転生賢者は休みたい!

シオヤマ琴

第15話

「な、なんですかこんな時間に……」
 アテナは不動産屋に着くと閉まっていたシャッターをガンガン叩き鳴らし大声で「出てきなさい、この詐欺師!」と怒鳴り散らした。
 オーナーが出てくるまでそれを五分ほど繰り返し出てくるやいなやオーナーの胸ぐらを掴んで、
「なんですかじゃないわよっ! わたしに変な家売りつけたでしょ! 正直に白状しなさいっ!」
 と言葉を浴びせた。
「え、いや、その、あの……」
 わかりやすく動揺する不動産屋のオーナー。
「少しでもごまかしたり嘘ついたら針千本飲ますからねっ!」
 アテナはどこから持ってきたのか一本の針をオーナーの眼前に突き出す。
 早朝からアテナに叩き起こされる気持ちは痛いほどわかるが今回ばかりは同情する気にはなれないぞ、オーナー。
 正直にゲロっちまえ。
「……す、すみませんでした! じ、実はあなたに売ったあの家は……呪われた家なんです!」

 不動産屋のオーナーの話ではアテナが買った家は不動産業界では有名な事故物件で界隈では呪いの家と呼ばれているのだそうだ。
 あの家で寝ると目覚めなくなるという呪いがかかっているらしい。
「なんてもの売りつけてくれたのよっ!」
「うっぐぐ、く、苦しい……」
 胸ぐらを掴む手に力が入る。
「わたしの仲間が眠ったっきりなのよ、どうすればいいの、答えなさいっ!」
「い、家から出せばす、すぐに目覚めますっ」
「ホントでしょうね、嘘だったら承知しないからね!」
 言うとアテナは手を放してオーナーを解放した。
「ゼット、一旦家に帰りましょ」
 俺を見てそれからオーナーの方を見るアテナ。
「目覚めなかったらまた来るからっ!」
 俺たちはオーナーの悲鳴を背に不動産屋をあとにした。
 
