黒衣の騎士と花嫁剣士~あなたが望むなら、あなたの国へ嫁ぎましょう~

月夜野楓子

第五章 ~不思議な人~

 だいぶ遅れてしまったけれど、モートンは待っていてくれた。

「ごめんなさいっ」

 息も切れ切れの私を、彼はそっと抱きよせた。
 へっ!?

「慌てなくても平気だ。君が来るまで待つつもりだったから」
「モートン。人が見ているわ」

 両手で彼を引き離す。

「ああ、悪い。エーデルシュタインが俺の為に急いでくれたのかと思ったら、つい愛おしくなった」

 後ろに束ねた私のブロンドの髪を優しくなでるから、ドキドキしてしまう。

「普段は気を張っているのだろう?だから俺といる時くらい、安らいで欲しい」
 
 やっぱりこの国の兵士なの?私の正体を知っているの?
 見上げた彼は私の心を溶かしそうな視線をくれる。

「俺も君といると安らぐんだ。だからずっと一緒にいたい」

 心臓が壊れそうなくらい、ドキドキしてる。
 彼の香りが風に運ばれて、私の心をくすぐった。

「君の寝顔もとても可愛いから抱きしめたくな…」
「はっ?」
「いや、可愛いだろうな。君の飼っている犬は男の子か?」
「えっ?私の家に犬がいること話しましたっけ?」
「いやつまり、犬の匂いがしたから」
 
 なんだそうか。ヘルゼア千里眼かと思った。

「君の香りも好きだ」
  
 髪に顔を寄せてくる。
 この人はどうして恥ずかしい言葉を、涼しい顔で言えるのだろう?
 まさか、希代の色事師ってことはないよね?私が一瞬不審な顔をしたのを彼は見逃さなかった。

「怒ったのか?」
「…いいえ」

 そう答えながらも、私は少し彼と距離を取った。

「やっぱり怒ったみたいだ」

 苦笑いをしながらモートンは私にクレープを差し出した。

「え!?」
「仲直りに、どうだ?」

 えっと、食べのもにつられるとか、ピットと変わらない気がするけれど…。クレープの焼けた香ばしく甘い匂いには勝てなかった。

「ありがとう」
 ちゃっかり彼の手からクレープを受け取る。
「美味しい?」
「はい!とても」
「美味しいものを食べているときの笑顔は最高だ」
「そう…ですか?」
「ああ、もっと色々な物を食べさせたい」
「私、沢山食べると太るたちなんです」

 モートンはクスクス笑う。

「太ったエーデルシュタインか。美味しそうだな」

 美味しそうって。それ言葉の使い方間違ってる。

「美味しそうじゃなくて、可愛いでしょう?」
 
 自分で言うのもなんだけど。

「ああ、ごめんごめん、そうとも言う。だが、可愛くて食べてしまいたい。とも言うだろう?」

 でもね、枕詞が”太った”でしょ。やっぱり使い方間違ってると思う。

「モートンは食べないの?」
「俺は良いんだ」
「どうして?」
「君を見ているだけで、俺は充分だ」

 ふーん。

「春だと言うのに今日は少し寒いな」

 モートンは私の肩を抱いた。
 ドキンと心臓が鳴り頬が熱くなる。
 
 こんなことがお父様やじいにバレたら…きっと殺される。王家の娘として有るまじき行為だと激怒して。
 彼を見上げると、「そんな潤んだ目で見るな。君が欲しくなる」と口元をほころばせる。

「モートンは女性の扱いに慣れているのね」

 私は彼の手を振りほどいた。絶対、この人女たらしだ!間違いないっ!
 急速に彼への想いが萎むのを感じた。
 私がお金持ちの娘だと知って、きっと私をいい金づるだと思っているのだわ。
 やっぱりモートンも宮廷の殿方と一緒みたい。私ではなく、その後ろにあるものに興味があるのよ。すごくがっかり。

「どうした?急に黙り込んで」
「別に。ねぇモートン。あなたはこの国の人?」
「エーデルシュタイン」

 そう言うと、彼は私の唇に人差し指を立てた。

「お互いの素性は探らない約束だろ?」
「そ、そうね。ごめんなさい」

 エプロンドレスをキュッと握りしめる。互いの名前を名乗らないという事は、そういう事だ。
 まっ、彼が貴族であろうと、なかろうと、もう私には関係ないわ。
 だって、女たらしでお金目当ての男とお付き合いする気はないもの。
 好きでもない人と、いつまでもいるのは時間の無駄。

「じゃあ、私これで帰るわね。クレープごちそうさま」
「もう、帰るのか?」
「ええ、これからピアノのレッスンがあるの」

 私はエプロンドレスの裾を、わざと大袈裟にひるがえした。
 追っては…来ないのね。
 結局、私への想いはその程度。残念だったわね、金づるをひっかけ損ねて。
 フンっ!

