転生賢者は休みたい!
第3話
すれ違う人たちが振り返りマリエルさんを見ている。
だがこれは勇者パーティーの一員だとバレているわけではなく、単純に美少女だからだ。
「あのぅ、みなさんがわたしを見ているような気がするんだけど気のせいかな?」
マリエルさんが上目遣いで俺を見る。
戦士のときのマリエルさんはビキニアーマー姿の印象が強すぎるせいかあまり顔に注目が行かない。いつも目立つ奴らと一緒だしな。
だが今は町の人と同じような恰好をしているから元来の清楚な顔立ちが際立っている。
通り過ぎた人たちが二度見する気持ちもよくわかる。
「それはあなたが可愛いからですよ」と本当のことを言ったらどんな反応をするのだろうと一瞬思い悩むが、
「気のせいです」
と返しておいた。俺はことなかれ主義なのだ。
「そうだよね。よく考えるといつもと同じな気もするし」
マリエルさんは納得した。
この世界に明確な季節というものはないが、日本でいえばちょうど春くらいの気温だろうか。ポカポカして暖かい。
桜のような見た目の花がきれいに咲いている。一見すると桜並木道のような小道を二人並んで歩いた。横には小川が流れている。
平和だ。あの二人がいないとこうも平穏な日常が送れるのか。
俺は村のことを思い出した。
両親は今何をしているだろうか。本当に心配はしていないだろうか。
レオが今の俺とマリエルさんの様子を見たら羨ましがるだろうか。
俺が物思いにふけっているとマリエルさんが口を開いた。
「ねぇ、ゼットくん……」
「あっ、すいません、退屈でした?」
朝の空気が気持ちよくてついついいい気分に浸っていた。
「あ、ううん。そうじゃないの。わたしも朝の空気好きだから……」
と言うとまた黙ってしまう。
そして、しばらく歩くとマリエルさんは意を決したように立ち止まってこっちを見た。俺も立ち止まる。
「……今から変なこと訊いてもいい?」
「は? ええ、別にいいですけど」
「……ゼットくんて好きな人いる?」
予想外の質問だった。マリエルさんが恋バナをするとは。
というかうちのパーティーの連中はこぞって浮いた話などないししない。
鏡を持っていたなら豆鉄砲をくらった鳩のような自分の顔が拝めたことだろう。
俺が返事をしないでいるのをどう捉えたのか、マリエルさんは顔を赤くして、
「あ、えっと、そういうことじゃなくてね、違うの……って違わないんだけど、え~と……」
わかりやすく動揺した。
「だからつまりね、わたしのお母さんがお見合いを勧めてきたの。ほらわたしもうすぐ十八になるでしょ、だから。でもねわたし誰かを好きになるってまだよくわからないし、ましてや結婚だなんて……」
「そういうことですか」
なんだ、無駄にびっくりしてしまった。
この世界ではいいとこのお嬢さんは早いうちに結婚することが多い。昔の政略結婚に近いのかもしれない。
「どう……思う?」
って聞かれてもなあ。
俺は前の世界でもこの世界でも彼女がいたことすらないからなあ。……結婚かあ。
俺に相談するのは間違っている気がするが。
よくわからないですけどと前置きして、
「結婚は好きな人とした方がいいんじゃないですか」
と恥ずかしいことを口に出した。
「そうだよね。でもお母さんがすごくしつこくて……」
この話まだ続くのかな。
実は俺は恋バナってやつが大嫌いなんだ。自分にはこれまでの人生で縁のなかった話だからだ。
「一度会ってみたらどうですか? それで嫌ならもう会わなければいいだけですし」
ちょっと投げやりな答えになってしまったかな。
早くこの話を切り上げたいという気持ちが先行する。
「……もう会ってはいるの」
とまたも予想外の答え。
だったら何を悩む必要があるのだろう。
するとマリエルさんが人差し指を俺の方に向けて、
「お見合いの相手、ゼットくんなの」
へっ!? これまた予想外な。
う~ん。これはレオが聞いたら発狂するかもな。にしてもどういうことだ?
