カワイイ俺の下克上

冠つらら

17 花

 勉強会の回数を重ねるうちに、ミゼルとはどんどん仲良くなっていた。
 ジアも彼女には興味があるようで、時々差し入れを持ってきてくれたりもする。
 お昼を食べようと食堂を訪れた俺とジア。席を探していると、黙々と参考書を読んでいるミゼルが視界に入ってきた。彼女の前の席がちょうど二つ空いている。ミゼルは人見知りが激しいことを自覚していて、まだ友だちも少ないと言っていたことを思い出した。

「ミゼル。ここ、座ってもいい?」

 俺とジアはミゼルの前に行き、顔を上げた彼女に尋ねる。

「はいっ。もちろんです!」

 ミゼルはわたわたと机を拭こうとする。汚れてないから大丈夫だよ、って言おうとしたけど、一生懸命な彼女の気遣いを受け取ろう。
 ほかほかの定食が乗ったトレイを机に置き、俺とジアはミゼルの調子を伺う。彼女は止まっていた箸を動かし、俺たちと一緒に昼ご飯を頬張りながら他愛もないことを話してくれた。
 ちょうど半分くらいご飯を食べ進めたところで、ミゼルの隣に座っていた生徒が立ち上がる。俺たちはそんなこと気にもせずに会話を楽しんでいたが、次にその椅子が引かれた瞬間、一斉に声を止めた。

「ミゼル。ゾーイたちとすっかり打ち解けたみたいだね」

 天から降り注ぐような清廉な声。空いた椅子に座ったのはラーシャだった。彼を見た途端、ジアがむせる。俺は不意打ちを食らった彼女の背中をさすった。

「お兄様! はい。ゾーイさんもジアさんも、とっても優しいんです」

 ミゼルは手を合わせてぱぁっと表情を輝かせる。本当に兄のことが大好きなのだろう。

「それは嬉しいな。ゾーイ、ジア、ミゼルに良くしてくれてありがとう」
「そんなそんな。仲良くなるのは自然なことだから」

 直球で褒められるものだから、俺はつい照れてしまって頬が緩む。
 うん。やっぱりラーシャとは話しやすい。妙な緊張感とかも襲ってこないし。
 隣のジアが俺のことを見たような気がするけど、まぁ気のせいだろう。

「はははっ」

 ラーシャの笑い声は本当に春風の如く爽やかで温かい。

「でもミゼル。先輩たちばかりに頼ってはいけないよ? 同級生の中にも、君と気の合う人はいるはずだ」
「は……はいっ。お兄様。ちゃんと声をかけられるように、がんばります!」

 小さくガッツポーズをするミゼル。控えめながらも意欲が籠っている。

「まぁでも。わたしはいつでも話し相手になるよ。大歓迎だから」

 あまり追い詰めてしまわないように。俺はミゼルにこっそりとそう伝えた。彼女は唇を噛みながらこくりと頷く。嬉しい時、彼女が唇を噛む癖があることはもう知っていた。

「あ。でも、お兄様もあまり無理はしないでください。ずっと忙しいでしょう? おまけに、今度は校内栽培にも協力するとか。根詰めて、体調を崩してしまったら心配です」
「ありがとうミゼル。大丈夫だよ。そこまで身体が弱いわけでもないさ」
「……はい」

 ミゼルは肩をすくめて懸念を残したままに返事をする。
 ラーシャは生徒会に所属していて忙しい。校内で見かける彼もいつも何かを抱えているような顔をしている。昨年のミスコングランプリというだけあって、彼は恐らくお人好しなのだろう。彼の魅力はそれだけではないとは思うけれども。

「ラーシャ、校内栽培って?」

 さり気なく訊いてみる。もしかしたら何か力になれるかも。ミゼルが大好きなお兄様。無理をして、妹を悲しませるようなことにはなってほしくないし。

「そのまんまだよ。俺の友だちに造園が趣味の奴がいてね。この学校は自然を大事にしてはいるけど、どこか殺風景で物足りないって言ってるんだ。で、趣旨は異なるかもしれないんだけど、彼はもっと生徒たちが自然に興味を持てる環境にしたいって言うんだ。サークル申請も企画を書いてそのうちするらしい。その前に、先生から許可が取れたから小さな畑を作ろうってことになってて。花壇みたいな限られたスペースなんだけど、野菜を植えたいんだって」
「へぇ。なんだか大掛かりな作戦だね」
「はは。まだサークルではないけど。でも、彼の熱意をぜひ貫き通して欲しくて。俺も手伝うことにしたんだ。まずは土を囲う花壇を作らなくちゃね」

