閉ざされた冬の国に嫁いだ幸薄令嬢は偽りの婚姻を望む

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

第4話 共同作業

 それからは時間との勝負だった。魔法陣を描くのもヴォルフ様に手伝ってもらい、複雑な幾何学模様を書き上げた。初めて誰かと一緒に作る魔法陣は何だかキラキラと輝いて見える。

(雪の上に書いたから、そう見えるだけかもしれないけれど……誰かと一緒に作業するのは、胸が躍る)
「書き終えたあとはどうすれば良い?」
「私からできるだけ離れず傍に居てくれれば嬉しいです」
「わかった!」
「!?」

 そう言うなりヴォルフ様は私に抱きつく。年下とは言え思い切り抱きつかれたことに危うく詠唱呪文を間違いそうになった。
 少年に抱きしめられている女性――という構図は、第三者が見たら眉を顰めそうだ。次に魔法を使う時は手を繋いで貰おう。もっとも手を繋いで貰えるか分からないけれど。

「秋麗の満たす大いなる杯に収穫と豊穣を形と成して、この土地の者たちの助けとならん。古き時の霊脈と魔素の恩恵により、我らに僅かばかりの慈悲を――錦秋オロ・オータムの豊穣マイア

 金色の光によって雪が溶けて、大地から青葉が芽吹き、植物はあっという間に実りを付ける。その成長速度は凄まじく、過去最高の仕上がりだった。
 秋特有の薬草、食料となる木の実やら果実が一瞬で収穫できるまで成長したのだから驚きだ。

「メリッサはすごいのだな!」
「え、あ……いえ、私もこんな早く実るなんて今までありませんでした。ヴォルフ様が一緒に作業をしてくださったからかもしれません」
「であれば、嬉しい。夫である私もメリッサの役に立てているのだから!」
「夫!」
「あ、……急に身内面されるのは嫌だったか」

 しゅん、と尻尾まで垂れ下がって凹んでいた。何だか可愛らしくて頭を撫でてしまう。これでは夫どころか子供扱いなのだが、ヴォルフ様は思いのほか嬉しそうに頬を染めた。

「妻に頭を撫でられるのは存外良いものだな」
「そ、そうですか?」
「ああ。聖獣族は番を大事にする。触れ合うことや、食事を食べさせ合うことも愛情表現だ。……しかし、私は君より、その、今はまだ背は低いが……あとニ、三年すれば追いついて追い越す」
(二、三年……。この方はあっさりと三年後も私が隣に居ることを望んでくださるのね)

 一時でもそう言ってくれるヴォルフ様の思いやりに胸が温かくなった。陽だまりのような明るくて優しい王太子。
 この幸福が一秒でも長く続くことを柄にも無く願ってしまった。

 ***

「今日の収穫はここまでにしよう」
「え。でも薬を少しでも作ったほうが……」
「それも大事だけれど私たちが倒れるわけには行かないだろう。今日はメリッサもこの国に来たばかりで大変だっただろうし、食事の準備や寝る場所の案内もしたいから」

 私の手を掴んでヴォルフ様は王城の生活区域に向かった。部屋の掃除などは魔導具を使っているらしく、埃っぽい感じはない。

「あのヴォルフ様、私の部屋は……」
「ここだが。もちろん隣の部屋は私の寝室に繋がっている」
「と、隣の!? 寝室!?」

 私が驚愕の声を上げると、ヴォルフ様はムッとした様子で眉をつり上げた。

「私がいくら子供だったとしても、すでに婚姻は終わっているのだ。妻として扱うのは当然だし、……そ、それに添い寝ぐらいはしてもいいだろう!」
(この方は本当に私を妻として扱ってくださるのね。それが契約だったしても、大切にしてくださるなんて……)
「それともメリッサは、こんな子供では嫌か?」

 垂れ耳が更にへにゃりと項垂れているように見えて、慌てて首を横に振る。

「そ、そんなことありません。ヴォルフ様にそこまで言って頂けるなんて嬉しいですわ」
「じゃあ、決まりだな」

 どこまでも真っ直ぐに私を見て、率直な気持ちを口にしてくださる。ヴォルフ様の優しさは強張った私の心を優しく解きほぐしてくれる。

(でも……あまり深入りしては駄目ね……)

