転生賢者は休みたい!

シオヤマ琴

第6話

「ゼット、あんた今まで何してたのよっ!」
 ギルドに戻った俺たちを待っていたのはアテナとネネだった。
 見るからに機嫌の悪いアテナとその後ろで俺を見て外国人のように両手を広げすかした顔を披露するネネ。
「すみません。私が無理言ってついてきてもらったんです」
 とトゥーネットさんが庇ってくれるがそんなのアテナには通用しない。
「なんでこの人と一緒なわけっ!」
 とトゥーネットさんを指差す。
 怒りの矛先が二人になっただけだった。
 おいネネ、そろそろそのすかした顔をやめてこの暴れ馬をなんとかしてくれ。
 俺の意思が伝わったのかネネが、
「まあまあアテナさん、お二人は我々の代わりにギルドの依頼をこなしてきてくれたんですから」
「ああ、報酬は金貨八十枚だ。それに魔物退治もしてきたんだから文句はないだろ」
「大ありよっ! ギルドの仕事はリーダーであるわたしを一回通さないといけないの! そういう決まりなの、いいわねっ!」
 いつそんな決まりが出来たんだ。と反論でもしようものなら二倍、三倍になって返ってくるのは言うまでもないので心の中だけで言っておく。
「ほら、ぼけっとしてないでさっさと報酬受け取ってきなさいよ。二人仲良くねっ」
 といやみったらしく言うアテナ。
 トゥーネットさんが憐れむような目で俺を見てくる。
 小声で、
「……本当にあの人が魔王を倒した勇者なんですか?」
 すいませんトゥーネットさん、それは俺の責任でもあるんです。
 ギルドから金貨八十枚を受け取った俺はトゥーネットさんに別れを告げるとギルドをあとにした。「お金の管理はわたしがするからっ」の一言で金貨の入った麻袋はアテナが手にしている。
 遺跡で見つけた書物は鑑定に数日かかるというのでそれまでギルドに預けることになった。
 宿屋に帰る道すがらアテナの説教が延々と続いたが俺は疲れていたのでほとんど聞いていなかった。
 夕日が宿屋の陰に沈み薄暗くなった道を三人で歩いていると後ろから「アテナさ~ん」と癒し効果のある声がした。
 マリエルさんだ。
「わたし今パン屋さんのお仕事が終わったところなんです。あ、よかったらこれどうぞ~。売れ残ったパンもらってきちゃいました」
 今やすっかりパン屋と化したマリエルさんは紙袋からカレーパンを取り出しネネに渡す。
「マリエルちゃん今大事な話をしているところなの、だから――」
「アテナさんもどうぞ~」
 メロンパンを差し出すマリエルさん。
「んもう、しょうがないわね」とアテナの説教が止まった。
 ありがとうございますマリエルさん。
「あ、ゼットくんにもありますよ。はいどうぞ~」
 昼食を食べ損なっていたから助かりま……俺は食パンを一斤手渡された。
「あ……ありがとうございます、マリエルさん」
 きっと悪気はないんだよな。
 
 そしてこの三日後、遺跡にあった書物の正体が判明した。
 朝一で宿屋にトゥーネットさんから連絡が入り俺はギルドに向かった。
「ゼットさん、おはようございます。あ、みなさんもいらっしゃったんですね、おはようございます」
 と俺の後ろを見て挨拶するトゥーネットさん。
 そうなのだ。俺は一人で来るつもりだったのだが俺の電話の受け答えの様子を見ていたネネがいらぬ勘を働かせアテナとマリエルさんも誘ってついてきたのだ。
 マリエルさんに至ってはわざわざパン屋を休んでついてきている。
「なんですか? 何があったんですか?」と連れてこられた意味もわかっていないマリエルさんと「眠いわよ、ネネ」と寝ぼけ眼のアテナ。
 俺は三人を無視してトゥーネットさんに話しかけた。
 トゥーネットさんの持っている書物を指差して、
「電話でそれが何かわかったって言ってましたよね」
 トゥーネットさんは電話では詳しい内容は話してくれなかったがすごく興奮していた。
「はい。実はこれ死者の書といって……死者の魂を呼び出す呪文が書かれているそうなんです」
「とは言っても誰もこの呪文を読むことが出来なくて、ゼットさんならもしかしてと思いまして……」
 と俺に死者の書を開いて見せてくる。
「はあ、なんでゼットなわけ? こういうのは勇者のわたしの出番でしょ」
 と言って覗き込む。
 こらアテナ、頭が邪魔だ。
「えーとなになに……ってなんなのこれ、全然読めないじゃない」
 アテナはすんなり諦めた。熱しやすく冷めやすい奴だ。
「ゼットさんは読めますか?」
「勇者のわたしに読めないものがゼットに読めるわけないじゃない」
「一応見てもらえますか、ゼットさん」
 トゥーネットさんも食い下がる。
 俺は死者の本に視線を落とした。
 …………。
「あの、期待してもらったとこ悪いんですが俺も読めないです、これ」
「……そうですか」
 肩を落とすトゥーネットさん。
「ふふん」と自分のことは棚に上げてほらみなさいと言わんばかりの表情をするアテナ。
「これ読める人なんているんですか~?」
 とマリエルさんも横から顔を覗かせる。
 ネネは訳知り顔で俺を見てくるがこいつはいつもこういう顔なので無視しよう。
 アテナがおもちゃに飽きた子どものように興味なさげに訊いた。
「これ売ったらいくらくらいになるわけ?」
「売るなんてとんでもない! 世界に二つとないかもしれないんですよ、大事に保管してください!」
「あっそ。だったらゼット、あんたが責任もってちんと管理するのよいいわね」
 金にならないとわかったから俺に押し付けてきやがった。まあ構わないがな。
 こうして死者の書は使い道のないまま俺が保管することになった。
 
