ほっとけないよ?

清水レモン

春ゆえに

 桜は満開だろうか。
 おれの地元ではソメイヨシノほとんどつぼみのままだ。
 
 『今年は冷えてるのかな』

 とか考えてみたものの、別にどうでもよかった。
 花見にいく予定などない。
 けど、公園や並木道や線路沿いで浴びる桜吹雪は毎年なにげに楽しみにしている。
 花見って、どういうのなんだっけ。
 茣蓙ございて弁当持ち寄って、宴会?
 
 『さすがに宴会とかしないか。文化祭の打ちあげならともかく』

 去年の文化祭は、どんなだったっけ。
 新聞部としては現役最後の出し物だったな。

 『部長が絵を描いた。それだけは覚えてる。あと、何校か訪問があったよな』

 OBも来ていた。けっこう楽しかった。今年どうなるだろう。
 体育館のステージに立った。バンドの演奏、おれはベースを弾いた。
 あんまり練習しなかったような気がするけど、思い出すうち『いやいやいや。短期間で何回もスタジオいってるじゃん。でもスタジオ代って、どうしてたんだっけ。払った?』とか、いまさらこんなときに思い出す。

 部活はお終いだけど、バンドは別。やれるもんなら、やりたいよなあ。




 「やるよ、オーディション。でも今度は大丈夫、正式メンバーで出れるから」

 「ほう?」
 そういや、おれは手伝いでした。あくまで助っ人ベーシスト。
 「去年はサンキューな!」
 「おう!」
 廊下での会話は数秒間だった。




 最後の文化祭は、とくになにもすることなさそうだな?
 それはそれで、なんだかなあ。まだ先のことだけど。
 なんだかなあ。
 とにかく、なにかヒマがあると余計なこと考えるようになっている。そういう自覚がある。なんだかなあだよ、まったく。それにしたって、どうしてこうも毎日なんだか張り合いがないというか面白みに欠けるというか、なあ?

 「なあ、おまえ今日ちょっと遅刻しただろ」
 前の席に座っているジョニーに言われた。
 「そうだっけ?」
 おれは答えた。タイミング的には遅刻だけれど、とくに誰にも咎められていない。
 「そういえばホームルームどうだった?」
 とおれがジョニーに質問すると、
 「どうだったもなにも、先生こなかったよ。そのまま自習だし」
 「こなかった?」
 「ああ。なんか、職員会議がどうとかって話。放送してなかったか?」
 「さあ」
 「やっぱ、おまえまだいなかったじゃん」
 「かもな」
 他愛ない、いつもの会話。どうでもいい時間。刻々と迫り来る大学受験。なんなんだろう、この空気。まったく緊張感がない。張り詰めてさえいない。風が冷たいときもあるけど、陽射しは必要以上に熱く感じられた。

