自宅で寝ててもレベルアップ! ~転生商人が世界最強になってムカつく勇者をぶっ飛ばしたら世界の深淵に触れてしまった件~
4-6. 美の狂気
扉が閉まってしばらくすると、全身が浮き上がるような奇妙な感覚が全身を貫いた。どこかへ転送されたようだ。
荷物受け取りの人と鉢合わせるとまずいので、俺はナイフを用意してタイミングを計る。
チーン!
と、鳴る音と同時に、俺はエレベーターの奥をナイフで切って飛び込んだ。
壁を通り抜けると、まぶしい光、爽やかな空気……目が慣れてきて辺りを見回すと、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
エレベーターはまるで地下鉄の出入り口のエレベーターのように、森を切り開いた敷地の境目にポツンと出入り口だけが立っていたのだ。
そっと出入り口側の様子を見ると、豪奢な装飾が施された鉄のフェンスの向こうに見事な庭園があり、その奥に真っ黒いモダンな建物があった。あれがヌチ・ギの屋敷だろう。高さは五階建てくらいで、現代美術館かというような前衛的な造りをしており、中の様子はちょっと想像がつかない。
あの中でドロシーは俺の助けを心待ちにしてるはずだ。
「ドロシー、待ってろよ……」
ドロシーがまだ無事であること、それだけを祈りながら必死に屋敷の様子を調べる。
まず、俺は鑑定を使ってセキュリティシステムを調べてみる。門やフェンスには多彩なセキュリティ装置が多数ついており、とても超えられそうにない。さらに庭園のあちこちにも見えないセキュリティ装置が配置されており、とても屋敷に近づくのは無理そうだった。
「旦那様……、どうしますか?」
アバドンがひそひそ声で聞いてくる。
「すごい警備体制だ、とてもバレずに屋敷には入れない……」
すると屋敷から人が出てきた。見ていると、メイドらしき女性が大きな鉄製の門を開け、エレベーターまでやってきた。そして、宙に浮かぶ不思議な台車に荷物を載せ、また、屋敷内へと戻っていく。
「彼女に付いていきましょうか?」
「いや、無理だ。隠ぺい魔法はセキュリティ装置には効かないだろう」
「困りましたね……」
「仕方ない、地中を行こう」
「えっ!?」
驚くアバドンにニヤッと笑いかけると、俺はナイフで地面を切り裂いた。
「こうするんだよ」
そう言って地面の切り口を広げて中へと入った。そしてさらに奥を切り裂いて進む。
地面は壁と同様に、まるでコンニャクのように柔らかく広げることができた。
「さぁ、行くぞ!」
俺はアバドンも呼んで、一緒に地中を進んだ。一回で五十センチくらい進めるので、百回で五十メートル。無理のない挑戦だ。
アバドンに魔法の明かりで照らしてもらいながら淡々と地中を進む。途中、地下のセキュリティシステムらしいセンサーの断面を見つけたが、俺たちは空間を切り裂いているのでセンサーでは俺たちを捕捉できない。ここはヌチ・ギの想定を超えているだろう。
足場の悪い中、苦労しながら切り進んでいると急に断面が石になり、さらに切ると明かりが見えた。ようやく屋敷にたどり着いたのだ。
俺は切り口をそーっと広げながら中をのぞく……。
「な、何だこりゃ!」
俺は思わず声を出してしまった。
なんと、目の前で美しい女性たちがたくさん舞っていたのだ。
そこは地下の巨大ホールで、何百人もの女性たちが美しい衣装に身を包み、すごくゆっくりと空中を舞っていた。百人近い女性たちが輪になって、それが空中に五層展開されている。それぞれ煌びやかなドレス、大胆なランジェリー、美しい民族衣装などを身にまとい、ライトアップする魔法のライトと共に、ゆっくりと舞いながら少しずつ回っていた。また、無数の蛍の様な光の微粒子が、舞に合わせてキラキラと光りながらふわふわと飛び回り、幻想的な雰囲気を演出している。
それはまるで王朝絵巻さながらの絢爛豪華な舞踏会だった。
そして、フェロモンを含んだ甘く華やかな香りが漂ってくる。
見ているだけで幻惑され、恍惚となってしまう。
ちょうど俺たちの前に一人の美しい女性がゆっくりと近づいてきた。二十歳前後だろうか、真紅のドレスを身にまとい、露出の多いハートカットネックの胸元にはつやつやとした弾力のある白い肌が魅惑的な造形を見せている。彼女はゆっくりと右手を高く掲げながら回り、そのすらりとしたスタイルの良い肢体の作る優美な曲線に、俺は思わず息をのんだ。
そして中央には身長二十メートルくらいの巨大な美女がいた。これは一体何なのだろうか? 革製の巨大なビキニアーマーを装着してモデルのように体を美しくくねらせ、恐ろしい存在感を放っていた。軽く腹筋が浮いた美しい体の造形には思わずため息が出てしまう。
美しい……。
俺は不覚にもヌチ・ギの作り出した美の世界に引き込まれていた。イカンイカンと首を振り、銀髪の娘はいないかと一生懸命探す。
「何ですかこれ……」
アバドンが怪訝そうな顔でささやく。
「ヌチ・ギの狂気だね。ドロシーいないかちょっと探して」
「わかりやした!」
しばらく探してみたが、まだ居ないようだった。しかし放っておくとここで展示されてしまうだろう。急がないと。
ドロシーがこんな所に展示され、永遠にクルクル回り続けるようなことになったら俺は生きていけない。絶対に奪還してやると、改めて誓った。
4-7. 戦乙女のラグナロク
鑑定でホールにはセキュリティ装置がない事を確認し、アバドンの魔法で静かに床に降りる。ピンクで花柄の、露出の多いドレスで舞っている女性につい目が引き寄せられると、なんと目が合ってしまった。
「え!?」
驚いて見回すと全員が我々を見ていたのだ。意識があるのか!?
