最強剣士竜に滅ぼされかけた世界に転生す!
第二十三話 玄武館の巴御前
「ふぁぁっくしゅん!」
道場で弟子たちの指導にあたっていた美少女が、やけに男らしいくしゃみを放っていた。
さらしできつく締め上げていても、なお胸の隆起は隠すべくもない。
豊満と表現してもよい魅力的な容姿と体形に恵まれながらも、少女からはなぜか色気が感じられなかった。
「姉弟子、もう少し女性らしい慎みを覚えられては?」
「知るか! 素振り百本追加だ!」
「うへえっ!」
そんな会話が雲の上のような人たちの間で交わされているとも知らず、天道薫子こと天目薫子は師範代として鬼の檄を飛ばしていた。
世に東京四大道場と謳われる大剣術道場のひとつ玄武館――その師範代を任されている薫子の腕前は伊達ではない。
東京には大小四百以上の道場が存在するが、北辰一刀流の玄武館、神道無念流の練兵館、鏡心明智流の士学館、心行刀流の練武館の四大道場は別格である。
もし四大道場同士が戦い、首位を占めることがあれば、それはヒノモト一と言っても過言ではないと言えるだろう。
薫子は玄武館の師範代であり、さらに他流試合において鏡心明智流の師範代佐野四郎を破ったという実績も持つ注目の若手株なのであった。
その細身の身体から繰り出される鋭い突きは、東京でも三本の指に入るとさえ言われる。
さらに切れ長の瞳に彫の深い鼻など、派手な顔立ちの美人であることもあって、薫子を崇拝する女性剣士のファンクラブは日々その数を増しているともいう。
「素振りをするなら気合を籠めんか! そんな腰の入らぬ素振りなどする意味がないぞ!」
「は、はいいいいいいっ!」
「あ、高柳師兄」
「薫子、師範がお呼びだぞ。また何かやらかしたか?」
「私を問題児のように言わないでください!」
日頃から頭の上がらない兄弟子の高柳幸作にからかわれ、薫子は憤然と抗議した。
高柳幸作は、かつて中西一刀流で音無しの剣と謳われた剣聖高柳又四郎の孫にあたる。玄武館内で自他ともに認める第一人者である。
その腕は薫子もまだまだ及ぶところではない。
薫子に突きを教えたのも幸作であり、薫子が頭があがらないのは当然であった。
「先日、谷中の無外流の道場に名もなき道場破りが現われたそうだが……」
「師範が呼んでいるんですね! すぐに行って参ります!」
玄武館は他流試合禁止の道場ではないものの、さすがに師範代が気軽に道場破りをしては沽券に関わる。
分が悪いことを悟った薫子は脱兎のごとく師匠のもとへと駆け出した。
その大股な歩き方が全く年頃の乙女らしからぬもので、幸作は呆れて額に手を当てる。
「黙っていれば器量よしなんだがなあ…………」
「そりゃ道場の全員がそう思ってますよ師範代」
「貴様らっ! 誰が素振りを止めていいと言ったああああああああああ!」
「はひええええええええええ!」
現在の玄武館師範は始祖千葉周作から三代目にあたる千葉大二郎である。
もともとは二代目の甥にあたるのだが、その剣才を買われて養子となったという強者で、剣術界に非常に大きな影響力を有している。
薫子もその大二郎の実力と見識に憧れて入門したクチであった。
「師匠、お呼びですか?」
「…………もう少し足の運びや立ち振る舞いに気を配れ。お前も天目家の一員だろう?」
呆れたように師匠の大二郎に叱責されて薫子は子供のように首をすくめた。
「こ、ここは実家ではありませんから! 武の道場でありますし……」
「おえらいさんの前で醜態をさらされては、我が道場の沽券に関わるのでな」
「はい?」
「実は天子様より内々にお前に比武(試合)を頼みたいとお達しがあった」
まだ文部省あたりに呼ばれるのなら理解できる。しかし天子様から呼ばれる理由は薫子にとっては完全に理解不能であった。たとえ自分が天目家の一族であるとしてもである。
「天子様? なぜ? どういうことなんですか!」
