あれやこれや 5
思い浮かばない
【お題】 夏の大三角関係
思い浮かばなくて、過去作を苦肉の策で改筆しました。
◇
幼い頃から、自分の容姿がよくないことは知っていた。幼稚園ではっきりわかった。
同じ組に三沢家の三女がいた。いつも髪を結い、かわいいリボンをしていた。服は皆同じ制服だが、明らかな素材の違いを思い知らされた。男児はかわいい子を好む。たとえ、自分勝手でわがままでも。おまけにパパは社長……と自慢した。
嫌いな子だった。ああいうチャラチャラした中身のない子は大嫌い。ただひとつ、羨ましいことがあった。私にはないもの。兄貴だ。
10歳年上の素敵な兄貴が、時々妹を迎えに来ていた。中学生の兄貴は妹の自慢だ。妹は見せびらかして甘えた。兄は妹の手を取って帰って行った。私の顔など見やしなかった。
素敵な兄貴の妹たちは私と同じ小学校だった。3人いた。皆かわいくて目立っていた。兄は運動会には応援に来ていた。先生たちと話していた。もう大人たちより背が高く、誰よりも素敵だった。
噂は私の耳にも入った。三沢家の長男。学力優秀。スポーツ万能。
その後は何度か、ホームや電車の中で彼を見かけた。社会人になった彼はますます素敵になり、まわりの女性も意識していた。私のことは覚えていない。妹のそばで見つめていたのに。
三沢家に飼われていた犬は、父が経営する動物病院に予防注射を受けに来た。家族旅行の時は犬を何日も預けた。長男が連れてきたこともある。 私が大学生のとき、父の助手をしていると、彼が子犬を抱いてきた。診察室でしばしふたりきりになった。ふたりと1匹。
18歳の飾り気のない女の頬は紅潮しただろう。しかし、彼は慣れていた。見られることに慣れていた。
私は慣れていなかった。犬の爪を切り足の毛を刈る。彼は私の手元を見ていた。
「三角先生のお嬢さん?」
お嬢さん……
「似てますね」
そうよ。父親似なの。母に似ればよかった。
男と交際したことはある。面倒くさい女より男の方が話しやすかった。ほとんどの男は私を恋愛の対象には見なかった。私も、あの三沢家の息子と比べてしまい、それを超える男には出会わなかった。
それから10年以上経った。憧れていた男は目の前に現れた。最低の男、父親として。
私は彼の妻を知っていた。私と同じ歳の女が、憧れた男の妻になった。嫉妬は湧かなかった。噂は聞いていた。
三沢家の長男は結婚を反対されて家を出た。女のために家族も会社も捨てたのだ。
そして、会社が危うくなると長男は戻ってきた。妻と子供を連れて。学歴のない東北の貧しい女だという。
そのひとには感服した。父親は半身不随、母親も介護で腰を悪くした。妹たちの寄り付かなくなった家は荒れていた。
三沢家の長男が、何もかも捨てて妻にした女はたいした人だった。荒れ果てた邸がきれいになっていった。その美しい人は、梯子に乗り植栽を切っていた。結婚を反対した義父を車椅子で散歩させていた。笑っていた。楽しそうに。
母が噂話を聞いてきた。魚屋でアラを買っていた。八百屋で大根の葉をもらっていた。もう、あの家には金がないのだ。
なのに、笑っていた。皆、彼女に好意的だった。その妻のおかげだろう。会社は持ち直した。三沢家は再びにぎやかになった。
ある日、彼女は病気の犬を連れてきた。大きな病院に検査に行くことになり、私が車を運転し乗せて行った。彼女に興味があった。彼女は自分で調べていて、病気のことに詳しかった。
その後なにがあったのか? ある日、彼女から父に電話がきた。私は三沢邸に桃太郎の様子を見に行った。
何があったのか? 彼女は家を出て郷里に帰っていた。弱った犬と息子を残して。
7歳の息子が犬の世話をしていた。薬の副作用で粗相をする。世話は大変だろう。
「おうちの方は?」
私が三角大先生の娘だというと、少年は安心したようだった。父親は仕事で帰りが遅い。祖母は具合が悪く、寝ている。
具合が悪いのは目の前の子供の方だった。片方の瞼が青い。アイシャドウでも塗ったように。転んだんだ、と息子は父親を庇った。
気が気ではなかった。私はランニングしながら三沢邸の様子を伺った。父親の帰りは遅いようだ。手紙を門扉に挟んだ。