唖然としていると、近くの女性に声をかけられた。
「そこのお方……」
俺は驚いて声の方向を見ると、美しいランジェリー姿の女性が、手を後ろに組んで胸を突き出すような姿勢でこちらを見ていた。ブラジャーは赤いリボンを結んだだけの大胆なもので、左の太腿にも細いリボンで蝶結びがされていた。何とも煽情的ないで立ちに俺は顔を赤くして、身体を見ないようにしながら、駆け寄った。
「話せるんですね、これ、どうなっているんですか?」
スッと鼻筋の通った整った小顔にクリッとしたアンバーな瞳の彼女。心をざわめかせるほどの美しさに、俺は戸惑いを覚えながら聞いた。
「私はまだ入って間がないので話せますが、そのうち意識が失われて行って皆植物人間みたいになってしまうようです」
何という非人道的な話だろうか。
俺は彼女の手を引っ張ってみた。しかし、とても強い力で操作されているようで、舞いの動きを止める事すらできなかった。
「ヌチ・ギ様の魔法を解かない限りどうしようもありません……。それより、あの中央の巨人が心配なのです」
「え? 彼女も生きているんですか!?」
「そうです。ヌチ・ギ様は巨大化装置を開発され、私たちを戦乙女という巨人兵士にして世界を滅ぼすとおっしゃってました」
「な、なんだって!?」
俺は驚いた。単に女の子をもてあそぶだけでなく、兵士に改造して大量殺戮にまで手を染めようだなんて、もはや真正の狂人ではないか。
「ラグナロクだ……」
アバドンが眉間にしわを寄せながら言った。
「ラグナロク?」
「そういう女性の巨大兵士が世界を滅ぼす終末思想の神話があるんです。ヌチ・ギはその神話に合わせて一回のこの世界をリセットするつもりじゃないでしょうか?」
「狂ってる……」
「私は人を殺したくありません……。何とか止めてもらえないでしょうか……?」
彼女はポロリと涙を流した。
ラグナロクなんて起こされたらアンジューのみんなも殺されてしまう。そんな暴挙絶対に止めないとならない。
「分かりました。全力を尽くします!」
「お願いします……。もうあなたに頼る他ないのです……」
そう言って彼女はさめざめと泣きながら、またポーズを変えられていく。
俺はアバドンと顔を見合わせうなずくと、
「では行ってきます! 幸運を祈っててください」
と、彼女の手をしっかりと両手で握りしめた。
◇
ホールの出入り口まで来ると、俺はドアを切り裂いてそっと向こうをうかがった。薄暗い人気のない通路が見える。俺はアバドンとアイコンタクトをし、そっとドアの切れ目を広げた。
俺たちがドアを抜けた時だった。
「やめてぇぇぇ!」
かすかだが声が聞こえた。ドロシーだ!
俺の愛しい人がひどい目に遭っている……。俺は悲痛な響きに心臓がキューっと潰されるように痛くなり、冷や汗が流れた。
「は、早くいかなくちゃ……」
俺は震える声でそう言うと、足音を立てぬよう慎重に早足で声の方向を目指した。
通路をしばらく行くと部屋のドアがいくつか並んでおり、そのうちの一つから声がする。
俺はそのドアをそっと切り裂いて中をのぞき、衝撃的な光景に思わず息が止まった。
なんと、ドロシーが天井から裸のまま宙づりにされていたのだ。
俺は全身の血が煮えたぎるかのような衝動を覚えた。
俺の大切なドロシーになんてことしやがるのか!
気が狂いそうになるのを必死で抑えていると、トントンと肩を叩かれる。アバドンも見たいようだ。俺は大きく息をして冷静さを取り戻し、隣にもナイフで切り込みを入れてアバドンに任せた。
「ほほう、しっとりとして手に吸い付くような手触り……素晴らしい」
ヌチ・ギがいやらしい笑みを浮かべ、ドロシーを味わうかのようになでる。
「いやぁぁ! あの人以外触っちゃダメなの!」
ドロシーが身をよじりながら叫ぶ。
俺は今すぐ飛び出していきたい気持ちを、歯を食い縛りながら必死に耐える。
「ヒッヒッヒ……、その反抗的な態度……、そそるねぇ。さぁ、どこまでもつかな?」
ヌチ・ギは小さな注射器を取り出した。
「な、何よそれ……」
青ざめるドロシー。
「最強のセックスドラッグだよ。欲しくて欲しくて狂いそうになる……、素敵な薬さ……」
そう言いながら、注射器を上に向け、軽く薬液を飛ばした。
「ダ、ダメ……、止めて……」
おびえて震えるドロシー。
最悪な事態に俺は気が遠くなる。大切な人が薬で犯られてしまう。でも、彼女の救出を考えたら今動くわけにはいかない。見つかったら終わりなのだ。絶望が俺の頭をぐちゃぐちゃに蝕んでいく。
4-8. 尊い愛の戦士
その時だった、アバドンが耳打ちする。
「私がヌチ・ギを何とかします。その間に姐さんをお願いします」
そう言って壁の切り口に手をかけた。
「いや、ちょっと待て! 死ぬぞ!」
俺は制止する。ヌチ・ギに攻撃したって全く効かないはず。拘束できても数十秒が限界に違いない。そしてきっと殺されるだろう。
しかし、アバドンは覚悟を決めた目で、
「私にとっても姐さんは大切な人なんです。頼みましたよ」
そう言い残して切れ目を抜けて行く。命をなげうつ献身的な決断に俺はアバドンが神々しく見えた。悪を愛する魔人……とんでもない。俺なんかよりずっと尊い愛の戦士じゃないか……。
俺は思わず涙をこぼしそうになるのをこらえ、急いでアバドンに続いた。アバドンの捨て身の決意を無駄にしてはならない。
アバドンは目にも止まらぬ速さでヌチ・ギにタックルを食らわせ、部屋の奥まで吹き飛ばした。さすがの管理者も不意打ちを食らってはすぐに対応できないだろう。
俺はドロシーに駆け寄り、
「今助ける。静かにしてて!」
そう言いながら小刀を取り出し、ドロシーの手を縛っている革製の拘束具を切り落とす。そして、落ちてくる身体を優しく支えた。
「あなたぁ……」
抱き着いて泣き出すドロシー。愛しい温かさが戻ってきた。
しかし、時間がない。
部屋の奥から激しい衝撃音が間断なく上がっている。アバドンが奮闘しているのだろうが、もうすぐ形勢逆転してしまうだろう。
俺はドロシーの手を引いてドアを抜け、通路を走った。
「急いで! 裸のままでごめん、時間がないんだ」
「ねぇ、アバドンさんは?」
泣きそうな声で聞いてくる。
俺はグッと言葉を飲み込み、
「大丈夫、彼なりに勝算があるんだ」
と、嘘をついて涙を拭いた。
◇
二人は必死に通路を駆け抜ける。そして、突き当りの壁をナイフで切ると飛び込んだ。
俺は土の中を必死に切って前進を繰り返す。ヌチ・ギが屋敷内を探している間にエレベーターに入れれば俺たちの勝ちだ。アバドンの安否は気になるが、彼が作ってくれたチャンスを生かすことを今は優先したい。
切りに切ってフェンスの断面が見えたところで上に出る。そっと顔を出すとエレベーターの前。さすが俺!
