カワイイ俺の下克上

冠つらら

22 共通点

 昼休み。俺はジアにダーシーの署名活動の話をして、自らの作戦を話す。
 俺の案を聞いたジアは、久しぶりに眉を歪ませて訝し気な目をする。

「それ、本当にうまくいく?」

 ジアが懐疑的になるのも無理はなかった。というか、それが正常な反応だと思う。

「分からないけど、やってみる価値はあると思わない?」
「そうかもだけど」
「まぁ失敗しても、当たって砕けろってことで。中身が分からないからって怖くて割らないまま卵が腐っていくのは嫌だもん」
「それ、ゾーイの新しい座右の銘?」

 ジアの渇いた笑いを横目に、俺は教室の後方を見やる。
 バレリーナと同じくらい整った姿勢で机の上を片付けているリンエがいた。

「じゃあ、早速卵を割ってみよう」

 机を軽く叩き、俺は勢いのままに立ち上がる。スタスタスタと、迷いのない足取りでリンエが座る椅子の前まで向かう。

「る、ルーさん」

 開口一番に噛んでしまった。声の威勢とは裏腹に恥ずかしい。リンエは清涼な瞳を上げて俺の顔をじっと見た。

「えと……その……もしよかったら、お昼、一緒に食べない?」

 リンエは何も言わない。気まずくなった俺はへ、へ、へ、と笑ってみせる。それでも彼女は俺を吟味するように見つめたままうんともすんとも言わない。

「あ……」

 ここまで無反応とは思わなかった。睨まれているわけでもないけど、ちょっと怖い。やっぱり彼女は俺が声を掛けていい次元の人間じゃなかったのか。次の言葉を考えていなかった俺は、少し混乱しながらも彼女の手元にある本に気がついた。

「その本! わたしもこの前読んだよ!」
「え?」

 リンエの声がようやく聞こえた気がする。俺は本を指差して前のめりになる。彼女が手にしているのは、ゾーイの部屋にもあった古い推理小説だ。俺はこの世界を知るために、ゾーイの部屋に並んでいた本を順番に読むようにしている。そうやって、世界の住人に早く馴染もうと試みたからだ。まだすべては読み終えていないが、リンエが持っている本はついこの間読んだばかり。これはタイミングがいい。

「もう最後まで読んだ?」
「まだ」
「そっか! じゃあ、結末まで読んだら感想を語り合おうよ。わたし、モヤモヤすることがあって……」
「あ、それ以上言ったらネタバレ」
「! 確かに! ごめん……!」

 リンエに制され、俺は急いで手で口を塞ぐ。

「じゃ、じゃあさ、今読んだところまででいいから、ちょっと話しながらお昼食べようよ」
「…………」
「あ、ジアも一緒に。あの子、推理小説とかあんまり読まなくて。その魅力をジアにも伝えてくれたりしない、かな?」
「…………いいよ」

 リンエは言葉少なに頷くとガタッと椅子から立ち上がる。俺は彼女の顔を視線で辿りながら、嬉しさのあまり僅かに肩を跳ねさせた。
 ジアとリンエ、俺の三人は、購買で食料を調達して庭へと出る。ちょうど空いているベンチを見つけた俺たちは、誰かに取られないうちにと早足で座り込んだ。
 ジアもリンエとまともに話すのは初めてだそうで、はじめのうちはぎこちない声をしていた。けど、推理小説について話をする彼女は淡々とはしているけど少し楽しそうで、次第に畏怖の念は消えていった。ダレンもダーシーもそうだけど、人は好きなことを話すときは自然と無邪気な表情になる。リンエは確かに近寄りづらい雰囲気をしている。でも、だからといって怖い人ではない。
 リンエの顔をよく見てみれば、薄っすらと彼女がメイクをしていることが分かった。彼女は十分に美しい。けどそれに加えて、しっかり自分の魅力を最大限に活かすことにも抜かりはないみたいだ。
 俺がリンエの顔をぼーっと見つめていたせいだろう。いつの間にかジアとリンエの会話が止まって、俺の方へと視線が集まっていた。

