転生賢者は休みたい!

シオヤマ琴

第7話

結論から言うと俺の楽観的な読みは外れていた。
 数日経ってもアテナは不調のままだったのだ。
「アテナさんどうしたんですかね~」
 マリエルさんが首をひねる。パン屋は今日は臨時休業なのだそうだ。
 宿屋の俺の部屋には俺とマリエルさんがテーブルを挟んで椅子に腰掛けていた。
 アテナはというと何もやる気がおきないと言って毎日だらけている。
 今も自分の部屋でぼーっとしているはずだ。
 あいつが静かなのはいいことだがちょっと、いやかなり異常だ。
「お二人に聞いてほしいことがあります」
 ネネがドアを開け入ってくる。
「先ほど商店街に行ってきたのですがどこもお店が閉まっていました。アテナさんと同じような症状の人たちが町にあふれているようです。しかもみなさん普段は活発な方ばかりだそうで」
 ネネの話を聞いて「あっ」と声をもらすマリエルさん。
「わたしが働いているパン屋さんのおばさまもいつもと違って今日はなんだか元気がなかったんです」
「何か異変が起こっているのかもしれませんね」
「もしかして魔王が復活した影響とかですか?」
「おそらく違うと思います。ほかの町ではこのようなことは起きていないようですから」
 ネネはほかの町の様子も調べてくれていたようだった。
「とにかく原因を突き止めないといけませんね」
「わたしも協力しますっ」
 マリエルさんはともかくネネはいつになく積極的じゃないか。
「ネネ、どういう風の吹き回しだ」
「ふふっ、だってアテナさんがああだとつまらないじゃないですか」
 とネネは涼しげな顔に似合わないニヤリとした笑みを浮かべてみせた。

 俺とマリエルさんとネネは町が一望できる丘の上に来ていた。ずいぶんと風が強い。
「それで原因をどうやって突き止めるんだ、当てでもあるのか?」
「実はそれももうほとんど調べがついているんです」
 ネネは淡々と答える。
「アテナさんを含め町の方々に異常が出始めたのが四日前、その頃から西向きの強い風が吹き続けているんです。ですから何かが風に乗って町に流れてきた、ボクはそう考えているんです。そして今いるここが町の東側の丘です」
「何かってなんですか?」
「それは多分あれではないでしょうか」
 ネネが指差す先にはピンク色の花が一面絨毯のように埋め尽くしていた。
 風に揺られて波打っているかのようだ。
「ムゲンバナという花だそうですよ。麻酔にも用いられることがあるようです。何かのきっかけで大量発生したんですね」
 そんなことまで調べていたのか。
 まったく器用になんでもこなす奴だ。
「そこまでわかってるならあとは摘み取るだけだな」
 時間はかかるだろうが仕方ない。
 もしアテナが知ったら「誰かがギルドに依頼するまで待ちましょう!」とか言い出しかねないしな。
「それがそう単純ではないんですよ」
「どういうことだ?」
「あそこはある資産家の私有地でして花を摘み取ることはおろか足を踏み入れることも出来ません」
 なんだそれは。
「じゃあ、どうするんだよ?」
「さて、どうしましょう」
 どうしましょう……って。
 ここまで来て何もせずに帰るのか。
 ここでマリエルさんが口を開く。
「資産家の人におねがいしたらいいんじゃないですか~?」
 俺とネネは互いを見合った。
「あれ? わたし何かおかしなこと言いましたか?」
「いえ、まったくおかしくありません。その通りですね、ゼットさん」
「ああ。で、おまえのことだからその資産家とやらも調べてあるんだろ」
「はい、もちろんです」
 俺たちは資産家の家を訪ねることにした。
 