俺は急いで飛び出してボタンを押す。
扉がゆっくりと開く。これで奪還計画成功だ! 俺は切れ目からドロシーを引き上げる。
ところが……、エレベーターの中から冷たい声が響いた。
「どこへ行こうというのかね?」
驚いて前を向くと……、ヌチ・ギだった。
青ざめる俺をヌチ・ギは思いっきり殴る。吹き飛ばされる俺。
「きゃぁ! あなたぁ!」
ドロシーの悲痛な叫びが響く。
一体なぜバレたのか……。さすが管理者、完敗である。
俺は地面をゴロゴロと転がりながら絶望に打ちひしがれた。
もうこうなっては打つ手などない。逃げるのは不可能だ。だが、殺されるのなら少しでもあがいてやろうじゃないか。
「お前、戦乙女使ってラグナロク起こすんだってな、そんなこと許されるとでも思ってんのか?」
俺はゆっくりと体を起こしながら、血の味が溢れる口で叫んだ。
「ほう? なぜそれを?」
ヌチ・ギは鋭い目で俺を刺すように見る。
「大量虐殺は大罪だ、お前の狂った行為は必ずや破滅を呼ぶぞ!」
俺はまくしたてる。タラりと口から血が垂れる感触がする。
「はっはっは……、知った風な口を利くな! そもそも文明、文化が停滞してる人間側の問題なんだぞ、分かってるのか?」
「停滞してたら殺していいのか?」
「ふぅ……、お前は全く分かってない。例えば……そうだな。お前の故郷、日本がいい例だろう。日本も文明、文化が停滞してるだろ? なぜだと思う?」
俺はいきなり日本の問題を突きつけられて動揺した。そんなの今まで考えたことなどなかったのだ。
「え? そ、それは……、偉い人がいい政策を実行しない……から?」
俺は間抜けな回答しかできなかった。
ヌチ・ギはあきれたように首を振り、蔑んだ目で言った。
「バカめ! そんな考えの市民だらけだからだよ! いいか? イノベーションというのは旧来のビジネスモデルや慣習をぶち壊す事で起こり、それが新たな価値を創造して社会は豊かになり、文明、文化も発達するのだ。Google、Apple、Amazon……、日本にはこれらに対抗できる企業は出て来たかね?」
俺は必死に思い出してみたが……、何も思いつけず、うつむいた。
「上層部が既得権益を守るためにガチガチにした社会、そしてそれをぶち壊そうとしない市民、そんな体たらくでは発達などする訳がない!」
こぶしを握って熱弁するヌチ・ギ。
俺は反論できなかった。既存の大企業中心の社会構造に疑問など持った事もなかったし、それで日本が衰退していったとしても、自分は何の関係もないと思っていたのだ。アンジューの貴族の横暴についてもそうだ。逃げることしか思いつかなかった。
そして、ヌチ・ギはドヤ顔で言い放つ。
「だから、俺がぶち壊してやるのさ。下らぬ貴族階級支配が隅々までガチガチにし、それに異論も出さないような市民どもでは文明、文化の発達はもはや不可能だ。神話通り、滅ぼしてやる!」
俺は不覚にも圧倒された。ただの狂人だと思っていたが、それなりの根拠があって社会変革を起こそうとしていたとは……。
「美しき戦乙女たちが横一列に並んで火を吐き、街を焼き尽くしながら行進するのさ。ゾクゾクする光景になるだろう。平和ボケした連中の目を覚まさせてやる!」
ヌチ・ギはうれしそうにまくしたてる。
しかし、そんなのはダメだ。どんな理由があれ、多くの人を虐殺するような行為は正当化などできない。
「言いたいことは分かった。だが、だからと言って人を殺していい訳がない!」
俺は必死に反論する。
「バーカ! このままならこの星は消去される。全員消されるよりリセットして再起を図る方がマシだ!」
「消去されない方法を模索しろ! 俺がヴィーナ様に提案してやる!」
美奈先輩は話せばわかる人だ、きっと解決策があるに違いない。
しかし、ヌチ・ギは大きく息をすると肩をすくめ、首を振り、
「議論など無意味だ。もう計画は動き出しているのだ」
そう言って俺に手のひらを向ける。
そして、いやらしく笑うと、
「死ね!」
そう叫んだ。
もはやこれまでか……。俺は死を覚悟し、目を閉じた。
4-9. 神々の死闘
手のひらから放たれる強烈な閃光。そして、巻き起こる大爆発……。
身体を貫く激しい振動――――。
あれ……? 死んでない……。
「ちょっと、お主、何するんじゃ!」
この声は……レヴィア!
目を開けるとレヴィアが俺をかばっていた。
「レ、レヴィア様!」
俺は感極まって思わず叫ぶ。
レヴィアは振り返って、
「無茶をするのう、お主」
そう言ってニヤッと笑った。
「ドラゴン……、何の真似だ?」
ヌチ・ギは鋭くにらむ。
「この男とあの娘は我の友人じゃ。相互不可侵を犯してるのはお主の方じゃぞ!」
金髪おかっぱの少女レヴィアは強い調子で言い放った。
「そいつはチート野郎だ。チートは犯罪であり、処罰する権限は俺にある!」
「レベルを落としたじゃろ? ペナルティはもう終わっておる。娘を攫うのはやり過ぎじゃ!」
そう言ってにらむレヴィア。
ヌチ・ギは反論できず、ただレヴィアをにらむばかりだった。
だが、ヌチ・ギとしては、ラグナロクの事を知った俺を生かしておくわけにもいかない。
ヌチ・ギはいきなり後方高く飛びあがる。そして、
「戦乙女来い!」
そう叫びながら空間を大きく切り裂いた。
強硬策に出たヌチ・ギにレヴィアの顔がゆがむ。いよいよ管理者同士の戦争が始まってしまう。
切り裂かれた空間の裂け目が向こう側から押し広げられ、美しき巨大女性兵士が長い髪をなびかせて現れる。均整の取れた目鼻立ちに、チェリーのような目を引くくちびる、地下のホールで見た彼女だ。黒い革でできたビキニアーマーを身にまとい、透き通るような美しい肌を陽の光にさらしながら、無表情で地上に飛び降りた。
ズズーン!
