閉ざされた冬の国に嫁いだ幸薄令嬢は偽りの婚姻を望む

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

第6話 全ては王太子の掌の上で

 白と淡い青のドレスに、ヴォルフ様の瞳の色のティアラに、耳飾り、首飾りなんて瞳と同じくらい大きなサファイアと真珠で作られた一級品だという。リースを含めた侍女の人たちが美しく着飾って、魔法をかけられたかのよう。

(これならきっとヴォルフ様も……)

 ヴォルフ様の元へ向かおうとした矢先――窓硝子が唐突に割れて、猛吹雪が私を襲った。
 私の意識はそこで途切れた。

 ***

 凍てつくような寒さの中で、声だけは鮮明に聞こえる。
 上も下も分からなくて、目も開けられない。

『まったく、であられる・エーベルハルトと婚約するのは、《冬の魔女》様の一番弟子である私、アナベルだというのに、お前のせいで何もかもがめちゃくちゃよ! お師匠様が留守の間を狙ってサガライア様との婚約を果たそうとしたのに、《秋の聖女》め、あんな藁のよう小娘を派遣しちゃって!』
(藁……私の……こと?)
『そう言わないでください、尊き魔女様。メリッサは女としては魅力に欠けますが、季節豊穣魔法に関しては、他の者よりも抜きん出た才を持っているのです、是非我がシクル国に頂けないだろうか』
(シクル国……、まさか第三王子が?)
『いいや、ミツキ国に来ることが幸せに違いない。これは国王陛下もお望みになっていることだ』
(ミツキ国まで……)
『どっちでもいいわ。サガライア様の前から居なくなってくれるのなら』
(サガライア? ヴォルフ様ではなく?)

 ヴォルフ様は自分で王太子だと名乗った。彼が王太子ではないのか。
 記憶を遡ってみるが、周りもみなヴォルフ様あるいは殿下呼びで『王太子』とは読んでいなかった。それでも彼は王族の部屋を使っているし、誰も何も言わない。
 名前や身分を偽って婚姻契約はできない。悪用を防ぐために術式が施されている。
 婚姻契約を結ぶ時だって――。

『――ここ冬の国の一つロッカの地において、万物の神々と四大魔女の一人、《冬の魔女》に告げる。ヴォルフ・エーベルハルトはメリッサを我が妻として生涯でただ一人愛することを誓う』

 ふとヴォルフ様が王太子だと名乗ったのは、私を出迎えた時だけだ。

(あれ……? でも、どうして?)
『なるほど。俺と婚姻を結ぶために《夏宵蔓毒》を国にバラ撒き、困ったところを助けるという自作自演をするつもりだったようだな』
(ヴォルフ様よりも……低い声)
『誰!? ……ッ、サガライア様!?』

 その場の空気が一変した。
 見えはしないけれど、騎士の甲冑音が複数聞こえる。この場所を取り囲んでいるのだろう。

『残念だったな、魔女見習いアナベル。《冬の魔女》様の氷結魔法によって先手を打たれたことで、同系統の冬魔法を使うことを封じた。何せ使えば即座に《冬の魔女》様に勘づかれるからな』
『サガライア様。まさか……』
『そう、俺は秋の法国に助けを求め、婚姻契約を申請した。弟ヴォルフに頼み、敵を炙り出すため王太子としての役どころもしっかりと果たしてくれた』

 ヴォルフ様は、サガライア様の弟。
 敵を炙り出すため――

(ああ……そうか。。今回の一連の事件の犯人を捕まえるため……)

 仲睦まじい夫婦を演じて、ヴォルフ様はお兄様のために王太子を演じて国を救った。ずっと感じていた違和感や、周りの皆が私を大切にしてくれる理由も解けた。

(そうとも知らず、浮かれていたなんて……)
『魔女見習いアナベル、お前を魔女教会から破門。さらに冬の国から国外追放とする』
『お、お師匠様! そんな』

 それからは目まぐるしく様々な声が聞こえてきた。シクル国の第三王子やミツキ国のバイロン公爵が何か私に話しかけてきたが、私の心は深い深海に溶けて消えていく。

 利用されることに疲れてしまった。
 現実に戻れば、シクル国やミツキ国、ロッカまで私を良いように使おうと考えて画策しようとする。

(これ以上、心がすり減って壊れてしまう前に私は――)

 深い眠りが幸福だった頃の記憶を呼び起こす。
 緑豊かな小さな領地。
 銀杏の木々が見事で、私と両親は紅葉が近づくと楽しみにしていた。

「銀杏は食用、薬などにも使えるから便利だぞ」
「ほら、メリッサ。これが秋の七草よ。覚えておくといつか役に立つわ」
「はい! お父様、お母様」

 伯爵家の領地私の故郷は薬草にも恵まれて、幸福だった。
 けれど《銀竜の毒》によって、土地は腐り、大切な人たちもろとも私は故郷を失った。
 たった一人だけ生き残ってしまった。

 でも――この世界は、そんな悲劇が起こる前の世界を再現してくれる。
 失った記憶から構成された夢の産物。
 両親との幸福な時間は心地よくて、それ以外のことはどうでもよくなった。

(ああ、そうだ。ここが私の居場所……)

 ふと美しい青空から青い雪が降り注ぐ。この土地に幸福の青い雪なんて珍しい。

『嘘をついてすまない』
『ずっと本当のことを言えなくて、騙して本当にすまない』
『いいや、今回の計画立案は王太子である俺が計画したこと。メリッサ嬢、申し訳ない。本当にすまない』
『メリッサ様、戻ってきてくださいませ!』
『そうです、まだまだメリッサ様から受けたご恩をお返ししくれていないのですから!』
『メリッサ、戻ってきて。私の妻は君だけだ』
『メリッサ嬢、もしそなたが望むのなら息子との婚姻契約を永続してくれないだろうか』
『ようやく娘ができてお話しするのを楽しみにしていたのですから、どうか戻ってきて』
『メリッサ、一人で眠り日が続いて、君がいないだけで私はどうにかなってしまいそうだよ』

 声が何処までも降り注ぐ。
 私のことを思ってくれる声。
 この声は――誰だっただろう。

「ヴォルフ様……」
「メリッサ」
「お父様、お母様……。私は」
「ようやく羽根を休めることができる場所ができたのに、それを自ら捨てては駄目だよ」
「私たちの可愛い子。行ってあげて、ほんの少しだけれど、あなたと一緒に居られて嬉しかったわ」

 両親に背中を押されて私は駆け出す。

(ああ、そうだ。……私はヴォルフ様と出会って……)
「メリッサ」

 幼かった子供から、大人の姿に戻る。
 どうして忘れていたのだろう。
 ずっと帰りたいと思っていた場所は、もう見つけていたのに。
 手を伸ばしても良いのだろうか。
 許されるのなら、私は――。

「ヴォルフ様と一緒に、生きていきたい」
「私も、メリッサと一緒に生きていきたい。一緒じゃないと困る」

 その声はすぐ傍から聞こえて――、目映い光と共に、氷が砕けた。

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