 その夜、俺の部屋に泥棒が入り死者の書が盗まれた。

「犯人をみつけるわよっ!」
 アテナは俺たちを自分の部屋に呼びつけると開口一番こう言い放った。
 ちなみにいつもは呼ばれなくても俺の部屋に集まる三人だが俺の部屋は昨夜泥棒に入られたため物が散乱しているから避けたようだ。
「おまえあの本に興味なかっただろ」
「ええそうよ、でもそれとこれとは話は別よ。あんたこそ盗みに入られたのによく平気ね」
「平気ってわけじゃないが盗まれたのは死者の書だけだからな。正直そこまでしなくても――」
「これはわたしたちに対する挑戦でもあるのよ。絶対に許さないわ」
 アテナは俺のために怒っているくれているというより自分の部下がバカにされたくらいの感覚なんだろうな。
 泥棒もえらいところから盗んでくれたものだ。
 盗まれた俺がいいと言ってるんだから引いてほしいのだがそうもいかないのがアテナという奴なのだ。
「許さないったって一体どうやって犯人を捜すんだよ。犯人の顔もわからないのに」
「それならなんとかなるかもしれませんよ」
 とネネが笑みを浮かべる。
「ゼットさんの部屋には観葉植物がありましたよね。でしたらボクの歌で訊いてみましょう」
 俺たち四人は物が散乱したままの俺の部屋に足を踏み入れた。
 たしかに観葉植物が窓際に置かれている。
 ネネはその前に立つとおもむろに歌い出した。
「ララ~、ラララ~……」
 すると観葉植物がぴくっと動き出す。
 その動きは歌に呼応して徐々に大きくなっていく。
「ララ~、犯人は大人でしたか~?」
 観葉植物がネネの質問に答えるように縦に揺れた。
「犯人は大人ってことよね」
「ララ~、犯人は女性でしたか~?」
 観葉植物は横に揺れる。
「じゃあ、犯人さんは大人の男性ってことですか?」
「大人の男の泥棒? そんなの山ほどいるわよ!」
「どうもありがとうございました」
 とネネは観葉植物を優しく撫でた。
 そして俺たちに顔を向けると、
「すみません。当てが外れました」
 にこやかに微笑んでみせたのだった。
「ちょっとネネ! 自信ありげになんとかなるなんて言うから期待しちゃったじゃない」
 自信ありげなのはいつものことだし、おまえも似たようなもんだろうが。
「すみません、アテナさん。てっきりトゥーネットさんかメネットさんだとばかり」
「あの二人が俺の部屋に泥棒に入るわけないだろ」
「あ、でもでも犯人さんが大人の男性ってことはわかったんですからすごいです~」
「マリエルちゃん」
 アテナがマリエルさんの頭にぽんと手を置く。
「ふぇ?」
「泥棒なんてするのは大概大人の男って相場が決まってるのよ、だからこれじゃあなんにも進展してないのと一緒なの」
 偏見爆発の独自の理論でマリエルさんを諭すアテナ。
 そして俺に向かって、
「ゼット、あんたが盗まれたんだからなんとかしなさいよ! こういうときの魔法でしょ!」
 と無茶な要求をかましてきた。
 俺は猫型ロボットじゃないんだからそんな都合よくはいかない。
 魔法でも出来ることと出来ないことがある。
「そうだな~……」と俺はしばし考え、そして一つの方法を思いついた。
「おまえらには見せてない魔法が俺にはまだあるんだがそれが役に立つかもしれない。心声聴聞魔法だ。文字通り人の心の声を聴くことが出来る魔法なんだが……」
「なっ!? ゼット、まさかそれでわたしたちのこと――」
「安心しろ。この魔法をおまえたちに使ったことはないから」
「ほんとでしょうねぇ~」といぶかしげな目でアテナが俺を見てくる。
「困ります~」と赤面するマリエルさん。
 ネネはいつも通りどこ吹く風だ。
 こういう反応をされると思っていたから黙っていたのだ。
「ただこの魔法の有効範囲はそんなに広くないから人が大勢行き交う大通りで大人の男に的を絞って使ってみるさ。上手くいけば犯人が目の前を通るかもしれないからな。もうこの町を出てたらアウトだけどな」
「ふーんわかったわ、いってらっしゃい」
「お気をつけて」
「あっあのわたしはパン屋さんに行かないといけないので」
 三人ともついてくる気はないらしい。
 面倒ごとはいつも俺任せ。
 いいさ、一人の方が集中できる。
 俺はアテナの部屋を出ると簡単に朝食を済ませ、町の大通りへと一人歩を進めた。
 
