウンドといこうか」
俺はゴブリン相手に、背一杯の虚勢を張った。
しかし、どうするかね。ゴブリン相手に啖呵を切ったものの、体がまともに動かないから口をうごかしただけだ。
このゴブリン、明らかに強すぎる。適正ランクはBってところだろうか?
逃げようにも、こいつのほうが足が速いのだから逃げようがない。マジでどうしよう。詰んでない?
とにかく、イグナだけでも逃げて欲しいんだが……。
痛みを耐えながらも、ゆっくりと後ろを振り向くと、すぐ目の前にはイグナがいた。
だよな。お前はそういうやつだ。勝てないような強敵を見かけても、おれがどれだけ逃げて欲しいと思っても、イグナは俺から離れない。むしろ俺を守ろうとする。
「イグナ」
「うん」
「よこせ」
「うん」
イグナは俺の右手をとり、イフリート試作機βマークⅠを握らせた。ずっしりと重い。
イグナの肩の力では、爆風の射程外の安全な距離からこの爆弾を投げることはできないので、最初から俺の仕事だ。
「グおおおおおおオオ!!」
俺たちの目と鼻の先のゴブリンが吠える。よだれが垂れてきそうな距離だ。
「イグナ。下がってみててくれ」
「リク。絶対勝つぞ」
「わかってる」
イグナは後ろを向いて、走り出した。それを合図にしたかのように、俺とゴブリンが同時に動き出す。本当の第二ラウンドが始まった。
ゴブリンが右手を振りかぶって、薙ぎ払う。
「それはさっきみたぞ!」
俺はタイミングを合わせて体を引き、腕の軌道上に置いておくようにピッケルを振る。
ゴブリンの腕からブシャッと赤黒い血が舞う。
反応できてきている。体が軽い。血が抜けたからだろうか。それとも、脳内麻薬でハイになってるのだろうか。
ゴブリンが右足で蹴る。軸足のほうから死角を通って回り込むように避ける。すれ違いざまに足に一発ピッケルを叩き込む。
ゴブリンが両腕で、挟み込むように掴みかかる。
捕まったら即死だな。迷わずゴブリンの胸に飛び込み、そのまま脇の下をぬけるようにして転がる。
まずいな。このままではじり貧だ。
少しずつ攻撃をしているが、ほとんどダメージをうけていない。むしろ、俺の消耗のほうが大きいかもしれない。血を流しすぎた。
魔力を練って循環させ、呼吸を整える。体力の回復は俺の得意分野だ。集中しろ。
ステップを踏むように距離を取るが、ゴブリンは足元の砂利をつかみ振りかぶって投げてくる。
俺はたまらず横に身を投げ出すようにして回避する。
「くそ! それやばいな!」
回復するためにも、そして、イグナに渡された爆弾イフリートを爆破させるためにも、多少距離を取らなければならない。
爆弾の射程から出るには30メートルは距離を取りたいところだが、そうするとまたあの砂利の礫が飛んでくる。現状防ぐ手段がないため、距離を取るとかえって危険という矛盾した状況になってしまっている。
そして、時間は相手に有利だ。短期決戦を仕掛けなければならない。なにか、方法はないのか。
考えながらも、敵の攻撃を捌く。ゴブリンは、なかなか攻撃の当たらない俺に、イライラしているようだ。だんだんと攻撃が大振りとなり、隙もさらすようになった。
「おい、隙だらけだよ!!」
掬い上げるように右腕を振り上げたゴブリンのわき下に、全力でピッケルを叩き込む。
ゴブリンが、にやりと笑ってこちらを見る。
はめられた!
ゴブリンはすかさず脇を挟み込み、俺のピッケルを抜けないように固定すると、左腕で俺の胴体を鷲掴みにした。
「ぐああああああああ!」
体中の骨がみしみしと音を立てて砕かれていく。胃から、内容物が吐き出される感覚に口をあけると、ドロッとした血が流れ落ちる。
べチン!
