黒衣の騎士と花嫁剣士~あなたが望むなら、あなたの国へ嫁ぎましょう~

月夜野楓子

第六章 ~弔事を呼ぶ男~

「ねぇ、ピットはどう思う?」

 自室に戻った私はピットに今日の出来事を話していた。

「お帰りなさいませ、ブリュンヒルデ様」

 サビーネだった。

「今日はありがとう。あなたのお陰で無事モートンに会えたわ」
「それは良かったです」

 笑顔を返してくれる。

 帰りは堂々と顔を出してお城の門をくぐって来ればいい。この城で私の顔を知らない者はいない。衛兵は『あっ、姫様。お帰りなさいませ』
 楽勝だ。

「ブリュンヒルデ様が恋焦がれるモートン様とは、どんなお方なのですか?」

 恋焦がれるか。確かに昨日まではそうだったけど、今日はどうかな。

「背が高くて、切れ長でグレーの瞳、髪は黒いわ」
「それだけでは良く分かりません」
「ざっくり言えばイケメン」
「そうですか」

 ピットはサビーネの膝の上で、なでなでを要求している。彼女の手はピットの頭や背中を優しくなでるから、「くうーん」などと甘えた声まで出している。

「この女ったらしっ」
「え?ピットは確かに男の子ですけれど」
「ううん、何でもないわ。気にしないで」

 苦笑いで誤魔化してみる。

「モートン様はオモテになるのですね」

 クスクスとサビーネは笑う。感のいい侍女はこんな時、不便だ。

「イケメンでしたら仕方ありませんわ。特に結婚前の殿方は遊ぶと言いますよ」
「じゃあ、私は遊ばれたのね」
「申し訳ありません。決してそんな意味では…」

 謝るサビーネを見て、ピットまで私をワンワンと責め立てる。

「いいの。あの男、私のお金目当てだったのだから」
「まさか!?」
「本当よ。ピットおいで」

 手を伸ばしたのに。あんたまで私にすげなくするのね。今までさんざん可愛がってあげたのに。
 いいわよ。私はその程度の女よ。これからも剣の道で生きて行くのだからっ!

「男なんてーーー!!!」

 全力で叫んでしまった。

「姫様っ!!」

 ノックもせずに突然扉が開いた。随分失礼な侍女だと思ったら、じい付きの侍女だった。
 やけに慌てているみたいだけれど?

「ご無礼をお許し下さいませ、姫様。バートラムじい様がお呼びでございます。至急広間へおいで下さいませ」
「何事なの?」
「わたくしは存じません。とにかく至急とのことです」
「分かったわ」

 サビーネに手伝ってもらって、エプロンドレスから普段のドレスに着替え、広間を目指す。
 すでにお父様、お兄様をはじめこの国の大臣たちの姿もあった。ただごとでないのはすぐに察した。

「これで全員そろったな」

 お父様が玉座から立ち上がると、一気に場の空気が緊張する。

「隣国のホルツハイムが、正体不明の敵に攻め込まれたのだ」
 
 顔を見合わせる大臣たち。ざわめきが起こる。

 ホルツハイムは我が国の三倍はある大国。向こうから攻めてくることはあっても、こちらから攻めることなどない。そんな大国が攻め込まれている?しかも正体不明の敵に?
 昼間の出来事が頭をよぎった。
 まさか…魔物?

「いずれ我が国にも敵が来るだろう。戦闘の準備を怠らないように」

 大臣たちは各々の役割を果たすため、方々へと散って行く。

 オオカミはその前触れなの?

