カワイイ俺の下克上

冠つらら

8 みち

 ゾーイは自分の人生をさぞ悲観していたことだろう。
 通学二日目。俺は足が覚えていた道のりを頼りに自分一人だけで学校へと向かっていた。
 母親がまた送っていこうかと申し出てくれたけれど、俺はもう大丈夫だと言って断った。
 実際、本当に自分だけで通えるのかを試したかったのもある。昨日はゾーイの無事を確かめたいと名乗り出たジアの母親が迎えに来てくれたから、結局行きと同じで車で帰ることになった。

 道に迷わないかビクビクしながら今日は早めに家を出た。が、やっぱり習慣というものは不思議で、もう少しで無事に学校に着きそうだ。少し不安はあったがこれで一安心だ。
 気が緩んでいったところで、俺は昨日の自分の決意を改めて振り返っていた。

 ゾーイの苦しみはもう十分。これからは彼女の夢を叶える人生を始めるんだ。
 もはや愛読書となったゾーイの日記をヒントに、俺は彼女が望んだ人生を取り戻す計画を立てていた。
 俺は彼女の欠片が心の奥深くに眠っていることを信じ続ける。いつかそんな彼女の欠片が目覚めた時、その目に映る世界を素晴らしいものにしておきたい。阿保みたいな考えだけど、俺は本気でそう思っている。

 俺が歩んだような地獄街道はご免だ。彼女には絶対に歩ませない。
 となると、やっぱり卒業後どう動くかがカギを握る。
 俺の人生を反面教師に、進路について思いを巡らせた。
 やはりお金を稼ぐことは手段として一番に上がってくる。悲しいがやっぱりお金の力は強い。もはや金銭が社会の支配者。それはこの世界でも同じことだった。ゾーイもそれを予見していたのか、彼女の学業成績は立派なものだった。昨日、改めて確認してみたのだ。容姿に頼れない彼女は、そんなものが霞むくらいの能力をつけようと努力していた。確かにゾーイの容姿はこちらの世界の仕組みだとかなり不利になる。ジアから聞いた話だと、俺と同じで普通にしているだけじゃ就職でも良い結果は望めないだろう。

 ゾーイが特に力を入れていたのが語学だった。
 こっちの世界は文化の共存が進んでいる印象が強いせいか、俺がいた世界よりも外国語に精通している人が多いだろうと思っていた。だが実際はそうでもないようで、共存ゆえの文化保存の傾向の強さも相まって、思ったほど誰もが外国語をぺらぺらと話せるわけでもないらしい。
 なんと翻訳機の開発すらかなり遅れている。そういった面を見れば、藤四郎の世界はかなり便利になっていたんだなと改めて思う。

 ゾーイはその外国語スキルを持つ人材層の薄さに目をつけ、人一倍勉強してきたようだ。
 昨日の午後の授業で英文を読まされたが、ネイティブかと思うほど完璧な発音に我ながら驚いてしまった。
 藤四郎は英文を見ただけで頭痛がしてくるほど苦手だったのに、こっちの世界では英語を見ても目を回さないから「あれ?」とは思ったんだ。

 とにかく。
 良い進路に進まないことにはお金を稼ぐ未来も描きにくい。
 いや手段は他にもあるんだろうけど、如何せん俺の思考じゃそれが限界だ。
 だがこの世界ではどうやったって暗黙の容姿バリケードが張り巡らされている。大学に入るにしても、筆記試験だけじゃなくて面接やプレゼンが必ずセットになっていると昨日学んだ。覆面のまま行くわけにもいかないし。このままじゃ土俵に上がる術すら取り上げられてしまう。

 もうこれは相当のアピールポイントがないと振り向いてもらえないんじゃないだろうか。
 すごく非情な世界だけど、根底を覆すほどの権力なんてあるはずもなし。
 いやむしろ頑張って偉くなって根底を覆していきたいくらいの気概はあるんだけど……。
 容姿に関することはタブーとか言いながら涼しい顔して平気で見えない人たちを透明人間扱いしてくる奴らに一矢報いるくらいのことをしてやりたい。