「わたしはマリエルちゃんを運び出すからゼットはネネをよろしくね」
 家に戻った俺とアテナはそれぞれネネとマリエルさんを目覚めさせるため家の外に運び出すことにした。
 アテナがマリエルさんをおぶって一階へと下りていく。
 俺はほとんど下着のような恰好のネネにシーツを巻いて抱きかかえるとそのまま階段を下り庭に出た。
「何よ、全然起きないじゃない」
 マリエルさんをおぶったままのアテナが愚痴る。
 すると、
「……ふぇ、あれえ? アテナさん? なんれわたしアテナさんにおんぶされてるんれすか~?」
 マリエルさんが目を覚ました。
 そしてネネも、
「……ん、……ゼットさん、おはようございます……どうやら何かあったようですね」
 俺に抱きかかえられたまま俺と目が合った。
 ネグリジェ姿なのはまったく気にしていないようだ。恥ずかしがるそぶりも見せない。
「もう降ろしてもらって大丈夫ですよ。一人で立てますから」
「……なんだかよくわからないですけど~、わたしも大丈夫ですアテナさん」
 俺とアテナは二人を立たせると事情を説明した。
「なるほど、呪いですか」
「まったく、とんでもないものをつかまされたわ」
「でもでも、なんでアテナさんとゼットくんは平気だったんですかね~」
 それは俺も疑問だった。
 なぜ大丈夫だったのかと。
「それは説明がつくと思いますよ」
 シーツで身をくるんだネネが話す。
「勇者であるアテナさんにはそもそも呪いの類いは効きませんし、ゼットさんは常に魔法で体を強化しているので呪いにも耐性があったと思われます」
「そっかあ、そういえばわたし呪い攻撃効かないもんね」
 たしかにアテナは呪われたアイテムも普通に装備することが出来る特異体質の持ち主だ。
 だからこそ家の呪いも効かなかったのか。
 そして俺は身体強化魔法を寝ているときでもかけたままにしている。
 これは長年の訓練の賜物だがそれによって家の呪いを防げたってわけか。
「じゃあわたしとネネさんはこのおうちで寝たらまた目覚めなくなっちゃうってことですか?」
「ええ、おそらくは」
「もう怒ったわっ。契約解除してくるっ!」
「ちょっと待ってください」
 今にも駆け出していきそうなアテナを止めたのはネネだった。
 ネネは続けて、
「ボクはこの家を気に入っています。それはみなさんも同じ気持ちだと思います。だからこの呪いに打ち勝つ方法を考えませんか?」
「わ、わたしもこの家好きです。昨日もすごく楽しかったです。だから……」
「うーん、二人がそう言うならねー。でも実際ネネとマリエルちゃんは呪いを防げないし……そうだ! ゼット、あんたネネとマリエルちゃんにも身体強化魔法かけてあげなさいよっ」
「無茶言うなよ。寝ながら離れたところにいる二人に一晩中魔法をかけ続けろっていうのか、それも毎晩。俺が永遠に目覚めなくなるぞ」
「何よ使えないわねー」
 俺の魔力は無尽蔵ってわけじゃない。
 身体強化魔法を自分にずっとかけ続けているだけでもだいぶ魔力は消費してるしそもそもそれ自体もっと褒められてもいい芸当なんだ。
「毎朝アテナさんとゼットくんに外まで連れ出してもらうっていうのは……ダメ、ですよね~」
「ボクに一つだけ考えがあります。一年前の旅の途中で呪いを防ぐレアアイテムをみかけたことがあります。おそらくそれがあればボクもマリエルさんも呪いの効果を受けずに済むのではないかと」
「……それってもしかしてレジーナおばさんのこと言ってる?」
 アテナが嫌な顔をしながら訊いた。
「はい、彼女です」
 アテナが言うレジーナおばさんとはレアアイテム収集家で前回の旅では必要なアイテムを貸してもらうのに無理難題を突き付けられて困らされた記憶がある。
「あの人かー、できれば会いたくないんだけどネネとマリエルちゃんのためなら仕方ないわね」
「ではまた移動はゼットさんにお願いするとして」
「そうね」
 ネネとアテナが俺を見る。
 俺の転移魔法が目当てなんだろ。
「わ~、またレジーナさんに会えるんですね~」
「マリエルさん、つかぬことを伺いますがパン屋はいいのですか?」
「えっ、パン屋? ……」
 ネネが時計を指差しマリエルさんが時計を見て固まる。
 マリエルさんの血の気がサーっと引いていくのがわかる。
「ど、どうしましょう!? わたしパン屋さんに遅刻しちゃってます!」
「マリエルちゃんは今からパン屋に行きなさい。レジーナおばさんのところにはわたしたちで行くからいいわっ」
「ほんとですかっ!? みなさんごめんなさい、わたし着替えてきます~!」
 そう言うとマリエルさんは慌ただしく家の中に入っていった。