「お父様っ、まさか正体不明の敵とは魔物ですか?」
「うむ、異形との話もある」

 やはり…。お父様は国王として全軍の指揮を取らなければならない。お兄様は後方支援に回るだろう。

「わたくしが国境まで偵察に行って参ります」

 驚いたのはじいだった。

「なりません姫様!そのようなことは兵の役目です。偵察専門の部隊もあるのですぞ」
「分かってる。だけど、すぐに行動を起こさなければ、我が国は敵に飲み込まれてしまうわ!」
「でしたら偵察部隊をすぐに送りましょうぞ」
「それでは遅いのっ!」

 オオカミが街を襲ったのだもの。敵はすぐそこまで来ている。
 王宮にはオオカミの情報は届いている。けれど、あのオオカミたちが魔物だったことは知らないはず。餌を求めたオオカミが街を襲ったくらいにしか思っていない。

 モートンの言っていたことは本当だった。

「じい。数人の優秀な兵を選んでちょうだい。私に同行させるわ。時間がないのっ!」

 尋常でない娘を見て、お父様が許可してくれたおかげで、じいも渋々了承したのだった。
 深夜、私は白い甲冑に身を包むと、五人の衛兵を連れてホルツハイムの国境へ向かった。馬に揺られながら、どれくらい進んだだろうか。三日月の位置がだいぶ変わっていた。

「姫様」従者の兵の一人が口を開いた。
「敵の将軍は、漆黒の悪魔と呼ばれているそうです」
「漆黒の悪魔?」
「はい、なんでも顔が悪魔そのものだとか」

 悪魔と言えば、ヤギのような顔に大きな角。額には逆さまの星の印。

「それで、その悪魔は強いのかしら?」
「噂によると、剣の使い手だとか」
「魔物ならば、魔法のような術も使いそうよね。火を噴くとか」
「そこまでは、伝わっておりません」
「そう、ありがとう」

 得たいの知れない敵。手綱を持つ手が震えている。怖くて逃げたしたい気持ちを抑えて、暗い道をひらすら進んだ。
 国境付近まで来て、ようやく灯りらしきものが見えてきたのだけれど。

「姫様、灯りがあります。国境警備隊の宿舎です」
「ええ」

 でもあれは、灯りじゃない。何かが燃えている臭いがする。馬を駆りスピードを上げた。

「魔物の軍勢が、村を襲っている…」
 そこはまさに地獄だった。

「私の見た夢と…同じ」

 魔物が逃げ惑う村人や国境警備の兵を襲っている。
 伝説にあった異形の者たち。ダークエルフ、ゴブリン、オーガ、ガーゴイル。
 私は馬を降りると、剣を抜いた。
 数の上では圧倒的に不利だ。それに人間以上の能力を有するらしい魔物に勝てるか分からない。だけど、このまま大切な民や兵士たちを見殺しには出来ない。彼らは仲間なのだから。少しでも魔物を倒したかった。それは国の為なんかじゃない。

「仲間の為にっ!」

 私は剣を高く掲げると、魔物たちに切り込んで行った。

「「仲間の為にっ!!」」
 
 同行してくれた兵たちも後に続く。

 襲い来る魔物たちを必死で倒していく。剣はあっと言う間に赤く染まった。

 負けるもんかっ!!

 気が遠くなるほど剣を振り下ろしている。
「姫様に続けーーー!!」味方も頑張ってくれているようだった。

「姫様っ!?」
「私は無事よっ!」

 そんな短い会話が何度か交わされた直後。

「ほう?これはこれは。クロスハウゼンのお姫様ですか?」

 目の前に悪魔の顔をした男が現れた。

「漆黒の悪魔」
「私をご存じとは光栄ですな」

 声が濁っていて、聞き取りずらい。ってことは仮面を被っている?
 相手を怯えさせるために、仮面を被っているのだわっ。

「正体を見せなさいっ」

 相手目掛けて躊躇なく剣を振り下ろす。意表を突かれたのか、相手はよろめいた。
 私の剣は悪魔の仮面を正確に捉えていた。

「くっ」唸り声と共に、仮面が割れ相手の顔が露わになった。

 赤々と燃える炎が私と漆黒の悪魔の間にあった。
 それは互いの兵士たちを殺された怒りだろうか?
 それとも人間と人外との間に存在する憎しみ?
 
 それは裏切られた絶望と憤怒。
 
「モー…ト…ン」

 私の声は渦巻く炎にかき消されたのだった。

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品