消え残るアクアマリン

清水レモン

鏡の中の視線

 え、もう用足したの、すんだの。それとも。

 「そっちも気晴らし?」

 と思わずおれは言ってしまった。

 「へ!」

 と鏡の中で反応される。笑ったような、嘆いたような。
 ばかにされてるのかとも思ったが、とくにイヤな感じがしない。
 なんだろうな、ただの変わり者なのかな。だとしたら、おれと似たもの同士になるのかな。
 ふたりの間に生まれた深い沈黙を破ったのは水道水だ。
 蛇口から容赦なくどばどば、おおっとと言って蛇口ひねって水量を調整している。
 隣の誰かは、あわてているようで、あわてていない。
 隣に並んだまま鏡を見ていると、鏡の中で目が合った。

 「おっぱいもんでたろ」

 と、あらためて言われる。
 そういうわけじゃなかったけれど、わざわざ否定するのもなんだしな。
 むしろ、へんなやつと思われるくらいが丁度いい気もしてきた。
 
 「まあね」

 おれは言う。

 鏡の中で目が合ったまま、隣は隣で手を洗っている。石けんは使わずに。
 ギュっと蛇口を締める気配と、さっと取り出したハンカチの白さ。しっかり折られた、ふわりと広げて、容赦なくしごく。吹き終えるとバタバタと空気に泳がした。
 
 「わかる」

 と、言ってにやりとしてきた。さらに、

 「股間に風を通すと落ち着くしな」

 真顔で言ってくる。

 おれは、

 「だよな」

 と笑わずに答えた。

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