消え残るアクアマリン

清水レモン

せえので

 あいかわらず窓は大きい。広いし、カーテンもでかいし。
 いや、あらためて見ていると、自分が最初に把握したときの印象よりも大きくなっているように思う。
 窓のサイズだけではない。
 天井も高かった。さっきよりも高く感じる。
 その反面、
 『なんだろう、なんでなのかな~』
 机が狭くなったような気がする。

 おれは筆箱を振った。
 からからから、と乾いた音が必要以上に響き渡る。
 誰かがこっちを向くだろうか、と思ったがとりあえず見える範囲では誰からも。
 けど、なんでかな。
 視線を感じる。
 おれよりも後ろの席からか。
 かなり意識的なつよい視線だ。
 よし、せえので。

 「…」
 おれは振り向き見渡した。
 教室のうしろのほう、すぐそこに迫る壁、たしかに何人も座っている。
 おれがトイレに行く前には座っていなかったひとたちが。
 ふいに振り向いたおれと目が合うこともなく、誰もが別の方向を見ていた。
 そのとき、
 『さっきトイレで会ったやつ、あいつ。この会場には、いないな?』
 と気づいた。
 からだをひねっていたので、ばねが元に戻りたがるように自然に前を向き直る。
 おれの視線の先には黒板、時計、静かな黒板消し、掲示板スペース、窓、窓、窓、窓、カーテン、ぐるり点在する後頭部。
 さっきは気にも留めなかったけど、それそぞれの席みんなの前に出されている物には統一感がなかった。
 筆箱、鉛筆あるいはシャーペンかな、消しゴム、ん? あれコンパスか。必要だったっけ。まあ、いちおうおれの筆箱にもあると思うけど。定規、分度器、それから。
 と、そのとき。

 大人だ。

 「あー、あー、あー? いやまあ、まだだけどな。いちおう、いまここにいるみんなは聞いてくれ。
  試験のとき机の上には…」

 説明が始まった。抜き打ちだな、おい。
 時計ちらり。まだ15分くらい、あるぞ。
 
 「みぎはじ上のほうに受験票、ちゃんと顔写真が見えるように置いて。
  机には筆箱だけ。鉛筆と消しゴムだけ。色は黒のみ。
  他のモノぜんぶ、しまって。
  あ、それ、それな。そうそう、コンパス使わないから筆箱の中にしまって。はいらないならカバンの中にだ」

 抜き打ち検査のように指示が飛ぶ。よくとおる声だ。マイク、使っていないよな。
 と思った瞬間に、黒板の両サイドに黒い小箱が見え、
 「あれはスピーカーだよな」
 さらに天井にも円形の「これもスピーカーか」
 さっきまで何度も何度も何度も同じところずっと繰り返し眺めてきたけれど、
 『なんで気づかなかったんだか!!』
 おれは、あせった。まじ、あせる。
 見ていたのに見えていなかったものがあるだと。
 聞こえた声は、地声かスピーカーの音声か。もはや区別できない。
 グレイのスーツにメガネをかけ、少し長くて肩まで届く勢いの髪、その大人も先生なのだろう?
 なあ、おい。
 おれ、しっかりしろ。起きてるか。いや、起きてるゆな。だが。
 今日この瞬間この入学試験当日でさえも、なぜか予備校の模擬試験の延長でとらえているんじゃないのか。
 それ、過去にしよう。
 模試の延長でとらえていた。うん、たしかにそうかもしれない。かもだけど、過去。
 
 『今日が当日いよいよ本番まぎれもなく入学試験』

 そんなふうに脳内で繰り返しながらも、おれはファンタジーの世界を生きていたのではないか。
 だがいい、それならそれで。いまこの瞬間スパッと断ち切ろう。新しい境界線だ。

コメント

コメントを書く

「文学」の人気作品

書籍化作品