カワイイ俺の下克上

冠つらら

23 適材適所

 リンエの協力を無事に得た俺は、校門から校舎までの道に旗を掛けているダーシーに声をかけた。時は放課後で人もまばらだ。ダーシーは明日の朝から積極的に生徒への署名声掛けを行うという。その準備のために、少しでも目立つようにと装飾を施しているのだ。

「ダーシー。明日からわたしたちも一緒に署名運動に参加する。よろしくね」
「悪いな……。朝は早いから、昼とか放課後とか、時間がある時だけでいいから」
「ありがとう。でもわたしは朝も参加するね。早起きは得意なんだ。ほかのメンバーは?」
「緑化サークルに賛同してくれてる生徒が数人いる。彼らも来るよ」
「わかった。じゃあ、また明日よろしくね」

 校門の向こうに沈んでいく夕陽に向かって足を一歩踏み出すと、俺の手元を見たダーシーが口を開く。

「ゾーイ。その紙袋は何?」

 足を止めて振り返る。ダーシーは俺が手に持っていた紙袋を指差していた。

「これはね、とっておきの最終兵器だよ」
「へぇ?」

 にんまりと意味深に笑うと、ダーシーはきょとんとしたままほんやりと笑った。
 紙袋の中身は、明日以降の署名運動で使うものが入っている。さっきまで俺が教室でちまちまと作業していた成果をこの中に入れた。
 多くの生徒に緑化活動についての賛同をもらうためには、まず興味を持ってもらわなければならない。
 これは俺が今までさんざんやって来たことと同じで、人の目に入らなければ意味がない。
 そのためには大々的に露出をしてしまうことが一番手っ取り早く済む。

 人の目を引くもの。人の関心を寄せること。そして人に印象付ける方法。
 俺は今回、その対象としてリンエに協力してもらうことにした。
 リンエは一匹狼ではあるが、彼女の存在感は必ず人目を引く。彼女自身がこのことを良く思っているか悪く思っているのかは分からない。けど、それは紛れもない事実だ。
 彼女が教室に入ってくると空気が変わる。凛とした聡明なオーラに思わず気が引き締まる瞬間を、クラスメイトの誰もが体験したと思う。

 彼女は近寄りがたい。が、その他者と一線を画すイメージが彼女の強みでもある。例えて言うなら、雲の上のような存在に思えていた人がフランクに話しかけてくれるだけで問答無用で好印象に思えてしまうあの現象。
 リンエが署名活動に参加しているという意外性から人の関心を寄せる。そして緑化サークル署名のPR塔になってもらう。紙袋に入っているのはそのための襷だ。ちょっとダサいかなと思ってリンエに訊いてみたけど、彼女は快く承諾してくれたのだ。

 この役割は俺にはできない。藤四郎時代に見たイベントなんかでも、笑顔を振りまくモデルたちは男女問わずして美形か超絶スタイル。だから俺はいくつかの観点を踏まえてリンエにお願いしたかった。加えて彼女と友だちになれるなんて想像もしなかったけれど。予想外の幸運な結果だ。
 ただリンエにお願いしっぱなしってのも勿論良くない。
 俺は俺で、彼女たちとともに署名をたくさん集めないと。

 校門を出る数歩前で、俺は紙袋の取っ手を強く握りしめた。すると、夕陽の眩しさで半分光に消えていた視界に影が出来る。前を歩く生徒の影に入ったみたいだ。影の正体を見れば、見覚えのあるシルエット。
 俺は思わず新たな酸素をすすりこむ。

「ダレン?」

 俺の声に、影の主はゆっくりと顔だけ振り返る。ピアスを弾く陽が揺れて少し目が痛んだ。

「今日もメイクをしてたの?」

 三歩大股で歩きダレンの隣に並ぶ。ダレンは相変わらず大きく表情を変えないまま首を横に振った。

「今日はマスク作りだよ。今はエイリアンのマスクを作っててさ。家で作業すると、また親が驚いちゃうから」
「はははっ」

 部屋の中でエイリアンを生成しているダレンを想像したらつい可笑しくなってしまった。ダレンはつられてクスリと笑い、俺の紙袋から飛び出ている襷を見やる。

「それ、ゾーイが作ったの?」
「うん。そうだよ。緑化サークルの署名運動で使うんだ」
「ああ。新しいサークルの?」
「知ってるの?」
「クラスにサークル代表の友だちがいるみたいで、昼休みに話しているのを聞いたよ。俺はまだ署名してないけど」
「賛成しない?」
「いや、どっちでもいいかな。でもゾーイが署名を集めてるんだったら、俺もサインするよ。メイクモデルをしてくれるお礼に」
「ふふ。動機はなんでもいいよ。じゃあ明日、早速サインを貰えると嬉しいな」

