転生賢者は休みたい!

シオヤマ琴

第4話

「ゼット起きなさいっ!」
 俺のベッドの横で腰に手を置き立っているアテナ。
「……おう、おはよう」
「おはようじゃないわよ。今何時だと思ってるの十時よ、十時」
「ふあ~あ」
 あくびをする俺をよそに布団をひっぺがしていくアテナ。俺にプライバシーはないのか。
「マリエルちゃんなんか今頃パン屋さんで大忙しよ、きっと」
「パン屋って昨日の今日だろ、もう働けてるのか?」
「そこはわたしの交渉術でみごとクリアよっ。昨日夕食のあとパン屋さんに行って直接頼みこんだんだからね」
 アテナは伊達メガネをくいっと上にあげ、小さな胸を張った。
 パン屋の主人も気の毒に。
 きっとパン屋の朝は早いから寝ているところを起こされてワーワーまくしたてられたのだろう。
 困惑する姿が目に浮かぶ。
「ネネだって今さっき出かけたわ。わたしもこれからギルドに行くからあんたもさっさと着替えて魔物退治に行きなさいよねっ」
 バタンと勢いよくドアを閉めてアテナは出ていった。
 台風みたいな奴だ。
 でも今の今まで起こさずに寝させておいてくれたのはあいつなりの優しさなのかな、なんて思っていると――
「あんたの分の朝食ないからねっ!」
 再度ドアが開きアテナが顔を覗かせそして去っていった。
 
「……魔物か~」
 町の外へと続く大通りを歩きながら一人つぶやいた。
 魔王を倒した際、多くの魔物は山奥などに隠れ住み人間社会と一定の距離を保つようになった。
 中には好戦的で人間を襲ってくる魔物もまだいるがそういう奴らは稀である。
 そう言う意味では昨日の一つ目サイは後者だった。
「争う気のない魔物を退治するのはちょっとなあ……ん?」
 足取りを重くしていると目つきの鋭い女の子が俺の前に立ちふさがった。
「……」
 何も喋ろうとしない。ただ俺をじいっと見ている。
「……」
 子どもの扱いは苦手なんだけどなあ。元来のコミュ障が顔を出す。
 俺は出来るだけ優しく話しかけてみた。
「……あのお嬢ちゃん、お兄さんに何か用かな?」
「賢者?」
 へ?
「あなた魔王を倒した勇者パーティーの賢者?」
 女の子は俺を指差すと眉一つ動かさずに言った。
 ……ちょっと嬉しい。
 俺のことを知ってくれている……って喜んでる場合じゃないな。
 こんな小さい子に速攻バレたぞ。
 たしかに俺は変装らしい変装はしていないがここまで気付かれることなどなかった。
 それは俺の存在感のなさがなせる業だった。
 もちろんほかの三人の個性が強すぎるせいでもあるが。
「魔王が復活したってほんと?」
「さ、さあお兄さんもよくわからないんだよ。どうなのかなあ」
「魔王って強かった?」
「まあ、そりゃあ魔王だからね」
「勇者はどこ? 戦士は? 吟遊詩人は?」
 質問が止まらない。
 まずいなこの状況。
 小さい女の子と話し込む前髪長めの男。はたから見たら俺が不審者みたいに見られないか?
 横目でちらっと確認すると通行人が何人か足を止めこっちを見ている。
「あのさ、お兄さんそろそろ行くから、じゃあね」
 そう言い残し俺はその場を早足で立ち去った。
 
「ふう、ここまで来ればもういいだろ」
 気付けば俺は町の外に出ていた。
 鋭い視線から解放されホッと胸をなでおろす。
 俺のことを知っていてくれたのは純粋に嬉しかったがシチュエーションがよくなかった。
 それよりせっかく町の外に来たんだし魔物を一匹くらいは狩って帰るか。
 俺は生物探知魔法を発動した。
 目の前にこのあたり一帯の地図がスクリーンのように映し出され、そこに赤や白の点が浮かび上がる。
 赤は人間、白はそれ以外の生物、魔物は黒で表される。……近くに魔物はいない。
「もう少し範囲を広げてみるか」
 俺は地図をさらに縮小し見える範囲を広げた。
 すると、
「おっ、いたぞ」
 黒い点が三つ重なっている場所があった。
 俺はそこまで浮遊魔法で飛んでいこうとしたが門番が見ているのでやめて歩くことにした。
 健康のためにもたまには歩かないとな。
 
