妖怪村の異類婚姻譚-失せ物さがし-

ノベルバユーザー613549

12.

「…………」

 小姫の話が終わると、乙彦は小さくうめいた。怒らせたのかと思って小姫は肩をすくめたが、どうやら笑っているようだった。

小砂利こじゃりの話は、全部的外れなのです」

 しかし、次に聞こえた声は、むしろ悲しみの色をともなって洞窟に響いた。

「……あの時死にかけたのは、ヒメの方だったのです」

 ――あの夏の日。乙彦は少年たちが騒いでいるところに出くわした。

 様子をうかがっていると、彼らの仲間の一人が川でおぼれているようだった。助けてくれと頼まれ、乙彦は得意の泳ぎでその子どもを岸辺へ運んだ。
 
 だが、それは嘘だったのだ。

 不意を突かれて背後から石で殴られた乙彦は、少年たちに取り囲まれた。最初の一撃で頭をやられていなければ、自力で逃れることができただろう。が、もうろうとしていた乙彦は、ろくに抵抗もできないまま、棒きれや鞄で叩かれ続けた。

 その時、現れたのが小姫だった。彼女は母に言いつけるぞと彼らを脅し、蹴散らした。乙彦は無事に助けられたのだが――、運が悪かったのだろう。土手にうずくまっている二人に気づかずに、車が突っ込んできたのである。
 小姫はとっさに乙彦を突き飛ばした。そうして、彼女が犠牲になった。
 車はそのまま走り去ってしまい、その場には、二人だけが残された。

「……あなたはほぼ、虫の息だったのです」

 小姫は左半身を強く打ち、特に、腕と足は見るも無残な状態だった。血はどくどくと流れ続けており、このままではほどなく命のともしびが消える。そう判断した乙彦は、一か八か、欠損した部分を妖力で補うことにしたのである。

 しかし、人一人分の命をつなぎとめるには、膨大な妖力が必要になる。自身の回復もままならない有り様の彼が残った力を振り絞っても、到底足りるわけがない。
 小姫の腕と足を食らったのはそのためだ。残したところで修復できる状態ではなかった。それに、人間の体は妖怪にとって強力な栄養源になる。
 力をつけた乙彦は、小姫にありったけの妖力を注ぎ込んだ。おかげで彼女は生命の危機を脱することができたのだ。

 欠損した腕と足は、時間をかけて少しずつ人間の部分が修復されていくだろう。やがては以前の体に戻れるはずだと想定していた。
 しかし、先日、乙彦が力の供給をやめたとたん、小姫の左腕は消えてしまった。同じく、左足もだ。

「まさか、十年たった今も、修復していないとは思わなかったのです」

 なぜなのかはわからない。もともと妖怪の血が入っていた小姫の体に、予想以上になじんでしまったのか。それが自然すぎて、元の形を体が忘れてしまったのか。

「……だから、花を? でも、それだったら――」

 なぜ、私を。
 小姫が飲み込んだ言葉を、乙彦は正確に察したらしい。口元が笑みの形にゆがんだ。

「……あなたさえいなければ」
「……え?」
「あなたさえいなければと、思ったのです」

 小姫は一瞬、呼吸を忘れた。暗闇の中で、乙彦の目が濡れたように光った。

「人間は、嫌いではないのです。ただ……あなたのことは憎んでいる。あの時、あなた以外は誰ひとり、私を助けなかった。見て見ぬふりをして、誰もが通り過ぎた。それなのに、あなたが……。あなた一人だけが、私を助けたせいで、私は人間を嫌いになれない……!」
「――……」

 乙彦は投げ出していた右手を持ち上げようとし――、しかし、そのまま下におろした。大きく息を吐き、続ける。

「すべて、あなたのせいなのです。ここを離れようと思っても、あなたがいるから離れられない。だから、私の手で殺そうとした……。あなたが死ねば、……いなくなれば、他の土地に移り住んで静かに暮らせると思った。――けれど、それもできなかったのです……」

 先日の土砂崩れをきっかけに、とうとう岩の神もこの地を見放した。生まれたときから友人だった神だ。乙彦もこれを機に、この村を見限るつもりだった。

 それなのに、この心は、どうしてこうもこの地を離れることをいとうのか。

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