(マジむかつくわー、あいつ)
(おっあの娘かわいい)
(今日の夕飯何にすっかなあ)
(おっそいなぁ。連絡くらいくれればいいのに)
(あ~腹減った)
(……)
 町の中心部を横切る大通り。
 俺はそこで町行く人の心の声を聴いていた。
 俺はこの魔法が好きではない。
 人の考えを覗くというのも悪趣味だし、なにより俺のメンタルがやられてしまう。
 口汚い言葉も耳に入ってくるからだ。
 人の本音など知らない方が幸せだ。
 
 一日中粘ってみたがそれらしい心の声は聴こえなかった。
 やはり死者の書を盗んだ犯人はもうこの町にはいないのだろうか。
 そう思った矢先、
(結構いい値で売れたな。遺跡の前で張ってた甲斐があったってもんだ)
 気になる声が通り過ぎていく。
 どいつだ今の声の主は。
 人ごみの雑踏をかきわけ怪しい人物を探す。
 あいつだっ!
 俺は眼帯をした全身黒ずくめの男をみつけた。

 犯人らしき黒ずくめの男は俺と目が合うと慌ててくるっと向きを変えた。
(なんであいつがここにいるんだ!? 偶然か!? )
 心の声が疑いを確信に変えた。
 間違いない、あいつが犯人だ。
 俺は人ごみの中を縫うようにして逃げる黒ずくめの男のあとを追った。
 人が多くてなかなか距離が縮まらないがそれは向こうも同じこと。追いかけっこがしばらく続いた。
(くそっ、完全にバレてるな。振り切ってやる! )
 人が少なくなると黒ずくめの男は全力で走りだした。
 だが俺が離されることはない。
 いざとなれば空を飛んで追いかけてもいいがそんなことをすればかなり目立つし身体強化した俺の脚力ならいずれ追いつく。 
 そう思っていたのだが――
(あいつ、オレについてくるなんてやっぱり只者じゃないぜ)
 おまえこそ何者なんだよ。割と本気で走ってるってのに。
 結局追いかけっこは続きそのまま町の外まで出てしまった。
(このままだとアジトまでついてきちまう。仕方ねぇ、やるしかない! )
 黒ずくめの男は突然立ち止まり振り返った。
 そして俺と向き合うとニカッと笑った。
「まったくあんたを甘く見てたぜ。楽してお宝を手に入れられると思ったのによ」
(これで取り返されちゃ遺跡の前で粘ってた意味がないぜ)
 こいつもしかして遺跡の前で野営していた奴かもしれないな。
「おまえ何者だ」
「オレは盗賊のギギトってんだ。あんたこそ何者なんだ? オレは足には自信あったんだけどな」
(まさかオレについてこれる奴がいるとはな)
「俺はゼット。賢者だ」
「へへっあんたも紋章持ちってわけか。オレもだぜ」
 と言うとギギトは眼帯を外した。
 ギギトの右目には紋章が浮き出ている。
 ギギトは紋章持ちか。
「その本俺のなんだ、返してくれないか」
「ゼットよお、勝負して決めるってのはどうだ」
 突然そんなことを言い出した。
 付き合う義理はないが下手に逃げられても厄介だしな。
「どんな勝負なんだ?」
「なあに簡単さ、ここからあの大岩まで早くたどり着いた方の勝ちってルールだ」
(ミノタウロスを倒した野郎とまともにやりあってたまるかよ)
 大岩までの距離は百メートルくらいか。
 ギギトは足の速さに自信があるらしいが相手の土俵に乗ってやろう。
「決まりだな。合図はオレが出すぜ」
 ギギトは俺の返事を待たずにスタートラインを足で引く。
 そして、
「よーい、ドン!」
 と言うと同時に駆けだした。
 俺は出遅れてしまった。
 先頭を走るギギト。
 このままでは間に合わないか。
 俺は身体強化魔法を全魔力の三十パーセントまで引き出した。
 全身に力がみなぎる。
 俺は力強く地面を蹴るとスピードに乗ってギギトに追いすがる。
(なんだ!? ゼットの奴いきなりスピードが上がったぞ)
 俺はギギトを横目で見ながら追い抜いた。
(まずい、このままじゃ――)
 
