カワイイ俺の下克上

冠つらら

16 宝さがし

 麗らかな日和。柔らかな太陽の温度が地上に降り注ぎ、穏やかさを体現した光景が広がる。
 憩いの場として設けられた庭ではレジャーシートを敷いた生徒たちが座り込み、弁当箱を抱えながら談笑に勤しむ。
 外にいるだけで自然と体温が心地良いところで維持され、気づけば笑みが表情を彩っていく。
 まるで学びの狭間のご褒美のよう。心休まる時間に、軽やかな陽気が美しく溶け込んだ。

「……ったあっ! あったぁあああ!」

 ほのぼのとした空間に響く血気盛んな声。
 跳ね上がった水の粒が陽の光に煌めき、突き上げた指先に挟まれた細やかなブローチが強調される。

「よくやった! この調子で他のも見つけるぞ!」

 近くにいた大柄の男子生徒が盛大な拍手を送ってきた。
 俺はバシャバシャと太ももを力強く持ち上げて水の中を進む。水の抵抗があるからなかなかに足が重い。

「はい。あと何個だっけ?」

 濡れたブローチを小柄な女子生徒に渡し、笑顔で尋ねる。

「えっと……。あと、五個です!」

 中華風のお団子頭をしたその女子生徒は、手に持ったカゴを見てから急いで答えた。

「了解。ようやくここまできたねっ」
「はい……!」

 彼女に敬礼をし、再びバッシャバッシャと太ももを上げる。

「ぅわぶっ!」

 思ったような方向に行けずに身体を傾けてしまった。顔の左側に容赦なく水がぶつかってきた。
 健やかな休憩を多くの生徒たちが満喫するこの時間。庭にある大きな噴水の中にいる俺は足をびちょびちょに濡らしながら転ばないよう蟹股気味になる。
 噴水のシャワーが攻撃してきたから、また体勢を崩しそうになったのだ。
 捲し上げたスカートを留めていたヘアゴムが緩くなっていたので、崩れる前に結び直す。

「大丈夫ですかー? イェスズさん!」

 先ほどの生徒が噴水の外から声を上げる。

「大丈夫!」

 彼女に向かって元気よく手を振り、何でもない顔をして笑った。彼女はハラハラしつつも安堵の息を吐く。
 膝の位置まである水位。もうすでに足は冷え冷えに濡れているけど転んだら更なる大惨事だ。気を引き締め、俺はまた水中に向かって目を凝らす。

「……ゾーイ」

 ジアの声が聞こえてきた。噴水の外で俺のことを待っているジアは、ぐっとこぶしを握って眉尻を下げる。

「待たせてごめんねジア」
「いいの。勝手に待っているのは私の方だから」

 ジアは首を横に振った。張りつめた表情に変わりはなかった。

「ほんとありがとうイェスズ。休み時間なのに悪いな」

 俺の方へやって来た大柄の男子生徒は、膝の上まで捲ったズボンが少し濡れていた。

「気にしないで。放ってなんておけないよ」

 俺がそう答えれば、彼は申し訳なさそうにはにかんだ。
 今、俺はこの男子生徒と一緒に探し物をしている。噴水の外でカゴを握りしめている彼女と噴水の中にいる彼。ちょうどこの二人が困っているところに居合わせたからだ。
 彼らは俺の顔を認識していて、「あのポスターの子だよね?」と切羽詰まった様子で話しかけてきた。
 パラノーマルサークルのポスターのおかげか、俺の顔は飛躍的に売れた。おまけに細々とした助っ人なんかをやっていることも徐々に広まってきている。だから二人は、見知った顔の俺に助けを求めた。

 二人は手芸サークルのメンバー。直前に控えた展示会のために大作をメンバー全員で作っている最中だという。完成まであと僅か。今日は仕上げのために作品の一番の肝となる作業に取り掛かるらしい。
 時間に迫られている彼らは、材料を運ぶためにサークル棟へ向かって急いでいるところだった。
 カゴいっぱいに詰めた大事な装飾品。メンバーたちで話し合って取り寄せた貴重な物ばかりだと教えてくれた。
 しかし先を急ぐあまり、カゴを抱えた女子生徒は足を取られて盛大に転んでしまった。その証拠に、彼女の膝には血が垂れた跡が残っている。