「ほら、ゼットくんて勇者パーティーの一員だからわたしのお母さんが今のうちにきせい……じじつ? っていうのつくっておきなさいって……えへへ、やっぱり困っちゃうよね急にこんなこと言われても」
俺が固まっている間も話し続けるマリエルさん。
「やっぱり忘れて! 今のなし。わたしも忘れるから」
と言って俺の頭と自分の頭をこつん、こつんと叩くマリエルさん。
「うわ~、もう忘れちゃった~。あれ、わたしたち何話してたんだっけゼットくん。えへへ~」
と小学校低学年みたいなことを大マジでやる十七才のマリエルさん。
これは可愛いのか可愛くないのか、判断に困る行動に出たな。
まあどちらにしてもマリエルさんの大胆さに免じてここでの出来事は忘れることにしよう。
マリエルさんと二人きりで繁華街を歩いていると、こういうことに巻き込まれるから嫌なんだよなあ。
「可愛い娘連れてんじゃん、おにいさん」
「マジ超可愛いくねぇ」
「そんな奴ほっといておれたちと楽しいことしようぜっ」
ガラの悪い三人組が絡んできたのだった。
揃いも揃って浅黒い肌に金のアクセサリーという量産型のヤンキーだ。
「え? な、なんなんですか?」
とおよそ戦士とは思えない反応をするマリエルさん。大きな瞳であたりをきょろきょろ見回す。
その様子を見て嗜虐心を刺激されたヤンキーたちは「やべぇ超かわいい!」と興奮しだした。
「邪魔だ、どけっ!」
グラサンをかけた大男に突き飛ばされ俺は地面に尻もちをつく。
「ゼットくん!? きゃっ!」
そしてそのままグラサン大男はマリエルさんの腕を強引に掴んで引き寄せ、無理やり抱きしめようとしたその刹那――
全てのものが静止した。
俺が魔法で時を止めたのだ。
静寂の中、俺は立ち上がるとズボンの汚れをはたいた。
そしてグラサン大男からマリエルさんを引きはがすとマリエルさんの時間だけを動かした。
「きゃ、ゼットくん!? あ、助けてくれたんだ。ありがと~」
「さあ今のうちに行きましょう」
俺はマリエルさんの手を取ってその場をあとにした。
道中マリエルさんは「いつもの装備だったらあんな人たち全然大丈夫だったんですよ」と目を少しうるませながら強がってみせた。
俺は「わかってますよ」と言っておいた。
町に出てまた絡まれても嫌なので俺たちは宿屋で時間をつぶすことにした。
壁に掛けられた時計を見ると午前十一時四十分を指していた。
もちろんもう時計は普通に時を刻んでいる。
きゅるるる~。
ん?