 十分ほど歩くと大きな湖があった。
 周りを木々で囲まれ空気がとても澄んだ場所だった。
 黒い点はすごく近い。
「……これって湖の中か?」
 魔物は湖の中にいるようだった。
 仕方ない、これは時空間停止魔法とおなじくらい魔力を消費するんだけど。
 俺は右手をかかげ物質具現化魔法を使った。
 シューと魔力が渦を巻き何もなかったところに分子レベルで物質が具現化されていく。
 あっという間にスキューバダイビングのセット一式が出現した。
「こんなものこの世界にはないからあいつらの前では使えないな」
 俺はスキューバセットを装着すると湖の中に潜った。
 湖の中は日の光が差してきれいに輝いていた。
 俺は反応のあった方へと泳いでいく。だんだんと周りが薄暗くなっていく。
 どれくらい潜っただろうか、前方に三体の深海魚が進化して手足が生えたような魔物が見えた。
 向こうもこっちに気付く。
 すると三体の中で一番大きい魔物が前に出て来た、かと思うと一番小さい魔物が震えながらさらに前に出て来て手を広げた。まるで後ろの二体の魔物を守るように。
 俺は能力識別魔法を発動させ前方の魔物を確認した。
 魔物の名前は深海半魚人。争いを好まずおとなしい性格。主に家族単位で暮らす。弱点は電気。
 一番前で震えながらも身を挺している深海半魚人は多分子どもだろう。
 ……こいつらは倒せないな。
 俺は魔物退治をあきらめて地上に戻った。

 正午過ぎ。
 宿屋に戻った俺を待っていたのはアテナの罵声の数々だったが俺は素直に頭を下げた。
「わるい。魔物は見つからなかった」
 俺の安いプライドであの魔物の家族が助かるならいくらでも捨ててやるさ。
「ほんと役に立たないわね。マリエルちゃんなんて朝からずっと働いてたのよ」
「あ、いえわたしは別に……」
 と居心地悪そうに俺を盗み見るマリエルさん。
「ネネだってこの町のこといろいろ調べてきてくれたのに」
「ボクは町の人と世間話をしていただけですから」
 とネネ。相変わらずすかした態度だが今は何も言うまい。
「それになによりわたしよっ。あんたが遊んでいる間わたしはギルドで依頼書をくまなく漁ってこれを見つけたんだからっ」
 バンとテーブルに叩きつけたのは一枚の依頼書だった。
 マリエルさんが身を乗り出しそっと覗く。
「え~と……姉のストーカー? を撃退してほしい、ですって。ストーカーってなんですか?」
「よくわかんないけど要は悪者退治みたいなことでしょ。わたしたちにピッタリよっ」
「ストーカーというのはその人のことを好きなあまり、怖がらせたり嫌がらせをしてしまう人のことだそうですよ」
 とネネがどこで聞いた情報なのか丁寧に説明してくれた。
 俺は一番気になる質問をした。
「それで報酬は?」
「聞いて驚きなさい。金貨五十枚よっ!」
 アテナは大きな目をさらに見開いて答えた。
 金貨五十枚っていったら一ヵ月は余裕で暮らせる額だ。
 ストーカー退治にそんな大金を、一体誰が?
「でも勘違いしないでよ、報酬はあくまで二の次。わたしは依頼人の姉を思う心に共感したのよっ」
 大きな手ぶりで大層立派なことを言い放つアテナ。
「実は依頼人も呼んでるの。ほら入ってきていいわよ」
「はい」
 呼ばれて部屋に入ってきたのは今日会った目つきの鋭い女の子だった。
 俺を見るなり表情はそのままで口角だけがにっと上がる。
 そして俺の耳に顔を近づけてきてぼそっと。
「……あなたたちの変装バレバレ」
 ……ああ、やっぱり子どもは苦手だ。

