ドラゴニアファットバーニングオンメタボロス

葵むらさき

ドラゴニアファットバーニングオンメタボロス

 月は新月。闘技場を取り囲む松明が闇に向かいジリジリと牙を剥く。観客はいない。これは極秘裏に行われる、ダークイベントだ。
「ではこれよりユウヤ対ヒロトの竜脂炎闘試合を行う」宣言するのは固そうな木の杖をつく白髭の老人だ。「無制限一本勝負、始めッ」
 俺の名はユウヤ。年齢三十一歳、独身。身長百七十センチ、体重九十八・五キロ。BMI値三十四。臍のラインに浮き輪肉がたんまりついている。上腕の下にも首の周囲にも豊富に蓄えがある。
 対峙するヒロトという奴は友人でも知人でもなく今日が初対面だ。奴もかなりの備蓄を両腕、両脚、胴体に持っている。奴のデータなどはわからないがそんなものは不要だ。
 白髭の爺さんは本イベントの主催者兼レフェリー。名前は知らない。最初見た時はアルプスの山小屋に住んでいる人かと思ったのだが、顔は東洋人だ。

          ◇◆◇

 この爺さんがある晩道を歩いている俺に突如声をかけてきた「そなたも闘いに参加せぬか」と。
「は?」俺は眉をしかめ訊き返した。
「そなたには相当に強大な力が備わっておると見える」爺さんは言いながら手に持つ杖で俺の腹部をびしっと指し示した。「その力を存分に発揮し勝利と栄光と」そこで爺さんの瞳がぎらりと光ったのを今でも忘れられない。「スリムな体を手に入れたいと思わぬか」
「――」俺は爺さんの怪しげな目の輝きに引き込まれすぐには何も言えなかった。
 そんな俺の困惑に委細構わず爺さんは闘技場の場所と開催日時、そして「勝利の秘訣」を俺に伝授した。即ちプレイヤーの体内に存在する「竜」をより強い炎と化し互いに闘わせるためには、バランスの取れた食餌を与えること。「スナック菓子では到底勝てぬと心得よ」爺さんは最後にそう言い、ニヤリと不気味にほくそ笑んだのだ。

          ◇◆◇

 俺たちはそれぞれの手に持つカプセルを、次の瞬間ごくんと呑み込んだ。これは竜を燃焼させるためのものだ。
「ふぬッ」全身の脂肪に全神経を向け集中する。
「いでよ、ブラックドラグーンジンジャー!」ヒロトが叫んだ。
 なんだかかっこいい。
 俺は自分も何か召喚獣名を叫ぼうと瞬時に考えた。「来いっ、レッドカルニチンドラゴニア!」
 俺たちの叫びに導かれて、俺とヒロトの腹からそれぞれ巨大な竜が飛び出して来た。俺のは赤い竜、ヒロトのは黒い竜だ。二匹の竜は大気を切り裂く雄叫びを上げながら互いにぐるぐると螺旋を描き上空へ舞い昇った。
「うむ」老人が頷く。「まずは見事な竜脂。よくぞ育てた」
 二匹の竜は燃えさかりながらぶつかり合った。俺のレッドカルニチンドラゴニアはヒロトのブラックドラグーンジンジャーに噛みつき、爪を立てた。だが相手の皮膚は頑強で歯が立たず、何度目かに食らいついた時逆に頭を掴まれ、さらに全身を捩じり上げられてしまった。
 なんとか逃れようとするレッドカルニチンドラゴニアだったが、ついにブラックドラグーンジンジャーの牙に裂かれ、粉々に打ち砕かれてしまった。
「ああっ」俺はがくりと膝を突いた。
「勝者、ヒロト!」老人が宣言する。
 俺は悔しさと哀しみの中立ち上がろうとした。だが体が動かない。え? どうしてだ? 敗者への罰として何か仕掛けられたのか?
「敗者は勝者の竜脂を受け取り身につける」老人の声が頭上に響いた。
「何」俺は目を剥いた。「一体どういう事だ」
「熱量保存の法則じゃ」
「そんな、嘘だろ」
「嘘ではない。物理的真実じゃ」
「やったあ、痩せた」よろこびの声が聞こえ、なんとか首を回して見ると別人のように細くなったヒロトが喜びいさんで去っていくのが見えた。
「貴様はラーメンを食い過ぎた」老人が俺に敗因を告げる。
「そんな。週に一回しか食ってねえ」
「だがメガ盛りとギョーザもつけさらにその時飲み会の帰りで仕上げビールまで飲んでいた。貴様がその後野菜を摂取したのは二十時間四十八分後だった」
「野菜ならラーメンの中に入っていた!」
「そのもやしは茹でた後長時間空気にさらされておりビタミンは大部分が失われていた。ネギに至ってはそもそもスープ中に本体の大部分が残されていた」
「な」なんてタイトなルールなんだ!
「貴様は」白髭の老人はびしっと俺を指差した。「替え玉も注文した!」
「ううっ」俺はがくりとうな垂れた。腹の肉が地面につきそうな程垂れ下がっているのが見えた。
 老人に手を借りてどうにか立ち、俺は次の竜脂対決試合に向け、誰よりも厳しい試練に耐え抜くことを強く心に誓い、家路についた。
 ああ。
 なんて歩きにくいんだ!

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