妖怪村の異類婚姻譚-失せ物さがし-

ノベルバユーザー613549

11.

「――っ」

 かすかな肩の痛みとともに、小姫は意識を取り戻した。

 視界には、今にも雨が降り出しそうな曇天と、さっきまで立っていた崖が見える。小姫が落ちた衝撃で岩肌の一部が崩れ、あの白い花も巻き添えになったようだ。

(……ああ。これでもう、私は……)

 小姫は、絶望的な気分で肩口に目をやった。

 前触れもなく、また消えてしまった左腕。手をつないでいなかったからだろうか。側にいるだけではやっぱり駄目だったのだろうか。左足がまだ無事なのは、不幸中の幸いなのかもしれない。

 地面が冷たい。山でこれ以上体を冷やすのはよくないだろう。小姫は起き上がろうとして、首をぐるりとめぐらした。
 崩れ落ちた岩のかけらや、土や草などが散らばる中に、白いものが覗いている。その正体に気づき、小姫は思わず目を見開いた。

 ――あの、白い花だ。

「……くっ……」

 小姫はうめきながら、右腕一本できしむ体を支えて起こした。立ち上がってみると、節々が痛むくらいで、左腕以外はどこも問題なく動く。

 白い花は奇跡的に折れても枯れてもおらず、根っこごと地面に横たわっていた。傷つけないよう慎重にすくいあげ、手のひらにそっと乗せる。
 
 ほっと息をついた。

 触れてみてわかった。内側にあふれんばかりの力を蓄えていることが。
 小姫に流れる妖怪の血のせいだろうか。使い方は、感覚でわかりそうな気がした。

(――そういえば、乙彦は……?)

 周囲には見当たらない。
 周りを見渡しながら少し歩くと、頂上へつながりそうな道を見つけた。ここから上って行けば、先ほどまでいた場所へ戻れそうだ。右手しか使えない上に、今にも雨が降りそうな天気。すぐにでも山を抜けなければ遭難してしまうかもしれない。
 
 しかし、小姫はそこを通り過ぎて、木の影や岩の裏を覗きながら周囲を捜索した。
 乙彦のあの様子からして、小姫を見捨てたのは間違いないだろう。山に連れてきたのも含め、乙彦の策略だったのかもしれない。

(……でも、花は、本物だった)

 結果的に、小姫の傷は大したことなく、目的の物は手中にある。本気で彼女を殺そうとしたのであれば、あまりにも杜撰ずさんな計画だ。

「――どうして、ここまで来てしまったのです……?」

 小さな洞窟を見つけ、中に入ろうか迷ったとき、奥から乙彦の声が聞こえた。小姫は一瞬ためらった後、意を決して暗闇に足を踏み入れた。
 今度こそ命を奪われるかもしれない。だが一方で、そんなことにはならないという気も、確かにした。

 乙彦は、洞窟の壁に背をもたせかけるようにして座り込んでいた。おそるおそる近づいていくと、彼の視線が、まだ消えたままの左腕をとらえ、次いで、白い花へと移動した。
 花に視線を固定しながら、責めるような口調で付け足す。

「しかも、腕も治していない……」
「……このまま別れたら、二度と会えないような気がしたから」

 小姫はまた一歩、近づいた。

「ねえ、教えて。あの時何があったの? ……本当は、私が乙彦に、ひどいことをしたんじゃないの?」

 恨まれるような、ひどいことを。

 事故の時、小姫が倒れていた地面には、おびただしい量の血液がしみこんでいたらしい。小姫自身も血まみれだったというが、そんなに大量に出血するような傷跡は彼女の体には見つからなかった。
 だとしたら、重傷を負ったのは乙彦なのかもしれない。小姫は命を救ったのではなく、逆に、彼が傷を負うようなことをしてしまったのだ。それこそ、命の危機にひんするような。

 今日まで見てきた乙彦は、いたずらに人に害をなすような妖怪ではなかった。自分の傷をいやすために、やむなく小姫の腕と足を食らったのならば納得できる。

(……もっと、妖怪のこと、お母さんに聞いておくんだった……)

 妖怪の体の仕組みなんて知らない。だからこれは、完全に小姫の憶測だ。
 小姫が記憶を失ったのは、自分がしたひどい行為にショックを受けたためで、乙彦はそのせいで自分を恨んでいるのではないだろうか。さっき小姫を見捨てたのは、その時のささいな意趣返いしゅがえしだったのかもしれない。

 決して、本気で小姫を殺すつもりはなかったのだ。

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