「姉には知られないようにやってください」
 それがメネットと名乗った少女の出した条件だった。
「なんでそんなまどろっこしいことをするわけ? そもそも困ってるのはお姉さんなんでしょ」
 と自分の背丈の半分くらいしかない少女を詰問するアテナ。
「姉は自分にストーカーがついていることを知りません。姉は怖がりなのでストーカーがいると知ったら怯えてしまいます」
 腹話術師のように口だけが小さく動く。
「わたしも怖がりなので気持ちはわかります~」
 とストーカーの意味も知らないのにふんふんうなずくマリエルさん。
「ふうん、そういうことなら協力してやろうじゃないっ」
「ありがとうございます」
「とすると成功報酬の金貨五十枚というのはどなたが支払うのですか? 失礼ですが子どもには少々大金なのでは?」
 ネネが紅茶を飲む手を止め訊ねた。
「心配しないでください」
 と言うとメネットは背負っていたリュックの中から大きな麻袋を取り出しテーブルの上にどすんと置いた。
 そして麻袋を開いて見せた。
 中には金貨の山が。
「お金ならここに」
「わ~、すごいです~」
「ふふ、そうですか。それならばボクは何も言うことはありません」
「決まりねっ。さっそくこれからメネットちゃんのお姉さんのストーカーとやらを撃退しに行くわよ!」
「は、はい~」
「わかりました」
「じゃあメネットちゃん案内よろしくねっ」
 アテナはすがすがしいくらいの笑顔でメネットの方を向いた。
 これからストーカーとやりあおうというのに楽しそうだな。

 俺たちはギルドから少し離れた喫茶店に来ていた。
 メネットが窓側の席を取りギルドを注視する。
「あそこにストーカーさんがいるんですか?」
「いえ、あそこは姉の職場です」
「へー、あんたのお姉さんてギルドの人なの。だったらわたしは会ったことあるかもしれないわね」
 四人掛けのテーブルに俺以外の四人が席に着く。
「ここでストーカーが来るのを待つというわけですね」
 俺はそんな四人をさらに離れた席から眺める。
 メネットはいつも以上に眼光鋭い目つきでギルドをみつめている。
 アテナは窓に顔をへばりつけて見ていたが店員に注意されていた。
 マリエルさんは外を通行人が通るたびにきょろきょろ首を左右に振っていた。
 そんな三人とは我関せずとでもいうように優雅にコーヒーだかカフェオレだかをおいしそうに飲んでいるネネ。
「ご注文はいかがいたしましょうか?」
 俺のもとに店員がやってきた。
 俺は一拍考え、声を落とし、
「……そこの緑の服を着た背の高い女性が飲んでいるものと同じものをください」
 と注文した。
 その際、店員が「あちらのお客様から……」と注文票をバツが悪そうに置いていった。
 四人のいる席を見るとネネが上品に小さく手を振っていた。
 何かあったときのためにいくらか手元に残しておいたことをもしかしてネネに気付かれていたのか?
 笑顔できゅっと細まった目元からは何も読み取れない。あなどれん奴だ。
 
 コーヒーを飲みながらしばらく待っていると、
「来たっ」
「えっ来たの!? どいつ、どいつがストーカーなのっ?」
 動きがあったようだ。
 メネットとアテナは駆け足で店を出ていく。
「えっ、えっ」と戸惑うマリエルさんを連れてネネもそれに続いた。
 俺は残りわずかだったコーヒーを飲み干すと勘定を済ませ四人のあとを追った。
 