「……わたしのお腹の音です~」
マリエルさんが恥ずかしそうに小さく手を上げる。
そういえば俺も腹が減ってきた。
「どこかにお昼食べに行きますか? それともここで何か作ってもらいましょうか?」
宿泊客になら昼食を用意してくれるとたしかネネが言っていた。
マリエルさんがうなずきながら、
「じゃあここで――」
と言おうとしたとき、
「マリエルちゃん、ゼットこの町出るわよ! 早く荷物持って来なさい!」
アテナとネネが慌ただしく駆け込んできた。
「ふぇ?」
「なんだよいきなり!?」
「いいから早くしなさいっ!」
言ってアテナは自室に荷物を取りに行く。
続いてネネが、
「アテナさんが絡んできた男性三人組を殴り倒してしまったんです。それで周りにいた人に正体がバレてしまって」
と優雅に微笑みながら答えた。何がそんなに楽しいんだおまえは。
「各自荷物を持ってシーツーの町へ行くこと。現地集合よっ!」
騒ぎを引き起こした張本人はそう言い残し風のごとく走り去っていった。
言うまでもなく出遅れたのは俺とマリエルさんだった。
一緒に町を出たはずが振り向いたらマリエルさんはいなくなっていた。
大丈夫だろうか。俺はいつのまにか保護者の気分になっている。
一応あれでも戦士なんだから大丈夫だよな、と自分に言い聞かせると俺はシーツーの町へ一人向かった。
人がいないことを確認して浮遊魔法で空を飛び、一時間ほどでシーツーの町に到着した俺を待っていたのは意外にもネネだった。
「おまえ一人か?」
「ええ、そのようです」
てっきりアテナの方がネネより早いと思ったが。
それにしても、
「おまえどうやって来たんだ? すげえ早くないか」
そうなのだ。俺は空を飛んで来たから正直一番だと思っていた。
「ああ汽車ですよ。窓から見た羊たちの群れは壮観でしたね」
ネネは帽子をくいっと上げると切れ長の目をあらわにした。
「お二人はまだのようですし、先に宿をとっておきましょうか」
と手を前に出す。
俺に先に行けってことか? さわやかな笑顔が逆に腹立つ。
こいつは何考えてるかよくわからんからアテナより扱いづらいんだよなあ。
シーツーの町は前の旅でも来たことがあるのでネネはまた帽子を深く被りなおした。
変装なんて言ってもメガネをかけたり帽子を被ったり普段の恰好からイメージチェンジした程度だからすぐ気付かれると思っていたがそんなことはなかった。
ネネ曰く、
「こちらがボロを出さない限り大丈夫ですよ。人は案外他人には無関心なんですよ、あなたと違ってね」
だそうだ。
ここはビーガンの町より治安もよく物価も安い。
しばらくはここに身を置くことになるかもしれないな。
少し歩いて宿屋を見つけると部屋に案内してもらった。
部屋は俺が一部屋、アテナが一部屋、マリエルさんとネネで一部屋の計三部屋をいつも借りている。
ネネは俺の部屋でちゃっかりくつろいでいる。
ここでちょっと気になりネネに話しかけた。
「なあネネ、おまえ金持ってるよな?」
「え、ボクは持っていませんが、アテナさんに全て預けてしまったので。そういうあなたは?」
「俺はもうほとんどないぞ。さっきの宿屋だって俺が払ったんだからな」
宿屋での金の支払いはその宿屋による。
チェックインの時かチェックアウトの時か気まぐれで夕食時というパターンもある。
「となるとまずいですね。お二人が早くこちらに到着しないとボクたちは追い出されてしまいますよ。最悪前科が付く可能性も」
ネネはにこやかに話す。だからなんで笑ってられるんだ。
「手っ取り早いのは町の外で魔物を何匹か狩ることですね。このあたりなら凶暴な一つ目サイの角なんか高く買い取ってもらえますよきっと」
涼しげな笑みを絶やさないネネ。
「……」
「もしかして俺に行けって言ってるのか?」
「だってどちらかはここに残らないとアテナさんたちと入れ違いになってしまいますよ」
「じゃあ俺が残ってもいいわけだよな」
「いいですけど、いつ宿屋の主人が来るかわからないですけれどそれでもいいですか」
それはよくない。
「……わかったよ。俺が行きゃいいんだろ」
「ふふ、いってらっしゃい」