 シーツーの町の北の方は高台になっていて高級住宅地となっている。
 俺たちはその内の一軒の豪邸の前まで来ていた。
「ふわぁ、大きいです~」
 マリエルさんは豪邸を見上げて言った。
 金はあるところにはあるもんだな。
 俺はため息をもらす。
 表札にはカナリーと書かれていた。
「カナリー・フーゴ、二十八才。若くして親の莫大な遺産を引き継いだ不動産経営者です」
 ネネが例の土地の所有者の情報を教えてくれる。
「経営者とは名ばかりで実際はほとんど家にいて働いてはいないようですが」
 黙っていても金が入って来るってわけか。いい生活してるな。
 すると、
「なんだおまえたちは、フーゴさまの家の前で何をしているんだ!」
 俺たちに気付いた守衛が近付いてきた。
 日焼けした肌に筋骨隆々な体つきをしている。
「あの~、わたしたちそのフーゴさん? て人に会いに来たんですけど」
「アポはとってあるのか?」
「あぽ、ですか?」
「いえ、とってはいません」
「だったら今すぐ帰れ!」
 取り付く島もない。
 しかしネネは話を続ける。
「ここで我々を帰すとあなたがフーゴさんにクビにされてしまうかもしれませんよ。それくらい重要な話があるんです。取り次ぐくらいわけないでしょう」
「う、うーむ……」
 守衛が悩んでいるとドアフォンから男の声がした。
「通していいよ、サザン」
「フーゴさまっ!? よろしいのですかっ?」
「うん、いいよ」
 声の主はフーゴ本人のようだ。
 サザンと呼ばれた守衛は渋々その声に従う。
「……フーゴさまの命令だ。通れ」
 大きな鉄の門扉が開けられ玄関が見えた。
 立派な豪邸がそこにはあった。
 ドアの前に立つと自動で開いた。
 そして、
「やあ、いらっしゃい。僕がカナリー・フーゴだよ」
 小柄な男が人懐っこい笑みを浮かべ立っていた。
「さあ、上がってよ」と手招きする。
 俺たちはすんなりと大広間に通された。
 すると、
「えっ!?」
 マリエルさんが声を上げた。
 無理もない、さっきの守衛が大広間の中央に立っていたのだから。
 ネネも驚いた表情を浮かべている。
「ああ、彼らは双子なんだよ。外にいたのがサザンでこっちはクロス、こう見えて僕より年下だよ。僕のボディーガードみたいなものさ」
 双子か。道理で見間違うはずだ。
 それからフーゴは骨董品や絵画、宝石などの自分のコレクションを俺たちに見せてくれた。
 まるで子どもが自分のおもちゃを自慢するかのように。
 しばらくはそれに付き合っていたのだがさすがに長い。
 俺は業を煮やして本題に入ろうとする。
「あの、悪いけどこっちの話も――」
 すると俺の話をさえぎるようにフーゴは言葉を発した。
「正直毎日退屈なんだよね。だから賭けをしないか。きみたちが勝ったらなんでも言うことを聞いてあげる、そのかわり僕が勝ったら一人ここに置いていってくれないかな」
「置いてくってどういう意味だ?」
「言葉通りの意味だよ。そうだなぁ一年間うちで働いてもらおうかな」
 一年だと!?
「こっちはなんでも言うこと聞くんだからそれくらい当然でしょ」
「賭けの内容によりますね」
 ネネが割って入る。
「クロス、あれを持ってきて」
 フーゴの指示でクロスが大掛かりな装置を運んでくる。
「これをお互いの代表者が交互に殴ってより強いパンチ力を出せた方が勝ちさ」
 装置の正面には大きなボタンのような衝撃緩衝材がついている。その上には液晶パネルが。
 ゲーセンにあるパンチングマシーンみたいなものか。
「もちろんこっちの代表者はクロス。僕はクロスが勝つ方に賭けるよ」
「おい、まだこっちはやるなんて――」
「わたしがやります」
 マリエルさんが名乗り出た。
「きみがやるの? いや、かまわないけどてっきり彼がやると思ったのに」
 と俺を見るフーゴ。
「わたしバカだけど、力だけは自信あるんですよ」
 むふん、と鼻息荒く張り切っているマリエルさん。
 もう好きにさせてやろう。
「そちらの二人はそれでいいんですか?」
「ああ、マリエルさんに賭けるよ」
「ボクは出る幕はないのでお任せします」
「そういうことなら。じゃあクロス全力でやってくれ」
「はい」
 言われたクロスは距離を充分にとってから全力で走りだした。
 そしてその勢いのまま全体重を乗せた右ストレートをパンチングマシーンに向かって打ち放った。
「うおりゃあああぁぁ!!」
 バシィ! とマシーンに強い衝撃が伝わり全体が揺れる。
【262】
 数値がはじき出された。
「クロスにしてはちょっと低めだね、緊張でもしてた?」
「いえ」
「今度はわたしの番ですね」
「今ならまだ彼とチェンジしてもいいんだよ」
「ありがとうございます~。でもわたしやります」
 マリエルさんはマシーンの前で目をつむって瞑想を始めた。
 そして目を見開くと、
「えいっ!」
 ドゴン!! とマシーンが吹っ飛び壁に当たった。
 部屋全体が大きく揺れる。
「なっ……!?」 
 フーゴはあまりの衝撃に絶句していた。
【999】
 半壊したマシーンは驚異的な数値をたたき出していた。
「き、きみすごいね、僕のボディーガードにならない? 報酬はいくらでも払うよ」
「ごめんなさい。わたしパン屋さんで働くのが好きなんですっ」
 マリエルさんは太陽のような笑顔でそう答えた。

