妖怪村の異類婚姻譚-失せ物さがし-

ノベルバユーザー613549

8.

 次の日、約束通り昼すぎに乙彦が迎えに来た。ちょうど母親と青峰は不在だったが、乙彦はやはり中に入ろうとしない。
 動きやすい服で来るように言われたので理由を尋ねると、これから山に登るらしい。

「山? 山って……、もしかして、この間、土砂崩れのあった?」
「今はもう安定しているから平気なのです」

 そうはいっても危険なのではないかと思ったが、乙彦は構わず歩き出す。おいて行かれそうになり、小姫は仕方なくあとを追った。

 川の上流に位置するその山には、ハイキングコースが設えられている。が、乙彦は早々にその道を外れた。けもの道だが、枯れ木や小さな岩がやたら落ちているくらいで、思ったほど荒れてはいない。崩れた場所も、記憶ではもっと奥の方だった。

「私の家も、この山にあるのです。今回は無事だったのですが、そろそろ潮時かもしれない。今後はおそらく、自然災害が頻繁ひんぱんに起きるようになる……。この山を守っていた岩の神も、とうとういなくなったから」
「え? それって――」
「この地を捨てたということなのです」
「え……」

 それだけ言うと、乙彦は背中を向け、問いかけを拒否するように足を速めた。

 うっそうと樹木の茂る山道を歩いていると、小姫の息が次第に上がってくる。急こう配の斜面では、見かねた乙彦が手を伸ばして引っ張り上げてくれた。しかし、そこをすぎると即座に、その手を離してしまう。
 気のせいだろうか。昨日の午後から、乙彦に避けられているように感じる。

「……乙彦、私のこと嫌いでしょう?」

 離された手を見つめながら問うと、乙彦は振り返らずに答えた。

「命の恩人を嫌うはずがないのです」
「それ、本当に私なの? 全然覚えてないんだけど」
「あの時は私だけでなく、ヒメも危ない目に遭ったのです。記憶がなくても仕方がないのです」
「危ない目って? 車にかれたこと?」
「――」

 乙彦は探るように小姫の目を見つめたが、何も言わずにまた歩き出した。小姫はもやもやとした気分のままついていくしかない。

 乙彦は確かな足取りで山道を進んでいく。草履ぞうりなのに危なげなく歩けるのは、慣れているからか、はたまた妖怪だからなのか。
 おかげで、時折、見失いそうになる。わざとおいて行こうとしているのではないかと何度も疑った。しかし、諦めて帰ろうとするたびに、木々の間や岩の影に乙彦の一部を見つけてしまうのだ。結局、小姫は足早に駆けよって、不安を募らせながらも彼の歩に合わせる努力をするより他はなかった。

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