「チョコでもついてる?」

 チョコデニッシュを食べていたリンエは、指先で口元を探りながら訊いてくる。

「ううん! ついてないよ! ごめんごめん。メイク、上手だなって思ったから」

 ダレンのモデルを引き受け、間近で彼の手さばきを見ていたせいだろうか。妙にそんなことに気が向かってしまった。

「ありがとう。……そういえば、ゾーイはダレンのメイクモデルをしたんだってね」
「うん。リンエも知ってるの?」
「噂になってたから。物好きな人がいるねって」
「ははは。案外楽しいよ。じっとしてるのは少し疲れちゃうけど」

 ダレンが特殊メイクの腕を磨いていることは思ったよりも校内で広まっているようだ。

「リンエ、ゾーイの写真見せてもらった?」

 ジアがくすくすと笑いながら顔を覗かせる。

「見てない。けど、いい出来だったみたいだね。さっき盛り上がってた」
「聞かれちゃってた?」

 リンエはこくりと頷く。

「ゾーイ、二年になってからすごく色んなことに首を突っ込んでるんだよ。言い方はあれだけど、これ褒めてるから。困っている人がいたら手助けしたくなっちゃうみたいで」

 ジアは俺のお節介を茶化しながらもリンエに話す。

「どうしてそんなことを?」

 リンエは当然の疑問に首を捻る。

「えっとね……実は、ミスコンを狙ってて。進学に有利だから、いい結果を残したいと思ってるの。最初はそうやって始めたんだけど、色々手伝っていくうちにそれも楽しくなっちゃって……。だから、頼まれたら黙ってはいられないんだ」
「ふふ。変なの」

 リンエは俺の不純な動機を嘲ることもなくクスリと笑う。

「今度も隣のクラスのダーシーが緑化サークル活動のために署名を集めてるって聞いて、居ても立っても居られないから協力するんだって」

 ジアがニヤニヤと笑いながら今の状況を説明する。

「緑化サークル? そんなのあるの?」
「本格的に活動するのはこれからだよ。でも、その前に署名を集めなくっちゃ」
「ふぅん……」
「ねぇ、それでさ……」

 本題に入ろうと、俺はごくりとつばを飲み込む。リンエを誘ったのはもちろん彼女にお願いがあるからだ。いや、そうでなくとも話をしてみたいという興味はあったけど。一匹狼って、なんだかミステリアスでかっこいいし。しかも推理小説好きという共通点まで見つけられた。思わぬ収穫だ。もしこれを断られても、彼女とはもっと親しくなれたら嬉しいと思う。おすすめの本とか話し合いたいし。メイクとかもちょっと教えて欲しいし。……いやいや。今はそうじゃなくて。
 思考が脱線しかけて、俺は改めて脳内を軌道修正する。

「リンエにも、署名活動に協力して欲しいって思うの」
「……? 私が?」

 リンエは不思議そうな声を出して横にいるジアと目を合わせる。

「うん。わたしには絶対にできないことがあって……。でもリンエなら。リンエじゃないと出来ないことがあるの」

 手に汗が滲んできた。リンエはジアから俺へと視線を戻し、何も言わずに考える仕草をする。

「そうだなぁ……」

 空を見上げ、端正な唇の先からぼんやりとした声が出ていく。

「……いいけど、代わりに私のお願いも聞いてくれる?」
「えっ?」

 承諾してくれたの? お願いって何?
 二つの感情が同時にぶつかり合い、嬉しいことを言ってくれたのに脳が混乱してしまう。

「お、お願いって……?」

 とりあえず先に訊くのはこっちか?
 思わず声が小さくなりながらも恐る恐る尋ねてみる。

「あの本読み終わったら、感想会開いてもいい? 推理小説って語り相手がいなくて消化不良なことがあって」
「そんなことでいいの?」

 むしろ俺の方から話そうよとか言っちゃってた気がするんだけども。
 リンエはゆっくりと頷き、「いい?」と再度確認してくる。

「勿論! あ。折角だからジアも読みなよ。面白いよ」
「えっ。なんか巻き込まれた?」

 突然話を振られたジアは戸惑いながらも次第に頬が緩んでいく。
 リンエの静かなる推薦の眼差しを受けたジアも結局最後には折れ、三人の読書感想会の開催が決定した。

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品