転生賢者は休みたい!

シオヤマ琴

第13話

ネネの言う通りしばらくするとマイケルは回復した。
 マイケルがもう魔物の気配はないというので俺たちはギガントマンモスの牙とベヒーモスの体毛を持って洞窟を出る。
「ではゼットさんすみませんが転移魔法をお願いします」
「ああ、これだけあればアテナにも胸を張って帰れるだろ」
「わいも連れていってほしいワン!」と必死にしがみつくマイケルをネネは「すみません。ありがとうございました」と突き放し俺の転移魔法で俺とネネはシーツーの町へと帰還した。

 ギガントマンモスの牙とベヒーモスの体毛を手に入れてシーツーの町へと戻った俺とネネはまずは道具屋に向かいギガントマンモスの牙を買い取ってもらうことにした。
 こじんまりとした道具屋の中は何かの植物や角、牙などで埋め尽くされていた。
 道具屋の主人が気さくに話しかけてくる。
「やあネネちゃんじゃないか、いらっしゃい。今日は何の用だね」
「お世話になります。今日はギガントマンモスの牙を持ってきたのですが、買い取ってもらえますか?」
「おお! こりゃすごい、値打ちものだね。ちょっと見せてもらうよ」
 と言うと道具屋の主人はギガントマンモスの牙を受け取りじっくりと品定めする。
「うん、金貨十枚でどうかな」
「そんなに頂けるんですか?」
「いつもよくしてもらってるからおまけだよ」
「ありがとうございます」
 正直高いのか安いのかよくわからないが二人の会話を聞く限りおそらく高く買い取ってもらえたのだろう。
「また来てね」と見送る道具屋の主人を背に俺とネネは道具屋を出た。
「ネネ、おまえここにはよく来るのか?」
「よくというわけではありませんが、情報収集も兼ねて時々寄らせてもらっていますよ」
 マリエルさんや俺が働いているときこいつもいろんなことをしていたんだな。
「次はギルドだな」
「あ、それなんですがギルドにはゼットさんお一人で行ってもらえますか? ボクは行くところがありまして」
「別にかまわないが。これをギルドに持っていけばいいんだろ」
 俺はベヒーモスの体毛を手にした。
「はい。お願いしますね」
 言うとネネはギルドとは反対方向に歩いていった。
 一人になった俺はギルドへと向かう。
 途中、お昼のチャイムが町中に響いた。
「そういえば腹へったな……」
 アテナに金貨三枚手にするまで帰ってくるなと言われていたがもうノルマはクリアしたわけか。
 アテナの方はどうしてるんだろうな……まさかさぼったりしてないよな。
 マリエルさんはきっと今頃あくせく働いているんだろうなあ。
 その姿を思い浮かべ、
「魔王を倒した勇者パーティーの戦士だってのに健気だな……」
 少し気の毒になる。
 アテナではないが世界を救ったんだ、たしかにもう少し俺たちの待遇がよくてもいいんじゃないか。
 冒険者たちからは尊敬の目で見られているアテナたちだが一般の人には魔王がいなくなり平和になったことで忘れ去られている感がある。
 その証拠にちょっと変装しただけで魔王を倒した勇者パーティーの一員だと気付かれなくなる。
 いっそ本当に国を滅ぼして一国一城の主になって好き勝手……って何考えてるんだ俺は。
 まずいまずい、アテナに毒されてきたな。
 良くない考えを振り払う。
「こんにちはゼットさん。頭どうかされたんですか」
 俺たちが魔王を倒した勇者パーティーだと知っている数少ない者の一人、トゥーネットさんが俺の顔を覗き込むように声をかけてきた。
 いつの間にかギルドの近くまできていたようだ。
「私はお昼休みでちょうどお昼ごはんを食べに出てきたところなんです」
「ああそうですか。俺はギルドに用があって……」
 俺はトゥーネットさんにベヒーモスの体毛を見せてギルドに来た理由を説明した。
「えっ!? 要警戒魔物の一種のベヒーモスですか!? 魔王がゼットさんたちに倒されてからぱったり姿を見かけなくなってたんですよ。どこに棲息していたんですか?」
「前に魔物の巣窟になっていた洞窟があってそこに。でもほかに魔物は一体だけしかいなかったんですけどね」
「そうだったんですか……魔王が復活したって噂はやっぱり嘘なんですかね。もし魔王が本当に復活していたら魔物の被害ももっと出ているはずですから。私たちも噂の出どころを調べているんですけどなかなかわからなくって……」
 ギルドにも魔王が復活したという噂は届いていたのか。
 まあ当然と言えば当然か。
 噂の出どころを調べているというのは知らなかったが。
 ぎゅるるる~。
「あっゼットさんお昼ごはんまだですか、よかったら一緒にどうです?」
 俺の腹の虫が鳴く音を聞いてトゥーネットさんが昼食に誘ってくれた。
 たしかに腹は減ってるんだけどせっかくギルドまで来たからなあ。
 どうせなら報奨金を貰ってからにしたいんだけど。
「近くに同僚に教えてもらったパン屋さんがあるんですよ。行ってみませんか?」
「近くのパン屋ですか……」
 近くならまあいいか。
 ……ってパン屋って――
「あの、もしかしてパン苦手ですか?」
 俺が一瞬考えこんだせいだろうトゥーネットさんは不安そうに俺をみつめる。
「いえ、そんなことないですよ。大好きです」
「よかった」