どうせ最初からこいつはそうさせるつもりだったに違いないんだ。
俺はこっそり宿屋を抜け出すと町の外に出た。
魔物は、けものみちに多く出るから……あのへんだな。
俺は道を外れて山の方に入っていった。
するとさっそく二匹の一つ目サイに出くわした。
一頭の一つ目サイは俺に気付くとよだれをだらだらまき散らしながらこっちめがけて突進してきた。
俺はひらりとジャンプしてかわすと手に風を集めそれを凝縮して刃のようにして飛ばした。
一つ目サイの角に命中しスパッと切れた。
手負いの一つ目サイは山奥へと逃げていく。
もう一頭の一つ目サイがおたけびをあげた。
耳をつんざくような高音に鼓膜が破れそうになる。
俺は一瞬で背後に回り込み太い首に手刀をくらわせた。
足から崩れるようにして倒れる一つ目サイ。
俺はその角を風の刃で切り落とした。
「あー! ゼット。なんであんたわたしより早いのよ!」
ふもとから声がする。
見るとちょうど馬車から降りようとしているアテナと目が合った。
「アテナ」
さらに、
「ゼットく~ん!」
マリエルさんの声も聞こえてきた。
一台の馬車が止まる。
俺は角を持って二人の方へ近付いていった。
馬車から降りてきたのはやはりマリエルさんだった。
「マリエルちゃんも馬車に乗ってきたのね。お金持ってたっけ?」
「いいえ。歩いていたところを拾ってもらったんです~」
と相乗りさせてもらっていた老紳士に手を振る。いや相乗りと言うよりヒッチハイクに近いのかな。
「あの、マリエルさんは危なっかしいからそういうことはやめた方がいいと思いますよ」
「え~ひどいです、ゼットくん」
ポカポカと俺の胸を叩いてくるマリエルさん。
魔法で身体強化をしている俺でもちょっと痛い。伊達に戦士じゃないな。
んん? そういやネネは汽車に乗ったって言ってたよな。
だったらあいつ金持ってんじゃねえか!
「いやぁすみません、ボクお金持ってました。ついうっかりしてまして……」
涼やかに謝るネネ。
絶対うそだ。いつかこいつの化けの皮を剥いでやる。
俺は袋から一つ目サイの角を出しテーブルの上に置くと、
「ほら一つ目サイの角だ。おまえが換金に行ってこい」
「わかりました。行ってきますね」
ネネは素直に従い角を持って俺の部屋を出ていった。
「ゼット、あんた空飛ぶなんて反則よ、自力で来なさいよ」
俺のベッドの上であぐらをかくアテナ。
スカートでその座り方はやめろ。
「それを言うなら全員自力じゃないだろうが」
「えへへ~、ふかふかです~」
マリエルさんは俺のベッドにうつ伏せに寝ころび足をバタつかせている。
「つうかなんで俺の部屋に集まってるんだよ」
「作戦会議を開くために決まってるじゃないっ」
アテナはバサッと紙を広げた。
なにやら書きこんである。
え~なになに……装備品の売値金貨五十枚、洋服一式金貨二十枚、ビーガンの町宿屋一部屋銀貨五枚……。
家計簿の出来損ないみたいなものがそこにはあった。
「わたしたちの手持ちは今金貨十五枚よ、十五枚。わかる? ここの宿屋が一泊金貨一枚だから、三部屋で三枚でしょ。五日泊まったらわたしたち一文無しよっ」
アテナは口をとがらせる。
一応リーダーらしいことも考えていたようだった。
「アテナさん、この町で働くっていうのはどうですか? パン屋さんとかお花屋さんとかやってみたいです~」
「わたしは働きたくないわ! 勇者が働いたら負けなのよ!」
どっかのニートが言いそうなことをのたまう勇者。
「アテナさんの言う通りです」
ネネがいつの間にか部屋に戻ってきていた。もう換金してきたのか。
「一つ目サイの角二つで金貨三枚になりましたよ。ゼットさん」
金貨を俺に差し出すネネ。それをふんだくるアテナ。おい。
「ここからはわたしがお金を管理するわ。みんな有り金全部出しなさい!」
おまえは山賊か。およそ勇者の発言とは思えない。
「……えーと、全部で金貨十八枚と銀貨十二枚ね」
「厳しいわね」と一言。
アテナは、
「明日からマリエルちゃんはパン屋さんで働きなさい。わたしはこの町のギルドで依頼を見つけてくるわ。ネネはこの町の情報収集ね。ゼットは凶暴な魔物でも狩ってなさい」