 ラーシャは穏やかな様子で詳細を教えてくれた。ミゼルとジアも興味を持ったのかしっかりと耳を傾ける。

「ねぇ。それ、いつやるの? わたしも手伝いたい」
「え? でも。悪いよ。この前お願いを聞いてもらったばかりだし」

 ミゼルの勉強を見ることを言っているのだろうか。そんなこと気にする必要はないのに。

「気にしないで。わたしがやってみたいだけだから。花壇づくりって、楽しそう」
「……そう?」
「うん。花壇を作ったら、この先そこを中心に野菜を育てるんでしょう? 礎を作ったって感じで、卒業後も自慢話にできそうじゃない?」
「はははっ。なるほど。それは考えたことなかった」
「ふふふ。わたしに武勇伝を一つ作らせてよ」
「分かった。君がそう言うのなら、ゾーイにもぜひ手伝ってもらいたいな」
「やった!」

 思わずガッツポーズが出る。お上品じゃないかもしれない。けれどラーシャは楽しそうに笑ってくれた。

「ジアもやる?」
「えっ?」

 黙ったままのジアを見れば、彼女はハッと空気を取り戻したように肩を上げる。

「ジアが一緒だったら、わたし、もっと楽しくなると思って」
「そ、そうだなぁ……」

 ジアはちらちらとラーシャに視線を向け、落ち着かない様子で答えを濁す。

「ジアさえ良ければ。俺も君がいた方が楽しいな」
「ぅっ! 本当? そ、そしたら、私もお手伝いしようかな……力になれるかは分からないけど」
「大丈夫。いてくれるだけでも嬉しいから」
「ふっ……へへへ」

 ジアは頬を柔く緩ませて照れくさそうに笑った。

「そうしたら、明日の放課後なんだけど、大丈夫かな?」
「うんっ。もちろん」

 立ち上がるラーシャに元気よく返事をする。
 ミゼルの様子を見に来たラーシャは、彼女の肩に優しく触れた後で食堂を出ていった。
 俺は新たな取り組みに意欲を燃やし、残りのご飯に箸を伸ばす。


 放課後を迎えた俺はジアとともに校舎裏へ向かう。
 ラーシャの友だちの花壇づくりを手伝うということで、念のためジャージに着替えておいた。濃い紫色のジャージに身を包んだ俺は、純粋に初めての花壇づくりにワクワクしている。花壇って素人でも組めるものだとは思ってなかったせいもあると思う。手伝いという体だけど普通に楽しみだ。

 一方のジアは今日の朝からずっと緊張しているような顔をしていた。いつも絶対に綺麗に食べ終える昼食を少しだけ残していたし、俺が声をかけてもたまに上の空だ。
 花壇づくりに強引に誘ってしまったけど、やっぱりそこまで気が乗らないのかな。
 ちょっと罪悪感を覚えながらも今更引き返せんと自分に言い聞かせ、とにかくラーシャに言われた場所を目指す。

 今日も晴れて良かったな。そう思って空を見上げれば、念仏のような幻聴が微かに聞こえてくる。横を見てみるとジアがぶつぶつと聞き取れないくらいの絶妙な音量で何かを唱えていた。本人も声に出ていることには気がついていなさそうだ。何か思いつめているのかも。流石に心配になる。大丈夫か聞いてみよう。俺が声をかけようと息を吸い込んだ時、ジアにピントを合わせていた意識が背景へと向く。

 ぼんやりとした背景の中で視線が向かった先にいるのは見た覚えのあるひときわ目を引く顔。
 一人ベンチに座っていて、音楽を聴いているのかヘッドフォンをつけている女子生徒だった。
 どんな手入れしてんのって言いたくなるくらい秀麗で真っ直ぐな艶のある黒色の髪。
 長いその髪を高い位置で一つにまとめてお人形さんみたいな印象を覚える。
 神と崇められそうなほど上品で知的な雰囲気を放つ彼女の瞳は宇宙を映したような深い青色をしていた。

 彼女から受ける印象は、まさに美描。ぶさかわ猫な俺とは対照的に、彼女が持つ神秘的な美しさは少し近寄りがたい感情を抱く。
 彼女の名はリンエ・ルー。彼女のことを見た記憶があるのは、彼女が毎日同じ教室の一番後ろの席に座っているからだ。
 モデルのオーディションに応募したら確実に合格するスタイルの彼女は、背が高くて教室でもよく目立っている。けれど彼女は誰かとつるむことを好まないのか一人で行動していることが多い。

 当然俺も話したことはない。多分、ジアもないと思う。
 今も彼女は一人で音楽を聴いて涼やかな表情のまま手元の本に目を落としている。
 そうやって誰とも群れずに自分の時間を楽しんでいる彼女の姿が、俺にはちょっと新鮮に見えた。

 いつの間にか歩く速度が遅くなっていたためか、気づけばジアは数歩先を歩いている。しかもまだ念仏を唱えたまま。
 通り過ぎる生徒たちが訝しげな表情をしてそんなジアのことをちらちらと見やる。完全に不審者を見る目つきだ。
 これはいけない。
 俺は慌ててジアを追いかけ彼女の肩を叩いた。

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