激しい地響きと共に砂煙が上がる。身長は二十メートルくらい、体重は五十トンをくだらないだろう。まるで芸術品のような美しき巨兵、味方だったならさぞかし誇らしかっただろうに……。
「また、面妖な物を作りおったな……」
レヴィアはあきれたように言う。
「ふん! ドラゴンには美という物が分からんようだ……。まぁ、ツルペタの幼児体形にはまだ早かったようだな」
ヌチ・ギが逆鱗に触れる。
「小童が! 我への侮辱、万死に値する!」
レヴィアはそう叫ぶと、ボンっという爆発音をともなって真龍へと変身した。するとヌチ・ギも、
「戦乙女! 薙ぎ払え!」
と、叫んだ。
戦乙女は空中から金色に淡く光る巨大な弓を出し、同じく金の矢をつがえた。
それを見たレヴィアは焦り、
「お前! この地を焦土にするつもりか!?」
と、叫びながら次々と魔法陣を展開し、シールドを張った。
放たれた金に輝く矢は、音速を超えてレヴィアのシールドに直撃し、核爆発レベルの甚大な大爆発を起こした。
激しい閃光は空を光で埋め尽くし、地面は海のように揺れ、周囲の森の木々は全て一瞬で燃え上がり、なぎ倒された。
巨大な衝撃波が白い繭のように音速で広がっていく。
レヴィアのシールドは多くが焼失し、わずか数枚だけかろうじて残っていた。
立ち上がる真っ赤に輝くキノコ雲は、恐るべき禍々しさをもって上空高くまで吹き上がり、ラグナロクの開始を告げる。
俺とドロシーは地面に伏せ、ガタガタと震えるばかりだった。まさに神々の戦争、到底人間の関与できる世界ではない。
「お主らは地面に潜ってろ!」
真龍は野太い声でそう言い放つと、灼熱のきのこ雲の中を一気に飛び上がる。
そして、遠くに避難している戦乙女を捕捉すると青く光る玉石を出し、前足の鋭い爪でつかんで一気にフンっと粉々に砕いた。玉石は数千もの鋭利な欠片となり周辺を漂う。
「もう、容赦はせんぞ!」
重低音の恐ろしげな声で叫ぶと、
「ぬぉぉぉぉ!」
と、気合を込め、玉石の破片のデータを操作し、破片を次々と戦乙女向けて撃ち始めた。超音速ではじけ飛ぶ破片群は青い光跡を残しながら戦乙女めがけてすっ飛んでいく。
戦乙女は急いで横に避けたが、なんと破片は戦乙女めがけて方向を変え追尾していく。焦った戦乙女はシールドを展開したが襲い掛かる破片は数千に及ぶ。展開するそばからシールドは破片によって破壊され、ついには破片が次々と戦乙女に着弾していった。着弾する度に激しい爆発が起こり、戦乙女は地面に墜落し、もんどりを打ちながら転がり、さらに破片の攻撃を受け、爆発を受け続けた。
真龍は戦乙女の動きが鈍った瞬間を見定めると、
「断罪の咆哮!」
と叫び、口から強烈な粒子砲を放った。鮮烈なビームは戦乙女が受けている破片の爆撃の中心地を貫き、壮絶な大爆発が巻き起こった。それは先ほどの大爆発をはるかに超える規模だった。激しく揺れる地面、天をも焦がす熱線、まさにこの世の終わりかというような衝撃が、地中に逃げている俺たちにも襲い掛かる。
が、その直後、想像もできないことが起こった。なんと、戦乙女は真龍の後ろにいきなり出現すると、真っ赤に光り輝く巨大な剣で真龍を真っ二つに切り裂いたのだった。
『ぐぉぉぉぉ!』
重低音の悲痛な咆哮が響いた。
4-10. 助け合う夫婦
俺がそっと地面からのぞくと、真っ二つに切られた真龍が墜落していくところだった。
「えっ!?」
俺はそのあまりに衝撃的な光景に心臓が止まりそうになった。
この星で最強の一端を担う真龍が、可愛いおかっぱの女の子が、倒されてしまった……。
「そ、そんなぁ……」
レヴィアが負けてしまったらもうヌチ・ギを止められる者などいない。
もはやこの世の終わりだ。
「レ、レヴィア様ぁ……」
俺は湧いてくる涙を拭きもせず、その凄惨な光景をじっと眺めていた。
足元から声がする。
「お主ら、作戦会議をするぞ!」
「えっ!?」
なんと、レヴィアが俺の切り裂いた土のトンネルの中にいたのだ。
「あ、あれ? あのドラゴンは?」
俺が間抜けな声を出して聞くと。
「あれはただの囮じゃ。戦乙女はヤバい、ちょいと工夫せんと倒せん。お主も手伝え!」
「え!? 手伝えって言っても……、俺もう一般人ですよ?」
「つべこべ言うな! ステータスならカンストさせてやる!」
そう言うと、頭の中でピロロン! ピロロン! とレベルアップの音が延々と鳴り響き始めた。
ステータスを見ると、
ユータ 時空を超えし者
商人 レベル:65535
と、レベルがけた違いに上がっていた。
「え!? 六万!?」
驚く俺にレヴィアは、
「レベルなんぞ戦乙女相手にはあまり意味がない。あ奴は物理攻撃無効の属性がついとるからお主の攻撃は全く効かん。でも、攻撃受けたらお主は死ぬし、あ奴はワープしてくる」
「物理攻撃無効!? じゃ、何も手伝えないじゃないですか!?」
「いいから最後まで聞け! この先に湖がある。我がそこでワナ張って待つからお主、戦乙女をそこまで誘導して来い!」
「いやいや、ワープしてくる敵の攻撃なんて避けようないし、当たったら死ぬんですよ! そんなの無理ゲーじゃないですか!」
「そこで、娘! お主の出番じゃ! お主を我の神殿に送るから、そこで戦乙女の動きを読め」
「えっ!? 私……ですか?」
「そうじゃ、お主がミスれば旦那が死に、我々全滅じゃ。必死に見抜け! あ奴はまだ戦闘に慣れてないから、きっと付け入るスキがあるはずじゃ」
「わ、私にできる事なんですか? そんなこと……」
泣きそうなドロシー。
「……。お主は目がいいし、機転も利く。自分を信じるんじゃ!」
レヴィアはドロシーの目をじっと見つめ、熱を込めて言う。
「信じるって言っても……」
「できなきゃ旦那が死ぬまでじゃ。やるか? やらんか?」
「うぅ……。わ、分かりました……」
そう言って、泣きべそをかいたまま神殿に転送されるドロシー。
「そこに画面あるじゃろ?」
『はい、戦乙女が見えます。どうやら……レヴィア様を探しているようです』
「よし! 奴の動作をしっかり見るんじゃ。ワープする前には独特の姿勢を取るはずじゃから、それを見抜いて声で旦那に伝えるんじゃ!」
「は、はい……」
「ドロシーにそんなことできるんですか?」
俺はひそひそ声で聞く。
「分からん」
レヴィアは首を振る。
「分からんって、そんな……」
「お主は自分の妻を愛玩動物かなんかと勘違いしとらんか?」
「え?」
「あの娘だって学び、考え、成長する人間じゃ。パートナーとして信じてやれ。お主が信頼すればあの娘も安心して力を出せるじゃろう」
俺はハッとした。確かに俺はドロシーを『守るべきか弱い存在』だとばかり思っていた。しかしそんなペットと主人みたいな関係は、夫婦とは呼べないのではないだろうか? ドロシーが俺より優れている所だってたくさんある。お互いが良さを出し合い、助け合うこと。それがチャペルで誓った結婚という物だったのだ。
「分かりました。二人でうまくやってみます!」
俺は晴れ晴れとした顔でレヴィアに答えた。
「よし! じゃ、ユータ、行け! この先の湖じゃぞ、日本では、えーと……諏訪湖……じゃったかな? 台形の形の湖じゃ」
「諏訪湖!? じゃ、ここは長野なんですね?」
「長野だか長崎だか知らんが、諏訪湖じゃ、分かったな?」
そう言ってレヴィアは消えた。
「あー、ドロシー、聞こえる?」
『聞こえるわよ……でも、どうしよう……』
不安げなドロシー。
「大丈夫。気づいたことを、ただ教えてくれるだけでいいからさ」
『うん……』
「ドロシーは目がいい。俺よりいい。自信もって!」
『……。本当?』
「ドロシーはお姉さんだろ? 俺にいい所見せてよ」
『……。分かった!』
どうやら覚悟を決めてくれたようだ。
「では出撃するよ」
俺はそう言って、地上に上がった。
荷物受け取りの人と鉢合わせるとまずいので、俺はナイフを用意してタイミングを計る。
チーン!