壊れたおもちゃを捨てるかのように、地面にたたきつけられ、俺はゴブリンの足元を転がるように打ち捨てられる。
「あ、ぐっ」
なんとか口を開けようとするが、血が絡んでうまくしゃべれない。
ゴブリンが再び近づいてくる。とどめを刺す気だろう。多少の血が出ているものの、まだまだ健在の太い右腕を、大きく振りかぶった。
「お、おき、にい、り」
ゴブリンの腕が迫る最中。俺は左腕で万物図鑑を抱えて、消えいるような声でそうつぶやいた。
『おいらに任せなさい!』
図鑑のフリースペース、お気に入りのしるしをつけたページから、事前に作っていたとあるものが飛び出てきた。
風塵タンポポによって格段に効果範囲が向上した爆弾は、ボスを中心としたあたり一帯を直径二十メートルほどのドーム状に紫のタンポポの綿毛で埋め尽くした。
ゴブリンたちは、最初、視界が紫に染まったことに驚き、次に数体が目を押さえてうずくまった。目の薄い粘膜に入ったのだろう。
さらに数秒後、皮膚から麻痺毒を吸収したのか、ゴブリンたちの動きが緩慢になる。
十秒くらいしたのち、すべてのゴブリンが動かなくなった。
否。
広範囲しびれボムの爆破によって、むしろ起き上がって動き出したやつがいる。
ボスの巨大ゴブリンだ。
「麻痺毒くらって動き出すって、効いてないのかよ」
背負っていたピッケルを取り出し、肩に担ぐように構える。
「イグナ! 取り巻きのゴブリンたちはどうなった!?」
「大丈夫じゃ! 全員動いておらん!」
「わかった! すこしづつ下がるから、イフリートを用意しておいてくれ!」
目は正面の巨大ゴブリンを見つめたままで、後ずさるように距離をとる。
ゴブリンは緩慢な動きで距離を詰めてくる。いや、実際はかなり早いが、体が大きすぎるせいでゆっくりに見えるだけだ。
「うお!」
まだ二十メートルはある距離から、巨大ゴブリンは足で砂をけって飛ばしてきた。ただの砂かけではない。
柱のような太い足が、サッカーのシュートのように、地面を削り取るように動いた。砂利の混ざった砂が散弾銃ように広がって飛ぶ。
俺は慌てて両腕で顔を覆うように守り、衝撃を殺すために後ろに飛んだ。
それでも勢いを殺しきれず、三メートルくらい後ろに吹き飛ぶ。顔の守り切れなかった部分から、血が垂れる。
「やっべえ。こいつ、尋常じゃねえ」
転がった体を無理やり起こして、負傷を確認する間もなくゴブリンに向きなおる。
麻痺は……きいてなさそうだな。
「やっぱり逃げるぞイグナ! こいつには勝てねえ! 撤退だ!」
「大丈夫か!? 血だらけだぞ! リクは逃げれるのか?」
「いいから早くしろ!」
巨大ゴブリンは、もうすでに俺の目の前まできていた。俺をめがけて薙ぎ払うように右腕を振る。ゴブリンは武器は持っていないが、両腕が丸太の太さなので関係ないほどの破壊力だ。
メキメキ、と音が鳴り、俺の左の肋骨がくだけたのが分かった。
「かはっ」
ピッケルを杖にして、かろうじて立つ。まずいな。こいつ、早くて強いだけじゃなく、異常に硬い。この鋼鉄のような皮膚の強度によって広範囲しびれボムが阻まれたのだろう。
勝利を確信したのか、ゴブリンがにやりと笑う。
勢いそのまま、両手を組んで頭上から振り下ろしてくる。ダブルスレッジハンマーというやつだ。
ズガン!
べキバキ!
俺の脳天からなにかが割れる音がした。
「ンぎゃ? ぐぎゃおああああああ!!」
一拍の間をおいて、ゴブリンが騒ぎ出す。
ゴブリンの腕から血が滴る。俺のピッケルがつけた傷だ。殴る瞬間、地面と垂直に歯を立てていたピッケルが、腕を振り下ろす莫大な質量と速度で刺さったのだ。
「俺のピッケルは特注品なんだ。これでおあいこだ。さあ、第二ラウンドといこうか」
俺はゴブリン相手に、背一杯の虚勢を張った。
しかし、どうするかね。ゴブリン相手に啖呵を切ったものの、体がまともに動かないから口をうごかしただけだ。
このゴブリン、明らかに強すぎる。適正ランクはBってところだろうか?
逃げようにも、こいつのほうが足が速いのだから逃げようがない。マジでどうしよう。詰んでない?
