ほっとけないよ?

清水レモン

家庭教師

 「いつも家に帰るの何時ごろ? っていうか、おれ塾から帰るとすぐ真夜中」
 おれは自分のことを話す。彼女に質問しながらも、気づけば自分のことを語っていた。途中から気づいたよ。でも『まあ、いいか』ってビートに乗せて語ってしまった。
 うん、どこか遠くを見ているような瞳をしているね。

 『まあ、退屈な男だと思われたんならそれはそれ。かまわないさ』

 途中で自覚してから、なんだかすごく長い時間が経過したような気がする。
 やめよう、やめよう、やめよう。
 って思えば思うほど、ついつい熱がはいってしまったようだ。

 「…」

 なにか言いかけては、ためらう表情。そんな彼女を見ていると、

 『わるくない…なんだろう、その困り顔? えらく魅力的チャーミングだな』

 と思った。

 恥ずかしげもなく語っていた。語り終えた余韻にほどよく冷めたコーヒーが合う。

 『おお! なんだなんだなんだ、なんだよこれ! めっちゃ飲み頃で美味しいじゃん』

 ちびちび飲んで時間稼ぎをするつもりでいたけれど、残り一気に飲んでしまった。店を出るか、それとも追加を注文か。選択を迫られることになりそうだ。

 「…」
 彼女は不思議顔。よく見ると、なるほど美しい。第一印象の瞬間より彼女の顔がひとまわり小さくなったように見えている。困り顔からの不思議顔、さらにとまどいの表情が浮かびあがる。
 そんな気がした瞬間に、

 「私は家庭教師だったの」

 「ん?」

 「いえ、私がじゃなくて私。塾にはいってなくて家庭教師に教わってた」
 ひとこと言い放ってカップを持つ、おそらく残りの紅茶が飲み干されることだろう。

 『そろそろ帰るタイミングかな』
 そう思いつつ、
 「そっか。家庭教師か」
 と反応してみた。

 「うん。家庭教師」

 「そっか」
 で。その家庭教師の先生は男性だろうか女性だろうか。何歳いくつくらいのひとなのか。と興味は湧く。でも、質問したところでそろそろもうお別れだ。

 「塾は小学校のときから?」
 質問する彼女がカップを持ったままこちらを凝視している、そんな気がする。

 「そうだよ」おれは答える「四年生から…だけどまあ、なんていうのかな。エリカ…ちゃんて睫毛まつげすごく長いね」

 「!」

 「まばたきのとき、すごいユラユラってしてるように見えて。あ、関係ない話でゴメン」
 おれは彼女の睫毛まつげを見ていて思ったままを言葉にしていた。まばたきの回数は数えていないが、閉じたり開いたりのスピードが変化しているのが面白くて、つい。
 一瞬、視線を遠くにぽーんと投げ飛ばしているようなときもあって、気づいたら彼女の視線の先も追いかけていた。つられて店内の様子も観察している。おれたちのあとにお客さんが来た気配があるけれど、視界には見当たらなかった。

 「…」
 目が合う。目が合った。視線が固まった、ような感覚に落ちる。

 いまから視線をそらすと、わざとらしい。そう思ってしまったら、釘付けになってしまっていた。

 でも、よく見ていると彼女の視線はおれを見ているようで、おれを見ていない。つまり?

 おれは視線が微妙にはずれているなと感じつつも目を合わせたまま質問する、
 「追加する?」

 「いえ」と彼女ひとこと。

 やっぱり目が合っているようで合っていないな。と感じた瞬間、
 
 「シュートも長いよね」彼女が言う「まつげ」
 視線に変化がないので彼女はおれの睫毛まつげを観察しているのだろう。おれの瞳孔ではなく目の周辺つまり、睫毛まつげ

 か。

 「そお?」

 「そお」
 彼女が言う。ちょっと冷たく感じる声だったが、「あと追加まだいらない。まだ私これ飲み終わってないから」
 置かれたカップには紅茶がまだ残っていた。
 

コメント

コメントを書く

「学園」の人気作品

書籍化作品