と、鳴る音と同時に、俺はエレベーターの奥をナイフで切って飛び込んだ。
壁を通り抜けると、まぶしい光、爽やかな空気……目が慣れてきて辺りを見回すと、目の前には鬱蒼とした森が広がっていた。
エレベーターはまるで地下鉄の出入り口のエレベーターのように、森を切り開いた敷地の境目にポツンと出入り口だけが立っていたのだ。
そっと出入り口側の様子を見ると、豪奢な装飾が施された鉄のフェンスの向こうに見事な庭園があり、その奥に真っ黒いモダンな建物があった。あれがヌチ・ギの屋敷だろう。高さは五階建てくらいで、現代美術館かというような前衛的な造りをしており、中の様子はちょっと想像がつかない。
あの中でドロシーは俺の助けを心待ちにしてるはずだ。
「ドロシー、待ってろよ……」
ドロシーがまだ無事であること、それだけを祈りながら必死に屋敷の様子を調べる。
まず、俺は鑑定を使ってセキュリティシステムを調べてみる。門やフェンスには多彩なセキュリティ装置が多数ついており、とても超えられそうにない。さらに庭園のあちこちにも見えないセキュリティ装置が配置されており、とても屋敷に近づくのは無理そうだった。
「旦那様……、どうしますか?」
アバドンがひそひそ声で聞いてくる。
「すごい警備体制だ、とてもバレずに屋敷には入れない……」
すると屋敷から人が出てきた。見ていると、メイドらしき女性が大きな鉄製の門を開け、エレベーターまでやってきた。そして、宙に浮かぶ不思議な台車に荷物を載せ、また、屋敷内へと戻っていく。
「彼女に付いていきましょうか?」
「いや、無理だ。隠ぺい魔法はセキュリティ装置には効かないだろう」
「困りましたね……」
「仕方ない、地中を行こう」
「えっ!?」
驚くアバドンにニヤッと笑いかけると、俺はナイフで地面を切り裂いた。
「こうするんだよ」
そう言って地面の切り口を広げて中へと入った。そしてさらに奥を切り裂いて進む。
地面は壁と同様に、まるでコンニャクのように柔らかく広げることができた。
「さぁ、行くぞ!」
俺はアバドンも呼んで、一緒に地中を進んだ。一回で五十センチくらい進めるので、百回で五十メートル。無理のない挑戦だ。
アバドンに魔法の明かりで照らしてもらいながら淡々と地中を進む。途中、地下のセキュリティシステムらしいセンサーの断面を見つけたが、俺たちは空間を切り裂いているのでセンサーでは俺たちを捕捉できない。ここはヌチ・ギの想定を超えているだろう。
足場の悪い中、苦労しながら切り進んでいると急に断面が石になり、さらに切ると明かりが見えた。ようやく屋敷にたどり着いたのだ。
俺は切り口をそーっと広げながら中をのぞく……。
「な、何だこりゃ!」
俺は思わず声を出してしまった。
なんと、目の前で美しい女性たちがたくさん舞っていたのだ。
そこは地下の巨大ホールで、何百人もの女性たちが美しい衣装に身を包み、すごくゆっくりと空中を舞っていた。百人近い女性たちが輪になって、それが空中に五層展開されている。それぞれ煌びやかなドレス、大胆なランジェリー、美しい民族衣装などを身にまとい、ライトアップする魔法のライトと共に、ゆっくりと舞いながら少しずつ回っていた。また、無数の蛍の様な光の微粒子が、舞に合わせてキラキラと光りながらふわふわと飛び回り、幻想的な雰囲気を演出している。
それはまるで王朝絵巻さながらの絢爛豪華な舞踏会だった。
そして、フェロモンを含んだ甘く華やかな香りが漂ってくる。
見ているだけで幻惑され、恍惚となってしまう。
ちょうど俺たちの前に一人の美しい女性がゆっくりと近づいてきた。二十歳前後だろうか、真紅のドレスを身にまとい、露出の多いハートカットネックの胸元にはつやつやとした弾力のある白い肌が魅惑的な造形を見せている。彼女はゆっくりと右手を高く掲げながら回り、そのすらりとしたスタイルの良い肢体の作る優美な曲線に、俺は思わず息をのんだ。
そして中央には身長二十メートルくらいの巨大な美女がいた。これは一体何なのだろうか? 革製の巨大なビキニアーマーを装着してモデルのように体を美しくくねらせ、恐ろしい存在感を放っていた。軽く腹筋が浮いた美しい体の造形には思わずため息が出てしまう。
美しい……。
俺は不覚にもヌチ・ギの作り出した美の世界に引き込まれていた。イカンイカンと首を振り、銀髪の娘はいないかと一生懸命探す。
「何ですかこれ……」
アバドンが怪訝そうな顔でささやく。
「ヌチ・ギの狂気だね。ドロシーいないかちょっと探して」
「わかりやした!」
しばらく探してみたが、まだ居ないようだった。しかし放っておくとここで展示されてしまうだろう。急がないと。
ドロシーがこんな所に展示され、永遠にクルクル回り続けるようなことになったら俺は生きていけない。絶対に奪還してやると、改めて誓った。
4-7. 戦乙女のラグナロク
鑑定でホールにはセキュリティ装置がない事を確認し、アバドンの魔法で静かに床に降りる。ピンクで花柄の、露出の多いドレスで舞っている女性につい目が引き寄せられると、なんと目が合ってしまった。
「え!?」
驚いて見回すと全員が我々を見ていたのだ。意識があるのか!?