 朝食も取らずに出ていくマリエルさんを見送った俺たちは早めの朝食のあとレジーナさんのいるワイノの町に行く準備を整えた。
 前の旅でワイノの町には訪れたことがあるので俺の転移魔法で瞬時に移動できる。
「まだ早いですかね」
 ネネが時計を見ながら言う。
 時刻は朝の七時。
 レジーナさんはレアアイテム収集家でありながらそれらを販売や貸し出しもする店を経営している。
「年寄りは早起きだっていうから大丈夫じゃない?」
 年寄りと形容するほどレジーナさんは年を取ってはいないと思うが仮に起きていたとしても店はまだ開いていないだろう。
「少し仮眠をとりたいところですが、ボクは眠ってしまうとまたお二人に迷惑をかけてしまうので」
「別にいいわよ、わたしもまだ眠いし。ねえゼット、わたしたちちょっと寝たいんだけど適当な時間に起こしてくれる?」
 アテナが振り返り俺を見る。
 アテナの目は早く起きたせいか充血していた。
 そういえば今日誰よりも早く起きたのはアテナだったな。
「ああ、かまわないが」
「いいのですか、ゼットさん」
「好きにしてくれ」
 俺もいつもより何時間も早く叩き起こされ正直眠いのだがここは譲ってやろう。
 アテナとネネが仮眠をとる間ただ無為に時間を潰すのももったいないので俺は魔法の特訓がてら近くの林で食材をとることにした。
 浮遊魔法で高いところになっている木の実や果物を採集したり、生物探知魔法の感度を上げて川の中にいる魚にも反応するように調節し捕縛魔法で絡めとったりした。
 ある程度集めたところで、
「これくらいでいいだろ、そろそろ二人を起こすか」
 俺はとった食材に浮遊魔法をかけ空中に浮かばせながら家の中に運び入れる。
 と、二人は自分の部屋ではなくリビングで仮眠をとっていた。
「おいアテナ起きろ!」
「ううーん」
 アテナが反応する。
 俺はアテナはとりあえずそのままにしてネネを外へ連れ出した。
 すると、
「……んん、……あ、起こしていただいて、ありがとうございます」
 ネネが目覚めた。
「ふあ~。よく寝たわ」
 アテナも伸びをしながら家から出てくる。
「ゼット、今何時?」
「九時をまわったところだ」
「それならさすがにレジーナおばさんも起きてるわね。じゃあそろそろ行く?」
「そうしましょう」
「あ、ちょっと待てアテナ。おまえレジーナさんのことおばさんて言うなよ、あの人機嫌が悪くなると面倒だからな。わかったか?」
「わかったわよっ」
 二人は俺に近付いてくると俺の手を握った。
 俺は目を閉じワイノの町を思い浮かべる。
「行くぞ」
 俺は転移魔法を発動した。
 
