閉ざされた冬の国に嫁いだ幸薄令嬢は偽りの婚姻を望む

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

第3話 この国の実情

(これは……)

 王城と隣接している通路には、衛兵や侍女たちが居たのだが、全員が氷漬けの氷結魔法がかかっている。どれも《冬の魔女》様の使う冬の季節魔法の一つだ。
 クリスタルのように美しい氷の棺で、仮死状態になっている。
 静寂すぎる国。自分以外は誰もいない。

「――っ」

 脳裏に過去の映像トラウマが浮かび上がる。誰も彼もが倒れる中、自分だけ生き残った地獄の日々。
 知識も、経験も魔法すら使えなかった幼い過去。大好きだった人が次々死に絶えていく間、私は――。
 心臓がバクバクと音を立てて煩い。体がこわばって上手く動けず、呼吸も浅くなる。過去の記憶に押し潰されかけた瞬間――『キュウ』と愛くるしい声に、現実に引き戻された。

(だ、大丈夫。……私の故郷と同じにはならない。あの悪夢とこの国は違う)

 気を引き締めて、氷漬けにされた人たちを観察する。

(どうして仮死状態に? 《冬の魔女》様は凜として近寄りがたい雰囲気かつ、愛情表現が乏しい不器用な方だと《秋の聖女》様が話していた。この国の人たちが大罪を犯した? それとも……?)

 ふと氷漬けされている人たちを見て周り、その体に橙色の斑点がいくつか発見した。最初は黄色、次に橙、それから色が紫に変色して、全身に痣のようなものが広がる。

(そうだ、このまま難の対処もしなければ死に至る、夏の幻獣国で栽培禁止となった《夏宵蔓毒》!)

 秋の法国では夏の幻獣国とは隣同士なので柑橘系の輸入は多く、その時に中毒や毒による被害など耳にしたことがあった。

(檸檬に似た形をしていて、果実を口にすると病にかかるというけれど……。どこから入手したのかしら? ……ううん、それよりもこの国で情報が集まる場所、……執務室に行けば何か分かるかもしれないわ)

 それから王城の中を歩き回って、執務室に辿り着く。ヴォルフ様の姿はない。執務室には、武官らしき人たちが氷漬けになっている。

(あら?)

 中央の机に座って判子を押そうとしている青年に気付く。ヴォルフ様とそっくりの露草色の髪に、狼の耳で、外見は二十代前半だろうか。服装はどう見ても他の文官と異なり上質なものだ。

(ヴォルフ様のご親族の方かしら?)

 執務室の書類に目を通すが《夏宵蔓毒》に関しての記述はなかった。ただ国境付近の村から氷漬けになる者が出たという報告書がいくつか届いている。

(《夏宵蔓毒》の解毒は秋の薬草で作れるし、季節氷結魔法も解除はできる。あとはヴォルフ様に協力して貰えば……!)

 王城を探し回ってもヴォルフ様の姿はなく、雪がしんしんと降り積もっていく。城下町に降りた可能性も考えたが、足跡などはない。

(あと探していないのは……)

 カーン、カーン。
 唐突に大聖堂から鐘の音が響いた。鐘は国の祝福と加護を与えるので毎日ならす必要がある。心地よい響きの鐘は国の加護を促す。

(自動式の魔法で鐘を鳴らしている? それとも手動なら──あ!)

 慌てて大聖堂の階段を駆け上がる。螺旋階段の先には七つの鐘を吊した場所に出た。そこにヴォルフ様の姿を見つける。彼は一人で鐘を鳴らすことで国の加護を維持しようとしていた。愚直なまでに一生懸命で、その姿は幼い頃の自分の姿と重なった。 

「(誰も助けに来ない絶望の中で、私の故郷は間に合わなかったけれど、この国の人たちは――)ヴォルフ様!」
「メリッサ」

 ビクリと体を震わせたヴォルフ様の耳は、なんだか更に垂れて凹んでいるように見えた。服装は青年だった時と変わらないが、年齢は十二歳ぐらいだろうか。
 同じ目線になろうと腰を屈めた。

「この国で何が起こっているのか、おおよそのことは把握しました。ご安心ください、必ずこの国をお救いいたします」
「――っ」
「ただ……他国出身である私だけではできないことがあります。殿下のお力をお借りできませんか?」
「君は怒ってないのか? いや私に失望してはいないと? こんな危機的状況で巻き込んで……姿を偽って、挙げ句の果てに中途半端に逃げ出してしまう……こんな駄目な王子を」

 自分を責めるヴォルフ様の姿に、私はできるだけ口元を緩めて微笑んだ。

「ヴォルフ様……」

 困惑するヴォルフ様の手を両手で包んだ。彼の指先は凍てついたように冷たい。ずっとこの場所に居たのだろう。
 よく見れば手が荒れているし、顔色も良くない。ずっと一人で無理をしてきたのがわかった。グッと唇を噛みしめて、できるだけ明るくヴォルフ様に声をかける。

「婚姻契約の依頼は今までもありましたし、今よりも複雑かつ政治絡みや土地の魔素マナが淀んで魔法が使えないなどもありましたし、そもそも人族というだけで目の敵にする地域も……。それに私は流行病で故郷を失いました」
「メリッサ……」
「だからこそ、私はこの国を助けたい。それに氷漬けされているのは、《夏宵蔓毒》の症状を緩和するためですし、薬だってすぐに作れます!」
「毒!?」
「はい」

 ヴォルフ様は声を荒げた。もしかしたら氷漬けになっている原因も分かっていなかったのかもしれない。

「《冬の魔女》様は《夏宵蔓毒》に掛かった者たちを救うために、仮死状態にすることで毒の侵攻を防ごうとしたのだと思います」
「では……《冬の魔女》様の怒りや、呪いでもないと?」
「その通りです。この《夏宵蔓毒》という毒は、そもそも夏の幻獣国にしか生息しません。また栽培禁止になっているのです。行商かが知らずに冬の国に売ったのか、あるいは事故だったのかは不明ですが、私の四季豊穣魔法であれば薬草を生み出して薬を作ることは可能です。問題は……」
「何だ?」
「ご存じかもしれませんが、四季豊穣魔法はその土地の魔素《マナ》を使い影響をおよぼします。そのため《冬の魔女》様の怒りを買わぬように、その国の者と協力して術式を作り上げる必要があるのです最魔法陣を描くまで傍にいて貰えば……

 緊急事態なのでできるだけ協力して欲しいと思ったのだが、私の掴んだ両手をヴォルフ様は強く握り返す。

「ヴォルフ様?」
「もちろん、何でも協力する。四季魔法は魔女あるいは聖女に連なる者だけが使えると聞いている。それで私は何をすればいい?」
「では秋の薬草を生成する広い土地が欲しいです。次に氷結を解除する順番ですが、薬のストックができてから、季節豊穣魔法が使えそうな方、あるいは薬師の方を数名ほど教えてください。その方たちから優先して起こしたいのです」
「わかった!」

 ヴォルフ様の決断力と実行力は素晴らしかった。
 王城の裏にある畑だった場所を提供してくれて、季節豊穣魔法を使える王宮魔道士と薬師のリストアップも迅速だった。

「ではこの畑を一時的に《秋の聖女》様の恩恵を得るための場所にします」
「ああ、わかった。よろしく頼む」

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