唖然としていると、近くの女性に声をかけられた。
「そこのお方……」
俺は驚いて声の方向を見ると、美しいランジェリー姿の女性が、手を後ろに組んで胸を突き出すような姿勢でこちらを見ていた。ブラジャーは赤いリボンを結んだだけの大胆なもので、左の太腿にも細いリボンで蝶結びがされていた。何とも煽情的ないで立ちに俺は顔を赤くして、身体を見ないようにしながら、駆け寄った。
「話せるんですね、これ、どうなっているんですか?」
スッと鼻筋の通った整った小顔にクリッとしたアンバーな瞳の彼女。心をざわめかせるほどの美しさに、俺は戸惑いを覚えながら聞いた。
「私はまだ入って間がないので話せますが、そのうち意識が失われて行って皆植物人間みたいになってしまうようです」
何という非人道的な話だろうか。
俺は彼女の手を引っ張ってみた。しかし、とても強い力で操作されているようで、舞いの動きを止める事すらできなかった。
「ヌチ・ギ様の魔法を解かない限りどうしようもありません……。それより、あの中央の巨人が心配なのです」
「え? 彼女も生きているんですか!?」
「そうです。ヌチ・ギ様は巨大化装置を開発され、私たちを戦乙女という巨人兵士にして世界を滅ぼすとおっしゃってました」
「な、なんだって!?」
俺は驚いた。単に女の子をもてあそぶだけでなく、兵士に改造して大量殺戮にまで手を染めようだなんて、もはや真正の狂人ではないか。
「ラグナロクだ……」
アバドンが眉間にしわを寄せながら言った。
「ラグナロク?」
「そういう女性の巨大兵士が世界を滅ぼす終末思想の神話があるんです。ヌチ・ギはその神話に合わせて一回のこの世界をリセットするつもりじゃないでしょうか?」
「狂ってる……」
「私は人を殺したくありません……。何とか止めてもらえないでしょうか……?」
彼女はポロリと涙を流した。
ラグナロクなんて起こされたらアンジューのみんなも殺されてしまう。そんな暴挙絶対に止めないとならない。
「分かりました。全力を尽くします!」
「お願いします……。もうあなたに頼る他ないのです……」
そう言って彼女はさめざめと泣きながら、またポーズを変えられていく。
俺はアバドンと顔を見合わせうなずくと、
「では行ってきます! 幸運を祈っててください」
と、彼女の手をしっかりと両手で握りしめた。
◇
ホールの出入り口まで来ると、俺はドアを切り裂いてそっと向こうをうかがった。薄暗い人気のない通路が見える。俺はアバドンとアイコンタクトをし、そっとドアの切れ目を広げた。
俺たちがドアを抜けた時だった。
「やめてぇぇぇ!」
かすかだが声が聞こえた。ドロシーだ!
俺の愛しい人がひどい目に遭っている……。俺は悲痛な響きに心臓がキューっと潰されるように痛くなり、冷や汗が流れた。
「は、早くいかなくちゃ……」
俺は震える声でそう言うと、足音を立てぬよう慎重に早足で声の方向を目指した。
通路をしばらく行くと部屋のドアがいくつか並んでおり、そのうちの一つから声がする。
俺はそのドアをそっと切り裂いて中をのぞき、衝撃的な光景に思わず息が止まった。
なんと、ドロシーが天井から裸のまま宙づりにされていたのだ。
俺は全身の血が煮えたぎるかのような衝動を覚えた。
俺の大切なドロシーになんてことしやがるのか!
気が狂いそうになるのを必死で抑えていると、トントンと肩を叩かれる。アバドンも見たいようだ。俺は大きく息をして冷静さを取り戻し、隣にもナイフで切り込みを入れてアバドンに任せた。
「ほほう、しっとりとして手に吸い付くような手触り……素晴らしい」
ヌチ・ギがいやらしい笑みを浮かべ、ドロシーを味わうかのようになでる。
「いやぁぁ! あの人以外触っちゃダメなの!」
ドロシーが身をよじりながら叫ぶ。
俺は今すぐ飛び出していきたい気持ちを、歯を食い縛りながら必死に耐える。
「ヒッヒッヒ……、その反抗的な態度……、そそるねぇ。さぁ、どこまでもつかな?」
ヌチ・ギは小さな注射器を取り出した。
「な、何よそれ……」
青ざめるドロシー。
「最強のセックスドラッグだよ。欲しくて欲しくて狂いそうになる……、素敵な薬さ……」
そう言いながら、注射器を上に向け、軽く薬液を飛ばした。
「ダ、ダメ……、止めて……」
おびえて震えるドロシー。
最悪な事態に俺は気が遠くなる。大切な人が薬で犯られてしまう。でも、彼女の救出を考えたら今動くわけにはいかない。見つかったら終わりなのだ。絶望が俺の頭をぐちゃぐちゃに蝕んでいく。
4-8. 尊い愛の戦士
その時だった、アバドンが耳打ちする。
「私がヌチ・ギを何とかします。その間に姐さんをお願いします」
そう言って壁の切り口に手をかけた。
「いや、ちょっと待て! 死ぬぞ!」
俺は制止する。ヌチ・ギに攻撃したって全く効かないはず。拘束できても数十秒が限界に違いない。そしてきっと殺されるだろう。
しかし、アバドンは覚悟を決めた目で、
「私にとっても姐さんは大切な人なんです。頼みましたよ」
そう言い残して切れ目を抜けて行く。命をなげうつ献身的な決断に俺はアバドンが神々しく見えた。悪を愛する魔人……とんでもない。俺なんかよりずっと尊い愛の戦士じゃないか……。
俺は思わず涙をこぼしそうになるのをこらえ、急いでアバドンに続いた。アバドンの捨て身の決意を無駄にしてはならない。
アバドンは目にも止まらぬ速さでヌチ・ギにタックルを食らわせ、部屋の奥まで吹き飛ばした。さすがの管理者も不意打ちを食らってはすぐに対応できないだろう。
俺はドロシーに駆け寄り、
「今助ける。静かにしてて!」
そう言いながら小刀を取り出し、ドロシーの手を縛っている革製の拘束具を切り落とす。そして、落ちてくる身体を優しく支えた。
「あなたぁ……」
抱き着いて泣き出すドロシー。愛しい温かさが戻ってきた。
しかし、時間がない。
部屋の奥から激しい衝撃音が間断なく上がっている。アバドンが奮闘しているのだろうが、もうすぐ形勢逆転してしまうだろう。
俺はドロシーの手を引いてドアを抜け、通路を走った。
「急いで! 裸のままでごめん、時間がないんだ」
「ねぇ、アバドンさんは?」
泣きそうな声で聞いてくる。
俺はグッと言葉を飲み込み、
「大丈夫、彼なりに勝算があるんだ」
と、嘘をついて涙を拭いた。
◇
二人は必死に通路を駆け抜ける。そして、突き当りの壁をナイフで切ると飛び込んだ。
俺は土の中を必死に切って前進を繰り返す。ヌチ・ギが屋敷内を探している間にエレベーターに入れれば俺たちの勝ちだ。アバドンの安否は気になるが、彼が作ってくれたチャンスを生かすことを今は優先したい。
切りに切ってフェンスの断面が見えたところで上に出る。そっと顔を出すとエレベーターの前。さすが俺!
