消え残るアクアマリン

清水レモン

うろつかせてくれよ

 ひとつ気になることがある。
 おれしかいないことだ。
 改札口を抜けたときこそ大勢いたけれど、いまは周囲どこをどう見渡しても。

 『誰もいない』

 ちらり、うしろ。振り返ったが誰もいない。
 当然ながら前方はるか彼方まで人間の姿そのものがない。まったく、ない。

 『…早すぎたか』

 おれは思う。行動が早すぎたのかと。いくら遅刻が厳禁とはいえ、選んだ電車が早すぎたのか。
 だが、いい。それでいい。
 これでこそ、おれだ。

 早めに行動したからって、誰かが誉めてくれるわけではない。
 なんなら『心配性かよ! 小心者め』とののしられる。
 それでいい。言いたいやつには言わせておく主義だ。
 おれは、そいつじゃない。すなわち、そいつもおれではない。おれはおれ。

 試験開始時刻の他に、校門オープンの時刻がある。おれが照準を合わせたのは、そっち。

 『早めに会場に入って、なんなら少し校内を見て回ろう』くらいの気持ちでいる。
 余裕だ余裕つまりは余裕なんだよ、余裕なんてかましたれや。かましてなんぼの余裕だろ。五分前行動? そんなの知るか。五分前じゃトイレいって用を足して手を洗ってるうちに過ぎ去ってしまうそんな程度の時間じゃないか。
 30分。いや、なんなら1時間くらいか。余裕が欲しい。現実的には20分くらいだろうけど、それだけあればうろつける。

 うろうろ、うろうろ。現場の確認は重要なんだよ、うろうろはリスクマネジメントにおける正義そのもの。うろつかせてくれよ!

 なぜ、うろうろが必要なのか。
 いざってときの非常口。
 そもそもだけどトイレどこ。
 そもそもへんなやつとか、いない?
 秘密の小部屋っぽい雰囲気とか開かずの教室みたいな状況に出くわしたりすれば興奮する。間違いなく気分が高揚する。気分の高揚は自己の能力を極限まで高めてくれる副作用を伴うから好きだ。おれを高めてくれよ。
 受験と関係ないだろ? いやいや、いやいや。
 おおありだから!
 
 試験で実力を発揮できるかどうかは、緊張の度合いと無関係ではない。
 なにごとも過ぎたるは及ばざるがごとしと言ってだな。
 緊張感は大切、だが緊張しすぎると体が硬直してしまう。硬直した体のままで長くいると心が萎縮してしまう。心の萎縮は自己の能力を制限するリミッターの役割を果たしてしまうから、その結果どうにもならないことになってしまう…ま、それも経験済みなんだけどな。

 模試すなわち『模擬試験』で、いやというほど味わってきた。これでもかと味あわされたよ。
 『だからリラックスこそが正義』これにつきる。


コメント

  • 激しく補助席希望

    とても綺麗だと感じました。
    タイトルも内容も澄み渡っている、まさにそんな感じです。
    個人的には所々の漢字では無くひらがなで表現されている部分なんかが、とてつもなく美しく感じました。
    素晴らしい作品をありがとうです。これからも頑張って下さい。

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