 「今年も夏は早いかもなー」
 とジョニーが言う。
 「どうする? 夏は」
 「どうするって…おれら三年じゃん」
 「そ。三年。高校生活最後の夏。なんかやろうぜ?」
 「そうだな、そのまえに文化祭な。やるとしたら」
 「文化祭かあ」
 おれは窓の外を見ながら言う。
 静かに揺れている枝、学校の敷地にも桜があるが今年まだ咲き始めていない。
 「でも受験もあるし。バンドとかは無理、か」
 ジョニーが適当な方向を見ながら言う。
 おれも適当に窓の外を眺めている。
 「うん」
 おれは答えた。
 「そっか」
 ジョニーが言う。
 「え?」
 思わず聞き返す。
 「えって。なにが」
 「こっちのセリフ。そっかってなにがそっか?」
 「ちっ。ひとの話聞いてろよな!」
 「悪い。ちゃんと話、聞いてたよ?」
 「わかったよ。おれたちでバンドやるのかやらないのか。
  そりゃいいよ、おまえは去年なんだかんだでステージでってるし」
 「助っ人な」
 「助っ人だろうが盗っ人だろうが、文化祭ステージでってることに変わりない。いいか、わかるか、なあ、おい。文化祭のステージってのは、文化祭でなければなしえないことなんだぞ」
 「まじか。知らなかった」
 「知らないわけないだろコノヤロ。
  自分だけ出やがってズルイやつめ」
 ジョニーはそう言うと、まるでためいきついみたいな顔で続ける、
 「これから先たとえライブハウスでデビューしようとも、文化祭でれるのは高校生のうちだけなんだぞ。わかってるのかよ、その意味。どれだけ価値があるかってこと、気づいてるのかおまえ」
 「ああ」
 おれは深く考えたことがなかったかもしれない。
 だが、気づいている。いや、気づいていた。
 だから去年の文化祭では、あれほどステージに出ようとみんなで練習がんばったんじゃないか。
 おれとジョニーは同じバンドメンバーだ。
 おれたちのバンドは文化祭で演奏していない。ステージどころかオーディションそのものを受けていない。
 「なあ。なぜだ。なぜなんだ」
 とジョニーは、いまでもときどきおれに聞く。質問というより詰問だが。
 「どうしておれたち文化祭に出なかったんだよ?」
 この質問をするとき、ジョニーは絶対におれと目を合わせない。
 わかってる、わかっているさ。
 だからこそ。
 「今年はオーディションちゃんと受けようぜ」
 「オーディションて…おまえ、本気かそれ」
 「ああ。あれからときどきだけどスタジオにもいってるんだし。
  なんといっても、おれたちもうオリジナル曲けっこうあるじゃんか」
 ジョニーといい、他のメンバーといい、すでにオリジナル曲を作り始めていた。なんならデモテープだって。しかもどれもがいい仕上がりだ。
 「オリジナル…か。まあな、そりゃな。でもな」
 「でも、なんだよ」
 「おれはコピーもりたかったよ。
  プロになったら、そうそう気安くコピーなんてできなくなるだろ」
 ジョニーはプロのミュージシャンを目指している。
 ああ、そうだな。最近すっかりオリジナル志向が強まってるし、みんなでセッションよくやるくせに完コピとかぜんぜんだった。
 「おれ思うんだけど、プロだってコピーやっていいんじゃないかな。
  尊敬するアーティストその楽曲あの素晴らしい名曲を、って。
  やっていいんじゃないかな」
 「やっていいならやるけどな。それができるんだったらな」
 「できるさ」
 「そうだな」
 自習時間の終わりを告げるチャイムが鳴った。


 ぶらっと帰り道おれは神社に寄ることが増えている。
 いつもの下校ルートとは完全に違う道だし、かといってなにをするというでもなく歩くだけ。帰宅するために、ぶらっと歩く。それだけの時間が結構それなりに楽しくてな。

 最近ひとりでいても淋しくないしツラくもない。むしろ自由を感じる。
 
 「あ」

 「…」

 神社の境内で思わず足が止まる。
 セーラー服姿の女の子は、そりゃいつだってどこにだっているさ。わらわらと。
 でも。
 
 彼女だ。

 「…」
 おれは目が合ったような気がして、彼女もこちらに気づいていると感じて、なんとなく近づいていく。とくに話題もないから話しかけるわけじゃない。かといって努力してスルーする必要もないだろう。あくまで自然に、たまたま偶然に、ふたたび居合わせた。そんな感じに。

 じゃりっ。

 いつもの砂利道が、いつもより大きく音を立てている。こんなに、うるさかったっけ。
 靴の裏で砂利が滑るように沈み、踊るように跳ねたりして、思わずひとつふたつ蹴飛ばした。
  
 「…」
 なんとなくなんだけど、軽く会釈されたような気がする。
 
 『たまたま頭がコクリとなっただけかもな。首を上下させることなんて、よくあることだしさ』
 
 おれは自分が自意識過剰なのを理解している。
 しかも無計画で突発的に逃げ出すことさえある。
 
 ふと、誰に言うでもなく、いや、あきらかに自分のバンドメンバーに対してなんだけど、脳内で絶叫してしまう、

 『おれはバンドから逃げていないぞ! バンドから、それだけは逃げてないからな!」

 セーラー服があきらかにこちらを向いて彼女ぽかんとした表情で唇をひらいた。
 おれは瞬時に計画する。どう挨拶しようか。手を振るか。ピースでいい?
 けど、おれの意識過剰がもたらす静寂だったら恥ずかしい。スルーされたら、どうすんの。

 かまわないさ。
 スルーされたら『二度と関わるな』のサイン。それならそれでいい。いいじゃないか。

 と納得した時には声を出して呼びかけていた、

 「ここ、よく来るの?」

 ちょっとギョッとしたような表情になった彼女が、次の瞬間ちょっとだけスマイル?

 あ。ちょっと、打ち解けられるかも。そう思ったのでジャリジャリジャリ音を立てながら近づいた。

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