半人半魔の旦那様

祇光瞭咲

3.魔物の襲撃

 事は神殿からの帰りに起こった。
 みっちり二時間勉強してすっかり疲れてしまったヒュルテ王子は、帰りにどこかで休憩したいと駄々を捏ねた。しかし、それも想定済みだったのだろう。ピクニック用の弁当が手配され、安全そうな景勝地が既に確保されていた。

「手際がいいんですね」

 レリーナがこっそりそう言うと、シラクは表情ひとつ変えずに肩を竦めた。

「それが俺の仕事だからな」

 ケルツァーノの滝に立ち寄った。この滝の麓には、王族が時折使用している保養施設がある。もっとも、その使用目的は療養のためとは限らないようだが。あらゆる用途に使用されるとあって、常時兵士が詰め、きちんと管理もなされていた。
 庭として確保された広い敷地内で、レリーナたち一行は昼食を取った。メニューは鶏肉煮込みと数種類のハム。ハーブで味付けされたチーズクリーム。たっぷりの野菜と共に好きなだけパンに挟んで食べる方式だ。
 ヒュルテが大口を開けて齧り付けば、すかさずシラクが窘める。

「殿下、お行儀が悪いですよ」
「だって、こうしないと中身が零れてしまうぞ!」
「具を詰めすぎなんです。なくなったりしませんから、少しずつお召し上がりください」
 
 頬袋をいっぱいにしたヒュルテに、思わずレリーナも微笑んでしまう。

「ヒュルテ殿下、こうやって一口ずつ乗せて食べてはいかがです? これならあまり大きな口を開けなくてすみますよ」

 レリーナはパンを一口サイズにちぎり、その上にハムとチーズを乗せて口に運んだ。ヒュルテが目を輝かせる。

「それはいいな! それなら同じパンの量で沢山おかずが食べられるぞ」
「まあ、殿下ったら」

 シラクが呆れ顔で溜息を吐いている。斯く言う彼はあまり食が進んでいない。むしろ、いつでも立ち上がれるように、常に気を張っているようだった。

「……失礼」

 食事もある程度終えた頃、シラクがそう言って立ち上がった。彼はあの見事な剣を携えており、戸惑う声にも答えないまま、茂みの向こうへと行ってしまった。

「何かしら?」

 レリーナも警戒してヒュルテを庇える位置に移動する。いつの間にか剣を抜いたイーバンが、二人を守るように背を向けていた。

「魔物が出たのでしょう。合図の笛がありました」
「笛?」
「我が国の兵団では、合図に特殊な笛を使うのです。常人の耳では拾えませんが、訓練を重ねれば聞こえるようになります」

 間もなく、少し離れた地点で獣の叫びと金属が打ち付けられるような音が響いた。魔物の討伐が行われているのだろう。高い魔力を持った動物を魔物と呼ぶが、それらは総じて他の生き物に対して好戦的なのだ。

「奥様! お伏せください!」

 イーバンの怒号と共に、間近で轟く魔物の叫び。岩と狼を掛け合わせたような、巨大な魔物がイーバンに襲い掛かっていた。

「イーバン!」

 喰らい付こうとする魔物の一撃をイーバンが剣で受ける。激しい衝撃が周囲に走った。

「なんのこれしき!」

 彼とて、伊達に普段からシラクの鍛錬に付き合わされていないのだ。老いた体とは思えぬ逞しさで獣の攻撃をはじき返す。
 しかし、いくら鍛錬を重ねていようとも、体力の衰えは隠せない。イーバンの口から荒い息が漏れ、形勢は徐々に押されていった。

「くうっ……!」

 魔物の爪が刃を引っ掛け、イーバンの手から剣をもぎ取った。いくらかの血液が滴る。咄嗟にレリーナはヒュルテを抱き締めて庇った。
 ところが、次に聞こえたのは魔物の悲鳴だった。聞くに堪えない悍ましい声を上げ、魔物が巨体を横たえる。その背にはぱっかりと無残な傷が口を開け、背骨が粉々に砕けていた。

「大丈夫か、三人とも」

 聞き覚えのある声に、どっと安堵が溢れ出す。血に濡れた剣を携えたシラクが魔物の背後に立っていた。彼はレリーナとヒュルテが無事であることを確認すると、イーバンの傍らに膝をついて傷の具合を確かめた。

「申し訳ございません、旦那様」
「謝るのはこちらの方だ。フェンリートが番だったことに気が付かず、一匹こちらへ寄越してしまった」
「あっ!」

 ヒュルテの叫び声に、再び全員が緊張状態に入る。視線を追えば、茂みから兎のような魔物が二匹、顔を出していた。

「おそらく先ほどのフェンリートたちは、この魔物を狩ろうとして敷地に入って来たのだろう。レリーナ、殿下を連れて下がれ」

 すかさずシラクが剣を構えて進み出る。レリーナはヒュルテと共に身を引きかけたが、あることに気が付いて足を止める。

「お待ちください、シラク様」
「なんだ?」

 シラクは魔物から意識を逸らさず、鋭く視線だけを寄越した。

「あの……その魔物も殺すのですか?」
「当然だ」
「しかし、この子たちは人間には害のない魔物ですよ?」

 シラクは舌打ちでもしそうな顔でレリーナを睨んだ。

「いかに無害そうに見えても、魔物は魔物だ。すべて駆除する必要がある」
「でも! 片方はまだ子どもではないですか!」

 レリーナはシラクの腕に縋った。
 魔物たちは怯えた眼差しで身を寄せ合っている。大きい方が母親だろう。我が子を守るように立ち上がり、子の方は母にしがみ付いていた。

「子どもだからなんだというんだ?」
「無害な子どもまで殺すことが正しいことだとは思えません」
「言っているだろう。魔物は魔物だからという理由だけで殺さなければならないんだ」
「そんなの間違っています! 魔物にだっていい魔物と悪い魔物がいる。人間と同じです」
「関係ない。その手を離せ。邪魔をするな!」
「シラク兄さま!」

 意を決した小さな声が間に入る。振り返ると、ヒュルテ王子が両手を突っ張って二人を見上げていた。

「ぼ、僕も殺してはダメだと思うぞ! まだ子どもだ!」
「ヒュルテ殿下……」

 シラクが顔を歪める。レリーナは彼の腕に手を掛けたまま言った。

「無暗な殺生はヒュルテ殿下の教育にもよろしくないですわ。ここは収めてくださいませ」
「……」

 二人はしばし睨み合った。が、結局折れたのはシラクだった。血を払って剣を収める。

「よかった。ほら、お行き」

 ヒュルテが両手を振って魔物を追い散らす。魔物の親子は長い耳を揺らしながら、パタパタと駆けて行った。

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