俺は急いで飛び出してボタンを押す。
扉がゆっくりと開く。これで奪還計画成功だ! 俺は切れ目からドロシーを引き上げる。
ところが……、エレベーターの中から冷たい声が響いた。
「どこへ行こうというのかね?」
驚いて前を向くと……、ヌチ・ギだった。
青ざめる俺をヌチ・ギは思いっきり殴る。吹き飛ばされる俺。
「きゃぁ! あなたぁ!」
ドロシーの悲痛な叫びが響く。
一体なぜバレたのか……。さすが管理者、完敗である。
俺は地面をゴロゴロと転がりながら絶望に打ちひしがれた。
もうこうなっては打つ手などない。逃げるのは不可能だ。だが、殺されるのなら少しでもあがいてやろうじゃないか。
「お前、戦乙女使ってラグナロク起こすんだってな、そんなこと許されるとでも思ってんのか?」
俺はゆっくりと体を起こしながら、血の味が溢れる口で叫んだ。
「ほう? なぜそれを?」
ヌチ・ギは鋭い目で俺を刺すように見る。
「大量虐殺は大罪だ、お前の狂った行為は必ずや破滅を呼ぶぞ!」
俺はまくしたてる。タラりと口から血が垂れる感触がする。
「はっはっは……、知った風な口を利くな! そもそも文明、文化が停滞してる人間側の問題なんだぞ、分かってるのか?」
「停滞してたら殺していいのか?」
「ふぅ……、お前は全く分かってない。例えば……そうだな。お前の故郷、日本がいい例だろう。日本も文明、文化が停滞してるだろ? なぜだと思う?」
俺はいきなり日本の問題を突きつけられて動揺した。そんなの今まで考えたことなどなかったのだ。
「え? そ、それは……、偉い人がいい政策を実行しない……から?」
俺は間抜けな回答しかできなかった。
ヌチ・ギはあきれたように首を振り、蔑んだ目で言った。
「バカめ! そんな考えの市民だらけだからだよ! いいか? イノベーションというのは旧来のビジネスモデルや慣習をぶち壊す事で起こり、それが新たな価値を創造して社会は豊かになり、文明、文化も発達するのだ。Google、Apple、Amazon……、日本にはこれらに対抗できる企業は出て来たかね?」
俺は必死に思い出してみたが……、何も思いつけず、うつむいた。
「上層部が既得権益を守るためにガチガチにした社会、そしてそれをぶち壊そうとしない市民、そんな体たらくでは発達などする訳がない!」
こぶしを握って熱弁するヌチ・ギ。
俺は反論できなかった。既存の大企業中心の社会構造に疑問など持った事もなかったし、それで日本が衰退していったとしても、自分は何の関係もないと思っていたのだ。アンジューの貴族の横暴についてもそうだ。逃げることしか思いつかなかった。
そして、ヌチ・ギはドヤ顔で言い放つ。
「だから、俺がぶち壊してやるのさ。下らぬ貴族階級支配が隅々までガチガチにし、それに異論も出さないような市民どもでは文明、文化の発達はもはや不可能だ。神話通り、滅ぼしてやる!」
俺は不覚にも圧倒された。ただの狂人だと思っていたが、それなりの根拠があって社会変革を起こそうとしていたとは……。
「美しき戦乙女たちが横一列に並んで火を吐き、街を焼き尽くしながら行進するのさ。ゾクゾクする光景になるだろう。平和ボケした連中の目を覚まさせてやる!」
ヌチ・ギはうれしそうにまくしたてる。
しかし、そんなのはダメだ。どんな理由があれ、多くの人を虐殺するような行為は正当化などできない。
「言いたいことは分かった。だが、だからと言って人を殺していい訳がない!」
俺は必死に反論する。
「バーカ! このままならこの星は消去される。全員消されるよりリセットして再起を図る方がマシだ!」
「消去されない方法を模索しろ! 俺がヴィーナ様に提案してやる!」
美奈先輩は話せばわかる人だ、きっと解決策があるに違いない。
しかし、ヌチ・ギは大きく息をすると肩をすくめ、首を振り、
「議論など無意味だ。もう計画は動き出しているのだ」
そう言って俺に手のひらを向ける。
そして、いやらしく笑うと、
「死ね!」
そう叫んだ。
もはやこれまでか……。俺は死を覚悟し、目を閉じた。
4-9. 神々の死闘
手のひらから放たれる強烈な閃光。そして、巻き起こる大爆発……。
身体を貫く激しい振動――――。
あれ……? 死んでない……。
「ちょっと、お主、何するんじゃ!」
この声は……レヴィア!
目を開けるとレヴィアが俺をかばっていた。
「レ、レヴィア様!」
俺は感極まって思わず叫ぶ。
レヴィアは振り返って、
「無茶をするのう、お主」
そう言ってニヤッと笑った。
「ドラゴン……、何の真似だ?」
ヌチ・ギは鋭くにらむ。
「この男とあの娘は我の友人じゃ。相互不可侵を犯してるのはお主の方じゃぞ!」
金髪おかっぱの少女レヴィアは強い調子で言い放った。
「そいつはチート野郎だ。チートは犯罪であり、処罰する権限は俺にある!」
「レベルを落としたじゃろ? ペナルティはもう終わっておる。娘を攫うのはやり過ぎじゃ!」
そう言ってにらむレヴィア。
ヌチ・ギは反論できず、ただレヴィアをにらむばかりだった。
だが、ヌチ・ギとしては、ラグナロクの事を知った俺を生かしておくわけにもいかない。
ヌチ・ギはいきなり後方高く飛びあがる。そして、
「戦乙女来い!」
そう叫びながら空間を大きく切り裂いた。
強硬策に出たヌチ・ギにレヴィアの顔がゆがむ。いよいよ管理者同士の戦争が始まってしまう。
切り裂かれた空間の裂け目が向こう側から押し広げられ、美しき巨大女性兵士が長い髪をなびかせて現れる。均整の取れた目鼻立ちに、チェリーのような目を引くくちびる、地下のホールで見た彼女だ。黒い革でできたビキニアーマーを身にまとい、透き通るような美しい肌を陽の光にさらしながら、無表情で地上に飛び降りた。
ズズーン!
