宝くじが当たったら、夫に殺されました。

専業プウタ

24.本当の気持ちを話そう。

 私は私をひとしきり抱いて満足して眠りについた博貴に、あのイヤホンのようなものをつけた。
 電源を入れると、博貴は心底幸せそうな顔になった。

 何気なくつけたタブレットには信号が送られているようで、彼が今いるだろう世界が映し出された。

 使い方は分からないが、オプションの操作をしなければ記憶と思考で作られた理想の世界を体験できる仕組みのようだ。
 私の時は博貴を選ばないと地獄を見るように操作されていたのだろう。

 彼に従順で彼のことだけを愛している彼の中の自分が痛々しい。
 博貴の世界の私は彼のことが大好きで彼の為に尽くしたい気持ちに溢れている。
 盲目的に彼を慕う感じは、結婚前の私のようだ。
(こんな都合の良い女でいられ続ける訳ないじゃない⋯⋯)

 見ているだけで気持ち悪くなってしまって、私はダイニングに戻りテーブルの上の離婚届を手にした。
(離婚届の証人欄の記載がない、このままでは出せないわ)
 婚姻届を出すのと同じように、成人した2人の証人が離婚するには必要だ。

 私はこの離婚を証人して欲しい2人に連絡した。

 ひどい頭痛がするのは安全性の確認されていないもので脳神経がやられてしまっているからだろう。
 でも、一晩休んだことで、何とか体を動かせるようになってきた。

♢♢♢

「鈴木菜々子さん。急にお呼びして申し訳ございません」
 私は博貴の浮気相手である鈴木菜々子さんをカフェに呼び出していた。

「あのさ、慰謝料200万円は用意するから文句ないでしょ。こっちはお腹に子供もいるんだから、手間をかけさせないでよ。夫婦関係は終わってるんでししょ。さっさと離婚して!」
 私が作った世界の鈴木さんとは違う、私に嫌悪感を隠さない彼女がそこにいた。

「慰謝料はいらないです。慰謝料って「傷つけた申し訳ない代」みたいなものですよね。私が先に鈴木さんを傷つけた気がするんです」
 私が発した言葉に驚いたように鈴木さんが押し黙る。

 私は彼女を好意的に見ていたのに、彼女は私を嫌いだった。
 そのことが悲しくて、私は彼女と親友になったような幻想を見ていたのだろうか。

「離婚届の証人の欄に署名して貰えますか? 私は博貴とは上手くやれませんでした。でも、鈴木さんみたいな人の気持ちのわかる方なら彼と上手くやれる気もするんです」
 私が離婚届を差し出すと、鈴木さんが導かれるように証人の欄に署名をしてくれた。
 彼女はさっきから何も言葉を発してくれない。

「鈴木さん、博貴はパイプカットしていたみたいです。鈴木さんの妊娠を疑っています。私は彼が本当は何を欲しているのか今でも分かりません。でも、私が男なら自分よりも鈴木さんと結婚したいと思います」
 とにかく、私は思いのままに話した。

 鈴木さんの妊娠が本当か嘘かはわからないが、博貴は彼女を疑っていることを知らせた。
 私は相手がどう思うかわからなくて、自分の言葉を飲み込むことが多かった。

 私は鈴木さんを見下してなどいないし、むしろ深層心理で仲良くしたかったことは怪しい装置が証明済みだ。

 彼女に誤解を与えてしまったのは、私のコミュ力が足りないせいだ。

「どうして、そんな風に思うの?」
 消え入りそうな声で鈴木さんが私に尋ねてきた。
 ふと見上げると女らしく髪を巻いて、流行の服を着た鈴木さんがいた。

「私、全然、女らしくないんです。料理もからきしダメなんです。鈴木さんが配ってくれる手作りお菓子を楽しみにしてました。売り物みたいなもの作れてすごいって」

 私は天ぷら屋の娘だが、揚げ物さえもをカラッと揚げることもできない。
 料理本を見ながら品数を増やしたが、お菓子作りなど繊細な作業が必要なものは失敗することが多かった。

 鈴木さんは私の言葉に戸惑ったのか、ずっと押し黙っている。
 私はそっと自宅の鍵を出した。
「私では博貴の妻は無理でした。彼の理想の妻にはなれませんでした。でも、鈴木さんならなれるかもしれません。私はもう博貴と一生会うつもりはありません。彼は今イヤホンをつけて家で寝ていると思います。イヤホンをとったら起きると思いますよ」

 私の鍵をそっと鈴木さんは受け取ってくれた。
 複雑な表情をしていて彼女が何を考えているか分からない。
「さようなら、鈴木さん」
 私はそう言い残して、そこを去った。

 連絡したもう1人との待ち合わせ場所に向かう。
 私と飯島さんが、私と博貴の結婚式の準備の話し合いを沢山したレストランだ。

コメント

コメントを書く

「ホラー」の人気作品

書籍化作品