 アテナたちはストーカーらしき男とギルドの真ん前で対峙していた。
「あんたがこの子のお姉さんのストーカーだってのはわかってるのよ! 観念しなさいっ!」
 おいおい、道の往来ででかい声を出しやがって。
 目立たないようにするんじゃなかったのか、アテナ。
 自分の言ったことなどすっかり頭から抜け落ちているアテナは爪を噛む挙動不審な男に言葉をぶつける。
「今すぐストーカーをやめるか、わたしたちにこてんぱんにされるか選びなさいっ!」
「な、な、な、なんだっていうんだよう!? お、お、おれが何したってんだ!?」
「あたしのお姉ちゃんを怖がらせた」
「な、な、なんだこのガキ! お、お、お、おまえらこんなことして、え、冤罪だぞっ!」
 どこまでも挙動不審な奴だがこいつの言うことも一理ある。
 俺はメネットに確認する。
「本当にこいつで間違いないのか? こいつがお姉さんをストーカーしてるんだな?」
「間違いないっ」
 スカートのすそをぎゅっと握りしめ力強く答えるメネット。
 その言葉を聞いた男は逆上してメネットに向かって拳を振り上げ走ってきた。
「うわあああぁぁ、このガキぃぃ!!」
「きゃっ!?」
 がしっ。
 俺はすんでのところで男の腕を掴んだ。
「っ!? は、はなせよ、このっ!」
 ゴッ!
 男はもう片方の手で俺を殴りつけた。
 だが俺にはその程度の攻撃は効かない。身体強化魔法を常にかけているからだ。
 男は興奮して何度も俺に拳を浴びせるが、血が噴き出したのは男の拳の方だった。
「いてぇ!」
「とりあえずこの子に謝れ。それと二度とここには近づくな」
「くそっ! な、なんなんだおまえはっ! か、関係ないだろうがっ!」
「ゼット、甘やかしたらつけあがるだけよ。あとはわたしがやるわ」
 アテナは男に近付くと男の髪を掴み思いっきり地面に叩きつけた。顔面から。
 男は鼻血を流し地面に倒れた。
 ……ちょっとやりすぎじゃないか?
 そう思った矢先、騒ぎを聞きつけたギルドの職員たちも外に出て来た。
 そしてその中には、
「メネット!」
「あ、お姉ちゃん……」
 メネットのお姉さんもいた。

 メネットのお姉さんのトゥーネットさんは倒れている男とアテナの顔を見て全てを察したらしく、すぐに保安官を呼ぶと現状の説明を俺たちの代わりにしてくれた。
 アテネは過剰防衛に問われるかと思ったがメネットが保安官になにやら耳打ちするとお咎めなしということになった。
 一方男はというと、病院に運ばれその後取り調べを受けるという。
「妹がご迷惑をおかけしたみたいで本当に申し訳ありませんでした」
 トゥーネットさんが頭を下げる。
「ほら、メネットも」
 促されたメネットもまた「ごめんなさい」と頭を下げた。
「謝る必要なんかないわよ、メネットちゃんから受けた正式な依頼なんだから。こっちこそ面倒かけたわね」
 と明らかに年上のトゥーネットさんにタメ口で喋るアテナ。
 アテナの言う面倒とは保安官や救護官の手配や、野次馬への説明などのもろもろの対応のことだ。
「これでさすがにあいつも懲りたでしょ」
「ありがとうございました」
 と返すトゥーネットさんはどこか浮かない様子。
「どうかされたのですか?」
 ネネも気になったのだろう、思ったことを口にした。
「……実はさっきの保安官は私たちの父なんです。おおごとにしたくなかったので妹にはストーカーのこと黙っていてもらっていたんですけど……」
「でもお姉ちゃん辛そうだったからつい……勝手なことしてごめんなさい」
「もういいのよ、私の方こそごめんね」
 そう言うとトゥーネットさんはメネットを抱きしめた。
 その様子を涙を流しながら見守るマリエルさん。
 それを見てアテナもうんうんと感慨深げにうなずいている。
 ネネは微笑を浮かべていた。
 するとメネットは赤い目をこすりながらこっちを向いて、
「……あの、みなさんにもう一つ謝らないといけないことがあるの」
 と言いにくそうに言葉を絞り出す。
 そして麻袋を俺たちの目の前に出しその中から金貨を一枚手に取った。
「……これ、銅貨を金色に塗っただけなの。ごめんなさいっ!」
 深く頭を下げた。
「えぇー! 何よそれ、どういうこと!?」
 アテナがメネットの持つ金貨をぶんどると太陽の光に照らして確認する。
 そして俺の服で金貨をこすった。おい。
 すると、
「ホントだ、偽物だわ」
 肩を落とすアテナ。
 ショックで金貨もとい銅貨を地面に落とした。それを見て再度謝るメネット。
 マリエルさんは落ちた銅貨を拾い上げ、
「うわあ、すご~い」
 と感心している。
「いやあ、見事にだまされてしまいましたね」
 とネネは大きな身振りをしてみせた。
 もしかしてこいつははなから気付いていたんじゃないのか、とも思ったがここでそれを訊いたところで真実を語るとも思えなかったのでやめておいた。
 トゥーネットさんも事情を察したようで「依頼料なら私が必ずお支払いしますのでどうか妹を許してやってください」と懇願する。
 銅貨は金貨の百分の一の価値しかないのでアテナは愕然として言葉が出ない。
 なので俺が代わりに言ってやる。
「気にしないでください。俺たちは姉を思う妹さんの気持ちに共感して行動しただけですから」

