転生してループ?〜転生令嬢は地味に最強なのかもしれません〜

Y.ひまわり

69.幸せと最悪

 ――ついに、約束の日がやって来た。


「いよいよですね」


 と、リーゼロッテはジェラールに言う。


「万が一にも、結界に亀裂が入ったら……その時は頼んだぞ」


 ジェラールは、リーゼロッテにこの国の守りを託す。


 洞窟の魔玻璃の前には、例の本を持ったジェラール、リーゼロッテ、ルイス、テオが揃っていた。
 まだ、ヨルムンガルドの姿は見えない。


 やはり今までとは何かが違うのか、魔玻璃はいつもにも増して、煌々と輝いていた。


 ジェラールは本を胸に強く抱え、リーゼロッテ達に向かって頷いて見せると、一歩づつ魔玻璃へ近付いていく。
 ゆっくりと手を伸ばすと、それを待っているのかの如く魔玻璃の光は鼓動のように揺れ出した。
 ジェラールの指先が漸く触れる。


 ―――パアァァッ!


 突然、魔玻璃から放たれた光が真上に上がり、洞窟全体を照らした。
 驚くジェラールの腕の中から、勝手に本が浮かび上がるとページが捲られていく。


 光の中で、本に綴られていた日々の出来事がまるで動画のように映し出された。


 王太子とナデージュ、ヨルムンガルドの出会いと、楽しそうな日々――。
 壊された絆に、人間と魔物の戦争。
 そして、王太子の悲しみと、ナデージュへの想いと誓い。
 どれ程、ナデージュを愛し、ヨルムンガルドが大切な友だったのか。


 その場に居た全員が、その時代に居合わせたかのような体験をした。すると――


「……ナデージュ、待たせたね」


 ジェラールの口から出た言葉は、ジェラールのではなかった。いつもより低い、大人びた声。


『――セドリック!』


 魔玻璃から、光を纏ったナデージュが現れた。肖像画のままの姿は、リーゼロッテによく似ていた。


 ナデージュはふわりと宙を舞い、ジェラールを包み込むように抱きしめると、ジェラールの身体から王太子セドリックが現れ出た。
 二人は愛を確かめ合うかのように、幸せそうに抱擁する。


 徐々に浮かび上がっていくナデージュとセドリックは、下で立ち尽くしているリーゼロッテ達に優しく微笑んだ。
 それから――。
 二人は、何もない空間に向かって手を差し出した。


『『おいで、ヨルムンガルド』』


 誰も居なかった筈の場所に、パッと姿を現したヨルムンガルド。
「うわぁぁん――……」と声を上げ、泣きながら二人に抱きついた。
 ナデージュが日記を映し出したのは、ヨルムンガルドの為だったのだろう。


『後は、あなた達に任せたわ。……頑張ってね、凛』


 その言葉を残して、三人は眩ゆい光と共に静かに消えて行った。


 


 夢のような出来事に、暫く誰も声が出せなかった。


 
 リーゼロッテは、ハッっとした。


「ね、ねえ、テオ! ヨルムンガルドは、ひいおばあちゃん達と一緒に成仏しちゃったの?」


「……成仏とは何だ? 多分だが、あれは弟の思念体だ。凛子は、その残留思念だけ一緒に連れて行ったのだろう。だから、弟の本体は結界の向こうにあり、まだ眠っている筈だ」


 テオはリーゼロッテが言った、成仏という言葉の意味は知らなっかたが、言いたいことは何となく分かった。
 
(そうか、残留思念……。だから今まで、ヨルムンガルドからは魔力を一切感じなかったのね)


 テオの言葉にホッとした。
 魔獣といっても、テオたちは神の子なのだ。不思議な力があってもおかしくない。
 きっとこれで、辛い思い出は払拭されただろう。


「ジェラール殿下、大丈夫ですか?」


 まだ少し、放心状態だったジェラールに声をかけた。


「ああ、セドリック陛下にこの国を託された。私は、しっかりと先代の志を継ぐ」


 ジェラールにはセドリックから、王太子ではなく先代の国王として、何か伝言があったようだ。


「リーゼロッテ、この魔玻璃は私達が本当の意味で守らねばいけないね」


 ルイスもまた感じることがあった。


「お父様……」
「早速だが、魔玻璃に魔力を注ごう」


 ルイスに促されて魔玻璃を見ると、さっきの一連によってかなりの魔力が減っていることに気付いた。
 テオは、結界に触れ向こうの様子を探るように集中している。
 リーゼロッテとルイスは、二人で魔玻璃に魔力を込め出す。


 ジェラールがルイスの背後で、あの本をもう一度開いて見ようとした時だった。
 
「死ねえぇぇぇ――――!! 


 洞窟の地面に突如現れた転移陣。
 中から飛び出して来た、黒い外陰を纏った者がジェラールに向かって剣を突き出す。


 剣は、目の前の人物に突き刺さった。


 油断していた。この場には、もう敵など居ないと思っていたのだ。刹那の出来事でみんな動けなかった。


 ――ただ、一人を除いては。


 近衛として優秀だったルイスは、一瞬の殺気でも王族を庇う訓練を重ねて来た。自然と体が動き、身を盾にしてジェラールを護ったのだ。


 すぐにフェンリル姿に戻ったテオは、外陰の男に飛びかかると、首に噛みつき動きを封じる。


 ルイスは、剣に貫かれたまま膝から崩れ落ちた。


 リーゼロッテには、全てがスローモーションのように見える。


「い、いや……いやぁぁぁー……!!」




 この洞窟で、二度と見たくなかった光景が、リーゼロッテの前に広がっていた。
 
 


 

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