君の涙色の恋を、いつまでもこの胸に抱いている

月乃夢想

13

 週末、私と広瀬君は沙弥の家へと向かった。会うのはもう一年ぶりだったけれど、沙弥のお母さんは私たちの訪問を快く受け入れてくれた。
 広瀬君とは午後二時に、沙弥の家の最寄り駅で待ち合わせしている。
「三崎」
 改札を出ると、すでに待っていた広瀬君が片手を上げた。
「あ、ごめん。お待たせ」
「遅刻してねぇから、気にするなよ。俺が早く着き過ぎただけだし」
 初めて見る広瀬君の私服姿が、何だか新鮮でカッコいい。胸がときめきそうになって、不謹慎だと思い直す。今日は沙弥の事故の話を聞きに行くのに。
 沙弥の家までは、駅から歩いて十分ほどだ。去年は何度も通った住宅街に懐かしさを覚える。しかし、沙弥の家が見えてくると、私の心にサッと緊張が走った。
「大丈夫か?」
 私の表情が強張っていたのだろう、広瀬君が気遣わしげな視線を送る。
「うん、大丈夫。ここで引き返したら、きっと後悔する」
 私は早足で歩くと、沙弥の家の門前に立った。ゆっくりと深呼吸してから、チャイムを鳴らす。
「はい」
 インターホンからおばさんの声がした。
「こんにちは。約束していた、三崎と広瀬です」
「いらっしゃい。今開けるわね」
 程なくして、家のドアが開く音がした。門から出てきたおばさんの姿を見て、私は息を呑んだ。
 電話やインターホン越しの声は明るかったのに、おばさんの見た目は酷くやつれていた。頬がこけ、顔色も悪い。それに、かなり痩せたみたいだ。ふっくらとした体型だったのが、今は見る影もない。
――おばさん、沙弥が死んで、相当ショックだったんだな……。
「萌花ちゃん、久しぶり」
 だけど、私に向けられたおばさんの表情は、今まで通りの優しげなものだった。
「広瀬君は、沙弥のお葬式に来てくれたわよね。ありがとうね」
「いえ。今日は俺までついてきて、すみません」
「あら。いいのよ」
 二人のやり取りにハッとした私は、思わず頭を下げていた。
「ごめんなさい。沙弥のお葬式にも、お線香をあげにも来れなくて」
 申し訳なさでいっぱいになりながら、頭をより深く下げる。
「気にしないで。萌花ちゃんのお母さんから、萌花ちゃんがすごく落ち込んでいるって聞いて、ずっと心配していたのよ」
 おばさんは私たちを家へ招き入れると、仏間へと案内した。和室に足を踏み入れる。仏壇の傍に並ぶ遺影の中に、ひときわ若い沙弥の写真を見つけた。
「……」
 ゴクリと唾を飲み込む。私は沙弥の死を決定付けるものから、ずっと目を背けていた。沙弥がこの世界にいないのは、理解しているはずなのに、私は今この瞬間、ようやく彼女の死を実感した。
「須藤、お線香あげられそうか?」
 広瀬君の声にハッとする。少しの間、沙弥の遺影をぼんやりと見つめていたようだ。
「ごめん、大丈夫」
 私は仏壇の前の座布団に座ると、昨日母に教わった通りにお線香をあげた。隣では、広瀬君が真面目な顔で正座している。
 おりんを鳴らして手を合わせ、目を閉じた。心の中で沙弥に何を言えば良いのか、全然分からない。結局、何も考えずに、閉じた瞼にぎゅっと力を入れた。
「良かったね、沙弥。萌花ちゃんが来てくれて」
 沙弥の遺影に掛けられたおばさんの言葉に、胸がズキンと痛む。沙弥は私の来訪を歓迎しているのだろうか。
『本音で話せないなんて、そんなの友達じゃないよ!』
 最後に聞いた沙弥の叫びが心に蘇る。沙弥は私になんて、会いたくなかったよね……。

 リビングに通された私たちは、そこでおばさんから沙弥の事故の話を聞くことになった。
「道幅の割に車通りの多い交差点だったのよ。沙弥が横断歩道を渡ろうとして、無理に曲がってきた車と接触したそうなの」
「そうだったんですか……」
 沙弥が事故に遭ったのは夕方の五時頃だった。冬場なので薄暗く、街灯も少ない通りで、完全に運転側の不注意だったらしい。
 そして、おばさんの口ぶりから、事故当時は沙弥ひとりだったことが分かった。
「ねぇ、萌花ちゃん。知っていたら教えてほしいんだけど」
「えっ、何ですか?」
 突然の問い掛けに、私は思わず姿勢を正した。もしかして、私と沙弥のケンカに関わる話だろうか?
 しかし、おばさんが聞いてきたのは、意外なことだった。
「沙弥って、◯◯県にお友達がいるのかしら?」
「え……?」
 きょとんとする私に、おばさんは続けて説明する。
「事故の日、沙弥はお昼を食べてすぐにひとりで出掛けたんだけど、家を出る時にこう言ったのよ。『友達と会ってくる』って。私てっきり、萌花ちゃんに会いに行ったんだと思っていたの。そうしたら、夕方、警察から『◯◯県で娘さんが交通事故に遭った』って連絡が来て……。沙弥が◯◯県にお友達がいるって話は聞いたことがないし、お葬式にも、そのお友達らしき人は来なかったから、ずっと気になっているのよね」
 私は瞬きを繰り返した。
 それは私も気になっていた。どうして沙弥は、電車で二時間も掛かるような場所に行ったんだろうって。
 でも、沙弥が◯◯県に友達がいるなんて、聞いたことがない。それどころか、◯◯県に関する話題が出たこともなかった。
「ごめんなさい。そんな話は、今まで聞いたことがないです」
 申し訳なく思いながら言うと、おばさんは笑って片手を振った。
「いいのよ。どうしても知りたいってわけじゃないから。どのみち、沙弥はもう帰ってこないんだもの」
 おばさんの最後の言葉が、私の心を深く抉る。その痛みに気付かないふりをして、私はバッグから封筒を取り出した。
「あの、これ、私のスマホに入っている沙弥の写真です」
 おばさんは微笑んで封筒を受け取る。
「あらまあ、ありがとう。わざわざプリントしてくれたのね」
 この前、クラスメイトの美奈ちゃんに、沙弥のアルバムを作りたいから写真のデータが欲しいと言われた。その時は、咄嗟に断ってしまったけれど……確かに、沙弥の写真を渡せば、沙弥のご両親は喜んでくれるかもしれない。そう思って、私はスマホに入っていた沙弥の写真を、全てプリントした。アルバムを作る時間はなかったから、ただ写真を封筒に入れてきただけだけど。
 おばさんは目を細めて写真を一枚ずつ眺めると、静かに涙を流した。
「どの写真の沙弥もニコニコしているわ。沙弥が楽しい高校生活を送れたのは、萌花ちゃんのおかげね」
「そんな……」
――おばさん、そんなことないんです。
――私は沙弥を傷付けたんです。
――沙弥が事故に遭ったのも、もしかしたら私のせいかもしれないんです。
 否定の台詞が、次から次へと頭に浮かぶ。
 でも、その言葉を泣いているおばさんに投げつけるわけにはいかなくて、私は唇を強く噛み締めた。

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