「そんなことわしが知りたい。かといって天子様の要望を断るなど臣下としてあってはならぬ。明朝、宮内省より迎えがあるゆえ準備しておけ」
「よ、よろしいのですか? 私のような未熟者で……私より師兄か師匠のほうが……」
「そう言われるとわしも是非戦ってみたいのだが、さすがに天子様に注文をつけるわけにもいかん。だがお前にとってもよい経験になるだろう。なにせ相手は世界で初めて単独で竜を屠った男であるらしいからな」
「竜? しかも単独? いつの話ですか? それそんなとんでもない話ニュースにならないはずが……」
竜の撃破は人類の悲願といっていい。
かつて鬼の一族と天目一族、そして土御門の一族が協力して南海を防衛したことがあるが、それでも単独で竜を撃破できる強者はいなかったはずだ。
そんな強者が国内にいれば、政府が、マスコミが放っておくはずがない。つまり――――
「国外の人物ですか?」
「どうもそうらしい。ダンプ諸島から来日したばかりとか。さる御方の隠し子のようなことを言われていたが……いずれにせよただ者ではあるまい」
「すると本当に竜を?」
「あの宮内省がわざわざ与太話で動くはずはあるまいからな」
ぱっ、と薫子の冷たさすら感じさせる硬質の美貌が喜色に輝いた。
いろいろと乙女としては変わったところのある薫子だが、その最大の原因はこれだ。強さに対する憧れと欲望が人並外れて強い。
その薫子が、ドラゴンスレイヤーと戦えることを喜ばぬはずがないのであった。
(もっとも、おえらいさんが考えているのはそれだけではないだろうが…………)
戦うだけなら何も薫子である必要はない。
あえて薫子でなくてならない理由を、本人は全く気づいていないようだ。
(まあ、知らぬが花というものか)
そんな師匠の気持ちにも気づかず、薫子はニマニマと笑み崩れていた。
「でへ、でへへへへ…………」
少し乙女の表情としては不気味であった。
道場で弟子たちの指導にあたっていた美少女が、やけに男らしいくしゃみを放っていた。
さらしできつく締め上げていても、なお胸の隆起は隠すべくもない。
豊満と表現してもよい魅力的な容姿と体形に恵まれながらも、少女からはなぜか色気が感じられなかった。
「姉弟子、もう少し女性らしい慎みを覚えられては?」
「知るか! 素振り百本追加だ!」
「うへえっ!」
そんな会話が雲の上のような人たちの間で交わされているとも知らず、天道薫子こと天目薫子は師範代として鬼の檄を飛ばしていた。
世に東京四大道場と謳われる大剣術道場のひとつ玄武館――その師範代を任されている薫子の腕前は伊達ではない。
東京には大小四百以上の道場が存在するが、北辰一刀流の玄武館、神道無念流の練兵館、鏡心明智流の士学館、心行刀流の練武館の四大道場は別格である。
もし四大道場同士が戦い、首位を占めることがあれば、それはヒノモト一と言っても過言ではないと言えるだろう。
薫子は玄武館の師範代であり、さらに他流試合において鏡心明智流の師範代佐野四郎を破ったという実績も持つ注目の若手株なのであった。
その細身の身体から繰り出される鋭い突きは、東京でも三本の指に入るとさえ言われる。
さらに切れ長の瞳に彫の深い鼻など、派手な顔立ちの美人であることもあって、薫子を崇拝する女性剣士のファンクラブは日々その数を増しているともいう。
「素振りをするなら気合を籠めんか! そんな腰の入らぬ素振りなどする意味がないぞ!」
「は、はいいいいいいっ!」
「あ、高柳師兄」
「薫子、師範がお呼びだぞ。また何かやらかしたか?」
「私を問題児のように言わないでください!」
日頃から頭の上がらない兄弟子の高柳幸作にからかわれ、薫子は憤然と抗議した。
高柳幸作は、かつて中西一刀流で音無しの剣と謳われた剣聖高柳又四郎の孫にあたる。玄武館内で自他ともに認める第一人者である。