 野望だけがどんどん高くなっていって、具体的な対応策は見つからなかった。
 悶々としたまま校門をくぐる。ちょうどジアも登校してきたようで、ぽんっと肩を叩かれた。

「おはようゾーイ。何か考え事?」

 ジアの表情は昨日よりも明るかった。

「うん。ちょっと……」

 ジアは進路とかどうするんだろう。
 ちょっぴり気になって、元気が出ないままに彼女に問おうとする。しかし俺の問いかけは突如校舎の前に鳴り響いたビッグボイスによって搔き消されていく。

「諸君! 今年もそろそろこの時期がやって参りました!!」

 音割れしたスピーカーを通して聞こえてきたのは威勢のいい男子生徒の声。
 道行く生徒たちは次々に足を止めて声のする方向を見やる。
 校舎に行くまでの道の途中で、数人の生徒たちが看板やポスターを持ってたすき掛けをして立っていた。

「……なにあれ」

 思わず呟く。ジアはすぐにその疑問を拾ってくれた。

「ミスコンだよ。そういえばそろそろだったねぇ」
「ミスコン?」

 それって、よく大学とかでやっていたミスコン?
 ハラスメントに厳しいご時世になんてことを開催しているんだこの学校は。時代遅れも甚だしい。
 俺は以前の常識が未だに離れず冷めた目で彼らのことを見る。
 というよりこの学校で美を競い合うなんて不毛すぎるだろ。皆違って皆いい。まさにそんな場所なんだからさ。
 校舎に入るには騒がしい彼らの前を通るほかない。ついでだからと、わらわらと人が集っていく塊からは少し離れたところで彼らの様子を観察してみた。

「ミスコンとか今時やるの?」
「え?」

 つい本音がこぼれてしまった。ハッとしてジアを見ると、彼女はきょとんとしたまま首を傾げていた。

「随分と冷静だね。去年はラーシャが優勝だったからって盛り上がってたけど……」
「うっ……」

 そうだったのか。
 日記にそんなこと書いてあったっけな。
 どきどきと緊張の音が心臓の中央で轟いた。

「あれ……? っていうか、ラーシャが優勝した……?」
「うん。そうだよ。ふふ。もう忘れちゃった?」
「はは……」

 ミスコンって、女子が出場するあれじゃないのか?
 あ、そういやミスターコンテストとかいう催しも確かにあるっちゃあるか。
 意識したくなさすぎて存在を抹消してたけど、もしかしてそっちなのかな。

「みんなに好かれた人コンテスト。略してミスコン」
「は?」

 は?
 ジアがにこりと笑う。え。ミスコンって、ミスコン?
 情報がこんがらがってきた俺は軽く目を回す。

「学校内でポイントを稼ぐんだよ。まぁ言ってしまえば、いい人グランプリみたいなものだよね。人助けなりなんなりして、善き行いで稼いだポイントが多かった人が一番。よく学び、仲間と日々を分かち合う。助け合いの精神を促進するための催しだよ。結局、見かけがいい人たちの得票ポイントには勝てないから、そういう人たちが優位なんだけどねー」
「……そうなの?」
「うん。だってスタートラインが違うんだもの。見かけが良ければそれだけで好印象、ってやつ」

 ひでぇ。
 相変わらずだけど、無意識に蔓延るその認識が世紀末すぎる。
 ほんと、虐めや偏見がないとはよく言ったものだ。確かに性格が悪い人は少なそうだけど、結局のところ見ないふりをしているだけってことだ。ただ表に出さないだけ。俺たちも同じ人間なのに。

