転生賢者は休みたい!

シオヤマ琴

第17話

「もう魔物討伐が始まっているということですか?」
「かもしれないが正直よくわからん」
「だったら急いだほうがよくないですか~?」
「まあいいわ、よく考えたらヒーローは遅れて登場するものよねっ。今から行ってわたしたちで魔物を一掃してやりましょ!」
 アテナの凝り固まったヒーロー観はさておき後半は賛成だ。
 俺たちは魔物やゲイザーたちがいるであろうイアスの丘に向かった。

 イアスの丘まで目と鼻の先というところでギルドの職員の人たちと出会った。
「あっゼットさん!?」
 トゥーネットさんが職員の人たちの中から抜け出てくる。
「魔物が町に向かって侵攻を始めたので討伐が早まったんです! ゼットさんたちに知らせようとしたのですが宿屋にはいなくて……」
 そういや家を買ったことトゥーネットさんには言ってなかったっけ。
「それで、魔物はどこなの?」
 アテナがぶしつけに訊く。
 と、
『グルゥァアアア!!』
 魔物のけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
「こ、この崖の下のイアスの丘です。私たちはここに避難しているように言われて」
 足元を覗くと三百メートルほどの崖下に五人の冒険者たちがいてその周りを取り囲むように百体ほどの魔物が群れをなしていた。
 ブラッドが鳥型の魔物の口から短剣を引き抜くとその魔物が消滅していく。
 ブラッドには疲れの色がみえる。
「ゲイザーさんたちが五、六十体は退治したのですが後列の魔物ほど強くなっていってロキさんとルナさんが怪我を負ってしまって……」
 ロキとルナというのはおそらくギルドでみかけた顔がそっくりの男女の双子だろう。
「ふーん。じゃあもうちょっとだけ様子見よっか」
「え~、アテナさんそんなこと言わずに早く助けに行きましょうよ~」
 アテナにすがりつくマリエルさん。
「もうちょっとピンチになってからでも遅くないってばっ」
「アテナさ~ん」
 そうこうしている間にも崖下では戦いが続いていた。
 ゲイザーが風魔法で魔物の動きを止めている隙にブラッドが魔物の急所を突いていく。
 討ちもらした魔物が二体ゲイザーに向かっていくがすんでのところでゲイザーが大剣を振るう。
 風を纏った大剣が魔物たちを吹き飛ばす。
 その後ろでマリーがロキとルナの前に立ちバリアを張っている。
 ゲイザーとブラッド、実質二人で戦っていた。
 さすがのゲイザーも肩で息をしている。
 そこに一段と大きな二足歩行の毛むくじゃらの魔物がブラッドの前に出てきた。
 ゲイザーは風魔法で動きを封じようとするも歩みを止められない。
 仕方なくブラッドが短剣で斬りかかるが鋼鉄よりも固いのか体毛にはじかれてしまった。
 毛むくじゃらの魔物が大きな拳を振り下ろす。
 ブラッドはよけきれず左肩に攻撃をくらってしまう。
「うがあぁぁぁ!」
 ブラッドの肩の形がおかしい。
 脱臼したか折れたかしたようだ。
 その様子を見ていたネネが言う。
「アテナさんそろそろ行った方がよろしいかと」
「わかったわよ。いくわよ!」
 そう言うとアテナは崖から飛び降りた。
「えっ!? ここ崖ですよっ!?」
 トゥーネットさんの忠告もむなしくマリエルさんとネネもあとに続く。
 そして俺も、
「それじゃあトゥーネットさん、行ってきます」
 崖下に飛び降りた。
「ゼットさん!?」