その腕は薫子もまだまだ及ぶところではない。
薫子に突きを教えたのも幸作であり、薫子が頭があがらないのは当然であった。
「先日、谷中の無外流の道場に名もなき道場破りが現われたそうだが……」
「師範が呼んでいるんですね! すぐに行って参ります!」
玄武館は他流試合禁止の道場ではないものの、さすがに師範代が気軽に道場破りをしては沽券に関わる。
分が悪いことを悟った薫子は脱兎のごとく師匠のもとへと駆け出した。
その大股な歩き方が全く年頃の乙女らしからぬもので、幸作は呆れて額に手を当てる。
「黙っていれば器量よしなんだがなあ…………」
「そりゃ道場の全員がそう思ってますよ師範代」
「貴様らっ! 誰が素振りを止めていいと言ったああああああああああ!」
「はひええええええええええ!」
現在の玄武館師範は始祖千葉周作から三代目にあたる千葉大二郎である。
もともとは二代目の甥にあたるのだが、その剣才を買われて養子となったという強者で、剣術界に非常に大きな影響力を有している。
薫子もその大二郎の実力と見識に憧れて入門したクチであった。
「師匠、お呼びですか?」
「…………もう少し足の運びや立ち振る舞いに気を配れ。お前も天目家の一員だろう?」
呆れたように師匠の大二郎に叱責されて薫子は子供のように首をすくめた。
「こ、ここは実家ではありませんから! 武の道場でありますし……」
「おえらいさんの前で醜態をさらされては、我が道場の沽券に関わるのでな」
「はい?」
「実は天子様より内々にお前に比武(試合)を頼みたいとお達しがあった」
まだ文部省あたりに呼ばれるのなら理解できる。しかし天子様から呼ばれる理由は薫子にとっては完全に理解不能であった。たとえ自分が天目家の一族であるとしてもである。
「天子様? なぜ? どういうことなんですか!」
「そんなことわしが知りたい。かといって天子様の要望を断るなど臣下としてあってはならぬ。明朝、宮内省より迎えがあるゆえ準備しておけ」
「よ、よろしいのですか? 私のような未熟者で……私より師兄か師匠のほうが……」
「そう言われるとわしも是非戦ってみたいのだが、さすがに天子様に注文をつけるわけにもいかん。だがお前にとってもよい経験になるだろう。なにせ相手は世界で初めて単独で竜を屠った男であるらしいからな」
「竜? しかも単独? いつの話ですか? それそんなとんでもない話ニュースにならないはずが……」
竜の撃破は人類の悲願といっていい。
かつて鬼の一族と天目一族、そして土御門の一族が協力して南海を防衛したことがあるが、それでも単独で竜を撃破できる強者はいなかったはずだ。
そんな強者が国内にいれば、政府が、マスコミが放っておくはずがない。つまり――――
「国外の人物ですか?」
「どうもそうらしい。ダンプ諸島から来日したばかりとか。さる御方の隠し子のようなことを言われていたが……いずれにせよただ者ではあるまい」
「すると本当に竜を?」
「あの宮内省がわざわざ与太話で動くはずはあるまいからな」
ぱっ、と薫子の冷たさすら感じさせる硬質の美貌が喜色に輝いた。
いろいろと乙女としては変わったところのある薫子だが、その最大の原因はこれだ。強さに対する憧れと欲望が人並外れて強い。
その薫子が、ドラゴンスレイヤーと戦えることを喜ばぬはずがないのであった。
(もっとも、おえらいさんが考えているのはそれだけではないだろうが…………)
戦うだけなら何も薫子である必要はない。
あえて薫子でなくてならない理由を、本人は全く気づいていないようだ。
(まあ、知らぬが花というものか)
そんな師匠の気持ちにも気づかず、薫子はニマニマと笑み崩れていた。
「でへ、でへへへへ…………」
少し乙女の表情としては不気味であった。
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