「ふぅん」

 なんだかイライラしてきて、俺は腕を組んでミスコン告知に群がる人々を睨みつける。

「これって、エントリー制なの?」
「ううん。皆勝手にエントリーされてるよ。興味ない人は普通に過ごせばいいだけだしね。でも、グランプリを取ったら卒業後の進路に良いアピールになるんだよ。進学でも就職でも、どっちにしてもかなりのPRになるから、割とみんな興味は持ってるはず」
「……そうなの?」

 さっきよりも一段明るくなっていく声。ジアが密かに眉を寄せる。
 と、いうことは……。
 このミスコンで優勝すれば、ゾーイの進路を大きく後押ししてくれるってわけだ。
 カードは一つでも多い方がいい。俺は早速手のひらを返してミスコンのポスターを興味津々に見つめる。

 もとの世界はなかなかに息苦しかった。
 だけどこっちの世界だって十分腐っていると思う。個人の性格とかそんな問題じゃなくてさ。
 美麗人たちが蔓延る世界で、ゾーイは夢見ることすら諦めたんだ。やっぱりそんなのはおかしい。覆せなくても、ちょっとした反抗くらいはしてやらないと気が済まない。

「ゾーイ? もしかして……ミスコン、参加するつもり?」

 ジアが訝しげにこちらを見る。

「参加もなにも、みんなエントリーされてるんだよね? なら、優勝を目指してもいいかなって」
「……え?」

 ジアの声が低くなる。反対に俺の気分は次第に高揚していった。ふつふつと湧き上がる闘志。こんな感覚は久しぶりだ。このコンテストで良い結果を残せば、ゾーイの未来にもつながる。加えてこの世界のお高くとまった美麗人たちをぎゃふんと言わせるチャンス。俺にしてみても、藤四郎時代に募らせ続けたやるせない思いに決着をつける良い機会になる。外見なんて関係ない。そんなことを皆に見せつけることができる。
 俺の燃えていく心に気がついたのか、ジアの表情には不安が浮かんでいった。

「ゾーイ。分かってると思うんだけど……私たちはすごく不利だよ? 正直、無謀な挑戦だと思う。校内で人助けをしてポイントを稼ぐよりも、勉強をした方が確実に良い成績は貰えるよ……?」
「分かってる。でも、それだけじゃ足りないよ」
「え……?」
「わたしは、もっともっと自分の道を切り開きたいの」
「…………みち?」

 ぽかんとした様子のジアの唇から力が抜けていった。
 ジアが警告してくれる優しさは理解できる。彼女の言った理屈通り、ヤンキーが猫を拾う理論に似た感じで、もともと容姿が良い人は好感度が初めからいいから善い行いをしたらポイントは鰻登りだろう。反対に、そうでなければ同じことをしても同等の好印象は望めない。フーン。くらいで済まされる可能性だってある。

 ゾーイは、そんな苦しい世界で悩み続けた。
 だけど彼女は彼女なりに自分で道を見つけようと頑張っていたんだ。
 でも耐え切れなかった。俺はそんな彼女を追い詰めた社会が赦せない。この憤りは、決して的外れなことではないと思っている。

「わたし、諦めたくない。ジアに何を言われても、この挑戦は絶対にやめたくない」
「ゾーイ……? ほ、ほんとに、本気でやるの……?」
「うん。自分で諦めを決めちゃったら駄目だと思う。扉を自らで閉じてしまっては駄目。わたしは、もう恐れたくない。失いたくない。自分を、失いたくないの」

 ジアと目を合わせる。彼女の弱弱しい眼差しは、何か大きな弊害に怯えているように見えた。

「だってジア。この挑戦、誰にも邪魔なんてできるわけないでしょう」

 そうだ。
 勝手にエントリーされているからとかじゃなくて。

「だから大丈夫。心配してくれてありがとうね、ジア」
「ううん…………」

 ジアが再びゾーイが傷つくことを恐れているのはその目を見れば分かる。
 でも。
 例え動機が不純だとしても、これは藤四郎とゾーイ、二人の挑戦なんだ。

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