【8/20(水)コミックス1巻発売!】 指一本触れられない鉄壁令嬢(※嘘です)と猛毒公爵の初恋リベンジ

猪谷かなめ

SS⑥:なにげに初デート・前編


 ある日の朝食後、リナは部屋で一人、「街に着ていけそうな服」を眺めている最中に、ふと気がついたことがあった。

(エドって全然出かけないわね……?)

 リナは実家の侯爵家にいた時から――シルビオと夫婦だった頃――たまに街を歩いていたので、「侯爵令嬢らしい服」も「そこそこの商家の娘っぽい服」も持っており、この屋敷にも何着か運び込んである。当時のリナが街に行く目的は、大抵、流行りのお菓子や本、可愛いレターセットだった。
 だが、エドガルドが街に出かけたという話を、出会った頃から現在に至っても、一度たりとも聞いたことがない。何を着るのかも想像がつかない。

(今は学生時代と同じくらい毒体質も落ち着いたんだから、普通の服でも大丈夫のはずなんだけど……)

 相変わらずエドガルドの服装は黒いし、外にも出かけて行かない。
 王城の会議に出たりするようになったのだが、寄り道もしないで帰ってくるし、基本は屋敷で書類仕事をしている。
 城にいるか屋敷にいるかの二択なのだ。
 夜会にも誘われるようにはなったが、同じ公爵レベルの催しには行っても、それ以外は「忙しいから」という理由でほぼ断っている。

 毒魔法士としての頭領ボスとしての仕事も、基本は書類で済んでおり、本人が出向く事態は発生していない。
 夜会については、もともと社交嫌いなのと、意外にも「夜は眠い」とのことだ。リナより睡眠時間は長いくらいで、リナの方がいつも先に起きている。学生時代も、リナは彼の寝顔を見たことがあるが、彼はリナの寝顔を見たことがないはずだ。

(猛毒体質って結構体力を使うのかしら)

 リナもS級防御魔法で人を弾きまくっていた頃はやたらとお腹が空いて、おやつにケーキを二個ぺろりと食べるくらいは日常だった。兄がいれば小言が飛んできただろうが、シルビオとの結婚生活中に兄はいなかったので遠慮なく食べていた。シルビオには「ストレス……?」と精神から来る暴食を心配されていたが、今ならわかる、純粋に消費量が違うのだ。

(今はS級防御魔法は研究と練習で使う時が決まっているから、特に困っていないけど……)

 エドガルドとの日々は快適だ。もうリナが防御魔法を暴走させることはない。『弱体化の薬』の研究についても、おおよそペースが掴めてきた。
 結婚式の準備も順調だ。
 なのでそろそろお互いに時間が作れそうなので――

(そろそろ、街デートをしてもいいんじゃないかしら……!?)

 先ほどふいに気づいてしまい、急にそわそわと心臓が落ち着かなくなっていた。

 学生時代も、街に二人で出かけられたらいいな、と思ったことはある。
 だが、当時はリナも、父の言いつけで大量の『貴族としての教養』を学ぶために、学園にいる時間以外は、屋敷での家庭教師との時間がほとんどだった。学園での彼との日々だけが癒しだった。
 それに、一度だけ彼に「エドって街へ行ったりするの?」と訊ねたら、「俺は、あまり人混みには行かない」と言われた。

 今思えば、彼も人混みで万が一にも毒魔法を出してしまうのが怖くて、そう言ったのだろう。
 だから二人で出かけたことはない。
 学園の裏庭で二人で話しているだけで満たされていたし、そこまで「二人でお出かけ」をしたいという気持ちもあまり無かった。
 だが、今は思う。「人生で一度でいいから、彼とデートをしてみたい」と。


       ◇◇◇


 リナはてくてくと廊下を歩いて、エドガルドのいる執務室へと向かっていた。

(――二人で出かけたいって正面から誘ってもいいかしら。でも、エドが疲れやすい体質だったりしたら申し訳ないわよね。……どのくらい歩けるのかしら)

 学生時代と同じく、普通に城を歩いて、他人とすれ違うこともできる程度に毒魔法は抑えられている。それなのに寄り道もしないで帰ってくるのは、やはり体力の温存だったりするのかもしれない。

