強面魔王子様は幼馴染婚した小動物系令嬢を溺愛しています

春音優月

3、お世話して頂くのは慣れません

「失礼いたします」

 翌日私が目を覚ますと同時に、ドアの向こうから女性の声が聞こえてきました。

「は、はい」

 どなたでしょうか。
 私は少し緊張しつつも、返事をします。

 すると、静かにドアが開き、お部屋の中に耳の尖った女性が入ってきました。

 女性は胸の下辺りまであるマロンブラウンの髪を三つ編みにして、白いヘッドドレスをつけています。

 私と同じ年ぐらいの彼女は、メイドでしょうか。白い襟とフリルのついた黒いドレスの上から、白のエプロンドレスを身につけています。

 一度もお見かけしたことのないお顔なので、最近ダルバイにいらっしゃった方なのかもしれません。

「本日より奥様にお支えさせて頂く、エマと申します」
 
 エマと名乗った彼女は、うやうやしく頭を下げました。
 
「よろしくお願いします。エマさん」

 私はベッドから起き上がり、エマさんに近寄ります。

「私めにそのような呼び方はもったいなく存じます。どうぞエマとお呼びください」

 エマさ――エマは頭を下げたまま、私に言いました。
 同じ年頃のメイドとの距離感が分かりませんが、そういうものなのでしょうか。

「お召し替えを手伝わせて頂きます」
「自分で出来るので、大丈夫ですよ」
「私の仕事ですので」

 炊事洗濯掃除を手伝ってくれる中年のメイドはマルダンヌ家にも一人だけいましたが、身の回りのことは全て私自身でしていました。

 他の方に着替えを手伝って頂くのは、とても恐縮です。
 けれど、これがお仕事ということでしたら、お断りするのも失礼でしょうか。

「では、お願いいたします……っ」

 私はネグリジェを下ろし、下着だけになりました。
 エマからの反応はありません。とても恥ずかしいのですが、これで合っているのでしょうか。メイドに支えられる主人の作法が分かりません。
 
「本日のドレスはどちらになさいますか」

 エマは無表情で、私を衣装タンスの前に誘導しました。
 エマが開けたタンスの中に入っていたのは、数えきれないほどの可愛いドレス。

 リボンでぎゅっと編み上げたサーモンピンクのドレスも、ふんだんにレースのあしらわれたレモンイエローのドレスもあります。
 
「わぁ……っ」

 これまで私の着ていたドレスは、全てお母様のお下がりでシンプルなものでした。

 王宮のお姫様や公爵令嬢が着ていらっしゃるような可愛いドレスを私が着てもいいのでしょうか。

「そのままでいらっしゃったら、お風邪を引かれてしまいます」

 恐れ多くてドレスに触れることさえも出来ない私に対し、エマがやんわりと急かしました。エマも他のお仕事があるかもしれませんし、あまりのんびりとしていたら、迷惑かもしれませんね。

「そ、そうですね」

 私はあわてて返事をし、ドレスを選びます。

 しかしながら、こんなにも多くの中から何かを選ぶのは初めてです。結局私はたくさん迷ってしまいました。

「ではっ、本日はこちらのドレスを着用させて頂いてもよろしいでしょうかっ」

 私が選んだのは、小さなリボンのたくさんついたホワイトピンクのドレスです。背中の部分は、リボンで編まれていました。

 しかし、これは、どうやって着るものなのでしょうか。

「もちろんでございます」

 モタモタしている私に代わり、エマはドレスについていたリボンを一度解きました。そして、再度それを編み上げ、大変手際良く着せてくれます。

「とてもよくお似合いです」

 エマはそう言ってくれましたが、ドレッサーの中の私は不安げで情けない顔をしていました。私のような者がこんなに素敵なドレスを着るなんて、ドレスに申し訳ない気がしてしまいます。
 
「そうでしょうか?」

 思わずエマに聞き返していました。

 そうしたら、表情は変わらないながらも、エマは力強く頷いてくれました。

「あ、ありがとうございます」

 本当に似合っているのでしょうか。
 それは分かりませんが、ドレスはとても愛らしいです。

 タンスの中に入っていたドレスも、このお部屋の家具も、驚くほどに私の好みを形にしたものばかりです。

「こちらのドレスは、どなたかのお下がりなのでしょうか」

 気になって、エマに聞いてみました。

「ラオニール様自ら専属の職人にご命じになり、ユシェル様のために全て新しく仕立てさせたものにございます」

 エマはまたうやうやしく頭を下げました。

「ラオニール様が、私のために……」

 全て新しく仕立てて頂いただなんて、もったいないことでございます。

 ですが、私のためにして頂いたと伺って、私の頬が熱くなります。ラオニール様自らご用意くださったなんて、信じられません。

「もしかして、このお部屋も、ラオニール様が?」

 予想はしつつも、私はエマに聞いてみました。

「はい、そうでございます」

 やはり、そうなのですね。
 エマは私が思っていた通りの答えを口にしました。

 幼馴染でも私は分からないことばかりなのに、ラオニール様は私を見ていてくださったのでしょうか。

「どうしてラオは、私のためにここまでなさってくださったのでしょうか」

 つい感慨深い気持ちになり、大変不敬ながらも昔の呼び方が出てしまいました。
 
「魔王子の妻として恥ずかしくないように、とのことでございます」

「そう、ですか」

 もしかしたら愛されているのかもしれない、なんて一瞬でも思ったのはやはり間違いでした。

 貧乏男爵令嬢の私と、第六魔王子のラオニール殿下。
 ただでさえ不釣り合いなのです。

 みすぼらしい格好をしていたら、殿下に恥をかかせてしまうというわけですね。

 ですが、それなら、はじめから身分の釣り合う家から美しいご令嬢を妻になさればよろしかったのに。

 第六魔王子様であれば、どんなご令嬢もきっと喜んで妻となるでしょう。

 私は、ラオニール様がますます分からなくなりました。

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