 そう、ヴォルフ様がいくら素晴らしい人でも、彼は王族なのだ。彼が私を優遇することで他の側室や妃の座を狙うご令嬢はいるのだから。そんな人たちに目を付けられたら、後ろ盾のない私なんてあっという間に居場所を奪われる。

(シクル国と同じような状況にならないようにしなきゃ……)


 それからヴォルフ様と収穫を行い、解毒薬を作る日々が続いた。食事も二人で作り、作業効率を上げるためにも役割分担をして、薬のストックと充分な食料を用意する。

「薬は魔法を使わなくても作れるのだな」
「魔法でも出来ないことはないですけれど、今は魔法陣に魔力を使っているので効率的に手作業で作ったほうが早いのです」
「なるほど。……秋空ギンモクセイと七星のヒシの実、夕暮れのオミナイシ、竜香のナツメ、七草のクズ……どれも秋の薬草ばかり使うのだな」
「はい。《夏宵蔓毒》は夏の毒果実ですから、癒すのは秋に収穫される薬草が良く効くのです。春や冬の薬草でもいいですが効き目などを考えると、春の毒は夏、夏の毒は秋、秋の毒は冬、冬の毒は春――という形で巡るのです。ただ秋の季節の薬草は育てる者の熟練度で、どの四季でも素晴らしい効果が得られると言われています!」
「メリッサのように?」
「わ、私などまだまだ!」
「そんなことない。解毒薬を作るメリッサは生き生きしていたし、真剣で……とても凜々しい」
「り、わ、私が!?」

 ヴォルフ様の賛辞にドギマギしてしまう。しかしヴォルフ様は天然の褒め上手なのか、私への称賛は続く。

「それに昨日のクリームシチューはとても美味しかった。パンも表面はサクサク、中はもちっとしていて、今まで食べていたどの料理よりも美味しかったぞ」
「そ、そうですか? その王宮ではもっと素晴らしい料理がでるのでは?」
「妻が作る料理が世界一美味しいに決まっているだろう。それに素朴かつ優しい味わいで私はメリッサの味がいい」
「そ、それは……光栄です」

 ヴォルフ様はしきりに夫婦であることを口にする。それが何だかこそばゆい。
 一週間分の薬のストックも増えて来たところで、薬師や秋の季節魔法を使える人たちの氷結魔法を解除していく。
 秋の季節魔法の使い手なら、今ある魔法陣に魔力提供してくれるだけで作物の成長も早くなる。そうすれば薬を作る量も増えるからだ。

 一人一人順々に氷結魔法を解除して、薬を飲んで貰う。その際に、ヴォルフ様から事情説明を行って貰った。よそ者の私が出しゃばるよりもスムーズに運ぶからだ。
 症状の軽い人なら一日か二日で復調するだろうと思っていたが、聖獣族は頑丈なのか初日で完治する人たちが出てきた。

「助かりました、メリッサ殿」
「メリッサ殿と殿下の声は仮死状態でも聞こえておりまして、勇気づけられました!」
「あ、その……いえ……」
「メリッサは私の妻だからな」
「ヴォルフ様!?」
「分かっております、殿下」
「よき方を妃に選ばれたようで、嬉しいです」
(こ、この国の人たちはみんな褒め上手だわ)

 今まで感謝されたことが殆ど無かったので握手を求められることや、お礼と言って菓子や花を貰うことなんてなかった。
 驚くことに私に侍女が付き、リースが日常生活のサポートをしてくれた。

 リースのおかげで自分の仕事に集中もできるようになり、料理も私とヴォルフ様が一緒に作ることもなくなった。少しだけ寂しかったが、今までが非常事態だったのだと理解する。それでもヴォルフ様は私との食事を楽しみにしてくれていて、食べ合いっこは続いた。

(もしかして妻というよりも、母親的な好かれようなのかしら?)
「メリッサ?」
「そ、そういえばヴォルフ様のお母様との食事はよいのですか?」
「なぜ母上が出てくるのだ? 私は自分の妻と食事する時間が楽しみだというのに……」

 子供扱いされたと察したのか途端に不機嫌になる。青く美しい尻尾が逆立っているので、怒っているのだろう。

「すみません」
「謝るぐらいなら後で私の頭を撫でてくれ」

 可愛らしい要求に私は「喜んで」と答えた。

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