 エドガルドは恵まれた体躯だ。上背があり、筋肉量はさすがに筋骨隆々とはいえないものの、平均的な青年としては十分そうに見える。リナより歩幅も大きい。

(脚立とか大きな鉢植えとか肥料とか、重たそうなものも運んでいるし……)

 腕力もありそうだ。
 だが、長距離を歩いているのは見たことがない。
 あまり出歩けない可能性もある。

(慎重に……慎重に情報を集めてからにしようかしら)

 リナは執務室へ辿り着き、入口からこっそりとエドガルドの様子を窺った。
 念のための毒対策で換気をしているので、今日も執務室の扉は開けっ放しだ。
 エドガルドは、顔だけ覗かせるリナに気が付くと、書類から顔を上げて「どうした?」と不思議そうにする。

「気にしないで、続けて」
「……?」

 ラミラも後ろからやってきて、「どうなさったのですか?」とリナの背後に立って訊ねてくる。ラミラには小声で答えることにした。

「今ちょっと、エドの体力がどれくらいあるか、見ているの」
「? 体力ですか? ……では、何か重たそうなものでも持ってきますね。とりあえずワインだる水瓶みずがめでも……」
「いえ、腕力はいいの」

 こそこそと入口で話し合っていると、「……何の相談をしているんだ?」とエドガルドがまた訊いてくる。

「気にしないで、エド」
「どうやら夫のたくましさが気になるようですよ」
「違うわよ!?」

 ラミラの言葉に、ほう、と彼が興味深そうにする。

「それは……是が非でも証明しないといけないな」

 すっと立ち上がって本当にワイン樽でも持ち上げに行きそうだったので、リナは慌てて「違うわよ!?」ともう一度否定した。

「いいの、座って、エド! 腕まくりをしなくていいから! ラミラも樽を取りに行かないで!」
「しかし俺の腕力が気になるのだろう? 頼もしい夫であると、妻に思われたい」
「ありがとう! 十分に頼もしいから……とりあえず座って」

 彼のすぐそばまで行って、リナ用の椅子――執務室でしょっちゅう彼のそばで防御魔法の練習をしているのでリナ専用の椅子が常備されている――に座れば、それを見届けてから彼も着席する。ラミラも話を聞きたそうに、そばに寄ってきた。

「で、何の話だ?」
「エドがどれくらい体力があるか、観察しようかと……いえ、腕力ではなく、出歩ける体力を」
「?」

 彼は首を傾げてしまう。

「なぜそんなことが気になったんだ?」
「エドって全然街に出かけたりしないし、城で用事があっても寄り道しないで帰ってくるでしょう? ……体力を温存していたりするのかなって」

 彼はきょとんと目を丸くした。

「そうか、俺があまり出歩かないのが気になったのか。……しかし子どもの時からそういう性格だ。積極的に出かけたいという気持ちがないだけで、健康状態に問題はない。心配させてすまないな」
「……本当に? 毒体質だから疲れやすかったりしない?」

 彼は「大丈夫だ」としっかりと頷く。

「それに、俺は日頃運動するようにはしている。いざという時のためにも筋力は維持したいからな。……庭で日光も浴びているぞ」

 エドガルドは言葉を選びながら「本当に、虚弱なのではなく、ただ出かけたくないだけだ」と念を押してくる。

「……それはそれでちょっとどうかと思うけれど……いえ、疲れやすい体質じゃないなら良かったわ」
「出かけないと心の健康に良くないと思うか?」
「うーん……人には向き不向きがあるから……」

 のんびり植物の世話をしているのが好きな人だ。
 何年も人に会わずに屋敷から出ないなんて不健康だ、というのはリナがエドガルドのもとへ押しかけ、彼が遠慮せず出かけられるようにするための言葉だったので、本人が自由に生活を選べるようになった現在、「外に出ないのはよくない」と断じてはいけないだろう。
 社交界だって、今は最低限は参加しているのだ。咎める理由はない。