全員に仕事を割り振る。
おまえが一番楽そうだな。
「夕食を食べたら明日のために今日はすぐ寝るわよ、いいわねみんなっ」
わかったからとりあえずみんな俺の部屋から出てってくれ。
だがこれは勇者パーティーの一員だとバレているわけではなく、単純に美少女だからだ。
「あのぅ、みなさんがわたしを見ているような気がするんだけど気のせいかな?」
マリエルさんが上目遣いで俺を見る。
戦士のときのマリエルさんはビキニアーマー姿の印象が強すぎるせいかあまり顔に注目が行かない。いつも目立つ奴らと一緒だしな。
だが今は町の人と同じような恰好をしているから元来の清楚な顔立ちが際立っている。
通り過ぎた人たちが二度見する気持ちもよくわかる。
「それはあなたが可愛いからですよ」と本当のことを言ったらどんな反応をするのだろうと一瞬思い悩むが、
「気のせいです」
と返しておいた。俺はことなかれ主義なのだ。
「そうだよね。よく考えるといつもと同じな気もするし」
マリエルさんは納得した。
この世界に明確な季節というものはないが、日本でいえばちょうど春くらいの気温だろうか。ポカポカして暖かい。
桜のような見た目の花がきれいに咲いている。一見すると桜並木道のような小道を二人並んで歩いた。横には小川が流れている。
平和だ。あの二人がいないとこうも平穏な日常が送れるのか。
俺は村のことを思い出した。
両親は今何をしているだろうか。本当に心配はしていないだろうか。
レオが今の俺とマリエルさんの様子を見たら羨ましがるだろうか。
俺が物思いにふけっているとマリエルさんが口を開いた。
「ねぇ、ゼットくん……」
「あっ、すいません、退屈でした?」
朝の空気が気持ちよくてついついいい気分に浸っていた。
「あ、ううん。そうじゃないの。わたしも朝の空気好きだから……」
と言うとまた黙ってしまう。
そして、しばらく歩くとマリエルさんは意を決したように立ち止まってこっちを見た。俺も立ち止まる。
「……今から変なこと訊いてもいい?」
「は? ええ、別にいいですけど」
「……ゼットくんて好きな人いる?」
予想外の質問だった。マリエルさんが恋バナをするとは。
というかうちのパーティーの連中はこぞって浮いた話などないししない。
鏡を持っていたなら豆鉄砲をくらった鳩のような自分の顔が拝めたことだろう。
俺が返事をしないでいるのをどう捉えたのか、マリエルさんは顔を赤くして、
「あ、えっと、そういうことじゃなくてね、違うの……って違わないんだけど、え~と……」
わかりやすく動揺した。
「だからつまりね、わたしのお母さんがお見合いを勧めてきたの。ほらわたしもうすぐ十八になるでしょ、だから。でもねわたし誰かを好きになるってまだよくわからないし、ましてや結婚だなんて……」
「そういうことですか」
なんだ、無駄にびっくりしてしまった。
この世界ではいいとこのお嬢さんは早いうちに結婚することが多い。昔の政略結婚に近いのかもしれない。
「どう……思う?」
って聞かれてもなあ。
俺は前の世界でもこの世界でも彼女がいたことすらないからなあ。……結婚かあ。
俺に相談するのは間違っている気がするが。
よくわからないですけどと前置きして、
「結婚は好きな人とした方がいいんじゃないですか」
と恥ずかしいことを口に出した。
「そうだよね。でもお母さんがすごくしつこくて……」
この話まだ続くのかな。
実は俺は恋バナってやつが大嫌いなんだ。自分にはこれまでの人生で縁のなかった話だからだ。
「一度会ってみたらどうですか? それで嫌ならもう会わなければいいだけですし」
ちょっと投げやりな答えになってしまったかな。
早くこの話を切り上げたいという気持ちが先行する。
「……もう会ってはいるの」
とまたも予想外の答え。
だったら何を悩む必要があるのだろう。
するとマリエルさんが人差し指を俺の方に向けて、
「お見合いの相手、ゼットくんなの」
へっ!? これまた予想外な。
う~ん。これはレオが聞いたら発狂するかもな。にしてもどういうことだ?