 ちょうど血を流している彼女たちとばったり会った俺とジア。ジアは絶叫して慌てて手当てをしようとしたが、彼女たちはそれどころではないと青ざめていた。
 どうやら、カゴに入れていた材料を四方八方にぶちまけてしまったようだ。
 これから仕上げに取り掛かるのに! と、二人は冷静さを失っていた。俺に声をかけたのも、咄嗟に目に入った顔が噂と結びついたからだと思う。
 怪我をしているというのに地面を這い回って落とし物を探そうとする二人。無視できるはずがない。
 俺は一旦彼女を止めて、男子生徒とともに徹底的に探し物に取り組むことに決めた。

 女子生徒は救急手当てを持ち歩いているジアが対応したが、見ているだけで痛そうな怪我だった。流石に手当てしたばかりの彼女に無茶はさせられない。
 地面に落ちている物や花々の間に埋もれていた物は比較的にすぐ見つかった。
 が、問題はこの噴水に落ちた材料たちだった。
 残り五つとは言うが、ずっと噴水の中に入っているからそろそろ身体も冷えてきた。

 ぶるぶると身体を細かに震わせ、陽気な気候とは正反対に唇からも色を失っていった。
 男子生徒も同じようで、体格がいいから誤魔化せているかもしれないがやはり疲労が見える。
 彼も頑張っているのだから、俺もしっかり探さないと。

 休み時間が終わるまであと少し。チクタクと胸の時計が緊張感を煽る。負けない。負けるもんか。ここまでの思いをしたんだ。絶対に見つけ出してやる。
 俺が気合いを入れ直して前かがみになると同時に、バシャッと誰かが噴水に入ってくる音が聞こえてきた。

「ジア!?」

 身体を起こせば目の前にはジアがいる。さっきまで外にいたのに。

「どうしてここに!?」

 小さな目を丸くして声を張り上げる。するとジアは、俺の反応が可笑しかったのか軽快に笑いだした。

「はははははっ! ゾーイ、驚きすぎ! ふふっ、もうっ、おっかしい……!」
「なななな。ジアだっておかしいよ? どうしたの?」

 俺のことを呆れつつも見守っていたのに。彼女の真意が読めず、口がぽかんと開いた。

「ゾーイ、ミスコンのために張り切りすぎているから見ていて心配だった。私たちはすごく不利だし、いい思い出にはならないって思っちゃって。またゾーイが傷ついたりしちゃったら嫌だなって。でも、最近のゾーイを見ているととても楽しそう。生き生きしてる。私が勝手に過保護になっていただけだったね。ふふっ。私も、ミスコンは目指さないけど、見ているだけってつまらないなぁって思って。……手伝っても、いい?」

 ジアは少し恥ずかしそうに顔を下げ、俺の答えを窺うように見てくる。
 彼女の言ったことがすんなりとは頭に入ってこなかった。
 だって、もし聞き間違いじゃないのなら、都合が良すぎるって思ったから。
 すごくすごく嬉しいことを言ってくれた。あまりにも嬉しくて、俺の脳が勝手に良い方向へと翻訳してるだけなのかもって。

「ほ、本当……? わ、わたしがやってること、軽蔑したり……しない?」

 恐る恐る聞いてみる。ジアはまた軽やかに笑った。

「するわけないでしょ! ゾーイ。私はあなたの親友だよ? 簡単には嫌いになってあげないんだから」
「……ジア!!」

 思わず抱きつきそうになってしまった。でも、腕も濡れていることに気がついて踏みとどまる。

「さっ。時間もないし、急いで探そう!」

 ジアは手を叩いて仕切り直した。男子生徒もジアが仲間入りしたことに気づき、深々と頭を下げる。

「うんっ! 早く見つけて温まろう!」

 とにかく寒い。
 けれど、ジアが力強く頷いてくれるから。身体の中心はぽかぽかとしてくる。

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