「あーあ。実質タダ働きみたいなもんよね。誰かさんが銅貨五十枚でいいなんて言ったから」
 アテナが俺を恨めしそうに見てくる。
 ここは宿屋の俺の部屋。
 テーブルには金色に塗られた銅貨が五十枚、山のように積まれている。
「アテナさん、ちゃんと確認しなかったわたしたちもいけないんですし。それにいいことしたからいいじゃないですか。ねっ」
 マリエルさんは銅貨に塗られた金色の塗料を一枚一枚丁寧に拭き落としながら言った。
「まあいいわ。ギルドの人間に恩を売っておくのも長い目で見れば悪くないでしょ」
 と自分に言い聞かせる。
 転んでもただでは起きない奴だ。
「それにしても素晴らしい出来栄えです。言われなければ金貨と間違えて使ってしまいますよ」
 金色の銅貨を手に取りそれを眺めながら紅茶を口に含むネネ。
「そうよ! ねえゼット、使えるか試しに一回行ってきてくれない?」
「通貨偽造で捕まるだろうがっ」
「ふん、つまんないの」
 おまえのつまる、つまらないで俺の人生左右されてたまるか。
 ていうかおまえら二人も拭くの手伝えよな。
 
 結局五十枚全てきれいに拭き取るのに四人がかりで夜までかかった。
「あー疲れた。今日はもうお風呂入って寝るから、じゃおやすみ」
「ボクもそうさせてもらいます」
 アテナとネネは早々に自分の部屋に戻っていった。
「え、あっじゃあわたしも――」
 きゅるるるる~。
 お腹の音が可愛らしく鳴った。
 恥ずかしそうにうつむくマリエルさん。耳が真っ赤だ。
「夕飯食べそこなっちゃいましたね。俺ちょっと外行って何か買ってきますけどマリエルさんの分も買ってきましょうか?」
「……おねがい、できますか?」
 そんなうるんだ瞳で上目遣いは反則ですよマリエルさん。
 俺はテーブルの上の銅貨を十枚ほど掴むと部屋を出て繁華街へと足を運んだ。
 