 俺が地面に着地するとすでにアテナが先陣切って魔物の群れに突っ込んでいた。
 手当たり次第に魔物を投げ飛ばしている。
「アテナのやつ、乗り気じゃなかった割には生き生きしてるな」
「ふふっ。ではボクはあの魔物を止めてみます」
 とネネが毛むくじゃらの魔物に視線をやった。
 毛むくじゃらの魔物は今にもブラッドに追撃をくらわそうとしていた。
 ブラッドがなんとか右腕で防御態勢をとる。
 そして追撃の拳がブラッドに襲い掛かるまさにそのときネネが間に割って入った。
 毛むくじゃらの魔物の拳をネネが受け止めていた。
「みなさんほどじゃありませんがボクにもこれくらいは出来ますよ」
 言うとネネはするりと踊るように毛むくじゃらの魔物の背後に回り込み耳元で小さく歌った。
「…………、……」
 すると毛むくじゃらの魔物が蒸発するように消滅していく。
 おそらく死の歌を耳元で聴かせたのだろう。
 あっけにとられるブラッドにネネが「大丈夫ですか?」と手を差し伸べる。
「あ、ああ、助かったよ」
「ゼットさん! ブラッドさんの傷の手当てお願いします」
 ネネに呼ばれた俺はブラッドのもとへ駆け寄るとブラッドに回復魔法をかけた。
「なっ、あんた回復魔法も使えるのか?」
「ゼットさんに使えない魔法はないですよ」
 平然と嘘をつくな。
 さすがに俺にも使えない魔法はあるぞ。
 俺はブラッドに回復魔法を施しながらマリエルさんの様子をうかがった。
 マリエルさんはマリーのバリアの前に立ち近付いてくる魔物を拳一閃殴り飛ばしていた。
「シスターさん回復魔法は使えますか? 魔物はわたしが足止めするのでロキさんとルナさんをみてあげてください」
 マリエルさんに言われたマリーは今にも崩れかかっていたバリアを解くとロキとルナの回復にあたった。
 三人に近付く魔物をマリエルさんは次々と殴り飛ばしていく。
 俺たちの動きに目をとられていたゲイザーが、
「はっはっは。ゼット、助けに来るのがちと遅いんじゃないのか!」
 楽しそうに笑う。
 悪いな、うちの勇者は頭のネジが飛んでるんだ……にしてもこいつもこんな風に笑うんだな。
 真顔しか見たことないから新鮮だ。
 ゲイザーは水を得た魚のように魔物を押し返していく。
 そこにネネも加わる。
 どうやらあっちも心配なさそうだな。
「よし、治ったぞ」
 俺はブラッドの回復を終えるとあたりを見回した。
 魔物に押されていたのが嘘のように形勢は逆転していた。
 こっちは九人、かたや魔物は六体にまで減っている。
 だが、
「残ってるこいつらなかなか強いわよっ! 足手まといになるからあたしたち以外は下がってなさい!」
 アテナが振り返り叫んだ。
 と同時に土煙の中から現れた巨躯の魔物のパンチをくらい吹き飛ばされる。
 それを見たマリーが「お役に立てず申し訳ありませんっ」と引き下がる。
 ロキとルナも後ろに下がった。
「女の子に任せて退くなんてオレはごめんだぜ!」
「おれも逃げるつもりは毛頭ない!」
 ブラッドとゲイザーが魔物に向かっていく。
 マリエルさんとネネも一体ずつ魔物を相手にしている。
 ……乗り遅れた。と思っていると、
『我も相手がいないのだ。あぶれた者同士楽しもうではないか』
 背後から声がした。

