あれやこれや 5

ノベルバユーザー607660

思い浮かばない

【お題】 夏の大三角関係

 思い浮かばなくて、過去作を苦肉の策で改筆しました。





 幼い頃から、自分の容姿がよくないことは知っていた。幼稚園ではっきりわかった。
 同じ組に三沢家の三女がいた。いつも髪を結い、かわいいリボンをしていた。服は皆同じ制服だが、明らかな素材の違いを思い知らされた。男児はかわいい子を好む。たとえ、自分勝手でわがままでも。おまけにパパは社長……と自慢した。
 嫌いな子だった。ああいうチャラチャラした中身のない子は大嫌い。ただひとつ、羨ましいことがあった。私にはないもの。兄貴だ。
 10歳年上の素敵な兄貴が、時々妹を迎えに来ていた。中学生の兄貴は妹の自慢だ。妹は見せびらかして甘えた。兄は妹の手を取って帰って行った。私の顔など見やしなかった。

 素敵な兄貴の妹たちは私と同じ小学校だった。3人いた。皆かわいくて目立っていた。兄は運動会には応援に来ていた。先生たちと話していた。もう大人たちより背が高く、誰よりも素敵だった。
 噂は私の耳にも入った。三沢家の長男。学力優秀。スポーツ万能。
 
 その後は何度か、ホームや電車の中で彼を見かけた。社会人になった彼はますます素敵になり、まわりの女性も意識していた。私のことは覚えていない。妹のそばで見つめていたのに。

 三沢家に飼われていた犬は、父が経営する動物病院に予防注射を受けに来た。家族旅行の時は犬を何日も預けた。長男が連れてきたこともある。 私が大学生のとき、父の助手をしていると、彼が子犬を抱いてきた。診察室でしばしふたりきりになった。ふたりと1匹。
 18歳の飾り気のない女の頬は紅潮しただろう。しかし、彼は慣れていた。見られることに慣れていた。
 私は慣れていなかった。犬の爪を切り足の毛を刈る。彼は私の手元を見ていた。
三角みすみ先生のお嬢さん?」
 お嬢さん……
「似てますね」
 そうよ。父親似なの。母に似ればよかった。

 男と交際したことはある。面倒くさい女より男の方が話しやすかった。ほとんどの男は私を恋愛の対象には見なかった。私も、あの三沢家の息子と比べてしまい、それを超える男には出会わなかった。

 それから10年以上経った。憧れていた男は目の前に現れた。最低の男、父親として。

 私は彼の妻を知っていた。私と同じ歳の女が、憧れた男の妻になった。嫉妬は湧かなかった。噂は聞いていた。
 三沢家の長男は結婚を反対されて家を出た。女のために家族も会社も捨てたのだ。
 そして、会社が危うくなると長男は戻ってきた。妻と子供を連れて。学歴のない東北の貧しい女だという。

 そのひとには感服した。父親は半身不随、母親も介護で腰を悪くした。妹たちの寄り付かなくなった家は荒れていた。
 三沢家の長男が、何もかも捨てて妻にした女はたいした人だった。荒れ果てた邸がきれいになっていった。その美しい人は、梯子に乗り植栽を切っていた。結婚を反対した義父を車椅子で散歩させていた。笑っていた。楽しそうに。
 母が噂話を聞いてきた。魚屋でアラを買っていた。八百屋で大根の葉をもらっていた。もう、あの家には金がないのだ。
 なのに、笑っていた。皆、彼女に好意的だった。その妻のおかげだろう。会社は持ち直した。三沢家は再びにぎやかになった。

 ある日、彼女は病気の犬を連れてきた。大きな病院に検査に行くことになり、私が車を運転し乗せて行った。彼女に興味があった。彼女は自分で調べていて、病気のことに詳しかった。

 その後なにがあったのか? ある日、彼女から父に電話がきた。私は三沢邸に桃太郎の様子を見に行った。
 何があったのか? 彼女は家を出て郷里に帰っていた。弱った犬と息子を残して。

 7歳の息子が犬の世話をしていた。薬の副作用で粗相をする。世話は大変だろう。
「おうちの方は?」
 私が三角みすみ大先生の娘だというと、少年は安心したようだった。父親は仕事で帰りが遅い。祖母は具合が悪く、寝ている。

 具合が悪いのは目の前の子供の方だった。片方の瞼が青い。アイシャドウでも塗ったように。転んだんだ、と息子は父親を庇った。
 
 気が気ではなかった。私はランニングしながら三沢邸の様子を伺った。父親の帰りは遅いようだ。手紙を門扉に挟んだ。
「桃太郎のことでお話があります。電話をください。遅くても構いません」
 
 電話はなかった。放っては置けない。私はもう1度手紙を書いた。  
「2度目の手紙です。間違っていたらごめんなさい。間違いならいいけど。息子さんのことでお話があります。三角みすみ動物病院の娘です。以前1度だけお目にかかりました。電話がなければ警察に連絡します」

 日にちが変わるまで待ったが電話はなかった。その時、少年がやってきた。犬を抱いて。真夜中にひとりで歩いてきた。副作用で体重の増えた重い犬を抱いて。
 その夜、ふたりで犬を看取った。

 そこにようやく現れた父親は酒臭かった。私は自分でも驚いた行動に出た。酔った男を外に押し出し、犬を洗う水道の栓を捻った。夏だ。構うものか。
 男は勢いよく水をかけられた。
「子供を殴るなんて、最低の大バカやろう。あの子は返さない。酒をやめるまで返さない」
 父親はずぶ濡れで土下座した。

 朝、少年を送っていった。情けない父親は元のかっこいい男に戻っていた。
 丁寧に謝り礼を言い、2度と暴力は振るわないと私に誓った。少年は学校へ行った。ほとんど眠っていないのに。

 私は少年を放っておけなかった。父親の方も。 そして、祖母はもっと危険な状態だった。祖母は明らかに病んでいた。病院に連れて行くとすぐに入院になった。
 情けない男は立て続けの出来事に後悔した。

 妻のいない家に出入りした。いろいろ噂されただろう。父親は私に頼んだ。息子の力になってくれ、と。あなたに懐いている。心を開いている、と。
 家は平和を取り戻していった。やがて私は求婚された。

コメント

コメントを書く

「エッセイ」の人気作品

書籍化作品