「賭けはきみたちの勝ちだ、なんでも言ってくれ。僕に出来ることならなんでもするよ」
 フーゴはあっさりと負けを認めると、男らしく約束を果たそうとする。
 ネネが「いっそ彼の所有している土地をすべて譲ってもらうというのはどうでしょうか」と耳打ちしてくるがそんなもんは却下だ。
 俺たちは正体を隠して百パーセント勝てる賭けに乗ったにすぎない。だまし討ちのようなもんだ。
「ふふっあなたらしいですね。アテナさんが聞いたらなんて言うか」
 ネネの言うことを無視して俺はフーゴに要求する。
「町の東の丘に花が沢山咲いてる土地を持ってるだろ、あそこの花摘み取ってもいいか?」
「え……そんなことでいいのかい、本当に? 花なんかいくらでも持っていっていいよ。勝手に咲いてるだけだから」
「わ~、ありがとうございます~。やりましたねゼットくん、ネネさん。これでアテナさんも元に戻りますよ~」
 そうだった。
 俺たちは町の人と同時におとなしいアテナをいつもの傍若無人なアテナに戻す作業をしているんだったな。
 はぁ、正常に戻るのは町の人だけでもいいのだが。
 俺たちは名残惜しむフーゴと別れてもと来た道を戻った。
 そして東の丘にまたやってきた。
 眼前にはムゲンバナが咲き乱れている。
 俺たちは風上からそっとそれを摘み取って袋に入れた。また摘み取って袋に入れる。
 これを繰り返すこと三時間。気付けば日も暮れていた。
「あー、やっと終わった」
「疲れました~」
「思いのほか時間がかかりましたね」
 摘み取ったムゲンバナは袋十二個分になった。
「これで元凶は取り除きましたから明日になればみなさん正常に戻っていることでしょう」
「よかったです~。ところでこれはどうするんですか?」
 マリエルさんがムゲンバナの入った袋を指差して言う。
「ムゲンバナの花粉は道具屋で高く買い取ってもらえるので明日にでも持っていこうと思います。一人では大変なのでそのときはゼットさんもおねがいしますね」
「ん、ああわかったよ」
 今は一刻も早くベッドに倒れ込みたい気分だ。
 明日のことは明日考えればいいさ。
 俺たち三人はアテナの待つ宿屋へと十二個の袋を持って帰った。
 
「ゼット! いつまで寝てるのよ、もうみんなとっくに起きてるわよっ!」
 ああ、また騒がしい朝がやってきた。
 翌朝アテナはいつもの調子を取り戻していた。
 俺の部屋に勝手に入り、毛布を引っぺがしていく。
 鍵をかけていてもこいつには関係ないのだ。勇者専用の魔法でどんな鍵でも開けることが出来てしまう。
「マリエルちゃんを見習いなさい!」
 引っぺがすものがなくなったアテナは俺の着ている服も脱がそうとする。
「わかった、起きるからやめろっ」
「まったく」と言って部屋を出ていくアテナ。
 そのとき小さく「ありがと」と聞こえたような気がしたのは俺がまだ寝ぼけていたせいだろう。
 宿屋の一階に下りるとネネが朝食をとっていた。
 パンを一口かじりコーヒーを飲む。
 宿屋の朝に出されるパンはマリエルさんが働いているパン屋のパンだ。
 ちなみにマリエルさんはすでにパン屋に行って働いている。
 ネネは俺と目が合うと、
「おはようございます、ゼットさん。昨日はお疲れだったようですね。道具屋行けますか?」
「ああ、約束だからな。朝飯のあとでいいんだろ」
「もちろんです」
「なになに? なんの話してるのよ」
 アテナがパンと牛乳を持ってテーブルにやってくる。
「今朝話したムゲンバナをゼットさんと二人で道具屋に売りに行こうと思いまして」
「だったらわたしも行くわ。なんか面白そうだし」
「ギルドはどうするんだよ」
「そんなのあとでいいわよ。依頼は逃げたりしないわっ」
 逃げはしないが誰かに先越されても知らないからな。
 パンを取りに行く俺の背中に「急ぎなさいよねっ!」と思いやりのない言葉が投げつけられた。
 別に道具屋だって逃げたりしないだろ。
 
