【8/20(水)コミックス1巻発売!】 指一本触れられない鉄壁令嬢(※嘘です)と猛毒公爵の初恋リベンジ

猪谷かなめ

SS⑤:手紙争奪戦・後編

「ええと……どうしたらいいのかしら」

 エドガルドが苦しそうな顔をしているのは見ていられない。
 まさかリナの字を一文字もシルビオに渡したくないと言われる日が来るとは思わなかった。
 彼は悩んだ末に、「……俺が代筆してもいいか?」と言った。

「代筆? って言っても――研究を頑張っています、結婚式の準備をしています、最近王都では新しいお菓子が流行っています――っていう、あたりさわりのない数行の手紙になる予定だけど?」
「そうだ」
「……」

 よくわからない。どういうことだろう、と困惑していると、ラミラが「なんて狭量な。ここまでせこいとは思いませんでした」と呆れ顔になっている。

(せ、せこいって……雇い主の公爵に言っていい言葉かしら!?)

 だが、エドガルドは怒る様子もなく、「くっ……」と落ち込みそうになったので、
「いえ、エドがそうしたいなら、そうしましょう!」
 と、慌ててリナは賛成した。

 シルビオの起こした事件はエドガルドを狙ったものだった。エドガルドが一番の被害者なのだから、彼の意思を尊重すべきだろう。

「じゃあ、書いてくれる?」

 リナは新しい便箋を差し出す。花の模様が描かれた可愛い便箋にエドガルドが手を添え、真剣な面持ちで羽ペンを向ける。達筆な文字で、先ほどリナが言ったとおりの内容を書いたあと、下にわざわざインクの色を変えて、
『なお、これはリナの夫であるエドガルド・イラディエルによる代筆であるが、リナは息災のため心配召されぬように』
 と強めの筆圧で添えていた。

「……」
「これはリナの書いた文字ではないときちんとわかってもらわねばな」

(うーん)

 ラミラが「うちの夫、せこいな、ありえないな、ってそろそろ言ってもいいんですよ、リナミリヤ様」と小声で囁いてくる。

「せこいっていうか……」
「一文字も渡したくないなんてドケチですよ」

 しかし彼がリナへの執着をしっかり見せてくれるのは嫌ではない。むしろ安心する。

「でも、なんていうか……こういう手紙って、失礼にあたるんじゃないかしら」
「まあ、出さない方がマシ、くらいの無礼っぷりですよね」
「そうよねぇ……なんか居留守を使ってる気分になるもの……」

 こそこそとリナとラミラが相談し合っていると、「……案外、シルビオ殿は面白がるのではないか?」とエドガルドは言った。

(それは――ちょっとあるかも?)

 なんだかんだでリナが見ていたよりもシルビオは打たれ強いというか、見た目通りの儚さではなかったようなので、これでも喜んでくれる可能性もある。
 しかし、あたりさわりのない内容な上に、代筆――もうリナはシルビオに関わらない、という突き放すような手紙だと思われる可能性もある。

(いえ、まあ、実際距離を取っているわけだけど……)

 エドガルドが望むなら、リナはシルビオに関わらない方がいい。
 しかし、本当にこれでいいのだろうか、と少し迷って、手紙は一旦机にしまっておき、翌日、実家に用事があったので、さほど兄と話したいわけではないが、兄に話を振ってみた。

「ねえ、シルビオ様のこと、お兄様はそこそこ詳しいでしょう?」
「急に何だ」

 シルビオはどう思うだろうか、と手紙のことを相談してみれば――

「あの人の性格上、まあ面白がるかもしれないが――俺ならそもそも妻宛てに届いた元夫からの手紙など、妻に見せる前に即刻燃やすが」
「最低でしょ」

 人の物を勝手に燃やすのは犯罪である。リナの周辺の人はどうしてそんなにすぐ燃やそうとするのか。
 兄は「くだらん心配だ」とさっさと話を切り上げてしまった。

(面白がるならいいけれど……ひどく悲しませてしまったらどうしましょう)

 リナはシルビオを悲しませたくない。結婚していた半年間、何度も彼をはじいて、彼を苦しめた。
 シルビオが起こした事件は罪深いものであるし、エドガルドに何かあったらと思うと今でも怖い。
 だが、リナ宛てに手紙を書いてきたということは、やはり寂しいのではないだろうか。

(そうだ。私からは、お菓子でも添えようかしら)

 王都の新しい菓子の流行りについても近況として書いたのだから、現物があってもいいだろう。

(エドの望みどおり、私は一文字も書かないし)

 いま流行りの菓子はあちこちの店で作られ、バリエーションも豊富で目移りするが、かつてシルビオと結婚していた時に二人でよく行っていたクッキー屋でも売っている。シルビオはこの店の菓子は大体気に入っていたので、この店の品が一番口に合うだろう。手紙にそれを添えて送っておいた。
 焼いてあるので日持ちするだろうし、僻地とはいえ数日で届く距離なら大丈夫だろう。

 物を添えるだけなら、「一文字も渡したくない」というエドの願いは守られる。
 きっとこれがちょうどいい。
 そう思っていたのだが――

 次の手紙でシルビオが「これ、僕たちが夫婦だった時によく行った思い出のクッキー屋さんかな? 懐かしい紙袋だね」と、しっかり嬉しそうにお礼を書いてしまったため、エドガルドは「二人の思い出のクッキー屋だと!? ……くっ……俺は……俺は……!」と予想以上に情緒が乱れ、毒魔法が暴走してしまった。

「ごめんなさい、エド! 愛してるのはエドだけだから! もうしないから! 本当にごめんなさい……!」

 リナはひたすら謝り倒した。その晩、彼のキスが相当に激しかったことは言うまでもない。

       ◇◇◇

 ――それ以降、リナは完全にシルビオの手紙には関わらないことにした。エドガルドを一番大切にしたいのだから、シルビオに中途半端に歩み寄ってはいけないだろう。これでようやく決心がついた。

 そうして、シルビオからの手紙が来るたびに、エドガルドは「うちの妻にちょっかいをかけるな」と筆圧が強めの返信を送り返した。
 文通相手を得たシルビオは、エドガルド宛てに毎回「リナとの結婚生活は幸せだった。早く再婚したい。君たちはいつ離婚するの?」とエドガルドを揶揄うような内容を書き、エドガルドもそこそこの文量で「リナは俺の最愛の妻だ。一生をかけて幸せにする」という旨の主張を送り返すらしい。

 ……もはやリナの入る隙は無い。

 なんで元夫と現夫が文通してるんだろう……と思う日もあるが、今の状態が一番安定するようなので、深く考えないことにしたリナであった。


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