閉ざされた冬の国に嫁いだ幸薄令嬢は偽りの婚姻を望む

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

第5話 破滅の足音

 ロッカで暮らして一年が経った。
 侍女のリース、料理長のロハス、騎士団の面々も復帰を果たしてからは、氷結魔法を解除して国民たちの救護が急ピッチに行われるようになった。
 国王、王妃の復調したのも大きいだろう。

 本来なら国王と王妃に挨拶をすべきなのだが、薬のストックを作るため連日忙しく働く私とヴォルフ様を鑑みて、改めて場を設けると言ってくださった。
 私の仕事を見て判断してくれる国王と王妃の気配りが嬉しかった。他国では自分たちの都合で何度も呼び出しを受けて、作業が滞ることがあったのだ。
 そのたびに当時の契約者だった王子、あるいは公爵から酷い仕打ちを受けた。

(そういえば、執務室にいたのはヴォルフ様のご親戚の方かしら? それともあの方が国王? ……にしては若すぎるわよね)
「メリッサ?」

 食事を終えてソファで寛いでいると、ヴォルフ様が私の隣に座る。いつの間にか私の隣に座るのが当たり前のようになっていた。

「あ、いえ……。執務室で氷漬けになっていた方は、ヴォルフ様とよく似た髪の色をしていたのを思い出しまして、ご親戚の方でしたか?」
「――っ」

 その話をした途端、ヴォルフ様は動揺を見せた。目が泳いでいたし、尻尾もいつも以上に逆立っている。王族の継承者問題はどの国でもいろいろあるのだろう。虎の尾を踏んでしまっただろうか。

「……メリッサは、あの者に惹かれているのか?」
「え? あ、いえ……。そう言うわけでは……」
「そうか。……メリッサ、色々と落ち着いたら今回のことも含めて話がしたい。それまで待っていてくれないだろうか」

 ヴォルフ様は私の手の甲に手を重ねる。指先は温かくて、彼の言葉はいつも優しい。

「はい。今は薬の生産スピードも順調ですし、このスピードならあと二ヵ月から半年で国民全員を救えると思います」
「ああ。それが終わったら。それに――結婚式もちゃんとあげなければな」
「――っ!?」

 甘い言葉に夢のような話だ。
 今は季節豊穣魔法の拡張と、収穫、薬作りがメインで動き回っているが、ヴォルフ様はできるだけ私と一緒の時間を作って作業を手伝ってくれる。
 王族が率先して動く姿は目に付き、周囲はもちろん国民からもヴォルフ様の人気が高まっていった。

 その忙しさも《夏宵蔓毒》の薬が不要になったことで、一年と三ヵ月で終止符が打たれた。目まぐるしくも走り回っていたのが嘘のように、王城には活気に溢れた声が満ちていた。

(ああ、あの静けさが嘘のよう。……今まで二つの冬の国を訪れたけれど、この国が一番雪や町並みが綺麗だわ)

 毛皮のコートを羽織りながら、この国の町並みを眺める。最初に来たとき、街灯の明かり以外、家に明かりは灯っていなかった。
 それが今では夜でもオレンジ色の家の明かりが目に付く。

(この国を救えてよかった……)

 今回はヴォルフ様が尽力してくれたからに限る。私一人ではもっと時間が掛かっただろう。いや私一人では誰一人救えなかった。

(今回は間に合った……。間に合って良かった)

 私は今までの功績を称え、休養する時間を得た――だが、どうにも落ち着かなくて気付けば王城の図書館に足を運んでしまう。
 図書館内は静かなのだが、その通り道には温室の庭園があり、貴族令嬢たちの賑やかな声が聞こえてくる。

「ヴォルフ様、本日はお茶会にご参加ありがとうございます」
「いや。……それよりもメリッサ、私の妻の姿がないのだが?」
「ああ、あのお方は私どもと話すよりも本を読むのがお好きなようで」
「ええ、何度お声がけをしても、色よい返事を頂けたことがないのです」

 初耳だ。彼女たちの声は丸聞こえで、図書館の入り口まで聞こえていた。

(前回と同じように陰口が増えるのは、いつものことだわ。だって私はよそ者だもの)

 前回は気にせず無反応でことを荒立てずにいた。
 悪い噂というのはその日のうちに国中に駆け巡る。下手に反論すればさらに傷は深まるし、王子や公爵も取り合ってはくれなかった。

