わたくし生け贄令嬢ですが、なにか? ~愛する王子に婚約破棄されたら、呪われて永遠を生きる最強魔術師を救ってしました~

新 星緒

5・1 台所ですが

 ピクニックから帰り食器を洗おうと台所へ行くと、カトラリーたちが作業台の周りに座ってひと休みをしていた。

「お帰り。どうだった?」とフォークが訊く。  
「とても楽しかったわ!」
「ロマンチックな泉だったでしょう? 人間はああいう場所が好きなのよね?」スプーンが目をキラキラさせている。

 彼女は恋愛詩が好きらしい。かつてはエドの書庫にあって、よく読んでいたのだそう。でも今はどこかに埋もれてしまって所在がわからないという。どのみちスプーンはすべて暗記してしまったから、書物は必要ないのだとか。

「そうね。わたくしは好きよ。あんな素敵な場所は初めて」
「そう聞いてひと安心ですな」とナイフ。「魔術師様はあなたに喜んでもらえるかを心配していたのですぞ」
「そうそう」とフォーク。
「リリアナが大好きだから」とはスプーン。

 ちょっとこそばゆい気持ちになる。手にエドの唇の感触がよみがえる。それを振り払うかのように、
「エドが精霊を呼んでくれたの」と話題を変えた。「可愛らしかったわ」
「魔術師様はなんにでも優れていますからな」とナイフが言う。
「あの人に使えない魔法はないよ」フォークがにこにこしている。
「すごいわね」

 話をしつつ、かごの中から食器をひとつひとつ取り出して、作業台に置いていく。

「どれも美味しかったわ。ちょっと失敗もあったけど」
 キッシュに指輪が入っていたことを話すと、カトラリーたちは楽しそうに笑った。
「魔法でないからこそ、起こった事故ね」とスプーン。
「大丈夫、魔術師様なら歯が欠けたって呑み込んだって、自分で対処できるよ」とはフォーク。
「魔術師様はなんでもできますが」とナイフ。「魔法で出す料理には飽きてらっしゃる。わたしたちの手料理にも」 
「食べなくとも死なないものだから、リリアナが来るまでは空腹で気が散るのを防ぐ程度にしか食事はとらなかったの」
「だからリリアナが作る料理は、どんなものでも美味しいんだよ」
 スプーンとフォークが言葉を継いだ。
「それならわたくしはもっと料理をするわ」 

 閉まったままの扉を見る。その先は貯蔵庫で、様々な食材がエドの魔法で新鮮さを保っている。カトラリーたちにたくさん料理を習って、エドに喜んでもらいたい。

 ……。
 ふと、疑問が湧く。

「ねえ、ここにある材料はなにからできているの?」
「なにからとは、どういう意味ですかな?」
 エドの魔法を見ていると、形あるものを作り出すときは必ず元の素材がある。簡単と言った今日の花も無から作ったものではなかった。

 そう話すとカトラリーたちは声を揃えて、
「違う違う」
 と答えた。
「貯蔵庫の品は魔法じゃないよ」とフォーク。
「人間からの貢ぎ物なの」とスプーン。「ここからかなり離れたところ――リリアナの国を出る?」
「恐らくは」とナイフ。「魔術師様を称える祠があるのですぞ。そこに人間たちが定期的に食料や生地などを奉納するのですな」
「向こうは魔術師とは思っていないらしいけどね」とフォーク。「精霊王に村の豊作祈願でやってるつもりらしいよ」
「まあ。外界との繋がりはまったくないのかと思っていたわ」
「そこだけだよ」とフォーク。「なにか理由があるらしいけど、僕らは知らないなあ」
「魔法で転移させているから、直接赴くこともありませんしな」とナイフ。
「もちろんお返しに、村の作物は魔法で守っているわ」とスプーン。「だから供物が続いているんだから」

「ま」とフォークが笑う。「魔術師様は石ころからだって、食事を生み出せるけどね」
「それは食したくないでしょうからなあ」とナイフ。
「いくら食べることに飽きていてもね」スプーン。

 石ころの食事はわたくしも嫌だわと考えながら、洗い場で食器をさっと洗う。軽食だけだからたいして汚れていない。スプーンがやって来て、洗ったそばから丁寧に拭きあげてくれる。

「精霊王というのは本当にいるの?」
「らしいわよ。魔術師様でさえ会ったことはないそうだけどね」
「『愛し子』の前にしか現れないんだよ、確か」とフォーク。
「愛し子って?」スプーンが聞き返す。
「お気に入りかな?」フォークも自信がなさそうな声だわ。
「私も知りませんな」とナイフ。
「精霊王はこの世の物とは思えないほど美しいらしいよ」とフォーク。「魔術師様が『醜い俺が精霊王と呼ばれては、申し訳ない』って言ってたことがある」
「少し珍しい外見なだけよ」とわたくし。
「私たちを見てもひっくり返らなかったリリアナだからね」そう言ってスプーンが笑った。「普通は『化け物っ!』て叫んで白目を向くんだから」
「『悪魔』とかね」とフォーク。
「いきなり頭突きをくらったこともありますな」ナイフが言う。

 カトラリーたちは笑っている。彼らは傷つくことがないのか、無理になんでもない風を装っているのか、どちらなのか、わたくしにはわからない。どちらにしろ、彼らが暴言を吐かれることに怒りを感じる。

「もしこの先あなたたちに無礼を働く人がいたら、わたくしが抗議するわ」
「僕たちだって。リリアナを傷つける奴がいたら容赦しないよ」とフォーク。
「そうよ。大切な友達だもの」スプーンが大きくうなずく。
「こう見えて、我々は強いのですぞ。なにしろ銀製ですからな。剣も毒も効きませぬ」とナイフ。

 うわははとカトラリーたちの盛大な笑い声が上がる。

 なんて優しい友人たちなのかしら。
 わたくし、死ななくて本当に良かった。

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