「桃太郎のことでお話があります。電話をください。遅くても構いません」
電話はなかった。放っては置けない。私はもう1度手紙を書いた。
「2度目の手紙です。間違っていたらごめんなさい。間違いならいいけど。息子さんのことでお話があります。三角動物病院の娘です。以前1度だけお目にかかりました。電話がなければ警察に連絡します」
日にちが変わるまで待ったが電話はなかった。その時、少年がやってきた。犬を抱いて。真夜中にひとりで歩いてきた。副作用で体重の増えた重い犬を抱いて。
その夜、ふたりで犬を看取った。
そこにようやく現れた父親は酒臭かった。私は自分でも驚いた行動に出た。酔った男を外に押し出し、犬を洗う水道の栓を捻った。夏だ。構うものか。
男は勢いよく水をかけられた。
「子供を殴るなんて、最低の大バカやろう。あの子は返さない。酒をやめるまで返さない」
父親はずぶ濡れで土下座した。
朝、少年を送っていった。情けない父親は元のかっこいい男に戻っていた。
丁寧に謝り礼を言い、2度と暴力は振るわないと私に誓った。少年は学校へ行った。ほとんど眠っていないのに。
私は少年を放っておけなかった。父親の方も。 そして、祖母はもっと危険な状態だった。祖母は明らかに病んでいた。病院に連れて行くとすぐに入院になった。
情けない男は立て続けの出来事に後悔した。
妻のいない家に出入りした。いろいろ噂されただろう。父親は私に頼んだ。息子の力になってくれ、と。あなたに懐いている。心を開いている、と。
家は平和を取り戻していった。やがて私は求婚された。
思い浮かばなくて、過去作を苦肉の策で改筆しました。
◇
幼い頃から、自分の容姿がよくないことは知っていた。幼稚園ではっきりわかった。
同じ組に三沢家の三女がいた。いつも髪を結い、かわいいリボンをしていた。服は皆同じ制服だが、明らかな素材の違いを思い知らされた。男児はかわいい子を好む。たとえ、自分勝手でわがままでも。おまけにパパは社長……と自慢した。
嫌いな子だった。ああいうチャラチャラした中身のない子は大嫌い。ただひとつ、羨ましいことがあった。私にはないもの。兄貴だ。
10歳年上の素敵な兄貴が、時々妹を迎えに来ていた。中学生の兄貴は妹の自慢だ。妹は見せびらかして甘えた。兄は妹の手を取って帰って行った。私の顔など見やしなかった。
素敵な兄貴の妹たちは私と同じ小学校だった。3人いた。皆かわいくて目立っていた。兄は運動会には応援に来ていた。先生たちと話していた。もう大人たちより背が高く、誰よりも素敵だった。
噂は私の耳にも入った。三沢家の長男。学力優秀。スポーツ万能。
その後は何度か、ホームや電車の中で彼を見かけた。社会人になった彼はますます素敵になり、まわりの女性も意識していた。私のことは覚えていない。妹のそばで見つめていたのに。
三沢家に飼われていた犬は、父が経営する動物病院に予防注射を受けに来た。家族旅行の時は犬を何日も預けた。長男が連れてきたこともある。 私が大学生のとき、父の助手をしていると、彼が子犬を抱いてきた。診察室でしばしふたりきりになった。ふたりと1匹。
18歳の飾り気のない女の頬は紅潮しただろう。しかし、彼は慣れていた。見られることに慣れていた。
私は慣れていなかった。犬の爪を切り足の毛を刈る。彼は私の手元を見ていた。
「三角先生のお嬢さん?」
お嬢さん……
「似てますね」
そうよ。父親似なの。母に似ればよかった。
男と交際したことはある。面倒くさい女より男の方が話しやすかった。ほとんどの男は私を恋愛の対象には見なかった。私も、あの三沢家の息子と比べてしまい、それを超える男には出会わなかった。
それから10年以上経った。憧れていた男は目の前に現れた。最低の男、父親として。
私は彼の妻を知っていた。私と同じ歳の女が、憧れた男の妻になった。嫉妬は湧かなかった。噂は聞いていた。
三沢家の長男は結婚を反対されて家を出た。女のために家族も会社も捨てたのだ。
そして、会社が危うくなると長男は戻ってきた。妻と子供を連れて。学歴のない東北の貧しい女だという。
