宝くじが当たったら、夫に殺されました。

専業プウタ

16.殺してくれて、ありがとう。

「あ、私の赤ちゃん! 私の赤ちゃん!」
 私は半狂乱になって叫んだ。
「妊婦だったのかよ」
 そう呟いた若い刑事は慌てたように取調室を出た。

「御影さん、赤ちゃんダメだったの。でも、初期の流産は、お母さんに責任はなくて赤ちゃんの方の問題だから」
 いつの間にか私は医者の前に連れてこられていた。
 メガネをかけたベテランの女性医師が、私に優しく声をかけてくる。

 初期の流産などではない。
 私はもう安定期になっていたはずだから、きっと赤ちゃんがいなくなったのは私のせいだ。
 極度のストレスをお腹の子に与えるような状況を作ってしまった。
 父親を殺した母親の子になってしまうと思って、赤ちゃんが自ら死を選んだとでもいうのか。

 私はお腹の子を失ったことで、生きる気力がなくなってしまった。
 私に課せられたのは懲役15年だった。
 完全な冤罪なのに、それを証明する術がなかった。
 だから、私はこの15年の服役を自分の子を殺した罪として受け入れた。

 15年の刑期の後、出所した私は37歳になっていた。
 刑務所にいる間、私はとにかく孤独な時間を過ごした。
 大人しそうな見た目をしているのに、殺人を犯したということで私は何を考えているか分からないと恐れられた。
 他の受刑者に遠巻きに見られながら、私はひたすらに次の人生をどうするかを考えていた。

 次に死んだら、どの時点に戻れるのか。
 もし、戻れるなら博貴やカナデと全く接点を持たないようにした方が良い。

 三ツ川商事に入社しないで済むような時点に戻りたい。
 それでも同じ大学の卒業生繋がりで2人と繋がってしまうかもしれないから大学受験時に戻りたい。

 刑務所にいる間、親からは縁を切りたいとの手紙が届いた。
 私はその手紙を何度も読んでは涙を流した。

「私は間違いを犯した人にセカンドチャンスはあって良いって考え方なんだよ。でも、流石に夫殺しは⋯⋯」
 出所してからの就職活動はうまくいかなかった。
 『カリスマデザイナー御影カナデ殺害事件』は大々的に報道されていたらしく、私を見ると皆が目を逸らした。
 その度に私は心を削られて、もう人生のどの時点に戻れてもうまくいかない気がした。

 もう、この人生は詰んだから自殺でもした方が良いだろうか。
 そんな考えがよぎった時に、宝くじ売り場が見えた。
 私は、その瞬間、再び宝くじが当たった瞬間に戻りたいと思った。
(お金さえあればなんとかなるわ!)

 その瞬間、背中に激痛が走った。
 振り向くとカナデが私にプロポーズをした日の帰り際に見かけたバスローブ姿のモデルの女がいた。
「え、なんで?」

 私は薄れゆく意識の中、自分が彼女をもっと前にも見たことがあるのを思い出した。

 それは、私が時を辿る前、博貴と一緒にカナデのアトリエを訪れた時だ。
 私がアトリエ兼自宅の豪華さに「すごい!」を連発していると、少し空いた扉の隙間から全裸で呆然としている女が見えた。

 私は驚いて博貴の顔を見ると、博貴は首を振って見なかったことにしろというように合図をしてきた。

 あの時の彼女が私を今、刃物で刺してきた。
 彼女もカナデに研究材料の道具としておもちゃにされたのだろうか。

 血だらけの私を無言で見下す彼女の姿がぼんやりとしてくる。
 周囲の人間の叫び声が遠くに聞こえる。

「殺してくれてありがとう。これで、また戻れるかも」
 私は私を刺殺しにきた彼女にお礼を言うと、意識を手放した。

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