 トゥーネットさんに連れられて行き着いたパン屋は案の定というかやはりというかマリエルさんの働くほのぼのベーカリーだった。
 昼時ということもありパン屋には多くの人がいた。
「すみませんゼットさん、こんなに混んでいるなんて聞いていなくて。それにしてもなんでこんなに男性客が多いのでしょうかね」
 トゥーネットさんの言う通りパン屋の客の大半は男だった。
 理由はわかる。
「あ、ゼットくんだ~、いらっしゃ~い」
 そう、この人マリエルさんだ。
 俺に気付いたマリエルさんは大きく手を振ったあと大勢の客の間をすり抜けるようにして俺の前に立った。
 周りの客の、主に男の客の俺に向けられる視線が攻撃的に感じる。
「あれ? トゥーネットさんと一緒だったんですか?」
 俺の横にいたトゥーネットさんに目をやりまた俺に戻す。
「……デート?」
「いえ、そんなんじゃないですよ。そこでさっきたまたま会っただけですからっ」
 マリエルさんが働いているのに俺がトゥーネットさんと遊んでいたと誤解されるわけにはいかない。
 俺も今日はネネと魔物狩りをしてきて帰ってきたばかりなのだから。
「そうなんだ」
 マリエルさんは大きな胸にそっと手を置く。
 納得してくれたようだ。
「マリエルちゃーん、こっちお願い!」
 客で見えないが奥の方から女性の声がした。
 おそらくこのパン屋の女主人だろう。
 呼ばれたマリエルさんは「は~い!」と大きく返事をしたあと「ごめんね。忙しいから行くねっ」と可愛らしくターンして戻っていった。
 パン屋の制服のスカートがひらりとめくれて男の客たちが目の色を変える。
 ちょっとスカート短くないか。
 すると、
「ここマリエルさんの職場だったんですね。知ってたんですか?」
 トゥーネットさんに訊かれる。
「ええ、ここで働いていることは。でもトゥーネットさんが言っていたパン屋がここだとはわかりませんでした」
 俺は意味はないがなんとなく嘘をとっさについてしまった。
「それにしても……なんか必死に否定していましたね、デートじゃないって」
「いや、必死って言うほどでも――」
「いえ別にいいんですよ。早くパン選んで並びましょうか」
「え、はい」
 なんだ? なんとなくトゥーネットさんの雰囲気がとげとげしくなったような気がするのだが多分思い過ごしだろう。
 会計のときレジでマリエルさんに「ゼットくん。トゥーネットさんも、また来てくださいね~」と手を振られたが気恥ずかしいので手を振り返すことはしなかった。
「可愛いですね、マリエルさんは」
 ギルドに戻る道中、ぽつりと独り言のようにつぶやいたトゥーネットさん。
 同意を求めているのかよくわからなかったので「はあ」とだけ言っておいた。
 
 俺たちはギルドに入ると中にあるテーブル席についた。
 パン屋で買ってきたパンをテーブルの上に広げる。
「昼休みの時間まだ大丈夫ですか?」
 俺はギルド内の壁掛け時計を見ながら訊いた。
「まだ大丈夫ですよ」
 トゥーネットさんは時計を見ずに答えた。
 俺はトゥーネットさんの顔を見て改めて、
「あの、ありがとうございます」
「あそこのパン屋さんなら私が教えなくても知ってたじゃないですか」
「いえそのことではなく、まあそれもあるんですけど、金等級の依頼を回してくれたり俺たちにいろいろよくしてくれていることです。ちゃんとお礼を言ってなかったなあって思って」
「そ、それは仕事ですし妹の件でのご恩もありますから」
「だとしてもありがとうございます」
「そんなお礼を言われることなんて何も……」
 うつむくトゥーネットさん。
 そして思い出したように立ち上がると、
「ベヒーモスを倒した報奨金もらってきますねっ」
 とカウンターに小走りで駆けていった。
 遠くのカウンターでベヒーモスの体毛と報奨金を交換してくれているようだ。
 トゥーネットさんは笑顔で戻ってきた。
「すごいですよ、金貨二十枚の報奨金ですっ」
「本当ですかそんなに!?」
「要警戒魔物は報奨金も高いんですよ。しかも最近見かけなくなったベヒーモスですから」
 うーん、ギガントマンモスの牙と合わせて今日一日で金貨三十枚の稼ぎか。
 アテナにでかい顔出来るな。
「トゥーネットさんて今何か欲しい物ってありますか? お礼の意味も込めて何かプレゼントさせてください」
「えっいいですよそんな、悪いです。それに私ってあまり物欲ないんですよ」
「う~んそうですか……じゃあせめて今日のお昼分だけでもおごります。遠慮はしないでください」
 俺は何度か念を押した。
 するとトゥーネットさんは根負けしたかのように「……わかりました。ではお言葉に甘えて」とクリームパンを手に取り一口かじった。
「うん。おいしいですっ」
 よほどクリームパンがおいしかったのだろう今日一番の笑顔を見せてくれた。
 結局二人で合計七つのパンをたいらげその後トゥーネットさんは仕事に戻っていった。
 去り際に、
「またよさそうな依頼があったら回しますね」
 と言いさらに口元に人差し指を近づけ「内緒ですよ」と可愛く付け加えた。

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