とにかく、イグナだけでも逃げて欲しいんだが……。
痛みを耐えながらも、ゆっくりと後ろを振り向くと、すぐ目の前にはイグナがいた。
だよな。お前はそういうやつだ。勝てないような強敵を見かけても、おれがどれだけ逃げて欲しいと思っても、イグナは俺から離れない。むしろ俺を守ろうとする。
「イグナ」
「うん」
「よこせ」
「うん」
イグナは俺の右手をとり、イフリート試作機βマークⅠを握らせた。ずっしりと重い。
イグナの肩の力では、爆風の射程外の安全な距離からこの爆弾を投げることはできないので、最初から俺の仕事だ。
「グおおおおおおオオ!!」
俺たちの目と鼻の先のゴブリンが吠える。よだれが垂れてきそうな距離だ。
「イグナ。下がってみててくれ」
「リク。絶対勝つぞ」
「わかってる」
イグナは後ろを向いて、走り出した。それを合図にしたかのように、俺とゴブリンが同時に動き出す。本当の第二ラウンドが始まった。
ゴブリンが右手を振りかぶって、薙ぎ払う。
「それはさっきみたぞ!」
俺はタイミングを合わせて体を引き、腕の軌道上に置いておくようにピッケルを振る。
ゴブリンの腕からブシャッと赤黒い血が舞う。
反応できてきている。体が軽い。血が抜けたからだろうか。それとも、脳内麻薬でハイになってるのだろうか。
ゴブリンが右足で蹴る。軸足のほうから死角を通って回り込むように避ける。すれ違いざまに足に一発ピッケルを叩き込む。
ゴブリンが両腕で、挟み込むように掴みかかる。
捕まったら即死だな。迷わずゴブリンの胸に飛び込み、そのまま脇の下をぬけるようにして転がる。
まずいな。このままではじり貧だ。
少しずつ攻撃をしているが、ほとんどダメージをうけていない。むしろ、俺の消耗のほうが大きいかもしれない。血を流しすぎた。
魔力を練って循環させ、呼吸を整える。体力の回復は俺の得意分野だ。集中しろ。
ステップを踏むように距離を取るが、ゴブリンは足元の砂利をつかみ振りかぶって投げてくる。
俺はたまらず横に身を投げ出すようにして回避する。
「くそ! それやばいな!」
回復するためにも、そして、イグナに渡された爆弾イフリートを爆破させるためにも、多少距離を取らなければならない。
爆弾の射程から出るには30メートルは距離を取りたいところだが、そうするとまたあの砂利の礫が飛んでくる。現状防ぐ手段がないため、距離を取るとかえって危険という矛盾した状況になってしまっている。
そして、時間は相手に有利だ。短期決戦を仕掛けなければならない。なにか、方法はないのか。
考えながらも、敵の攻撃を捌く。ゴブリンは、なかなか攻撃の当たらない俺に、イライラしているようだ。だんだんと攻撃が大振りとなり、隙もさらすようになった。
「おい、隙だらけだよ!!」
掬い上げるように右腕を振り上げたゴブリンのわき下に、全力でピッケルを叩き込む。
ゴブリンが、にやりと笑ってこちらを見る。
はめられた!
ゴブリンはすかさず脇を挟み込み、俺のピッケルを抜けないように固定すると、左腕で俺の胴体を鷲掴みにした。
「ぐああああああああ!」
体中の骨がみしみしと音を立てて砕かれていく。胃から、内容物が吐き出される感覚に口をあけると、ドロッとした血が流れ落ちる。
べチン!
壊れたおもちゃを捨てるかのように、地面にたたきつけられ、俺はゴブリンの足元を転がるように打ち捨てられる。
「あ、ぐっ」
なんとか口を開けようとするが、血が絡んでうまくしゃべれない。
ゴブリンが再び近づいてくる。とどめを刺す気だろう。多少の血が出ているものの、まだまだ健在の太い右腕を、大きく振りかぶった。
「お、おき、にい、り」
ゴブリンの腕が迫る最中。俺は左腕で万物図鑑を抱えて、消えいるような声でそうつぶやいた。
『おいらに任せなさい!』
図鑑のフリースペース、お気に入りのしるしをつけたページから、事前に作っていたとあるものが飛び出てきた。
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