エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒

政略結婚①

親が固い職業だと、子供としては困ることがある。
それは、いい歳をしてまだ結婚しないのか、ということだ。

「だから、まだ結婚したいと思う人がいないんだって。」
実家でお菓子をポリポリと食べる私は、いい訳ばかりしている。
「いい人の一人くらいいないの?」
「いたらとっくの昔に付き合っているよ。」

私の父親は、警察官だ。
しかも、結構地位が高い。
だが私は、普通の会社に就職した。
なぜ、公務員にならなかった?と言われたけれど、固い職業は嫌だからと答えておいた。

「紗良。もう30だろう。せめてお見合いしないか。」
「お見合い⁉」
私は驚きのあまり、お菓子をこぼしてしまった。
「父さんの上司が、息子さんの相手を探しているんだ。一度会ってみなさい。」
「それって、強制?」
「ああ、そうだ。」
心配してくれるのはいいけれど、強制的にお見合いって。
私は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

そしてお見合いの日。
私は母さんの着物を着て、小料理屋に向かった。
「ねえ、お相手の人はどんな人なの?」
父さんに聞いたが、本人は首を傾げる。
「父さんも会った事がないんだ。ただ父親である上司も来るから、失礼のないようにな。」
「はーい。」
タクシーの窓から、外を見る。
どんより雲が周囲を覆っている。
まるで私の気持ちを、表しているみたい。

「着きましたよ。」
母さんに言われ、渋々タクシーを降りる。
「はい、笑顔。」
そう言われ、作り笑いを浮かべる。
「あんたはそうやっていると可愛いんだから、笑ってなさい。」
「面白くもないのに、笑える訳ないでしょ。」
軽く息を吐いて、私達一家は小料理屋の奥の部屋に通された。
「お相手の方は、もう到着されていますよ。」
「何⁉上司を待たせるなんて、俺としたことが!」
父さんは急いで、部屋の中に入って行った。

「遅くなりまして申し訳ございません。前田でございます。」
父さんに合わせて、頭を下げて部屋の中に入った。
「おお、前田君。待っていたぞ。」
聞こえてきたのは、渋くて低い声。
見ると、いかにも”偉い”オーラが出ているオジサンだ。
そして、その隣にはこれまたいかにもお坊ちゃまという男性。
本当に大丈夫なの?こんな家柄の人とお見合いして。

「では、自己紹介を。」
お相手の家族のお母さんが、お淑やかに笑う。
「一条圭也と申します。」
お辞儀もゆっくりと、気品溢れている。
「前田紗良です。宜しくお願い致します。」
なるべく丁寧に頭を下げたけれど、どうだったかな。

「まあ、とても可愛らしいお嬢さんだこと。」
圭也さんのお母さんは、どうやら私を気に入って下さったみたい。
「そうだな。さすが前田君のお嬢さん。しっかりなさっている。」
「ははは……」
一目見ただけで、そこまで言われるなんて、お世辞だと分かっていても違和感。
当の本人はどうなのだろう。
私は、ちらっと圭也さんを見た。
目が合って、圭也さんはにこっと笑ってくれた。
もしかして、このまま話が進んじゃう?

「紗良さん。一つ質問をしてもいいですか?」
「はい、どうぞ。」
圭也さんが、ニコニコしている。
何だろう。趣味の事かな。
「紗良さんは、子供が好きですか?」
一瞬、頭が真っ白になった。
子供?まあ、いつかは産みたいと思っているけれど。
「はい。好きだと思います。」
「よかった。」
圭也さんは、お茶をすすりながら、話を進める。
「紗良さんには、僕の跡継ぎを産んで貰いたい。」
「あ、跡継ぎ?」
今時、そんな言葉使う人いるの?

「あー、紗良さん。当家は代々、警視総監の家柄でね。」
「警視……総監……」
さすが!オーラが違うと思ったのは、そのせい⁉
「おそらく圭也も、警視総監になるだろう。そして、その後を継ぐ男子が必要だ。」
もしかして、これは……
跡継ぎの為の政略結婚⁉

「……考えさせてください。」
「紗良‼」
父さんと母さんは、滅多にない話に、食いつこうとしている。
「申し訳ありません。娘は突然の話に、困惑しているようで。」
「だって、男の子なんて、産まれてみなきゃ分からないじゃない。」
私は、ハッとして口を覆った。
まずい。いつもの口調で話してしまった。
「もちろんです。それに僕は女の子も欲しい。元気な赤ちゃんなら、どちらでも構いません。」
「そうですよね。」
話、分かるじゃん!圭也さん。
「ただ、代々続く警視総監の家柄を僕の代で終わりにするのは、どうかと。」
「はぁ。」
要するに男の子が生まれるまで、私には子供を産めと。
「やはり、考えさせてください。」
シーンと静まり返った部屋の中、重い空気だけが流れて行った。

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