君の涙色の恋を、いつまでもこの胸に抱いている

月乃夢想

14

 門の外まで見送ってくれたおばさんに頭を下げて、沙弥の家を後にした。
 沙弥の死から逃げずに向き合うことで、何か変化があれば――。そう思って、おばさんから事故の話を聞いたけれど、正直、私の重い心は晴れないままだ。
 焦ってもどうにもならないのは分かっている。でも、分からないことが多くて、すごくもどかしい。沙弥が遠出した目的とか。沙弥が会いに行った友達は誰か、とか。
 ケンカする日まで、私と沙弥は一番の親友同士だと思っていた。だけど、何でも話し合っているようで、お互い知らないこともあるのだ。沙弥が私の秘めた恋心に気付かなかったように。
「三崎」
 隣を歩いていた広瀬君が、おもむろに口を開いた。
「次はどうするんだ?」
 その質問に、私は首を傾げる。
「どうって……どうもしないよ?」
 沙弥の家への訪問は終わった。おばさんから話も聞けたし、もう他にやることはないんじゃない?
 なのに広瀬君は、納得出来ないような顔をしている。
「本当かよ。俺には、三崎はまだやり切っていないように見えるけどな」
「え、何を?」
「須藤がどうやって死んだのかを知ること」
 私は言葉を失った。
――何でそんなこと言うの?
――私、精一杯、沙弥の事故について知ろうとしたよ?
 つい、苛立った口調になった。
「そりゃ、知りたいよ。沙弥が何で遠くに行ったのか、誰に会いに行ったのか。でも、知る術がないじゃない。沙弥のスマホでも見たら、もしかしたら分かるのかもしれないけど、私にそんな権利ないし」
「それなら、三崎はどうしたい? どうしたら気が済む?」
 落ち着いた声で、ゆっくりと広瀬君が聞いた。
「……」
――私は、どうしたい?
 以前も教室で、広瀬君に掛けられた質問。
 私は俯いた。足元に視線を遣って、その問いの答えを探す。
「……私、沙弥の事故現場に行ってみたいな」
 目線を下に向けたままで、私はぽつりと言った。
「行って何が分かるわけでもないけど、でも、見てみたい。沙弥がどんな場所で命を落としたのか」
 不謹慎な答えかもしれなかった。だけど、今の私は少しでも知りたかった。あの日の沙弥のことを。
「じゃあ、今から行くか」
「えっ」
 思いがけない言葉に、私はパッと顔を上げた。
「あ、この後予定あったか?」
「ううん、ないけど。急だね」
「決めたらすぐ行動した方がいいだろ。今の気持ち引きずったまま家に帰るの、つらいだろうし」
 広瀬君の言う通りかもしれない。このまま帰宅したら、また一人でぐちゃぐちゃと考え込んでしまう。
「そうだね。行こう」
「おう。遠いけど、乗り換え一回でいけたよな、確か。じゃ、須藤の母さんに、事故の詳しい場所教えてもらおうぜ」
 道を引き返す広瀬君は、当然のように一緒について行くつもりのようで。
「ねえ、広瀬君」
 私は思わず、そんな彼を引き止めていた。
「ん?」
「あの、どうしてここまでしてくれるの?」
 広瀬君がこんなに協力的なのが不思議だった。私たちはただのクラスメイトで、特に親しいわけじゃないのに。
 彼は逡巡するように視線を泳がせたが、やがて、私の目をしっかりと見て言った。
「実は、俺も去年、友達を亡くしたんだ。病気で」
「えっ……」
 思ってもみない言葉に、私は目を見開いた。
「友達っていうか、幼なじみだな。近所に住んでて、幼稚園の頃から仲が良かった。高校は別々になったけど、しょっちゅうお互いの家に行ってたよ。そいつも部活でサッカーやっててさ。上手くなってレギュラー入りして、一緒に大会で戦えたらって、俺もあいつも頑張ってたんだ」
 広瀬君の瞳は優しくて、でもどこか寂しそうだった。儚げな微笑み。
 私は不意に、去年の九月の出来事を思い出した。校舎脇の人けのない空き地でうずくまっていた広瀬君。確か、家の用事で数日学校を休んでいたっけ。
 あの日。今みたいに弱々しく微笑んだ広瀬君は、いつもと様子が違っていた。もしかして、幼なじみを亡くした直後だったんじゃ……。
「ごめんね。そんなつらいことがあっただなんて、知らなくて」
 申し訳ない気持ちでいっぱいの私に、広瀬君は苦笑して片手を振った。
「謝らなくていいって。俺、学校の奴らには誰にも言ってねぇし。友達にも、先生にも」
「あ、そうだったんだ」
 男友達の多い広瀬君のことだから、てっきり仲の良い人は知っていると思ってたのに。でも、もし話していたら、私の耳にも入っていたかな。
 広瀬君は私からフッと目を逸らすと、悔しそうに呟いた。
「俺、すっげー後悔しててさ」
「えっ?」
「そいつ、昔から健康だったし、病気が見つかって入院した時も、すぐに回復するんだとばかり思ってた。一度見舞いに行った時も、元気そうだったしさ。だから、あまり気にしてなかった……まさか、突然病状が悪化して、あっさり亡くなるなんてな……」
「そんな……」
 またすぐに会えると思っていた友達が、いきなりこの世界から消えてしまう。その戸惑いと空虚感は、私もよく知っていた。
 死の衝撃は、残された者の心に大きな穴を開ける。穴は底が見えない程に深くて、一生を掛けても埋められない気がする。
 数日前、広瀬君が私に言ったことを思い出す。
「仕方ないだろ。突然、親友を亡くしたんだから。無気力になったり、周りに優しくする余裕がなくなったり、そんなの当たり前だよな」
「そうやって少しずつ、須藤のことを受け入れていけばいいさ。無理して明るく振る舞っても、嘘の自分みたいだしな」
 あの言葉は、広瀬君自身の経験からくるものだったのだ。きっと彼も、幼なじみを亡くして無気力になったり、それを隠そうとして、嘘の自分を演じたりしたのだろう。
 広瀬君が視線を私に戻す。優しい眼差し。
「だから、三崎のことを放っておけないんだよ。気持ちが分かる……なんて言ったら傲慢かもしれないけど、友達が死んだら、落ち込み続けるのは普通だと思うから」
「広瀬君……」
「でも、須藤の死から逃げたままなのは良くないよ。俺もつらかったけど、あいつの親御さんが落ち着いた頃に会いに行った。それで、あいつが病院で書いてた日記とか見せてもらって、当時の気持ちを知って……何とか、あいつの死を受け止められたんだ」
 温かく微笑む広瀬君から、死んだ友達を大切に想う気持ちが伝わる。
「そっか、それは良かった……って言い方は、不謹慎かな」
「いや、俺も良かったと思う。だから、三崎もとことん須藤に向き合えよ」
「うん」
 私はしっかりと頷くと、広瀬君と共に沙弥の家へと引き返した。

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