「でも、それなら、かえって悪いことをしたかしら。もう夜会をさぼる口実がなくなってしまったものね」
「はは」

 苦笑しながら言えば、彼も軽口に応じるように口の端を上げてみせる。

「それは問題ない。体質にかかわらず誰にでも、夜会を断る手立てはある。――その名も『多忙』と『仮病』だ」
「やっぱりさぼりたいのね……」

 堂々とすぐに選択肢として挙げてくるあたり、日頃からできるだけ夜会を断りたいと思っているのだろう。

「じゃあお仕事としての社交は別として……街に服やお菓子を見に行きたいな、とは思わない? もう耐魔布以外も着れるでしょう? 学生のときはみんなと同じ制服を着ていたし、あの頃みたいに、もう黒以外でも大丈夫でしょう?」
「服か」

 言われるとは思わなかった、という顔をする。

「城に行くのも、夜会に行くのも、黒のままで良い。『猛毒公爵』だと一目でわかるからな。毒魔法士たちを統括し、守護する者として、威圧感がある分には困らない。……それに、色の組み合わせを考えなくていいから楽だろう?」
「そういうこと!? エドって結構、大胆にその辺を切り捨ててるわよね……」

 リナの服装については甲斐甲斐しいほどに最先端のものを用意してくれるのだが、自分のこととなるとさぼりがちだ。公爵ともなれば自分で服装を考えずとも屋敷の使用人や、贔屓の店に任せればいいだけなのだが、それをやるつもりもないのだろう。

(でもまあ、「猛毒公爵、意外と普通だな」って思われるのは確かにメリットが無いわよね。流行りの服にも本当に興味ないだろうし……)

 個人の趣味としては、植物や本は好きだろうが、彼は流行りを追うタイプではないので、公爵邸にすでに揃っているもので足りている。わざわざ街まで出る必要はない。
 無理に街に引っ張り出しても悪いだろう。
 リナだって、彼とデートがしてみたいという好奇心があるだけで、彼と過ごせるなら、屋敷の執務室だろうが庭でのピクニックだろうが、何だって嬉しい。

 ……なにも、淡い色の服を着たエドガルドと、王都のおしゃれなお店を見て回ったり、素敵なカフェで紅茶を楽しみたいわけでもないのだ。

(いえ、その光景はちょっと見たいけど……! 好奇心であれこれ頼んでは駄目よね……!)

 彼のまだ見ぬ姿をなるべく見たいという恋心はあるが、一人で暴走してもいけない。
 屋敷でいつものティータイムも良いものだ。

(うん、そうよ、いつもの日常だけでも宝物だもの)

 そう思って、興奮を逃すようにちいさく息を吐いていれば、それを見ていたラミラは、急にはっとした顔になり、慎重に、ひとつひとつの言葉に重みを持たせるような言い方で訊いてきた。

「……もしや、お二人が王立学園で友人同士の時も、二人でデートに出かけたことは無かったのですね……? 学生デートだの、街デートだのとは、無縁でいらしたのですね、うちの閣下が毒体質なばかりに」
「え? いえ、別にエドのせいではないけれど……そうね、出かけたことはないわね。そもそも友人同士だったから、デートに誘い合うような感じでもなかったし」

 リナが頷くと、二人の会話を聞いていたエドガルドが「デート……?」と知らない単語とばかりに小声で復唱する。――そして、五秒後に、勢いよく立ち上がった。

「そうか、デート……! もう行けるのか!」
「!?」

 ガタッと椅子を倒しそうな勢いだった。逆に驚いたのはリナの方だ。「な、なに?」と目をさまよわせるリナとは反対に、エドガルドは直立不動で、まっすぐに正面を見つめている。

「リナと……デート……二人で並んで……リナの隣を、歩いてもいいのか……」

 なにやら噛みしめるように拳を握り込んでいる。

(ど、どうしたの、エド……)

 リナが戸惑っていると、こそっとラミラが「そろそろこの人怖いなって言ってもいいんですよ」と耳打ちしてきた。

「いえ、怖くはないけれど……これは、喜んでいるのよね……? 喜んでいるなら……私も嬉しいわ」

 首を傾げながら彼を見つめていると、我に返ったエドガルドは「すまない、リナ……」と、すぐにリナの正面に立ち直し、手を差し出しながら、こう言った。

「俺と、デートをしてくれないだろうか。……本当は、学生時代に、そう言いたかった」
「……!」

 驚きと歓喜で飛び上がりそうになる。
 リナは胸いっぱいに息を吸い込んで、返事をした。

「喜んで!」


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