閉ざされた冬の国に嫁いだ幸薄令嬢は偽りの婚姻を望む

あさぎかな@電子書籍二作目発売中

第2話 新たな奉公先

「メリッサ・アルトナー嬢、お待ちしていました。私は冬の国の一つロッカの王太子ヴォルフ・エーベルハルトです。今回は急な婚姻となって申し訳ない」
(この方が冬の大国の一つロッカの……)

 転移魔法の入り口となる大聖堂で、好青年が出迎えてくれた。聖獣族特有の露草色の艶やかな髪に、垂れたウサギの耳、彫刻のような美しい顔をしている。

(なんて綺麗な色の髪なのかしら。まるで秋空のよう)

 青白い毛皮のコートを羽織った彼は、王族らしい所作で胸にて当てて一礼する。その姿に数秒見惚れてしまい、慌てて両手でスカートの裾を軽く摘まんで会釈を返した。

「お初にお目にかかります。秋の法国フォールから参りましたメリッサ──」
「メリッサ。来て頂いて早々にすまない。先に婚姻を済ませてもよいだろうか?」
「は、はい」

 切迫した状況に困惑しながらも、彼に手を引かれて城の中へと向かう。今回は転移魔法によって城の大聖堂に移動したので、長旅の必要はなかった。
 私の祖国、秋の聖法国フィールの他に、春の竜王国リスピア、夏の幼獣国ザライト、冬の大国で大きく分かれる。冬の大国では季節魔法が重宝されるので他国に奉公に出されることが多い。そのため婚姻契約奉公という救済処置に加えて、《秋の聖女》様の発案で緊急時用の転移魔法陣を各国に設置している。

(よく考えたら緊急時の転移魔法を使うほどの事態!)

 閉ざされた冬の大国の入国可能な時期は、秋の終わりか春の始まりだけ。だから今回の依頼は異例中の異例。想像以上に状況が深刻なのかもしれない。
 城の中だというのに、衛兵はもちろん侍女の姿も見られない。

(それにしても静かすぎるような?)
「本当にすまない……。《戻り蝶》がいる間でないと、他国出身の者との婚姻が認められないのだ」
「(そういえば冬の大国では独特な作法があったわ。三回目なのに、未経験だなんて恥ずかしい)その……不勉強ですみません」

 勢いよく謝罪したのだが、ヴォルフ様のほうが何故か気まずそうに視線を逸らした。

(何かまた失礼なことをしたのでしょうか。初対面から厚かましい、あるいは耳障りだと感じたのかも……)
「あ、ううん。……いや、君を悪くいうつもりもなくて……すまない。時間がないと言い訳ばかりをして……」
(この方は私のことを馬鹿にしないでくださるのですね)

 ステンドグラスが素敵な青白を基調とした礼拝堂は、静謐な空気が感じられた。
 天色あまいろの美しい蝶が、大聖堂の周囲を舞う。《冬の魔女》が婚姻を祝福する時のみに現れる蝶は、幻想的でとても美しかった。

(今までは控え室で婚姻契約にサインをしただけだったのに……)
「結婚式は日を改めてさせていただくが、先に伴侶の誓いを立ててもらう」
婚姻契約奉公なのに結婚式なんて、聖獣族の方々は紳士的なのですね」
「わざわざこの国まで来てくれるのだ、当然だろう」
(今までの常識が端から崩れ落ちていくようだわ。今、私はうまく笑えているかしら)

 静寂の訪れた祭壇で私とヴォルフ様は誓いの言葉を口にして、口付けのフリをする。それが冬の大国の婚姻契約であり、他国の令嬢かつ第一級聖女を派遣する決まりごとだった──はずだが、三回目で初めて儀式をするなんてと自嘲してしまう。

(あの国の絶対に戻りたくない。ロッカが住みやすいのなら、どんな形でも良いから残りたい)
「――ここ冬の国の一つロッカの地において、万物の神々と四大魔女の一人、《冬の魔女》に告げる。ヴォルフ・エーベルハルトはメリッサを我が妻として、生涯でただ一人愛することを誓う」

 よく通る声と熱にこもった声にドキリとする。形式だけの誓いだというのに、ここまで真摯敵に口にする人を初めて見た。

「(ああ、この人は私に敬意を払ってくれるのね)……メリッサ・アルトナーはヴォルフ・エーベルハルト様を夫とし、生涯の愛を誓います」
「メリッサ」

 名を呼ばれて顔を上げると、ヴォルフ様はすぐ傍にいて、甘い香りに気を取られていた隙に彼の唇が触れた。

(え……?)

 ボフン、という音と共に視界が真っ白になる。床に降り立ったのは、十二、三歳ぐらいの少年だった。

「!?」
「ヴォルフ様が……縮んだ?」
「──っ」

 小さくて可愛らしい姿のヴォルフ様は私と目が合った瞬間、青い四足獣に姿を変えた。「キュウウ!」と愛くるしい声を上げる。

(ええええええええ!?)

 垂れ耳の露草色の四足獣だった。子ウサギほどの大きさだったか。青年だったヴォルフ様が子供になって、そのあと途端に獣になるというのは――これも何かの儀式魔法なのだろうか。

「あ、これは……その……」
「まあ、聖獣族の方は、こんなふうに素敵な聖獣様にもなるのですね」
「こ、怖くないの? 気持ち悪いとか?」
「何故? モフモフでとっても素晴らしい触り心地で、愛くるしいと思っていますわ」
「かわ――っ!?」

 膝をついて四足獣と向き合う。
 露草色の美しい毛並みに、宝石のようなキラキラしたサファイアの瞳は、見ていて癒される。思わず頭と顎を撫でるとモフモフと愛くるしさが増した。

「なんて綺麗な毛並みでしょう。それに可愛らしい」
「わ、私は可愛くなんてない!!」

 わああん、と脱兎の如く走り去ってしまった。
 やってしまったと思ったが、もう遅かった。

(……ハッ! 王太子に対してなんてことを! 不敬で何らかの罰を受けるんじゃ!?)

 しかしいくら待っても、衛兵や大臣らしき文官がやってくる気配はない。いやそれ以前にこの国は、何かが可笑しい。

 急な結婚式。
 参列者のいない大聖堂。
 生活音のない静かすぎる国。
 その理由は大聖堂を出てすぐにわかった。

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