 前言撤回、今道具屋の主人はこの場を逃げたい気持ちでいっぱいだろう。俺も同じ気持ちだ。
 アテナはいつものごとく我が物顔で道具屋に入ると接客中の道具屋の主人をつかまえて手持ちのムゲンバナを査定させた。
 そして「もっと高く買えだの」「ぼったくり」だのわめきたてて、しまいには「町の皆を救ってやったのに!」と何も事情を知らない人間からしたらヤバい客が来たと思われても仕方ない言動をとり続けた。
 業務妨害という罪がこの世界にもあるのならアテナはまさしく有罪だろうが道具屋の主人はどこまでもプロに徹してくれた。
 結果的にアテナは相場の三割増しでムゲンバナを買い取らせることに成功した。
 これのどこが勇者なんだ。
「アテナさんについてきてもらって正解でしたね」
 と楽し気に言うのはネネだ。
「でしょ。こういうのは得意なんだから、いつでも言いなさいよね」
「客の一人が保安官を呼ぼうとしてたけどな。目立つ行動はとらないんじゃなかったのか」
「なんなの、文句でもあるわけ? ほらこれ見なさいよ」
 と自分の手柄のように二十六枚の金貨をみせつけてくる。
 少なくとも二十枚分は俺とマリエルさんとネネの頑張りによるものだ。
「わたしギルドに行ってくるからこれ預かっといて」
 アテナは俺に金貨を押し付けるとギルドに向かった。
「勝手に使っちゃ駄目だからね!」という言葉を言い残して。
「アテナさん、完全復活ですね」
「そのようだな」
 俺たちはいいことをしたんだよな。
 あいつを見てるとわからなくなってくる。
「ネネはこれからどうするんだ?」
「旅の行商人が集まる酒場があるのですがそこで近隣の町の情報でも仕入れてきます」
「おまえそれ、ただ自分が酒飲みたいだけじゃないだろうな」
「そんなわけないじゃないですか。これもボクの仕事の内ですよ。あなたこそどうするおつもりですか?」
「そうだなー…………っ!」
「……気付きましたか?」
 ささやくように語りかけてくるネネ。
 何者かにあとをつけられている。
 ネネも気付いているようだ。
 俺も小声で返す。
「いつからだ?」
「多分道具屋を出たあたりでしょうか」
 大きい町だとどうしてもそれに比例して悪人の絶対数も増えてしまうのは仕方のないことだが、でかい袋を十二個も持っていたからどこかで目をつけられていたのかもな。
「ボクがやりましょうか?」
「じゃあ路地裏に誘い込むぞ」
 狭い路地裏に入り人気がなくなるとあとをつけていた奴らが姿を現した。
 若い男女の二人組だった。目がトンでいる。
「おとなしく金を置いてけば怪我しないで済むぜっ」
「お、おらさっさとそれ置いてきなって言ってるんだよ!」
 ネネはまぶかに被った帽子を少しだけ上げると歌い出した。
 俺は耳をふさいだ。
「…………、……。」
「……………………、…………ZZZ」
「……、………………ZZZ」
「……終わったか?」
 ネネは微笑んだ。
 ネネが今歌ったのは眠りの歌。聞いた者すべてを眠りに誘う強力な歌だ。
 味方にも効果があるのが玉にキズだが。
 俺は耳をふさぐのをやめた。
「なんだったんだこいつら?」
「麻薬常習者のようですよ。ボクは保安官に連絡してから酒場に行きますのであなたはどうぞ行ってください」
「そう言われてもなあ」
 この状況でネネを置いていくというのも気が引ける。
「目立つ行動は避ける。これもボクたちみんなのためですよ」
「……わかった。じゃあ俺は行くからな」
 ネネはこういうときは年長者らしいことをする。
 俺はその場をネネに任せると宿屋に向かった。
 そして金貨の入った麻袋を俺の部屋のテーブルの上に置くと部屋に鍵をかけて出た。

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