「ほら、ゼットくんて勇者パーティーの一員だからわたしのお母さんが今のうちにきせい……じじつ? っていうのつくっておきなさいって……えへへ、やっぱり困っちゃうよね急にこんなこと言われても」
俺が固まっている間も話し続けるマリエルさん。
「やっぱり忘れて! 今のなし。わたしも忘れるから」
と言って俺の頭と自分の頭をこつん、こつんと叩くマリエルさん。
「うわ~、もう忘れちゃった~。あれ、わたしたち何話してたんだっけゼットくん。えへへ~」
と小学校低学年みたいなことを大マジでやる十七才のマリエルさん。
これは可愛いのか可愛くないのか、判断に困る行動に出たな。
まあどちらにしてもマリエルさんの大胆さに免じてここでの出来事は忘れることにしよう。
マリエルさんと二人きりで繁華街を歩いていると、こういうことに巻き込まれるから嫌なんだよなあ。
「可愛い娘連れてんじゃん、おにいさん」
「マジ超可愛いくねぇ」
「そんな奴ほっといておれたちと楽しいことしようぜっ」
ガラの悪い三人組が絡んできたのだった。
揃いも揃って浅黒い肌に金のアクセサリーという量産型のヤンキーだ。
「え? な、なんなんですか?」
とおよそ戦士とは思えない反応をするマリエルさん。大きな瞳であたりをきょろきょろ見回す。
その様子を見て嗜虐心を刺激されたヤンキーたちは「やべぇ超かわいい!」と興奮しだした。
「邪魔だ、どけっ!」
グラサンをかけた大男に突き飛ばされ俺は地面に尻もちをつく。
「ゼットくん!? きゃっ!」
そしてそのままグラサン大男はマリエルさんの腕を強引に掴んで引き寄せ、無理やり抱きしめようとしたその刹那――
全てのものが静止した。
俺が魔法で時を止めたのだ。
静寂の中、俺は立ち上がるとズボンの汚れをはたいた。
そしてグラサン大男からマリエルさんを引きはがすとマリエルさんの時間だけを動かした。
「きゃ、ゼットくん!? あ、助けてくれたんだ。ありがと~」
「さあ今のうちに行きましょう」
俺はマリエルさんの手を取ってその場をあとにした。
道中マリエルさんは「いつもの装備だったらあんな人たち全然大丈夫だったんですよ」と目を少しうるませながら強がってみせた。
俺は「わかってますよ」と言っておいた。
町に出てまた絡まれても嫌なので俺たちは宿屋で時間をつぶすことにした。
壁に掛けられた時計を見ると午前十一時四十分を指していた。
もちろんもう時計は普通に時を刻んでいる。
きゅるるる~。
ん?
「……わたしのお腹の音です~」
マリエルさんが恥ずかしそうに小さく手を上げる。
そういえば俺も腹が減ってきた。
「どこかにお昼食べに行きますか? それともここで何か作ってもらいましょうか?」
宿泊客になら昼食を用意してくれるとたしかネネが言っていた。
マリエルさんがうなずきながら、
「じゃあここで――」
と言おうとしたとき、
「マリエルちゃん、ゼットこの町出るわよ! 早く荷物持って来なさい!」
アテナとネネが慌ただしく駆け込んできた。
「ふぇ?」
「なんだよいきなり!?」
「いいから早くしなさいっ!」
言ってアテナは自室に荷物を取りに行く。
続いてネネが、
「アテナさんが絡んできた男性三人組を殴り倒してしまったんです。それで周りにいた人に正体がバレてしまって」
と優雅に微笑みながら答えた。何がそんなに楽しいんだおまえは。
「各自荷物を持ってシーツーの町へ行くこと。現地集合よっ!」
騒ぎを引き起こした張本人はそう言い残し風のごとく走り去っていった。
言うまでもなく出遅れたのは俺とマリエルさんだった。
一緒に町を出たはずが振り向いたらマリエルさんはいなくなっていた。