 ……いつの間に後ろに。
 
 俺は振り返りざま裏拳を繰り出すが片手で止められてしまった。
 漆黒のローブの中から手が出ている。
 その手は骨がむき出しだった、というより骨そのものだった。
「アンデッドか」
 アンデッド。
 骸骨の姿をした魔物で魔法に強い耐性を持つ。
 また痛みを感じないので物理攻撃にもひるまない。
 俺は手を振りほどき距離をとる。
「おまえ、人語を話せるんだな」
『ながらく魔物をやっているものでね』
 人語を話せる魔物は長く生きて知恵を身に着けた統率者だ。
 つまりこいつがこの群れを率いていたボスということだ。
『我はアウグストゥス。魔王さまの配下が一人』
「魔王の配下? 魔王はやっぱり復活してるのか?」
『その問いに答える義理はないが、我を倒したら教えてやってもよい』
「いいのかそんなこと言っても。あれだけいた魔物も数えるほどになってしまったぞ」
『しょせん雑兵の集まりだ、我一人でも問題ない』
 アウグストゥスは両手を前に差し出すと十本の指先から炎の玉を放った。
 散り散りに飛んでいく炎の玉。
 それらは俺を素通りしてゲイザーや魔物たちに向かっていった。
「なっ!?」
 不意をつかれたゲイザーとブラッド、そして五体の魔物たちは炎の玉をくらい炎に包まれる。
「ぐあぁぁぁ!」
「うぉおお!」
『ギギャァァァァ!』
 アテナとマリエルさんとネネはなんとか避けていた。
 炎で影がゆらゆら揺れている。
「ちょっとゼット、危なかったじゃない! 好き勝手なことさせるんじゃないわよっ!」
 アテナがワーワー文句を言っている。
 炎が消えると魔物たちは体の一部を残し全て消滅していた。
 マリーが傷つき倒れたゲイザーのもとへ向かい回復魔法をかけ始めた。
 マリエルさんも火傷でボロボロのブラッドを抱えてマリーのところへ連れていく。
『ハハハ、威勢のいいのがいるな。貴様の次はあの女にしよう』
「仲間ごと攻撃するとはな」
『仲間? 勘違いするな、あやつらはただの駒だ。我が気を許せし方は魔王さまただお一人のみ』
 アウグストゥスが大仰な身振り手振りをしてみせる。
 かなり魔王を崇拝しているようだ。
 やはり魔王は復活しているのだろうか?
『では今度は貴様を血祭りにあげるとするか』
 アウグストゥスの目が赤く光った。
 俺は右手に魔力を集中させて風の刃を作り出す。
 そしてそれをアウグストゥスめがけて飛ばした。
「はっ!」
 切れ味鋭い風の刃がアウグストゥスを襲う。
 ザシュッ。
 しかしローブを切り裂いただけで骨には傷一つついていない。
『我に魔法は効かぬ。物理攻撃もしかり。よって無敵』
「試してみなきゃわからないだろ」
 俺は両手に魔力を集め電気に変換した。
 バチバチッと大きな音を立てて放電している。
「くらえ」
 アウグストゥスに電撃を浴びせた。
 強力な電撃攻撃の中、仁王立ちしているアウグストゥス。
『フフフ、ハハハッ器用な人間だ。もっと我をたのしませてくれ』
「言われなくてもやってやるさ」
 俺は天候操作魔法で雷雲を発生させアウグストゥスの頭上に雷を落とす。
『我に魔法は効かぬと言うに。見たところ貴様は魔法使いであろう。それならば貴様は我には勝てぬ道理』
「いいや、違うね……」
 俺は魔力をさらに練りこみ両手に集中させた。
 見てわかるくらいのさっきまでとは比べ物にならない魔力を電気に変換する。
『……な、なんだその魔力は!?』
 アウグストゥスがわなわなと後ずさりする。
『……貴様は一体!?』
「俺は世界最強の賢者だ!」
 アウグストゥスに向けて電撃を放出した。
『うがああああぁぁぁぁ!!』
 叫び声を上げるアウグストゥス。
 アンデッドは正確には魔法に強い耐性があるってだけで魔法が効かないわけではない。
 相手の耐性以上の魔法力で魔法をぶつければいいわけだ。
 アウグストゥスはぷすぷすと煙を上げている。
 そして指の先から灰になって霧散していく。
『……魔王さま……万歳…………』
 アウグストゥスはローブを残し消滅した。
 結局魔王が本当に復活したのかどうか聞けずじまいか。
 もうちょっと手加減するべきだった。
「ゼット、あんた一人でおいしいとこ持ってっちゃって。わたし全然暴れたりないわ」
 アテナが近寄ってきた。
 暴れているという自覚はあったんだな。
「ゼットさーん!」
 声が降ってくる。
 見上げると崖の上から身を乗り出して手を振るトゥーネットさんとそれを支えるギルドの職員たちの姿があった。