激しい地響きと共に砂煙が上がる。身長は二十メートルくらい、体重は五十トンをくだらないだろう。まるで芸術品のような美しき巨兵、味方だったならさぞかし誇らしかっただろうに……。
「また、面妖な物を作りおったな……」
レヴィアはあきれたように言う。
「ふん! ドラゴンには美という物が分からんようだ……。まぁ、ツルペタの幼児体形にはまだ早かったようだな」
ヌチ・ギが逆鱗に触れる。
「小童が! 我への侮辱、万死に値する!」
レヴィアはそう叫ぶと、ボンっという爆発音をともなって真龍へと変身した。するとヌチ・ギも、
「戦乙女! 薙ぎ払え!」
と、叫んだ。
戦乙女は空中から金色に淡く光る巨大な弓を出し、同じく金の矢をつがえた。
それを見たレヴィアは焦り、
「お前! この地を焦土にするつもりか!?」
と、叫びながら次々と魔法陣を展開し、シールドを張った。
放たれた金に輝く矢は、音速を超えてレヴィアのシールドに直撃し、核爆発レベルの甚大な大爆発を起こした。
激しい閃光は空を光で埋め尽くし、地面は海のように揺れ、周囲の森の木々は全て一瞬で燃え上がり、なぎ倒された。
巨大な衝撃波が白い繭のように音速で広がっていく。
レヴィアのシールドは多くが焼失し、わずか数枚だけかろうじて残っていた。
立ち上がる真っ赤に輝くキノコ雲は、恐るべき禍々しさをもって上空高くまで吹き上がり、ラグナロクの開始を告げる。
俺とドロシーは地面に伏せ、ガタガタと震えるばかりだった。まさに神々の戦争、到底人間の関与できる世界ではない。
「お主らは地面に潜ってろ!」
真龍は野太い声でそう言い放つと、灼熱のきのこ雲の中を一気に飛び上がる。
そして、遠くに避難している戦乙女を捕捉すると青く光る玉石を出し、前足の鋭い爪でつかんで一気にフンっと粉々に砕いた。玉石は数千もの鋭利な欠片となり周辺を漂う。
「もう、容赦はせんぞ!」
重低音の恐ろしげな声で叫ぶと、
「ぬぉぉぉぉ!」
と、気合を込め、玉石の破片のデータを操作し、破片を次々と戦乙女向けて撃ち始めた。超音速ではじけ飛ぶ破片群は青い光跡を残しながら戦乙女めがけてすっ飛んでいく。
戦乙女は急いで横に避けたが、なんと破片は戦乙女めがけて方向を変え追尾していく。焦った戦乙女はシールドを展開したが襲い掛かる破片は数千に及ぶ。展開するそばからシールドは破片によって破壊され、ついには破片が次々と戦乙女に着弾していった。着弾する度に激しい爆発が起こり、戦乙女は地面に墜落し、もんどりを打ちながら転がり、さらに破片の攻撃を受け、爆発を受け続けた。
真龍は戦乙女の動きが鈍った瞬間を見定めると、
「断罪の咆哮!」
と叫び、口から強烈な粒子砲を放った。鮮烈なビームは戦乙女が受けている破片の爆撃の中心地を貫き、壮絶な大爆発が巻き起こった。それは先ほどの大爆発をはるかに超える規模だった。激しく揺れる地面、天をも焦がす熱線、まさにこの世の終わりかというような衝撃が、地中に逃げている俺たちにも襲い掛かる。
が、その直後、想像もできないことが起こった。なんと、戦乙女は真龍の後ろにいきなり出現すると、真っ赤に光り輝く巨大な剣で真龍を真っ二つに切り裂いたのだった。
『ぐぉぉぉぉ!』
重低音の悲痛な咆哮が響いた。
4-10. 助け合う夫婦
俺がそっと地面からのぞくと、真っ二つに切られた真龍が墜落していくところだった。
「えっ!?」
俺はそのあまりに衝撃的な光景に心臓が止まりそうになった。
この星で最強の一端を担う真龍が、可愛いおかっぱの女の子が、倒されてしまった……。
「そ、そんなぁ……」
レヴィアが負けてしまったらもうヌチ・ギを止められる者などいない。
もはやこの世の終わりだ。
「レ、レヴィア様ぁ……」
俺は湧いてくる涙を拭きもせず、その凄惨な光景をじっと眺めていた。
足元から声がする。
「お主ら、作戦会議をするぞ!」
「えっ!?」
なんと、レヴィアが俺の切り裂いた土のトンネルの中にいたのだ。
「あ、あれ? あのドラゴンは?」
俺が間抜けな声を出して聞くと。
「あれはただの囮じゃ。戦乙女はヤバい、ちょいと工夫せんと倒せん。お主も手伝え!」
「え!? 手伝えって言っても……、俺もう一般人ですよ?」
「つべこべ言うな! ステータスならカンストさせてやる!」
そう言うと、頭の中でピロロン! ピロロン! とレベルアップの音が延々と鳴り響き始めた。
ステータスを見ると、
ユータ 時空を超えし者
商人 レベル:65535
と、レベルがけた違いに上がっていた。
「え!? 六万!?」
驚く俺にレヴィアは、
「レベルなんぞ戦乙女相手にはあまり意味がない。あ奴は物理攻撃無効の属性がついとるからお主の攻撃は全く効かん。でも、攻撃受けたらお主は死ぬし、あ奴はワープしてくる」
「物理攻撃無効!? じゃ、何も手伝えないじゃないですか!?」
「いいから最後まで聞け! この先に湖がある。我がそこでワナ張って待つからお主、戦乙女をそこまで誘導して来い!」
「いやいや、ワープしてくる敵の攻撃なんて避けようないし、当たったら死ぬんですよ! そんなの無理ゲーじゃないですか!」
「そこで、娘! お主の出番じゃ! お主を我の神殿に送るから、そこで戦乙女の動きを読め」
「えっ!? 私……ですか?」
「そうじゃ、お主がミスれば旦那が死に、我々全滅じゃ。必死に見抜け! あ奴はまだ戦闘に慣れてないから、きっと付け入るスキがあるはずじゃ」
「わ、私にできる事なんですか? そんなこと……」
泣きそうなドロシー。
「……。お主は目がいいし、機転も利く。自分を信じるんじゃ!」
レヴィアはドロシーの目をじっと見つめ、熱を込めて言う。
「信じるって言っても……」
「できなきゃ旦那が死ぬまでじゃ。やるか? やらんか?」
「うぅ……。わ、分かりました……」
そう言って、泣きべそをかいたまま神殿に転送されるドロシー。
「そこに画面あるじゃろ?」
『はい、戦乙女が見えます。どうやら……レヴィア様を探しているようです』
「よし! 奴の動作をしっかり見るんじゃ。ワープする前には独特の姿勢を取るはずじゃから、それを見抜いて声で旦那に伝えるんじゃ!」
「は、はい……」
「ドロシーにそんなことできるんですか?」
俺はひそひそ声で聞く。
「分からん」
レヴィアは首を振る。
「分からんって、そんな……」
「お主は自分の妻を愛玩動物かなんかと勘違いしとらんか?」
「え?」
「あの娘だって学び、考え、成長する人間じゃ。パートナーとして信じてやれ。お主が信頼すればあの娘も安心して力を出せるじゃろう」
俺はハッとした。確かに俺はドロシーを『守るべきか弱い存在』だとばかり思っていた。しかしそんなペットと主人みたいな関係は、夫婦とは呼べないのではないだろうか? ドロシーが俺より優れている所だってたくさんある。お互いが良さを出し合い、助け合うこと。それがチャペルで誓った結婚という物だったのだ。
「分かりました。二人でうまくやってみます!」
俺は晴れ晴れとした顔でレヴィアに答えた。
「よし! じゃ、ユータ、行け! この先の湖じゃぞ、日本では、えーと……諏訪湖……じゃったかな? 台形の形の湖じゃ」
「諏訪湖!? じゃ、ここは長野なんですね?」
「長野だか長崎だか知らんが、諏訪湖じゃ、分かったな?」
そう言ってレヴィアは消えた。
「あー、ドロシー、聞こえる?」
『聞こえるわよ……でも、どうしよう……』
不安げなドロシー。
「大丈夫。気づいたことを、ただ教えてくれるだけでいいからさ」
『うん……』
「ドロシーは目がいい。俺よりいい。自信もって!」
『……。本当?』
「ドロシーはお姉さんだろ? 俺にいい所見せてよ」
『……。分かった!』
どうやら覚悟を決めてくれたようだ。
「では出撃するよ」
俺はそう言って、地上に上がった。
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