転生してループ?〜転生令嬢は地味に最強なのかもしれません〜

Y.ひまわり

61.偽者

 図書館から離れると、霧がかかったかのようにモヤモヤとしていた頭がスッキリした。


(レナルドは文官コースではなく、武官コースだ)


 入学式前日、パトリスはそう言っていた。
 考えたら合同授業は確かにあるが、まだ行われていない。その授業があれば、同じく文官コースのパトリスがリーゼロッテに声をかけるだろう。


(なぜ、そんなすぐにバレる嘘を? でも、彼の口から出た言葉は、違和感があっても何故か納得してしまいそうになった。それに……)


 廊下でリーゼロッテを見かけたとレナルドは言ったが――。
 リーゼロッテは慎重に気配を消して移動していた。見失わずに跡をつけるなど、普通に考えたらあり得ない。


(もしあの状態で……)


 正面からリーゼロッテが歩いて来たとしても、すれ違うのを認識出来るのは、ファーガスくらい感知能力に長けた者だけだろう。
 そもそも、誰かに跡をつけられてリーゼロッテとテオが気付かない訳が無いのだ。


 それなのに、書庫の前で声をかけられるまで、背後に人が居る気配は感じなかった。
 もちろん、転移陣が発動する時に感じる、魔力の流れさえも。
 
(だとしたら、あの場に突然現れたってことよね。私やテオと同じような、転移魔法を使った? しかも、見詰められた時の変な感覚……テオが感じた魔力の気配と、何か関係があるのかしら?)


 考えながら歩いていると、もう門の近くまで来ていた。


 すると、テオの気配を感じる。
 テオも同じようにリーゼロッテを感じたのか、何処からともなくやって来て直ぐに影の中に入った。


『テオが気になった気配って、どうだったの?』
 
『それが、よく分からないのだ。本当に微かなものだったからな……。この学院内には、何もおかしい所は無かった。リーゼロッテは、書庫の本は見れたのか?』


『うーん、それがねぇ……』


 長くなりそうだったので、先に寄宿舎に戻ることを提案した。


 部屋に戻り少し落ち着いてから、テオに図書館で会ったレナルドについての話をする。
 アンヌに入れてもらったお茶を飲みながら、当然部屋には遮音の結界を張って。


 リーゼロッテが話し終わると、カップを置いたテオはサラッと顔に掛かった銀髪をかき上げると、悩ましげに長い睫毛を伏せた。


(ゔっ、色っぽい……令嬢達が騒ぐのは無理ないわね)


「それは、言霊魔法の一種だろう。その者の発する言葉自体に魔力が宿っている。相手がリーゼロッテでなかったら、其奴が言った言葉は全て、事実として受け入れられただろう」


「何それ……随分と怖い魔法ね。相手を思いのままに操り、記憶を書き換えられるってこと?」


 クリストフの魔石の操り方とは、また違う物だが。


「そうだ。だが、人間にその魔法が使えるとは到底考えられない」


「でも、ごく稀にとか……。人間以上の能力を持った人が生まれる可能性は?」


 リーゼロッテの問いかけに、テオは考えながらチラッとリーゼロッテを見てから答える。


「それは……無いとは言えない。現に我が主人の様に、稀有けうな存在が此処にあるのだ」


「あっ、私か。じゃあ、レナルドがその能力を持って生まれたか、それとも誰かがレナルドと入れ替わったのか……その、どちらかね」


 すると、ちょうど良いタイミングで、ジェラールからの魔道具が光った。
 帰って早々に、ジェラールにレナルドについて尋ねておいたのだ。その返事が来たのだろう。


 今のテオの話から、リーゼロッテが会ったのが能力を持ったレナルド本人ならば、容姿は葵色の様な薄い紫の髪に、黒い瞳を持った線の細い美少年と書かれている筈だ。


 違う容姿なら――リーゼロッテが会ったのは偽者だと簡単に判明する。
 但し、ジェラールの記憶が、既に書き換えられていなければだ。前者の容姿なら、再度調べなければならない。


 リーゼロッテは、ジェラールからの文字を目で追っていく。


「……うん、彼は偽者だわ。良かった、偽レナルドはジェラール殿下には接触していないのね」


 本物のレナルドは、茶色の髪に濃褐色の瞳、そして騎士を目指すくらいなので、大柄ではないものの筋肉質だとあった。


「偽者は、全く本人に寄せる気はないみたいね……。レナルドとして生きるなら、少しでも似せた方が矛盾も生まれないでしょうし」


「本物に似せる気が無いのなら、其奴は長く本物に成り代わるつもりが無いという事だ。目的は、主人……リーゼロッテか。ただ、危害を加える気は無さそうだが」


「そうなるわよねぇ。明らかに、私だけに接触して来たのだもの。……本物の、レナルド侯爵令息は大丈夫かしら?」


「さてな。明日、学院で探してみたらどうだ?」


 面白そうだとテオは言った。


 けれど、テオは偽レナルドを見るよりも、貴族院に張られた結界の外側も見て回りたいそうだ。
 テオは気配の正体が分からないと言ったが――。
 その念の入れようは、魔獣の本能的な勘なのか、無視できない程のなのだろう。






 ◇◇◇






 ――翌日。


 リーゼロッテは、テオとは別行動で学院へ向かった。


 門を通り抜けたところで、ジョアンヌの後ろ姿が見えた。その横には、パトリスが並んで立っている。
 そして、もう一人。


 リーゼロッテに気付いたパトリスは、嬉しそうに微笑んで早速話しかけて来た。


「おはよう、リーゼロッテ嬢。紹介するよ、私の友人のレナルドだよ」


 そこには、葵色の髪をした偽者のレナルドが、パトリスとジョアンヌと一緒に……美しい笑みを浮かべていた。





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