エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒

政略結婚②

「ちょっと、紗良。」
お店を出て、母さんは私に説教をするつもりだ。
「紗良、聞いてるの?」
「聞いてるよ。」
私は父さんが捕まえたタクシーに、乗り込んだ。
「何も、あんな言い方をしなくてもいいじゃない!」
「それは、あっちの方でしょ。」
母さんに、イライラをぶつけた。

えー。お見合いですからね。
最初から愛情なんてない事ぐらい、分かっていましたよ。
それなのに。
跡継ぎを産め?
人を何だと思っているんだ!

「父さんは、いい縁談だと思うけれどな。」
「そりゃあ、上司と親戚になれるんだもんね。」
私は、ため息をついた。
「いや、あのご子息。圭也君だったかな。なかなかのイケメンだったじゃないか。」
思い返してみると、確かに悪い顔ではなかった。
「それに、結婚したなら、いづれは子供ができるんだから、いいじゃない。」
そうですとも。
けれどね。最初から男の子前提で言われたら、こっちも”はぁ?”ってなるわ。
「考えるって言ったけれども。早めにお受けしますって、返事するわね。」
「待ってよ。私はまだ、結論出してないから。」
勝手に進めようとしている両親に、イライラする。
娘の幸せを、何だと思っているのか。

数日後。
圭也さんから、電話があった。
美術館へ一緒に行かないかという誘いだった。

「まあ!デートじゃない。それ。」
母さんは、きゃぴきゃぴ喜んでいた。
「何で母さんが喜ぶの?」
「ワクワクするじゃない!どんなデートだったのか、後で教えてね。」
母さんは、手を振りながら、私を送り出してくれた。

待ち合わせの美術館前までは、地下鉄で二駅。
便利と言えば便利だ。
父さんから教えて貰った圭也さんの連絡先。

ちょっと、ドキドキする。
男の人とデートするのは、2年ぶりだ。
確かあの人とは、一度デートしただけ。
私は、彼に何も感じなかった。
たぶんそれは、相手も同じだっただろう。
じゃあ何でデートしたかって、このまま結婚できずに埋もれるのは嫌だったから。

私は地下鉄の窓に、頭をくっ付けた。
私、このまま一生独身なのかな。
それはちょっと寂しい。
でも、好きでもない人と、結婚生活を送るのは、もっと寂しい気がする。
果たして私は、圭也さんの事を、好きになれるのだろうか。
そんな事を考えていたら、あっという間に駅に到着した。

電車を降りて、私は圭也さんに連絡した。
「紗良です。今、駅に着きました。」
『改札前の公衆電話の前にいます。』
「あっ、見えました。」
私は電話を切ると、改札前の公衆電話の前に向かった。
圭也さんは、私服で来ていた。
ラフな格好も似合う。
「今日は来てくれて、ありがとうございます。」
「いえ、こちらこそ。誘って頂いて、嬉しかったです。」
在り来たりな会話。
一種の社交辞令だ。
「じゃあ、行きましょうか。」
「はい。」
駅を出て、目の前が美術館だ。
横断歩道を渡って、美術館の入り口に向かう。

「美術館って、来ます?」
「えっ……いや、何年も来てないです。」
何年どころか、前に来たのは、子供の頃かもしれない。
はっきり言って、デートに美術館という選択肢はなかった。
「僕もです。あっ、警察官になると、美術館とか博物館の無料チケットが配給されるんです。それでどうかなと思って誘ったんですが、あまり乗り気じゃなかったですか?」
「いいえ。滅多に来ないので、有難いです。」
そうなんだ。
警察官って、タダで美術館に入れるんだ。
父親が警察官なのに、知らなかった。
「今は、何やってるんでしょうね。有名な画家とかならいいな。」
「美術に詳しいんですか?」
「全く。」
そう言って笑った圭也さんの笑顔が、お日様みたいに暖かった。
入り口でチケットを貰い、私達は常設展示から見て回った。
その間、圭也さんは絵ばかりを見て、しゃべりもしなかった。
大人しい人なのかなって思った。

「いやあ、楽しかったですね。」
圭也さんが言葉を発したのは、もう展示を見終わってからだった。
結局、有名な名前の画家さんは出てこず、誰の絵だか知らない物をずっと見て終わった。
それなのに、楽しいと?
その時だった。
私の背中に、誰かがぶつかった。
「おっと、危ない。」
倒れようとする私を、圭也さんが支えてくれた。
「ありがとうございます。」
お礼を言うと、圭也さんは手を握ってくれた。

「紗良さん。」
「はい。」
顔を上げると、圭也さんの真剣な表情が、そこにあった。
「僕はあまりしゃべらず、つまらない男だと思いますが。あなたを守る事はできます。」
その言葉に、何故かキュンとしてしまった。

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