そのひとには感服した。父親は半身不随、母親も介護で腰を悪くした。妹たちの寄り付かなくなった家は荒れていた。
三沢家の長男が、何もかも捨てて妻にした女はたいした人だった。荒れ果てた邸がきれいになっていった。その美しい人は、梯子に乗り植栽を切っていた。結婚を反対した義父を車椅子で散歩させていた。笑っていた。楽しそうに。
母が噂話を聞いてきた。魚屋でアラを買っていた。八百屋で大根の葉をもらっていた。もう、あの家には金がないのだ。
なのに、笑っていた。皆、彼女に好意的だった。その妻のおかげだろう。会社は持ち直した。三沢家は再びにぎやかになった。
ある日、彼女は病気の犬を連れてきた。大きな病院に検査に行くことになり、私が車を運転し乗せて行った。彼女に興味があった。彼女は自分で調べていて、病気のことに詳しかった。
その後なにがあったのか? ある日、彼女から父に電話がきた。私は三沢邸に桃太郎の様子を見に行った。
何があったのか? 彼女は家を出て郷里に帰っていた。弱った犬と息子を残して。
7歳の息子が犬の世話をしていた。薬の副作用で粗相をする。世話は大変だろう。
「おうちの方は?」
私が三角大先生の娘だというと、少年は安心したようだった。父親は仕事で帰りが遅い。祖母は具合が悪く、寝ている。
具合が悪いのは目の前の子供の方だった。片方の瞼が青い。アイシャドウでも塗ったように。転んだんだ、と息子は父親を庇った。
気が気ではなかった。私はランニングしながら三沢邸の様子を伺った。父親の帰りは遅いようだ。手紙を門扉に挟んだ。
「桃太郎のことでお話があります。電話をください。遅くても構いません」
電話はなかった。放っては置けない。私はもう1度手紙を書いた。
「2度目の手紙です。間違っていたらごめんなさい。間違いならいいけど。息子さんのことでお話があります。三角動物病院の娘です。以前1度だけお目にかかりました。電話がなければ警察に連絡します」
日にちが変わるまで待ったが電話はなかった。その時、少年がやってきた。犬を抱いて。真夜中にひとりで歩いてきた。副作用で体重の増えた重い犬を抱いて。
その夜、ふたりで犬を看取った。
そこにようやく現れた父親は酒臭かった。私は自分でも驚いた行動に出た。酔った男を外に押し出し、犬を洗う水道の栓を捻った。夏だ。構うものか。
男は勢いよく水をかけられた。
「子供を殴るなんて、最低の大バカやろう。あの子は返さない。酒をやめるまで返さない」
父親はずぶ濡れで土下座した。
朝、少年を送っていった。情けない父親は元のかっこいい男に戻っていた。
丁寧に謝り礼を言い、2度と暴力は振るわないと私に誓った。少年は学校へ行った。ほとんど眠っていないのに。
私は少年を放っておけなかった。父親の方も。 そして、祖母はもっと危険な状態だった。祖母は明らかに病んでいた。病院に連れて行くとすぐに入院になった。
情けない男は立て続けの出来事に後悔した。
妻のいない家に出入りした。いろいろ噂されただろう。父親は私に頼んだ。息子の力になってくれ、と。あなたに懐いている。心を開いている、と。
家は平和を取り戻していった。やがて私は求婚された。
「エッセイ」の人気作品
書籍化作品
-
【完結】辛口バーテンダーの別の顔はワイルド御曹司-
52
-
転生貴族の異世界冒険録~自重を知らない神々の使徒~-
70818
-
山育ちの冒険者 この都会(まち)が快適なので旅には出ません-
442
-
社長、それは忘れて下さい!?-
140
-
チートあるけどまったり暮らしたい-
3395
-
シルバーブラスト Rewrite Edition-
353
-
オフラインで打ち合わせ 〜真面目な神絵師との適切な距離感〜-
58
-
嘘と微熱〜甘美な一夜から始まる溺愛御曹司の愛執〜-
93
-
風使い練成術師、防御重視は時代遅れとパーティ追放(10か月ぶり9度目)される~路頭に迷いかけたけど、最強火力をもつ魔女にスカウトされた。守備が崩壊したと言われてももう遅い。今は最高の相棒がいるので~-
240

コメント
コメントを書く