 ベンチを立ち上がった時だった。

「きゃー!!!!」

 通りのあちこちから悲鳴が聞こえる。
 
 何!?

 悲鳴の原因はオオカミの群れだった。しかもかなりの数。
 オオカミは無作為に子供や女性を追い回し、それを助けようとした男性にも噛みついている。露店の前に置かれた商品の入ったカゴや木箱もひっくり返している。やりたい放題だ。
 私はエプロンドレスのポケットから護身用のナイフを取り出す。

「剣が必要?そんなちっぽけなナイフで、あいつらとは戦えない」

 彼は剣を投げてくれる。

「あなたいつの間に剣なんて!?」
「今はそんなこと気にしてる場合じゃないだろっ!」

 モートンの右手にも同じ剣が握られている。
 
 そうよねっ!今はオオカミどもを倒さなければ!

 彼と二人でオオカミに向かって剣を振るった。 

「いったい何匹いるのっ!?埒が明かない!」

 切っても切ってもオオカミは襲ってくる。モートンも苦戦しているようだ。

「この先の草むらへおびき出そう」
「草むらへ?何故?」
「このままだと、街の人たちは混乱して走りまわるから俺たちも戦いにくい。奴らは俺たちが敵だと認識しているはずだ。仲間を殺されているからね」
「つまり、私たちがここを離れれば追ってくるってこと?」
「そうだ。戦場を変えよう」

 私たちは街を離れ、草むらへと走った。モートンの言った通り、オオカミの群れは追ってくる。

「ここなら思いきり剣を振れるっ!」

 オオカミは私とモートンを目掛けてくるから、むしろ戦いやすかった。
 この人、一体何者?そんなことが一瞬よぎったけれど、すぐに打ち消されていた。
 無我夢中で私は剣を振るった。今までの稽古の成果が発揮された喜びも加わり、勢いは衰えることを知らなかった。
 気がつけば、オオカミたちは私たちの周りからいなくなっていた。

「追い払ったのね」

 安堵で力の抜けた私の手からスルリと剣が落ちた。

「ああ、頑張ったな。エーデルシュタイン」
「ええ、あなたも」

 肩で息をする私をいたわるように、モートンはその腕に抱いてくれた。
 不思議とこんな時に抱きしめられるのは違和感がないし、嫌じゃない。

「今まで街がオオカミに襲われたなんて、聞いたことがなかったわ」

 私たちは草の上に座る。
 胸騒ぎがする。悪いことの前触れじゃなければいいのだけれど。

「あれはただのオオカミじゃない」
「え!?教えてモートン、どういうこと?」
「普通オオカミの目の色はアンバーだ」

 アンバー…金眼。暗闇でオオカミの目が光って見えるのはそのせいだ。

「さっきのオオカミの瞳の色を憶えているか?」
「…確か…赤。そう赤だったわ」
「光の加減や角度で赤に見えることもあるが、さっきのやつらは違う。明らかに赤く光っていた」
「つまり?」
「さっきのオオカミは野生に生息する個体ではない」
「じゃあ、なんだと言うの?」
「おそらく魔物の一種だと思う」
「魔物?だってそれは伝説の生き物のはず」

 『私たちの国がある大陸から遥か離れた海の先、黒の島と呼ばれる島がある。そこには魔物が沢山住んでいて…』

 でもそれは昔話で、実際、何人もの好奇心旺盛な冒険家が黒の島を探しに出かけたけれど、見つけられず帰って来たと聞いた。
 
 それにもし魔物がこの大陸に渡って来たとすれば、どうやって?船で攻めて来たのならば、大騒ぎになっているはずなのに。

 モートンの話には矛盾があるけれど…。
 じゃあ、赤い目のオオカミをどう理解すれば?
 頭は混乱するばかりだ。

「仮にさっきのオオカミが魔物だとしたら、この国に魔物がいるってことよね。魔物ってオオカミだけじゃないと思うの。ゴブリンとかトロールとか」
「大丈夫。俺が君を守るさ」

 こんな時に調子の良いことを。

「私はこの国が好きなの。とても大切に想っているわ。だからあなたも私ではなく、この国を守ると言って欲しいわ」
「ああ、では俺もそうしよう」

 どこか遠くを見つめるモートン。

「ねぇ、本当のことを教えて。あなたはどこの国の人なの?」

 えっ!?
 
 視界が急に変わる。
 背中に草の感触と視線の先には青い空。
 そして彼の顔。
 私は押し倒されていた。

「さっきも言っただろう?」
 
 お互いを詮索しないってことね。

「そのうるさい口を、ふさいでしまおうか?」

 雲が流れている。
 顔の横の草は気まぐれな風のせいで、揺れる方向を知らない。
 二人だけの音のない世界で、時間がゆっくり流れていた。
 彼の瞳に私の顔が写っている。きっと私の瞳には彼が写っているだろう。

「そんな不安そうな顔をするな。冗談だ」

 彼は掴んでいた私の手首を離したのだった。


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