「俺の勝ちだな」
 大岩に先にたどり着いたのは俺の方だった。
 五秒くらいかかったかな。
「はあっ、あんたやっぱすげぇな。はあっ」
 地面に倒れ込んだままかすれた声を出すギギト。
「約束は守ってもらうぞ」
「はあっ、ほらよっ」
 ギギトは死者の書を服の内側から取り出すと投げてよこした。
(完敗だ。でも悪い気はしねぇな)
 そういえば、と。
 ずっと心声聴聞魔法を使ったままだったことに気付いた俺は魔法を解除した。
「じゃあ俺は行くからな。もう悪さするなよ」
「はっ、俺は盗賊だぜっ」
 ギギトと名乗る盗賊をその場に残して俺はシーツーの町へと戻った。

「ゼット、あんた町の中を走り回ってたそうじゃない。ネネに聞いたわよ」
「いや走り回ってはいないが……」
「あんまり目立つ行動はしないでよね。わたしたちの正体がバレちゃうでしょ」
 どの口が言うんだ。
「で、犯人は捕まえたの?」
「捕まえてはいないが、ほら死者の書はこうして」
 とギギトから取り返した本を見せる。
「バカねぇ、犯人も捕まえとけば報奨金がもらえたかもしれないのに」
 と言いながらけだるそうにテーブルに突っ伏すアテナ。
 ここは宿屋の俺の部屋。
 アテナとネネはいつものように我が物顔で入り浸っている。
 ちなみにマリエルさんは今頃パン屋で彼女目当ての客相手に大忙しだろう。
「アテナ、ギルドで何か適当な依頼でもみつけてきたらどうだ?」
「んー? そうねー……」
 と気のない返事。
 どうしたっていうんだ。
「スランプだそうですよ」
 とネネが口を出す。
 は、スランプ?
「そうなのよ。なんかやる気が起きなくてねー」
 何をいっちょまえに人気作家みたいなことを。
「ところでネネ、おまえは何をしているんだ?」
「紅茶をいただいています」
 ティーカップに口をつけるネネ。
 ここだけゆっくり時が過ぎているかのように落ち着きはらっている。
「そういうことじゃなくてだな、マリエルさんみたいにちゃんと働いたらどうだって言ってるんだ」
「ふふっ心外ですね、ボクはさっきまできちんと働いていましたよ。その証拠にほら」
 とネネは分厚い資料をよこす。
 見るとこの町の見取り図や店の情報、噂話の類までこの町についてのありとあらゆる事柄が記されていた。
 さらに、
「あとこれも。探すのに苦労したんですよ」
 と死者の書に関する文献も渡してきた。
「悪い。助かるよ」
 すると紅茶を飲み終えたネネが部屋を出ていく。
 部屋にはぐてっとしたアテナと俺。
「なあ、ちょっと休みたいんだがアテナも自分の部屋に戻ったらどうだ?」
「んーそうね。わかったわ」
 と素直に出ていくアテナ。
 俺の言うことに反発しないなんて珍しい。
 やはりスランプというのは本当なのか。
 だがどうせすぐに新しい何かに興味を持ったらいつものアテナに戻るのだろう。
 そう思っていた。

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