消え残るアクアマリン

清水レモン

その日が来た

 いけない、いけない。
 こんなことしている場合じゃない。
 こんなこしていたら時間が過ぎてしまう。
 腕時計を確認しようとせず、廊下や踊り場に時計があるかどうかを探そうともせずに、ただひたすら自分自身の中に稼働し続けている「刻み」を頼りに。
 おれは、いったいなにを頼りにしているのだろう?
 時の刻み、それも正確ではないリズム。時には自分で自分を威嚇する脈うち。
 あらためて思う、いよいよだな。
 いよいよ。

 いよいよだ。
 いよいよなんだよ。
 今日まさに、その日。
 その日が来た。
 んだよ?
 
 なのに試験開始まで時間がある。まだまだある。
 まだまだあると思って、つい長居してしまったようだが会場に戻ろう。あの階段教室に。試験開始まで、あと何分。

 開放されたままの入り口から階段教室に飛び込む。
 ぐわんと視界が広がり、天井の高さに立ちくらみそうになった。
 さっきまでいたのに、さっきまでいたから慣れた気でいた。それなのに。
 めまいのような、ふるえがおれを襲ってきた。
 あれれ?
 おれ、なんで階段教室に急いで戻ってきた…黒板横の時計は想像していたよりも遅めの時刻を指していた。
 試験開始まで、まだ20分もある。
 自分の席に座る、と周囲への注意が変化した。
 というより、
 『ずいふぶん、ひとが増えたな』
 受験生ばかりだろう?
 いま、目に映るすべてのひとたち、みんな受験生この学校を受験するのだろう?
 なあ。
 当たり前のことかもしれない。
 いや、当たり前なんだ。今日は入学試験の当日だし。ここはその試験会場だ。
 待ちに待った本番の当日。
 なのに、まだ始まろうとさえしていない。
 なぜか、どうでもいいことばかり連想してしまう。
 でも。

 これでいい。
 これでいい、このままでいこう。
 おれは、おれに語りかける。
 いい感じだぞ、このままこの調子でいこうぜ。
 なあ。

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