【8/20(水)コミックス1巻発売!】 指一本触れられない鉄壁令嬢(※嘘です)と猛毒公爵の初恋リベンジ

猪谷かなめ

SS④:手紙争奪戦・前編

 これは二人が両想いになってから一ヶ月が経った頃の話。

 午前十時を過ぎた穏やかな昼間、リナはエドガルドと執務室にいた。
 机で書類仕事をする彼の隣で、リナは防御魔法のコーティングの練習をしていたのだ。今や彼に対しては必要もなくなったコーティングだが、それでも、いざという時に備えて、自分ができることは増やしておきたかった。距離を伸ばす練習として、彼のコーティングを維持したまま、うろちょろと彼に近づいたり離れたりする特訓方法を再開していた。

 そんな日課をこなしていると、従者の一人が執務室にやってきて、「リナミリヤ様にお手紙が……」と、なぜか心配そうな顔で、手紙の載ったトレーを持ったまま入り口で止まっていた。

「?」

 ただのリナての手紙に、なぜそんな顔をしているのだろう。
 きょとんと首を傾げていると、何かを察したらしきエドガルドがすぐさま言った。

「燃やせ」
「あっ、これ前にもあったやつ!」

 以前、リナに見せると都合が悪い手紙を「燃やせ」と言っていたことがある。

「そんなにすぐ燃やさせないで、エド。――それで、誰からのお手紙なの?」

 従者の方を振り返ると、従者はリナとエドガルドの表情を交互に窺いながら恐る恐る言った。

「それが……シルビオ・レアル様からで――」
「!」

 シルビオ――リナの元夫であり、エドガルドを狙って事件を起こし、その罪で今は僻地にいる人物だ。

 エドガルドは神妙な顔で頷くと、言った。

「やはり燃やせ」
「いや、燃やさないで!?」

 いくら何でも、思い切りがよすぎる。

 リナが戸惑っていると、エドガルドが、すっと立ち上がって入り口の従者のもとへと一歩を踏み出した。
 まずい、燃やされる――これはもう、自分が先に取るしかない。

(今なら私の方が近いわ……!)

 リナは駆け出した。だが、エドガルドも同じ結論に辿り着いたのか、ほぼ同時にかけっこになり――彼の方が先に手紙を獲得し、リナから遠ざけるように高く持ち上げた。

「ぎゃあ! 負けた!」

 こうなるともうリナには届かない。
 ぴょんぴょんと飛び跳ねて、その手紙になんとか触れようとするが、さらにエドガルドに背伸びまでされてしまって、これでは到底届かない。

「意地悪しないでよ!」
「……」

 あきらめの悪いリナに、彼はちいさく溜息をついている。

「……意地悪をしたくてしているわけではない。……毒でも塗られていたらどうする。不用意に触らないほうがいい」
「毒の心配!?」

 一応リナ宛ての手紙であるし、その可能性は低い。もし中の便箋に毒が塗ってあるならエドガルド狙いだろうが――

「もう! 毒魔法士の総元締そうもとじめみたいな人の屋敷に、毒付きの手紙なんか送らないでしょう! 意味ないんだから!」
「駄目元で塗っているかもわからないだろう」
「心配しすぎじゃない!?」

 エドガルドは相当シルビオを警戒しているようだ。

(まあ、実際、シルビオ様はエドを狙っていたわけだし……)

 彼の言葉にも一理ある。
 エドガルドが嫌がるのなら、シルビオの手紙は彼の手に委ねるべきだ。リナは欲しがらない方がいい。

「……ごめんなさい、その手紙はエドに任せるわ」

 だが、よほどしょんぼりとして見えたのか、「そんなに……そんなにシルビオ殿のことを……」と急に落ち込み始めてしまった。

「え、違うわよ!? そもそも私はずっとエドのことが好きよ!?」
「……そうか」

 照れつつも正直に告げると、エドガルドは一瞬嬉しそうに目を輝かせた――だが、すぐにまた暗い顔になる。

「だが、飛びつくほどに手紙を欲しがっていたな……?」
「だって確保しないと燃やされちゃうし! シルビオ様からの手紙が珍しいから喜んだっぽくなっただけで――『あ、初雪だ』くらいの感じだから!」
「初雪くらい好きか……?」
「もののたとえよ!?」

 エドガルドはじとりとリナを見つめている。
 まるで浮気を疑われている心地である。

(なんで今日はこんなに嫉妬強めなの!? シルビオ様関連だから!?)

 あまりそういう経験がないリナは嬉しいやら困ったやらで、心臓がばくばくと騒がしい。

「ええと、とりあえず中身を確認しましょう? 私ての手紙なら、内容くらいは知っておきたいわ」
「……わかった」

 彼が手紙を開き、問題がないか確認してからリナにもそっと見せてくれる。中身は、いたって普通の、近況を知らせる手紙だった。
 べつに会おうとか言われているわけでもないし、何かを頼んできたわけでもない。「こちらは元気です。あなたは元気ですか?」くらいのものだ。

(よかった、普通ね)

 即刻燃やさねばならないような内容ではない。

「返信を考えないと……何を書けばいいのかしら」
「……君の近況を聞きたいのではないか?」
「私の近況……『弱体化の薬』の研究を頑張っています、とか、あと五ヶ月で結婚式を挙げるので、その準備をしています、とか?」

 結婚式、という言葉にエドガルドが嬉しそうな顔をする。

 だが、シルビオに『エドとの結婚式』を意識させていいのだろうか。
 仮にもリナのことが好きで事件を起こした人物だ。

「もっと違うこと――王都で最近流行ってるお菓子についてとか?」
「それもいいんじゃないか?」

 それも、ということは結婚式についても書いておいてほしいのだろうか。

「じゃあ返信にそう書こうかしら。薬の研究と、結婚式と、お菓子。……短いけれど、一応手紙にはなりそうね」

 早速書こう、と自室に戻ろうとすると、追いすがるような視線を感じた。
 不安げにエドガルドがリナを見つめている。

「浮気の相談とかしないわよ!?」
「いや、浮気の心配ではないが――」

 なにやら気まずそうに目を逸らされた。

「……ここで書こうかしら」

 隙を見てリナがシルビオといちゃつくような手紙を書くと本気で思っているわけではないだろうが、エドガルドの目の前で書けば一番安心だろう。

 リナたちのひと悶着は廊下にまで響いていたようで、お茶を用意しに行っていたラミラが「ちょっと見ないうちに面白いことになっていますね。では便箋をご用意しましょうか」と一人で行こうとするので、「私も行くわ!」と一緒に自室に行って便箋を選んだ。二人で「これ可愛い」「こっちも素敵ですよ」と便箋を眺めるのは、ちょっとした息抜きになった。
 そしてまたこの執務室に戻ってきて、エドガルドやラミラや手紙を持ってきた従者の青年に見守られる中、ペンをる。

「ええと、拝啓シルビオ・レアル様――」
「……」

 じっと見られている。ものすごい緊張感である。
 一文字書くたびに、なにやらエドガルドが息を詰めており――とうとう顔を手で覆ってしまった。

「どうしたの!?」

 訊けば、苦しそうに彼が言う。

「……リナに手紙を書いてもらえるシルビオ殿がうらやましい……」
「え?」
「君が丁寧に真心をこめた文字を彼が受け取るかと思うと――……どうしたらいいんだ。一文字も渡したくない」
「一文字も!?」

 予想外の言葉に面食らう。まさか文字にすら嫉妬される日が来ようとは。
 人生とはわからないものである。


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