 ダレンはこくりと頷いて静かに微笑んだ。

「襷は? ゾーイがつけるの?」
「ううん。これは違う。友だちの分。彼女、ランウェイを歩くモデルみたいにかっこよくてオーラがあるから、これをつけて大々的に宣伝してもらいたいなぁと思って作ったの。きっと、彼女の魅力で署名はどんどん集まると思うから」
「ゾーイは? 君が前に出ても、同じように署名が集まるよ」
「うーん……そうはいかないかなぁ。ははは。あっ! でも、もちろん彼女にばかり頼らないでわたしも地道に声掛けをしていくけどねっ」

 そう言って貰えるのはありがたいけど、現実はぶさかわ猫な俺が前に出てもあまり効果は見込めないだろう。
 そもそも、最近になってようやくゾーイの存在を皆に思い出してもらえているというのに。でも、まぁ、ダレンに悪気はないし。
 俺がわざとらしく元気よく見解を述べると、ダレンは唇をきゅっと結ぶ。え。なんか変なこと言ったかな?

「ゾーイとその友だち、そんなに違う?」

 ダレンは俺の目をじっと見て純粋な疑問を投げかけてくる。

「うん。全然、違うよ。リンエとわたしは、全然違う」

 あれ。
 無意識のうちに声が暗くなっていってしまう。
 それになんだか胸の底が痛い。
 本当はこんなこと言葉にしたくないのにな。そんなことをしたら、またゾーイが傷つくだけ。
 ダレンは瞳だけで空を見上げて少し考える。

「ゾーイが署名活動を手伝ったり、メイクモデルになってくれるのって、どうして?」
「え?」

 急な話題転換に、俺は反射的にダレンの顔を見上げた。

「ユキのポスターだってそう。ほかにもたくさん人助けをしてるって噂。どうしてそんなに、他人のために必死になれるの?」

 うっ。それを言ってしまいますか。
 俺は少し後ろめたくなって苦笑いをする。
 ミスコンのため、って言ったら幻滅されるかな。でも嘘をつくのも嫌だし。ここは正直に言うしかない。

「み、ミスコンでね、わたし、いい結果を残したいの。その……将来の、ために。どういう結果になるのかは分からない。全部、意味はないのかもしれない。でも、分からないからこそ、じっとはしていられなくて……」

 欲望丸出しだ。俺こそ動機が不純なのに。夢に向かって熱心に修練を続けているダレンとは大違い。彼の反応を見るのが怖いな。

「へぇ。ミスコンか。そういえばそんなイベントあったね」

 ダレンはミスコンのことをすっかり忘れていたのか、自分に言い聞かせるようにしみじみと言う。

「確かに、やってみなくちゃ結果は分からない」
「うん。だから、無謀だとしても挑戦したくて」
「そっか。応援してるよ、ゾーイ」
「ぁり……ありがとう」

 微かに胸が締め付けられる。でもこれは苦しいんじゃなくて、なんていうか、すごく優しい感情に心の繊維を撫でられているような気分だ。うん。そうだ。どちらかと言えば、これは嬉しい、っていう反応だ。

「それと同じで、署名運動もやってみなきゃわからないんじゃない?」
「え? どういうこと?」

 ハタと思考が止まり、口を開けたままダレンの言葉に対して頭を傾ける。

「友だちとゾーイ。違いなんてないってこと、やってみなくちゃわからないよね」
「そ、それは……」

 やってみなくても分かるのですが。
 しかしダレンが頬を緩めて真っ直ぐな眼差しで見てくるせいで対抗する言葉が思いつかない。

「でも。わ、わたし、自信ないし……」
「自信?」
「リンエ、すごく綺麗なんだ。メイクも上手で。華やかで目を引く。それに比べて、わたしは真っ新なところから人の関心を寄せ付けることなんて向いてないから。でもわたしは気にしてないよ。自分に出来ることをすればいい」

 正直隣に並ぶだけで違いなんて明らか。やっぱりこの世界の住人は、自分たちの容姿基準が高いからあまりそういった類の意識がないのかな。ゾーイやジアのことがハナから視界に入らないような社会だから、そもそもの感覚が違うんだろう。
 目立たない生徒と言われるダレンの横顔だって、非の打ち所がないくらい完璧だし。
 なんだか寂寥感を覚えてダレンから目を逸らす。

「出来ることか」

 するとダレンがぽつりと呟いた。

「ダレン?」
「ゾーイ。やってみないとわからないこと、他にも見つけた」
「え?」
「俺にも”出来ること”があるよ」
「うん?」

 彼は何を言っているのだろう。
 微かに口角を上げて首を傾げた俺に、ダレンは淑やかに微笑んだ。

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