 夜の繁華街は昼のそれとはまた違う賑わいをみせていた。
 ガラの悪い男たちや露出度の高い恰好をした女性、紋章持ちと思われる剣や杖を持った一団など怪しい空気感が漂っている。
 ピンク色や紫色のネオンが怪しさにさらに拍車をかけていた。
 マリエルさんと来たらまた面倒ごとに巻き込まれそうな雰囲気だなぁ。
 俺は持ち帰りオーケーの肉串の屋台に顔を覗かせた。
 おすすめと書かれた張り紙があった。
 ええと――
「おすすめの串を六本適当にみつくろってください」
「あいよっ!」
 大将の元気な声が夜の街に響き渡る。
「はい、お待ちっ! 銅貨六枚ね!」
 俺は金を払うと肉串の入った紙袋を受け取った。
 ぎゅるるる~。
 マリエルさんじゃないが俺も腹が減っていた。……一本だけ食べながら帰るか。
 俺は肉と野菜が交互に刺さった串を取ると口に運んだ。
「ん、うまい!」
 すきっ腹にこたえる肉の重量感。これは止まらないぞ。
 黙々と食べ続け二本目に手を出そうか迷っていると女性が男二人に声をかけられ戸惑っている姿が視界に入った。
 俺は我関せずとその場を通り過ぎようとしながら何気なく女性の顔を確認した。
 するとその人はトゥーネットさんだった。
 俺の視線にトゥーネットさんも気付く。
 まずい、目が合った。これで素通りしたらやっぱりおかしいよなあ。
 ええいっ。
「トゥーネットさん、大丈夫ですか?」
 勇気を出して声をかけた。
 すると、
「あ……ちょっともう、遅いですよっ」
 トゥーネットさんは駆け寄ってきた。
 そしてその勢いのまま俺の腕に抱きついた。
 っ!?
 トゥーネットさんの胸が俺の腕に当たっている。神経が腕に集中していく。
 俺の心臓の鼓動の高鳴りを知ってか知らずかトゥーネットさんはなおも親しげにスキンシップをはかってくる。
 その様子を見た男たちは「なんだ彼氏いたのか」とあっさり引き下がっていった。
 男たちを見送るとトゥーネットさんは俺から飛び退いて頭を下げた。
「突然すみませんでした。道に迷ってしまっていつの間にかこんなところに……見知った顔を見てとっさに待ち合わせのふりをしてしまいました。すみません」
「はぁ、まだドキドキしてます」と胸を押さえるトゥーネットさん。
 多分俺の方がドキドキしてますよとは言えない。
 俺は平静を装い、
「道に迷ったってどこに行こうとしてたんですか?」 
 トゥーネットさんはどこかマリエルさんと似た危なっかしさを感じる。
 夜一人で出歩かせない方がいい気がした。
「なんなら一緒にいきましょうか?」
「あの、メネットに聞いて皆さんの宿泊している宿屋に行こうとしていたんです。昼間は慌ただしかったので改めてお礼をと思いまして」
 ああ、なんていい人なんだ。
 この人はこういう人なんだな。爪の垢を煎じてアテナに一気飲みさせてやりたい。
「……それと失礼ながらみなさんの素性を聞いてしまいまして、ちょっと相談事が」
 あれ? 話が面倒な方向に進もうとしてないかこれ。
「素性っていうのはもしかして……」
「はい。みなさんが魔王を倒した勇者パーティーの方々だということです」
 周りに聞こえないように小声で話すトゥーネットさん。
 メネットが話したのか。
 もちろんトゥーネットさんにそんな気は全くないのだろうが、俺たちの正体を盾に何かしてもらおうとしているとアテナが思ったらあいつは暴れ出しかねない。
 ただでさえメネットにだまされて機嫌が悪いのだから。
「その相談事って俺でなんとかなりますか? とりあえず話してみてください」
「すみません、あなたを疑っているわけではないのですがやはり勇者さまに直接おねがいした方がいいんじゃないかと……」
 魔王を倒したのが俺ではなくアテナだと世に知らしめておいた弊害か。仕方ない。
「ちょっと空を見ていてください」
 俺はトゥーネットさんにそう言うと右の手のひらに魔力を集めた。
 夜空には星がちらほら輝いている。
「閃光炸裂魔法」 
 俺は小さく唱えた。
 すると手のひらから光の玉が空高く舞い上がっていきそして轟音とともにはじけるとまばゆい閃光があたりを照らした。
「うおっびっくりした!? なんだどうしたっ!?」
「まぶしいっ!」
「なんなんだ、あの光は!?」
 要はただの花火だがそれを知らないこの世界の人たちがざわめき立つ。
 トゥーネットさんも口をぽっかり開けている。驚いてもらえているようだ。
「今の魔法は威力的には大したことありませんが、もっと強力な魔法も使えますよ」
「……すごいです。私ギルドで働いているので紋章持ちの方にお会いする機会は多いのですけれど、こんな魔法を見たのは初めてです」
「じゃあ話してもらえますか?」
「はい。あの……」 
 俺を見て言葉に詰まるトゥーネットさん。
「あ、俺は賢者のゼットです」
「あのゼットさん。付き合っていただけませんか?」

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