 マリーの回復魔法は優れていたようでボロボロだったゲイザーとブラッドは一人で立てるくらいにまで回復していた。
「助かった、礼を言う」
「きみのおかげだよ。あっそうだお礼にあとで食事でもどう?」
「いえ、わたくしは当たり前のことをしただけですから」
 マリーがそっけなく返す。
「そんなこと言わないで。マリーちゃんは何が好きなの?」
 ブラッドがめげずに誘おうとするが、
「やめておけ」
 ゲイザーに頭を掴まれる。
「いててっ、わかったから放せって」
 それを見ていたトゥーネットさんが、
「あはは、ブラッドさんは相変わらずですね。それよりゼットさん、アテナさん、ネネさん、マリエルさん、本当にありがとうございました。みなさんが来てくださらなかったらどうなっていたかわかりません」
 ギルドの男性職員も、
「我々ギルドの職員一同みなあなた方に感謝しております。ありがとうございました」
「ねえ報酬ってどうなってるの?」
 アテナがずけずけと訊く。空気を読まない奴だな。
 男性職員が答える。
「この戦いに参加された方全員に金貨三十枚ずつ差し上げたいと考えております」
「うっそ、あっちの双子と一緒ってこと? あの双子何もやってなかったじゃない」
 とロキとルナを指差すアテナ。本当に空気を読まない奴だ。
「こら、やめろアテナ」
「だって本当のことじゃないのっ」
 ダメ押しするな。
 すると、
「いいのよ、その人の言う通りあたしたちは足を引っ張っただけだもの」
 ルナが足を引きずりながらやってくる。
 ルナに手を貸すロキ。
「ああ、おれたちは報酬を受け取る気はないよ」
「当然よっ」
 まだ言うかこいつ。
「全員一律にお支払いしますのでどうしても受け取る気がないのであれば寄付という形をとっていただくとよろしいかと」
 男性職員が間に入る。
「じゃあ、そうさせてもらうよ。いいよな、ルナ」
「ええ、それでいいわ。……あっちょっと待ってロキ」
 ロキとルナが離れていこうとしたときルナがロキを止めた。
 そしてルナが振り返ると俺に向かって手招きした。
 なんだ?
 俺はルナに近付いていった。
「俺に何か用か?」
 するとルナは整った顔を近寄せて、
「あのアテナって人、勇者でしょ。思ってたイメージとだいぶ違ったから最初はわからなかったわ」
 そしてニコッと笑って、
「機会があったらまた一緒に依頼をしましょ。今度は足を引っ張らないようにもっと努力しておくから。じゃあね」
 と頬に頬を重ね合わせると一足先にギルドに向かった。
 外国人がよくやる挨拶みたいなものなんだろうが俺は心は今でも日本人だから少しドキッとしてしまった。
「で、なんだって?」
 戻るとアテナがジトっとした目で俺を見てくる。
「おまえがすごいって話だよ」
「ほんとかしら? なんか信用できないのよね」
 そこにネネとマリエルさんも合流する。
 ネネが楽しそうに、
「キスされてましたよね、ゼットさん」
「ええ~、キ、キスですか~!?」
「されてない、変なことを言うなネネ。マリエルさんしてませんよ」
 マリエルさんは顔を真っ赤にしている。
 マリエルさんの位置からはそう見えたのかもしれないがネネの位置からは頬と頬が当たっただけなのは見えていたはず。
 ネネの奴、タチの悪い嘘を。
「ゼット、あんたやっぱり信用できないわねっ」
 アテナの機嫌もいつの間にか悪くなっている。
 俺は助けを求めるようにトゥーネットさんを見た。
 が、なぜかトゥーネットさんも頬を膨らませていた。
 この居心地の悪さはなんなんだ一体?
 魔物と戦っていた方がまだ気が楽だったぞ。

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