消え残るアクアマリン

清水レモン

着席した

 ふーっ…

 深呼吸。ためいきじゃないよ。ふーっ。深く長い吐息ひとつ。黒板の前で立ち止まり、ふたたび振り返った。
 すでにもう座っている受験生がいる。目が合わない。誰も、おれなんて気にしてないか。おれは気にしてる?
 気にしてるっていうか、誰か知ってる顔ないかなって。
 たとえば塾で一緒だった誰か。模試会場で隣になって、ひとことふたことだけ会話したことのある誰か。とか。
 知ってるひと、いないかなって。いない、ってすぐわかった。
 まだ来ていないだけかもしれない。
 黒板まわりにチョークが転がっている。無言のイレイサーもある。当たり前かもだけど窓が閉められているから風が入ってくるはずない。
 なのに風を、ときどき感じた。なぜだろう。
 さっき教室いちばん後ろに行ったとき、わずかながら上昇気流を感じた。
 黒板のところまで降りてきた瞬間も、背中に冷ややかな空気の流れがあったし。
 カメラがあるなら写真に撮りたい。メガホンあるなら、わめきたい。
 おれは黙って自分の席、と思われる場所に。
 
 着席した。

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