(ヴォルフ様は、片方だけではなく話を聞いてくれるかもしれない)
「そうか。メリッサにそのような手紙が届いた記憶は無かったが、私の勘違いだったか」
「え」
「そ、そんなことありませんわ。ちゃんと――」
「メリッサへの贈物や手紙は全て私が管理している。変な虫が付いても困るからな」
(それも初耳ですが!?)
「彼女は私の妻、つまりは王族の一員でもある。その彼女に対して嘘をついたのなら不敬罪が適用されるが、君たちが正しいというのなら調べても問題ないな」
「い、いえ……殿下」
「あ、ああ。思い出しましたわ。私としたことがうっかり手紙を送り忘れていたようです」
「ああ、そうか。間違いなら致し方ない。…………だが、次はない。今回の件は各家にそれぞれ抗議文を出させて貰おう。国を救った恩人に泥を塗り、私の妻を貶めようとしたのだから覚悟するといい」

 低く冷たい声音だった。
 けれど私にはヴォルフ様の言葉が嬉しくて、浮かれていた。
 初めて私を守ろうと動いてくれた――それだけではなく、心から夫婦であろうとすることが幸福で息が詰まりそうになる。

(できることならこのまま、ヴォルフ様の傍にいたい)

 けれど、その願いは脆くも崩れ去った。

 ***

 春先の国交を再開した途端、冬の国の一つミツキの公爵家嫡男バイロン・ソーンダイク様と、シクル国の第三王子クラーク・コニックフォード様が王城に乗り込んで来たのだ。

 表向きは復興支援の使節団だが、先触れもなくほぼ強引な形での入国だったらしい。聖獣族は温厚で義理堅い種族なようで、自国の立て直しが忙しい中、使節団を歓迎した。
 数日後、舞踏会を開く――と言う話をヴォルフ様は不満気に語った。

「あれはメリッサを讃えるための祝賀会であり、私の妻として公表するつもりだったのに……」

 そう寝室でプリプリと怒るのは、四足獣の姿をした愛くるしいヴォルフ様だ。
 お風呂上がりでハーブの香りが鼻孔をくすぐる。サラサラの毛並みをブラッシングするのが最近の日課だったりする。

「毛繕いするのも夫婦と家族だけの特権なのだ」
「ふふっ、光栄です。モフモフでヴォルフ様はいつも良い匂いがしますし、温かい。誰かと一緒に寝るってとても心地よくて安心できるって、最近すごく思うのです」

 ピクリとヴォルフ様の耳が大きく揺らいだ。尻尾も逆立っているのだが、これは怒っているのではなく、驚いているのだろう。それが分かるぐらい一緒に居たのだと思うと少し嬉しい。

「…………メリッサ、その、私以外に誰と……? き、君が婚姻契約でその他国でも奉公しているのは……聞いたのだが……」
「え、あ。一緒に寝ていたのは両親ですよ。……ミツキ国の公爵様、シクル国の第三王子とも婚姻契約は結びましたが、契約者としてで、夫婦らしいことは何一つありませんでした」
「そ、そうか。……両親。……メリッサはこんなに可愛らしいのに、見る目がない。いやそのおかげで私の妻になって居るのだから、喜ぶべきなのか?」

 途端に元気に尻尾を振るので、その姿も愛くるしい。
 ヴォルフ様は秋の法国の婚姻契約をご存じが無かったようで、今回の使節団が来る際にお伝えしてから私のことを大事に、そしてできるだけ一緒に居ようとしてくれる。

「パーティーでは絶対に独りにならないように。私もずっと傍にいるし、ダンスを五、六回すれば他の者も察するだろう」
(ダンスをたくさん踊るとどうして牽制になるのでしょう?)

 一応秋の法国では伯爵令嬢という肩書きはあるが、テーブルマナーとカーテシぐらいしかしらない。ヴォルフ様の隣に居続けるのなら、そういった知識や教養も必要になってくる。

(この先、三年後もヴォルフ様の隣にいても……いいのでしょうか)

 欲張りだと分かっていたけれど、そう願ってしまう。
 ヴォルフ様が何か隠しているのは何となく分かっているけれど、それは私を貶めるようなものではないし、この国の人たちはお日様のように温かい。
 私が人族でも、よそ者でも、同じ輪にいれてくれる。

(ヴォルフ様とは年が離れているけれど……、私は……。この気持ちを伝えてもヴォルフ様は喜んでくれるかしら)

 今度の舞踏会でヴォルフ様に、自分の気持ちを伝えたい。
 そう、思っていたのに想いを伝えることも、ダンスをすることも、何一つ叶わなかった。

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