大丈夫だろうか。俺はいつのまにか保護者の気分になっている。
一応あれでも戦士なんだから大丈夫だよな、と自分に言い聞かせると俺はシーツーの町へ一人向かった。
人がいないことを確認して浮遊魔法で空を飛び、一時間ほどでシーツーの町に到着した俺を待っていたのは意外にもネネだった。
「おまえ一人か?」
「ええ、そのようです」
てっきりアテナの方がネネより早いと思ったが。
それにしても、
「おまえどうやって来たんだ? すげえ早くないか」
そうなのだ。俺は空を飛んで来たから正直一番だと思っていた。
「ああ汽車ですよ。窓から見た羊たちの群れは壮観でしたね」
ネネは帽子をくいっと上げると切れ長の目をあらわにした。
「お二人はまだのようですし、先に宿をとっておきましょうか」
と手を前に出す。
俺に先に行けってことか? さわやかな笑顔が逆に腹立つ。
こいつは何考えてるかよくわからんからアテナより扱いづらいんだよなあ。
シーツーの町は前の旅でも来たことがあるのでネネはまた帽子を深く被りなおした。
変装なんて言ってもメガネをかけたり帽子を被ったり普段の恰好からイメージチェンジした程度だからすぐ気付かれると思っていたがそんなことはなかった。
ネネ曰く、
「こちらがボロを出さない限り大丈夫ですよ。人は案外他人には無関心なんですよ、あなたと違ってね」
だそうだ。
ここはビーガンの町より治安もよく物価も安い。
しばらくはここに身を置くことになるかもしれないな。
少し歩いて宿屋を見つけると部屋に案内してもらった。
部屋は俺が一部屋、アテナが一部屋、マリエルさんとネネで一部屋の計三部屋をいつも借りている。
ネネは俺の部屋でちゃっかりくつろいでいる。
ここでちょっと気になりネネに話しかけた。
「なあネネ、おまえ金持ってるよな?」
「え、ボクは持っていませんが、アテナさんに全て預けてしまったので。そういうあなたは?」
「俺はもうほとんどないぞ。さっきの宿屋だって俺が払ったんだからな」
宿屋での金の支払いはその宿屋による。
チェックインの時かチェックアウトの時か気まぐれで夕食時というパターンもある。
「となるとまずいですね。お二人が早くこちらに到着しないとボクたちは追い出されてしまいますよ。最悪前科が付く可能性も」
ネネはにこやかに話す。だからなんで笑ってられるんだ。
「手っ取り早いのは町の外で魔物を何匹か狩ることですね。このあたりなら凶暴な一つ目サイの角なんか高く買い取ってもらえますよきっと」
涼しげな笑みを絶やさないネネ。
「……」
「もしかして俺に行けって言ってるのか?」
「だってどちらかはここに残らないとアテナさんたちと入れ違いになってしまいますよ」
「じゃあ俺が残ってもいいわけだよな」
「いいですけど、いつ宿屋の主人が来るかわからないですけれどそれでもいいですか」
それはよくない。
「……わかったよ。俺が行きゃいいんだろ」
「ふふ、いってらっしゃい」
どうせ最初からこいつはそうさせるつもりだったに違いないんだ。
俺はこっそり宿屋を抜け出すと町の外に出た。
魔物は、けものみちに多く出るから……あのへんだな。
俺は道を外れて山の方に入っていった。
するとさっそく二匹の一つ目サイに出くわした。
一頭の一つ目サイは俺に気付くとよだれをだらだらまき散らしながらこっちめがけて突進してきた。
俺はひらりとジャンプしてかわすと手に風を集めそれを凝縮して刃のようにして飛ばした。
一つ目サイの角に命中しスパッと切れた。
手負いの一つ目サイは山奥へと逃げていく。
もう一頭の一つ目サイがおたけびをあげた。
耳をつんざくような高音に鼓膜が破れそうになる。