 にぎやかな声が耳に入ってくる。
 目を開けると俺たちはワイノの町の入り口付近に立っていた。
 ワイノの町は商業が盛んで店が沢山ある。
 だから必然的にレジーナさんの店のように一風変わった店も多く存在する。
「そこな若いの、そうおまえさんじゃ。ちょっとこっちこお」
 町に足を踏み入れると頭巾をかぶったおばあさんから声をかけられた。
 通りで占いを営んでいるようだ。
 無視するわけにもいかず呼ばれるまま赴く。
「俺に何か?」
「お主は数奇な人生を歩んでおるようじゃのう。それはこれからも続くじゃろうが決して慢心せんことじゃ、わかったかえ」
 占い師のおばあさんは言うだけ言うと口を閉ざした。
「ちょっとゼット! 道草くってないでさっさと行くわよっ!」
 アテナが俺を呼ぶ。
 俺は占い師のおばあさんに一礼して三人のあとに続いた。
「ゼット、あんた占いなんかに興味があったの? バッカじゃない。あんなの誰にでも当てはまりそうな曖昧なことを言ってお金儲けしてるだけじゃない」
「占いに興味なんてないし信用もしてない、金だって払ってないぞ」
 まさか俺が別の世界から転生してやってきて二度目の人生を生きているなんて誰も見破れるわけないからな。
 もしそれを言い当てる占い師がいたらそのときは信用してやるさ。
「レジーナさんのお店はたしかこのあたりだったと思うのですが……」
 ネネがあたりを見回しながら先頭を歩く。
 するとアテナが声を上げた。
「あっ、あれじゃない?」
「ああ、あれだな……って閉まってるじゃないか」
 レジーナさんのこじんまりとした店はたしかにそこにあったが入り口には<CLOSED>の看板が立てられていた。
 レジーナさんの店は壁に蔦がはっていて独特と言うか異様というか、まあぶっちゃけて言うと不気味な外観をしている。
「何よっ、せっかく時間ずらしてまで来たのにっ」
「ほかの店でも行ってまた時間潰してくるか?」
「嫌っ。なんでこっちが下手に出なきゃいけないわけっ!」
 下手に出るという言葉の使い方はそれで正しいのか、という俺の疑問は置いておいて。
「今日は休みという可能性もありますよ」
 ネネが口元に手をやり難しい顔をする。
「あーもう待てないわっ。ここまで来たんだからこじ開けてでも中に入れてもらうんだからねっ!」
 アテナが地団駄を踏む。
 すると、
「物騒なこと言うんじゃないよ、小娘」
 店の扉が開きレジーナさんが顔を出した。
「レジーナさん」
 俺は思わず声が出る。
「店の前でうるさくてかなわないよ。用があるんなら入んな」
<CLOSED>の看板を裏返し<OPEN>にするレジーナさん。
 俺たちは顔を見合わせるとレジーナさんのあとについて店に入った。
 店の中は一見使い道のわからないがらくたばかりが雑多に置かれているように見えるがその実それら全てが貴重なレアアイテムでありレジーナさんのコレクションでもある。
 例えば入り口近くの壁に掛かっているボロきれのようなマントは被ると一定時間透明になれるという逸品で前の旅で使わせてもらった。
「一年前はお世話になりました。またこうしてお元気な姿を拝見できて嬉しい限りです」
「年寄り扱いするんじゃないよ。用件を言いな」
「ふふっ、これは失礼しました」
「じゃあ単刀直入に言うわ」
 アテナが一歩前に出る。
「レジーナおば……レジーナさん、呪いを防ぐアイテムをちょうだい!」
「……呪いを防ぐアイテムだって? 解呪の宝玉のことかい、それならそこにあるよ。持っていきな」
 レジーナさんが面倒くさそうに大きな棚の上の方を指差す。
「ほらやっぱりこの人は……って、え、いいの?」 
「何を鳩が豆鉄砲くらったような顔してんのさ小娘」
「だって一年前はアイテム借りるのに無理難題ふっかけてきたじゃない」
 そう。一年前の旅の途中、どうしても透明になれるマントが必要だったときレジーナさんは俺たちに主にアテナに無理難題をふっかけ挙句小間使いのように働かせたという過去がある。
 俺たちがアテナの気を静めながらどうにかこうにか最後には透明になれるマントを貸してもらえたのだがアテナにしてみればいい思い出ではない。
 きっと今回も何か命令されると思っていたに違いない。
「そりゃあ、どこの馬の骨ともわからない小娘たちが自分たちは勇者一行だからこのアイテムを貸せ、だなんて言われたって信じられないじゃないか。だから一年前はあんたたちを試したのさ」
 レジーナさんはキセルをふかしながら昔を懐かしむように遠くを見ている。
「でもあんたたちが魔王を倒してくれたんだろ。だから今回はそのお礼みたいなもんさね」
「なんか調子狂うわね。でもまあいいわ、持ってけって言うなら持っていくまでよ。ゼット肩車して」
 アテナは俺をしゃがませると肩にまたがった。
「もうちょっと左」などと指示を出してくる。
 物があふれてて狭いんだからあまり上で動くな、危ないだろ。
「あったわ! 解呪の宝玉ってこれのことね」
 アテナが手にしていたのはソフトボール大の水晶玉のようなもので鈍い光を放っていた。
 アテナはそれをネネに手渡すと俺の肩から飛び降りた。
「そいつの効果範囲は半径二十メートルってとこかね」
「本当にタダでよろしいのですか?」
「あげるわけじゃないよ貸すだけさ。さあ、あたしの気が変わらないうちにさっさとお行き」
 レジーナさんは邪魔者を追い払うように手を振った。
 前にも思ったがやっぱりレジーナさんはいい人だ、ちょっと不器用なだけで。

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