俺は一瞬で背後に回り込み太い首に手刀をくらわせた。
足から崩れるようにして倒れる一つ目サイ。
俺はその角を風の刃で切り落とした。
「あー! ゼット。なんであんたわたしより早いのよ!」
ふもとから声がする。
見るとちょうど馬車から降りようとしているアテナと目が合った。
「アテナ」
さらに、
「ゼットく~ん!」
マリエルさんの声も聞こえてきた。
一台の馬車が止まる。
俺は角を持って二人の方へ近付いていった。
馬車から降りてきたのはやはりマリエルさんだった。
「マリエルちゃんも馬車に乗ってきたのね。お金持ってたっけ?」
「いいえ。歩いていたところを拾ってもらったんです~」
と相乗りさせてもらっていた老紳士に手を振る。いや相乗りと言うよりヒッチハイクに近いのかな。
「あの、マリエルさんは危なっかしいからそういうことはやめた方がいいと思いますよ」
「え~ひどいです、ゼットくん」
ポカポカと俺の胸を叩いてくるマリエルさん。
魔法で身体強化をしている俺でもちょっと痛い。伊達に戦士じゃないな。
んん? そういやネネは汽車に乗ったって言ってたよな。
だったらあいつ金持ってんじゃねえか!
「いやぁすみません、ボクお金持ってました。ついうっかりしてまして……」
涼やかに謝るネネ。
絶対うそだ。いつかこいつの化けの皮を剥いでやる。
俺は袋から一つ目サイの角を出しテーブルの上に置くと、
「ほら一つ目サイの角だ。おまえが換金に行ってこい」
「わかりました。行ってきますね」
ネネは素直に従い角を持って俺の部屋を出ていった。
「ゼット、あんた空飛ぶなんて反則よ、自力で来なさいよ」
俺のベッドの上であぐらをかくアテナ。
スカートでその座り方はやめろ。
「それを言うなら全員自力じゃないだろうが」
「えへへ~、ふかふかです~」
マリエルさんは俺のベッドにうつ伏せに寝ころび足をバタつかせている。
「つうかなんで俺の部屋に集まってるんだよ」
「作戦会議を開くために決まってるじゃないっ」
アテナはバサッと紙を広げた。
なにやら書きこんである。
え~なになに……装備品の売値金貨五十枚、洋服一式金貨二十枚、ビーガンの町宿屋一部屋銀貨五枚……。
家計簿の出来損ないみたいなものがそこにはあった。
「わたしたちの手持ちは今金貨十五枚よ、十五枚。わかる? ここの宿屋が一泊金貨一枚だから、三部屋で三枚でしょ。五日泊まったらわたしたち一文無しよっ」
アテナは口をとがらせる。
一応リーダーらしいことも考えていたようだった。
「アテナさん、この町で働くっていうのはどうですか? パン屋さんとかお花屋さんとかやってみたいです~」
「わたしは働きたくないわ! 勇者が働いたら負けなのよ!」
どっかのニートが言いそうなことをのたまう勇者。
「アテナさんの言う通りです」
ネネがいつの間にか部屋に戻ってきていた。もう換金してきたのか。
「一つ目サイの角二つで金貨三枚になりましたよ。ゼットさん」
金貨を俺に差し出すネネ。それをふんだくるアテナ。おい。
「ここからはわたしがお金を管理するわ。みんな有り金全部出しなさい!」
おまえは山賊か。およそ勇者の発言とは思えない。
「……えーと、全部で金貨十八枚と銀貨十二枚ね」
「厳しいわね」と一言。
アテナは、
「明日からマリエルちゃんはパン屋さんで働きなさい。わたしはこの町のギルドで依頼を見つけてくるわ。ネネはこの町の情報収集ね。ゼットは凶暴な魔物でも狩ってなさい」
全員に仕事を割り振る。
おまえが一番楽そうだな。
「夕食を食べたら明日のために今日はすぐ寝るわよ、いいわねみんなっ」
わかったからとりあえずみんな俺の部屋から出てってくれ。
コメント